神界アスガルド。
主神オーディンが住まうこの神の世界。そこは美しい花が咲き誇る平原の向こうには、荘厳な白亜の城が建てられ、季節は1年中、心地よい春のような気温が保たれている。鈴蘭の花びらが舞い散る平原。新緑の緑に彩られた平原は何処までも続いている。
そして、その白亜の城の王座にはこの神の世界の創造主であるオーディンが堂々たる佇まいで玉座に鎮座している。傍らにはフレイという名前の豊穣の女神を従わせて。
そして、今まさに、あの浅葱色の戦乙女がそのオーディンの前でひざまずき、先の出来事を報告している姿があった。あのラーズグリーズがまたしても主神オーディンに逆らうことを宿主の口を借りて明言した事を報告している。
「ラーズグリーズ。またしても主神オーディン様に逆らうというのですか。呆れた人間想いですこと」
「そう言うな。フレイ。あの、ラーズグリーズらしい性格ではないか。今世では『男』に転生したと聞いたが、元々、あやつは男性にも負けない意志の持ち主だ。だが、一度ならず二度も我に盾突くとは大した肝の戦乙女だな」
「如何致しますか?オーディン様」
「ふむ。奴に直接裁きを与えることなど造作も無いこと。それよりも、もっと奴の神経を逆撫でするような仕打ちをしてやろうではないか」
「何か計画がございますね。オーディン様」
「かねてから懸案だった、地上の国へ侵攻を開始する。あの『聖なる蒼』の女王は、少々厄介な女であるからな」
「ブルーセインツですか」
「そうだ。そのブルーセインツを襲撃すれば自ずとラーズグリーズは現れるだろう。奴は我々の襲撃を黙って見過ごすことなど出来ないはずだ。そこで、ラーズグリーズが我らに剣を向けて来たら、攻撃の意志があるということで抹殺する口実も出来るというもの」
「何もわざわざ、我らから攻撃することは無いということですね?」
「その通りだ。ワルキューレよ」
「貴公には、そのブルーセインツへの攻撃を命ずる。そして、ラーズグリーズが貴公に剣を向けて攻撃して来たら、抹殺しても良い」
「……了解いたしました」
浅葱色の戦乙女は主神オーディンに深い一礼をすると気高い赤のカーペットで覆い尽くされた玉座の間を退室していく。
赤き玉座に深く座り込む主神オーディンは、軽く頷いて、唇を笑みの形にしていた。
傍らに控える女神フレイは、主神に仇なすラーズグリーズの話題を続ける。忌々しそうにその美しい顔を怒りで歪ませる。
「レム。またしてもオーディン様に逆らうなんて。何を考えているのかしら?全く……」
「あまり怒るなよ。フレイ。その綺麗な顔が台無しになってしまう」
「あの者が逆らうことは充分あり得ること。あやつは一度決めたことは、曲げない神だ。だからこそ、今まで忠実に任務を遂行してくれていたのも事実」
「だからと言って、彼にも判っている筈です。彼自身が存在するにはオーディン様の存在があってこその存在だと」
「だが……『王呼の秘法』が人為的に発生した時、あやつは神界には戻って来なかったという報告を聞いた。ならば、何処にその魂が彷徨っていたというのだ?我々の知らない世界を漂っていた訳でもあるまい」
「その場所が判ったなら、その世界も我が物になるだろう?……そうだろう?フレイ」
「え、ええ……」
「ならば……早々に始末しなくてもよい。神界にはまだ被害が出ている訳では無いからな」
あの時の人為的に発生した『王呼の秘法』の存在は彼らとて判っていたことだった。だが、あの時の『王呼の秘法』でラーズグリーズの魂は神界には戻って来なかった。何処にいたのかも判っていない。
だが、ラーズグリーズの魂が転生する場所ならば、どこにでも神界アスガルドの影響を与えることが出来る。何処か判ったならば、その世界をも掌握してやろう…というのが主神オーディンの狙いだった。
だからこそ、ラーズグリーズの始末はこの際後回しにしてもよいのだ。
神界アスガルドで浅葱色の戦乙女の襲撃を受けたブルーセインツは、自国を守る為に戦闘に突入した。神界アスガルドの刺客達は容赦無く彼らを襲う。
その報告は程なくレムレースにもされた。ブルーセインツは大事な同盟国。特に女王アンドリアは先見の明を持つ女王だ。彼女を失うのはこの世界には痛い。レンブラントは、ブルーセインツを守る為にその国へ旅を始める。
ブルーセインツは四宝では神の槍グングニルを護る国でもある。その国は神の世界アスガルドにも通じているという。世界を支える大樹でもあるユグドラシルがあるのもこの国である。
穏健派で知られるアンドリア女王だが、人間界を護る為には武力行使を致し方ないという考え方をする人物である。
そして神の身勝手な襲撃に怒りを覚えたアンドリア女王は、人間界を護る為に闘うことを決意した。
一方。神界アスガルドでは、かつてオーディンが回収を命令した四宝である『竜宝玊ドラゴンオーブ』が今は、特別な力を持たないただの女性の手の中にあるという報せを聞いたオーディンは、これは絶好の好機と思ったのか、浅葱色の戦乙女に回収を命ずる。
「ドラゴンオーブが我が手に収まれば、人間界の戦乱が広がって絶好の好機というもの。これを見逃す程、私は甘くないのでね」
それが、オーディンからの答えだった。