6-1 魂を2つ持つ者
頭には黒い4枚羽根の羽根飾りが、身体には漆黒の戦鎧を纏い、下半身には真っ黒な絹の布を巻き付けて、右手には漆黒に剣を握っている。左腰にはその剣を収める鞘が下げられていた。
彼は翔子、リリア、アドニスに振り向くと柔らかい微笑を浮かべる。綺麗なピンク色がかった赤い瞳が優しく輝きを放つ。
「君達に逢うのは初めましてかな。私は『ラーズグリーズ』だ。最も君達の間では『薄紅のレム』と名乗った方が馴染み深いかな」
「貴方が『ラーズグリーズ』……。伝説の御伽話に出る漆黒の悪魔」
「『悪魔』……か。確かにそうとらえられてしまうのは致し方ないことかも知れないな」
そこで彼は頭の兜を脱いだ。彼らは驚く。そこに居たのは、漆黒の頭髪のレンブラントがいたのだ。瞳が薄紅色の男性がいた。あの特徴的な髭はない。
本当に彼は『薄紅のレム』なのであろうか?確かに姿は、薄紫色のレンブラントに似ている。だが、この黒髪の男性が本当に『薄紅のレム』なのだろうか?
疑問に満ちた目をしている、彼らに『薄紅のレム』は、その証拠に一時的に意識を『薄紫色のレンブラント』に返す。すると、彼らの目の前で不思議な現象が起きた。レムの頭髪が『薄紫色のレンブラント』の頭髪である銀髪に戻って、髭まで生えたのだ。瞳を見るとあの薄紫色の瞳になっている。
「レンブラント様」
「その様子だと戻ってきてくれたのですね?『薄紅のレム』様が」
「ああ。その通りだ。あの時、翔子。君が重傷を負ってしまった時、俺は死界で願いをした。「俺はどうなっても構わない。だから…力が欲しい…!」と。そうしたら、あいつが『薄紅のレム』が戻ってきてくれたんだ」
「その『薄紅のレム』があの『ラーズグリーズ』だったんですね」
「そうだ。これで俺はもう大丈夫だ。あいつが戻ってきてくれたし、これからもあいつが心に棲んでくれるらしい。だから…もう大丈夫。みんなには心配をかけたな。すまなかった」
「いいよ。これでまた、いつものレムに戻ってくれたのなら」
「そうね。これでまた、旅の続きができますね」
「今のところはあのシャルロットは襲ってはきていません」
「これからどうやって彼と『薄紅のレム』様を呼び分ける?」
「なら……『薄紅のレム』こと『ラーズグリーズ』はそのまま『ラーズグリーズ』と呼んで、今の状態の彼は「レム様」って呼びましょう?」
「アドニスの呼び方なら混乱しなくて済みそうね」
「レムはどう思う?」
「俺はどう呼ばれても構わないが。俺の中の『ラーズグリーズ』も呼び名には拘らないらしいよ」
「これでようやくパーティも元通りね。本当に良かった」
「翔子。君が側に居てくれたお陰だよ。ありがとう。出来るなら、これからも側にいてくれるか?」
「勿論」
和やかな雰囲気のパーティに、何処からか冷徹な女性の声が響いた。人間的な温かさなど感じさせない理性的な声が響いた。
「ラーズグリーズ。今すぐに我が主神オーディンの下に戻りなさい」
「あれは……!?」
「ワルキューレ……か」
「ワルキューレ?」
目の前の青空には、その青空に溶けるような鮮やかな浅葱色の戦鎧を纏う金髪の乙女が空に白い羽根を羽ばたき、彼らを見下していた。姿からしてあの
彼女は不機嫌そうな眼差しで彼らを見下ろしている。冷徹に輝く空色の瞳が『ラーズグリーズ』に元居るべき世界に戻るように迫る。
「貴方の居るべき場所はそこではない。我が主神オーディン様の場所……神界アスガルドなのよ。いつまでも宿主の精神に間借りしている訳にもいかないでしょう?」
「ワルキューレ。相変わらずだな。その理性的な性格は?」
そこであの『ラーズグリーズ』がまた表に出た。黒髪の男性がそこにいる。薄紅色の瞳が空色の瞳を見つめて、彼はこう指摘した。彼の主神オーディンに対する想いを。
