7-1 最後の四宝
死者の谷へと足を踏み入れたパーティは、いわゆる『死者の世界』に入った。そこは死者の女王ヘルという妖艶な女王が治める世界。彼らが歩くとそこには霊が彷徨き、そして彼らに茶化すようにこう声をかけられる。
「ようこそ、死にたてさん達。ここは地獄の1丁目だよ」
「死にたてって」
「気を付けなよ。この地獄では、女王ヘル様の許可がないと思う所に行かせてくれないよ」
「ねえ?この霊は何?」
「オレたちはシャドウ。言うならあんた達の影さ」
「またを言うと、死にきれなかった霊魂とも聞くね」
「げえっ!?そこにいるのは『ラーズグリーズ』!まさかラーズグリーズがいるなんて聞いちゃいねーぞ!」
「慌てるな。別に女王ヘルを討ちに来た訳ではない」
「なら、何でここにいるんだ?」
「大樹ユグドラシルの下に行きたい。何処にあるか知っているか?」
「ユグドラシル?あの世界樹か。なら、尚更、女王ヘル様の洗礼を受ける必要があるね」
「洗礼?」
「地獄の炎に触れる洗礼だよ。新参者は必ずその洗礼の炎に触れるのが義務なんだよ」
「まあ、先に進めばわかるよ」
地獄の1丁目へようこそ。とはなかなか洒落た挨拶だなと思った翔子。洒落にならない状況だが、確かにここは地獄の1丁目なのだ。そこは思っていた以上に暗くない世界だ。それでも暗い世界には違いないが。翔子が思う"暗い"とは雰囲気を指す。いわゆる、怨嗟の声とか羨望の声、絶望の声などが聴こえる場所と思っていたがシャドウ達は意外に明るい地獄の案内人である。おかげで陰鬱になりがちなパーティの雰囲気も明るい。彼らは程なく地獄を治める女王ヘルの部屋へと入った。
「お前は誰かと思ったがラーズグリーズか。上の世界は今酷い状況になっている様子だな。こんな場所に立ち寄る時間があるのか?」
「あまり時間はないが、貴方の世界では貴方の洗礼を受けないと大樹ユグドラシルの下には行けないと聞いた」
「大樹ユグドラシルに用があるのか?」
「まあな。その為にも洗礼の許可を頂きたい」
「わかった。洗礼の炎に触れて来るが良い。この者が案内する」
女王ヘルはおよそ地獄を治める女王とは思えない程、美しく気高き姿をしている。灰銀色の長い髪に黄金色の危険な瞳。服は豪華な装飾が施されたドレス。爪には真紅のネイルが塗られている。彼女は堂々たる佇まいで玉座に鎮座していた。
案内人のシャドウは一言だけ言い、彼らを炎の洗礼の部屋へと案内した。
「地獄は広く深い。送り届けるだけなら協力はしてやる」
「洗礼の部屋の炎に触れれば完了だ。そこからは自由に行動をするがいい」
炎の洗礼の部屋に来た。
ここで洗礼を受けると大樹ユグドラシルへと行ける。確かにそこには炎が焚き付けてある。それを専用のスプーンですくいあげ、彼らの体にかけるという。
「炎の洗礼を受けるのだな?」
「全員分、お願いしたい。女王ヘルの許可は貰って来た」
「はい。確かに」
洗礼を担当するシャドウは銀色の細かい装飾のスプーンで炎をすくいあげると。やがて彼らにその炎を上から振りかけた。彼らの体が赤く光る。
「炎の洗礼はこれで完了だ。ここから大樹ユグドラシルを目指すなら、ユグドラシルの根をかじる魔竜には気を付けた方がいい」
「魔竜?」
「ちなみに聞いた噂だと、その魔竜の腹の中に魔剣レヴァンテインが納められている様子だ」
「こちらも最後の四宝は回収したい。まずはユグドラシルを目指そう」
「そうね。そうすれば神槍グングニルとも対等に闘えるでしょう」
彼らは『死者の世界』の最深部へと目指す。ひたすらに、深く、深く地底に潜る。まるで奈落の底に向かうように。
奈落の底に到着すると確かにそこには大樹ユグドラシルの根をかじる魔竜の姿があった。美味しい蜜を賞味するように、ユグドラシルの樹液を味わう。
ここでレムは鞘から剣を引き抜き、剣でその魔竜を小突いた。
「こら。大事なユグドラシルを枯らす気か」
「何奴だ。我に剣を向ける愚かな者は?……貴様はラーズグリーズ」
「よくわかったな」
「大方、我の腹の中の魔剣が欲しいのだろう?」
「そうだが。だが吐き戻したものは汚いからな。ここはすまないが、死んで貰おうか」
「ホラ吹きも大概にしろ!!人間風情が!!」
魔竜はいきなり、漆黒の炎を吐いた。反射的に回避するパーティ。その漆黒の炎が当たった場所はまるで最初から存在していなかったように消滅してしまっている。
「何!?あの黒い炎は!?」
「なるほど。全てを消滅させる炎が何処かに存在すると聞いてはいたが、まさかこいつとはな」
「どうする?当たったらただでは済まないよね」
「被弾はするな!あれに当たると、文字通り『消滅』するぞ!」
「はい!」
「まだまだこれからよ!」
紫色の魔竜は己の力を誇示するように、翼をはためいて漆黒の炎の弾を何発も撃ってくる!
