5-1 王呼の秘法 〜消えたレム〜
和やかな雰囲気のパーティに突如として襲い掛かって来たとてつもない魔力の奔流が、レムを包み込む。
彼が呻く。苦しそうに呻いてただ襲う魔力に苦しむ。
彼に襲い掛かる魔力の正体。それは、もはや人の身では使えないはずの失伝魔法であった。
失伝魔法。失われた魔法という意味である。それは本来なら人の身では使えないはずの魔法。
だが、彼の周りには三名の魔道士が囲み、その失伝魔法を発動させている光景があったのだ。
だがそこに割って入った女神がいた。紺碧の戦鎧に、純白の白鳥の羽根飾り。それにも増して良く映える綺麗なプラチナ色の長い髪の毛を持つ伝説の女神。
人が死んだ時にその魂を遥か神界から迎えに来る、かつてウインバリアシオンの教皇が教えてくれた存在…
3名の魔道士達はその戦乙女を見ると、敵が来た様子で忌々しく吐き捨てた。
「来たな?我らが敵、
「そうはさせぬ!」
「何!?あの
「バカめ!貴様もその術に入れば、自らも転生することを知らないのか?」
「知っている。だが、私の精神の一部を見捨てる訳にはいかない!」
一方、彼らの旅の仲間は、突如として起こったものが何かが判らないでその場で尻もちをついているしか出来ない。
翔子の目には彼の身体からまるで2人の精神が見える。かつてレム自身が語ってくれた"薄紅のレム"と"薄紫色のレンブラント"が見える。そして今にも"薄紅のレム"が浮かんで神の世界に転生するようにも視えた。
まさか。これは。
翔子自身もゲームで知った戦乙女が神界に転生してしまう人の身では使えない魔法。
原作ではそれは神の王のオーディンしか使えない魔法である。
その名は『王呼の秘法』。
それが目の前で発動しているのだ。だがその魔法に割っで入って彼を救出しようと必死になっている存在がいるのにも気付いた。
彼女はあの
この場は彼女に賭けるしか無い…。翔子は尻もちをつきながら思った。
『王呼の秘法』はまだ発動している。凄まじい魔力の奔流の中、レムは己の『もう1人』がいなくなる感覚を鋭敏な五感で感じる。
『もう1人』の俺がいなくなる。
『もう1人』の自分自身が欠けてしまう…!だが何も出来ない自分自身がここにいる。
駄目だ。行ってはダメだ。
『もう1人』の俺よ。行くな。別の世界に行くな!
だが、彼の祈りも虚しく『もう1人』の自分自身は何処かに消えてしまうのであった。
「こうなれば仕方ない。強制的に彼らを倒すしかないか」
紺碧の戦乙女は剣を鞘から引き抜くと、剣の衝撃波で3名の魔道士をなぎ倒した。
だが術は完璧に発動したのを感じたのか彼らは主の名を出して撤退して行った。
「ふははは……!これで『漆黒のラーズグリーズ』様から仰せ遣った役目は果たした。さらばだ。
「くっ………!」
そうして、ほんの2分にも満たない時間でこのパーティーの状況は激変してしまうのである。
『王呼の秘法』が収まり彼らはあまりの出来事に呆然としている。
目の前には倒れて気絶してしまったレム。そして紺碧の戦鎧を纏う戦乙女本人。
一体、自分たちの目の前で何が起きていたのか…?そればかりが疑問に浮かぶ。
彼らは急いで気絶してしまった盟主に寄り添った。
「レム様!」
「レム!」
「……今、彼に声を掛けても目覚めない……」
「あの…?貴女は一体…?」
「私は戦乙女……ヴァルキリー。『彼』に宿るラーズグリーズの片割れ」
「どういう意味ですか?」
「私達、
「戦乙女なのに男性として生きていたなんて…」
「そういう偏見は持ってはいけないわ。私達、戦乙女は死に行く魂を神界へ導く役目を持つ。そこでは男性も女性も等しく迎える。だから稀にあるケースとして元々女神だった女性が今世では『男性』として転生することもあり得る。それがたまたま側にいたという話ね」
「何故、女神だった人物が男性として転生するのですか?」
「男性の心を知る為に輪廻転生するの。私達、戦乙女は神であっても女性だから男性の心がわからないこともままある。男性には男性にしか判らない感情もある。何故、女性と身体を交じらわせるのか。何故、1人の女性を愛し続けることが出来るのか?それは女性ではわからないこと。だから、その為に一度男性として生きて『それ』を経験する。もしそれで神界に行く男性の心がわかるならその輪廻転生も無駄ではないから」
その話に納得がいく翔子。
確かに。女性の心は女性でしか判らないこともあるように、男性の心は男性でしか判らないこともある。それを経験する為に、男性としてこの『レム』は生きていたんだ……。男性の心を知る為に。
「神と言えど完璧ではないのだ」
「運命を司る貴女でさえも?」
「そう。完璧な存在など神の世界でもいない。それを『完璧』というのは我らの驕り…。傲慢でしかない」
「ただ……この人間にはかなり辛い目に遭わせてしまって申し訳ないと思う。この人間には『薄紅のレム』はかなりの負担だったのだろう……。『ラーズグリーズ』になる男性だからな……」
紺碧の戦乙女は優しい慈悲の心があるのか、この人物が背負ってきた運命を想う。優しい輝きを宿した碧色の瞳の女性がそこにいた。
すると彼がうわ言で呟いた。一言だけを。そこには切なる願いがある。
「行かないでくれ……『もう1人』の俺よ…」
「まだ『彼』の心は混乱しているな…」
「ところで今さっき起こった出来事は?!」
アドニスが思い出したように指摘した!あれは一体、何だったのだろうか?
その『答え』もこの紺碧の戦乙女から知ることが出来た。
「あれは『王呼の秘法』。あなた達人間では使えないはずの失われた魔法よ。あれは人間に輪廻転生した戦乙女の精神を強制的に神界へ転生させる魔法。発動すれば、この人間に宿る『ラーズグリーズ』は転生してしまう魔法よ」
「その転生した『ラーズグリーズ』の魂は何処に彷徨っているのですか?」
「神界か……何処とも表現出来ない別の次元で彷徨っているかも知れない」
「そんな…!」
「どちらにしても、『彼』にも重大な変化が訪れるはず。『王呼の秘法』による弊害が起きるだろう。『彼』から見ればそれは自分自身が欠けてしまう衝撃だから…」
「ううっ……!」
「レム!」
「レム様!具合は?」
「い、いない……」
「え……?」
彼は自分自身の一部がいなくなったことを伝えた。パーティの皆に。
虚ろな声で言った。
「あいつが……『薄紅のレム』がいなくなった」