8-1 歪みの世界樹
完全に秩序を失った地上の世界に戻るラーズグリーズのパーティが垣間見たのは、漆黒の混沌の力に呑み込まれて消えてゆく地上の様子だった。地上の人間達が無情にも混沌に呑み込まれ還っていく。母なる混沌に。
人々の悲痛な叫びも儚い祈りも何もかもが、溶けて消えて混沌に還っていく。
歯止めを失った混沌はまるで全ての存在を、世界を、何も無いゼロの世界へと戻そうという意思が働くかのように、全ての存在を呑み込んていく。
それに対して、ラーズグリーズのパーティは何も出来ない。ただ、自分達の存在は誰かが許してくれているのだろうか。彼らは混沌に呑み込まれることは無かった。
混沌に呑み込まれる人々を助けようとも思ったが、もはやそれは、やるだけ無駄だった。人1人を助けたところで、無数の人々を助けることは出来ない。
彼らは何も出来ない。母なる混沌に還る人々の悲痛な叫びを聴くしかない。儚い祈りを聴くしかない。すべての存在の源、混沌に還ることは、世界を再生させる時に必ず必要な存在として、あるいは許されているとも言えるのだ。
そんな彼らがいる地上で、ここで新しい世界の世界樹が唐突に姿を現した。その世界樹はまるで、新たな女神の『歪み』を表現したかのような枯れた世界樹がそそり立つ。まさに『歪みの世界樹』であった。
歪みの世界樹には緑の葉は生えていない。まるで枯れた老木のような姿をしている。だが、それはすなわちまだ新たな世界が生まれたばかりだから。
「あの枯れた木は?」
「あそこは確か、ユグドラシルがあった場所ではないか?」
「あれが新たな世界の世界樹。だけど、まだ生まれたばかりなのかな。枯れた醜い姿をしているね」
「つまりは、まだ俺達にも可能性が残っている訳だ」
「可能性があるなら、何とかなる筈ですよね」
「俺達の存在が許されているのはリリアのお陰だしな」
「リリアさんのお陰?」
「リリアは混沌の女神と云われる存在だ。その女神が俺達の存在を許しているから」
「私だってアドニスと貴方が混沌に呑み込まれるのは嫌です。もちろん翔子ちゃんも私達の仲間なんです。そんな人達が私の前で消えていなくなるのは嫌です」
「共にラーズグリーズと闘うことに決めたのですから」
パーティを先導するラーズグリーズはそんな彼らはただの仲間を越えたつながりがあるのを知った。パーティの1人ひとりが己の大事な存在(もの)の為に闘うことを決意したことを魂だけの時に見つめていた。
レムは翔子の為に。
翔子はレムの為に。
リリアはアドニスの為に。
アドニスはリリアと自らが仕える盟主と妻の為に。
闘う理由を見つけて、パーティとして共に戦っている。
彼らはもう、ただの道連れパーティではない。己の大事な存在の為に闘う。それが自分自身の為の戦いになるから。
「生まれたばかりの世界なのね。ここは?あのシャルロットが生んた世界なのね」
「翔子ちゃん。気にならない?あのシャルロットが生んた世界?」
「気になるのよ。さっきから」
「だよね。シャルロットは『男性』そのものを否定していた。それは今までの戦いでも言われていた事柄だよね」
「同時に恐怖も感じるの。リリアさんは?」
「私も怖い。もし……このパーティに存在する人達が居なかったら、とても怖い世界が広がっているに違いないわ……」
「なら……見るだけ見てみよう」
「レム様?」
「ここで討論しているよりかは、直に見た方が早い」
「そうですね。目に見える世界がどんな世界なのかは見た方が早いです」
「怖くなったら、早くそこから去ろう。そうして奴の下に向かう」
「いざとなったら俺達で守ります」
「いいかな?ラーズグリーズ」
「判った。いざとなったら我々で彼女達を守ろう」
そんな時。目の前に丁度、街が見えてきた。かつて訪れたことがある街。雨の街レインベース。
そこでパーティは今の状況を整理する為にこの街に立ち寄ることにする。
そこに広がる世界はかつて見たことも無い脅威の世界だった。