触れる物一切を消滅させる炎は、あらゆる壁を床をくり抜くように消滅させる。
凄まじい炎の嵐だ。
ここでレムは己の剣に取り付けられていた特殊装置を使用して、上空にいる紫色の魔竜に驚異的なジャンプで襲いかかる。
「油断したな!」
「何だと!人間がこんなに高く跳べるのか!?」
「あれは……イクシードですか」
「何?アドニス?その"イクシード“って」
「オーバーテクノロジーの1つです。レム様の剣には重力を自在に操る装置が実装されているのです。
それがイクシードという名前です」
「それを発動させると、驚異的に跳躍力を高めたり、逆に剣で敵を空中に打ち上げたり出来るんですよ」
アドニスの説明の最中でもレムは己の剣で引き裂き、切り刻む。そして今度はイクシードで紫色の魔竜を床に叩き付けた!
「今だ!一気に攻撃だ!」
「地上なら負ける気はしません!」
「やってやるわ!」
一気に攻勢に出るパーティ。彼らの暴風のような攻撃で紫色の魔竜は狼狽え、悲鳴を上げる。
「なんだ?!コイツらは!?」
「逃げる前に仕留めて見せる!」
「上に……」
「そうはさせない!」
上空に逃げようとすると、すかさずレムはイクシードで床に縛り付ける。紫色の魔竜にはとてつもない重力が掛けられている。その重力は地上の30倍だ。潰されてしまう程の重さに耐えるのが、腐ってもドラゴンらしい。
やがて、彼らの猛攻に力尽きた魔竜はその場で屍になってしまった。
床にはおびただしいドス黒い血が流れて、何とも言えない死臭が漂う。五感が敏感な翔子やレムには耐えられない程の死臭だ。
思わず翔子は身に着けて来たハンカチで鼻を抑えた。
「酷い臭いね」
「レム様。こいつは確かに、腹の中に剣を呑み込んています。金属の気配が剣で貫いている時、感じることができました」
傍らに屍になった魔竜を指さしアドニス。レムはその屍を調べ始める。すると裂かれた肉から、確かに剣の柄が見えた。冷たく輝く剣の柄。彼は握り締めると、一気に引き抜いた。
レムの左手には、漆黒の魔剣が握られている。細身の明らかに普通の剣ではない魔性の気配がありありと漂う。
まるで、氷のように冷たく刃が輝いた。
「魔剣レヴァンテイン。これが最後の四宝だ」
「すごい存在感です……」
「何かこの剣に吸い込まれそう」
「魔性の力を感じます。凄い力ですね」
「まるで闇みたい。この剣自体が大きな闇を抱えているみたいです」
「これなら、神槍グングニルにも引けを取りませんね」
「ああ。そしてこの瞬間から、俺はこのニブルヘイムを護る人間となる……」
「これで四宝がこちらに3つ。あちらに1つある訳ね」
「ここからが本番だね。行こう!あれが世界を支える大樹ユグドラシルだよ」
「あれが……ユグドラシル」
彼らの目の前にはそれは世にも大きな大樹が美しく立っていた。すべての生命の母というべき大樹。
彼らはその根本から神界アスガルドへと目指す。
そして世界一の木登りが始まった。