「オーディンは私が転生する間際、私に使命を与えたな。『竜宝玊ドラゴンオーブを探し出し我に献上せよ』と。だが、人間界の安定を護る宝を献上して、奴は何をしようとした?人間界の破壊を実行しようとしたではないか?それが本当に人間を生み出した神がするべきことか?」
「相変わらずなのは、お兄様の方ですわ」
「それはどういう意味かな」
「オーディン様に逆らうのは私が許しませんわ」
「ラーズグリーズはオーディンの下僕だと言いたげだな。お前こそ、目を覚ましたらどうだ?オーディンが人間達にしようとしたことを。奴は人間達をただの「道具」としか見ていない。いや…「道具」以下の扱いをしているではないか」
「神にとって「人間」など「道具」で何が悪い?人間共は自分達に起こる破滅を他人のせいにして我々「神」に無責任にすがる。普段は神の存在など気にすることも無い癖に。自分達の危機になったら「神よ。助けを」とすがる。そんな者達など我々にとっては「道具」以下の存在よ」
「確かにそうかも知れない。多くの人達はそうかも知れない。だが、人間達の間でも神に対して畏敬を表す者達だっている。元々、人間とは自由意思を持つように創られた存在の筈だ。それを否定するのは人間そのものを否定することではないか?」
「だが、オーディンは彼らを操り人形にするどころか、人間界の抹殺まで視野に入れていた。我々は人間と神の間で輪廻転生する者達だ。そうして人間の『想い』に触れて、生きる存在の筈だ。忘れた訳ではあるまい?」
「あくまでも我が主神に仇なすという訳ですか。あのトチ狂った
「トチ狂った?彼女が?」
「お姉様もそう言って、人間達の味方をした。我々、戦乙女はオーディン様の命令で神の世界に人間達を迎え入れる女神のはずなのに」
「それは、トチ狂ったというより、本来の使命に目覚めたという方が正しい表現なのではないか?」
「で、結局のところ、どうする?」
「答えはとうに出ている。私は、彼らと……この宿主であるレムと共に人間界の危機に立ち向かう。人間界の最後まで見守る。そして、出来ることならば、彼らと共に生きたい。ラーズグリーズはオーディンの意のままには動かない」
「なるほど。わかり易い答えだこと……。我が主神は寛大なお方だが、それを聞いた主神は嘆くことでしょうね。お兄様は我々の中では一番に強い神だったから」
浅葱色の戦乙女は最後に警告の言葉を掛けてその場から去った。
「ラーズグリーズよ。貴様が主神オーディン様に仇なしたことを後で後悔しても、遅いぞ。先程の答えを撤回するなら今のうちよ」
「撤回するつもりはない。私は彼らと共に行く」
「あくまでもオーディン様にたてつくか……。それもいいだろう」
「後悔しても貴様に逝く宛など無いのだからな」
「……」
嘲笑うような冷たい微笑を浮かべるワルキューレ。浅葱色の戦乙女はそのまま、神界アスガルドへと事の次第を報告する為に去って行った。
残ったのは、これから先の事に少し不安を抱く、翔子、リリア、アドニスの3人の人間と、宿主であるレンブラント。そして、主神オーディンに仇なし、共に戦うことを選んだラーズグリーズであった。
「いいのか。ラーズグリーズ?」
「ああ。私は君達に賭けたいんだ。この先に起こる出来事は恐らく主神オーディンが絡んで来るだろう。だが、私は一度、主神に仇なした経験がある。今に始まった事では無いからそれだけは安心して欲しい。だが、この先は「試練」の連続になるだろう…」
「だけど、私達には『ラーズグリーズ』の加護がありますから」
「ありがとう。せめて、私もそのラーズグリーズらしい働きをしてみせるよ」
そして、ここから、この先の戦いは神界の主神オーディンの企みまでをも巻き込んだ戦いへと移ろっていく。そして、あの元愛妻であるシャルロットの思惑までをも巻き込んだ戦いになるのであった。