「あいつが……いなくなった…。『薄紅のレム』がいない……」
仰向けで床に倒れている彼は『もう1人』の自分自身が欠けたことに衝撃を受けて、余りのショックで放心としている。
今の今まで存在していた『もう1人の俺』。その彼がいない。何処を探しても声すらも届いていない。レムの心は今、その喪失感で揺れている。
一体、何処に行ってしまったのだろうか?声すらも届かない『何処か』に行ってしまって…いつ戻って来るのだろうか?
こんなことが起きるのは初めてだ。自分自身の心が欠ける感覚は恐ろしく空虚な感覚を彼に与えた。今の自分は「空っぽ」だ。残されたのは空白の自分。あんなに嫌だったのに。『薄紅のレム』が居ないだけでこんなにも空虚になるなんて思って無かった。
それにしてもこの紺碧の女性は誰だろうか?何故か知っているような気がする。生まれて初めて会うはずなのに。
彼はそこでゆっくりと起き上がった。感触を確かめるように。『薄紅のレム』が戻って来ないか希望をしたが……無駄だった。あいつは何処に行ってしまったのだろうか?
紺碧の女性は自分を知っているかのように柔らかく声を掛けてくれた。
「気が付いたようね。今世では貴方が私の兄妹『ラーズグリーズ』だったのですね」
「あなたは?」
「戦乙女……ヴァルキリーです。つまりは…『ラーズグリーズ』の妹ですね。何か変わったところはありませんか?」
「変わったところ…?」
そんなの考えている余裕がない。俺の心が欠けたのだから。彼はただ不愉快そうに沈黙を守っている。
何だか身体まで空っぽになってしまったのだろうか?何故か、身体が重い。魂が抜けた代わりに鉛が入っているようだ。身体が重く感じる。
紺碧の戦乙女は目の前にいる彼が投げやりになって来ていると思った。恐らくは欠けた心が生み出した『闇』だろう。
『彼』には『薄紅のレム』は居て当然の存在だ。いや。居なくてはならない『もう1人の俺』だ。2つの魂があってこの『彼』が存在していたのだ。それがいきなり、『もう1人の俺』が居なくなってしまった。それは喪失感となって彼を苛んているのだ。
この『不測の事態』はさすがの戦乙女でも想定外だった。彼女は今自分に出来ることは何処かに消えてしまった『ラーズグリーズ』を捜し出すことだと思う。
それまでは、彼らのパーティにどうにか凌いでもらうしか無い。恐らくは彼に身体的な弊害が出てしまっているはずだ。
それは普段の彼なら出来て今の『彼』には出来ないこと。魔法の詠唱……と分析するヴァルキリー。
それは今の彼にはショック過ぎる出来事だ。最悪、『彼』自身が崩れてしまうかも知れない。
果たしてその「事態」に遭遇した時…彼らはどう切り抜けるのか?それも見届けたい気持ちもあったのだ。彼らの真の意味の『絆』を確かめる機会でもあった。
(ここは彼らに任せてみましょうか……)
紺碧の戦乙女は決意した。ここは彼らに任せてみよう。この試練を突破すれば彼らは更に高みに上ることが出来る。そして最終的には誰もなし得ないことを成し遂げるだろう。そう。あの漆黒のラーズグリーズと揶揄される女を倒すことも。
紺碧の戦乙女は敢えてこれから起こる危機を告げずに、ただこれだけを言って去った。
「『ラーズグリーズ』の魂は私の方で捜してきましょう。『ラーズグリーズ』が戻るまで貴方がたに『彼』を託します」
そうして紺碧の戦乙女はその場から白い羽根を散らして、消えて行った。
これから起こるのはどのような事態なのかはまだ誰も知らない。
パーティのメンバーは彼の心配をする。
「大丈夫ですか?レム様」
「傷は無いようだな……。だが、身体がすごく重い。どうなってしまったのだろうか?」
「とりあえず、これからどうします?」
「うむ。四宝ドラゴンオーブは確保したし、もうここにいても用事は無いから帰ろう。ローシャナに」
「そうですね。ローシャナに戻ってからこれからのことを話し合いましょう」
その帰り道のことだった。
彼らは帰り道で魔物に襲われる。いつものようにレムは魔法を唱えて撃退しようとするが……。
彼の掌から魔法が発射されない。彼は必死に魔力を掌に集中させようとするが、出来ない。
まるで魔力そのものが、『薄紅のレム』と共に奪われてしまったようだ。一向に彼の手から魔法が放たれ無い。
「どういうことだ!?俺の魔法が撃てないだと?」
「どういうこと?!」
「リリア様!とりあえず撤退しましょう!」
「ええ!そうね!」
彼らは煙幕を広げて魔物との戦いを避けて、撤退する。
レムは茫然自失していた。
どういうことなんだ?
今まで「普通」に出来ていたことが急に出来なくなるなんて……。
これも『薄紅のレム』が居なくなってしまった副作用なのか?
敢えて戦乙女が口にしなかった、『薄紅のレム』が居なくなった「弊害」が彼自身に実際に起きているのである。
だがこの事実を知る者はいないので彼らはただ愕然とするだけだ。信じられない出来事。
特に『もう1人の自分』を失ってしまった彼には辛い現実だった…。
これではパーティの戦力が通常の半分以下だ。このデザートエンプレスにいることも危険過ぎる。
ショックでリーダーシップを取れないレムの代わりにアドニスが指揮を引き継いで、彼らはレムレースへと帰還することにした。
レムレースへの帰還の旅路、リリアはアドニスと話し合いをした。
「レム様が魔法を使用出来ないなんて前代未聞の事態ね……」
「俺の勘ですが、今までレム様が魔法を使用出来ていたのは実は『薄紅のレム』の力なんじゃないかと思います。そう思うと突然魔法が使用出来ない事態も納得がいく話ではありませんか?」
「私もそう思う。『薄紅のレム』がその魔力の源だと考えれば、その『彼』が居なくなるということは魔力の源を絶たれるということに繋がるよね」
「この先の戦いは試練の連続になりそうですね…」
「そうね…」
「今は翔子ちゃんに彼を任せてみましょう?彼を支えられるのはたぶん彼女しかいないわ」
「その間は俺達で魔物を倒していきましょう」
「ええ。そうね」