lem 魔法の自分 夜の素顔
「ふぅ……。流石に26時間、この魔法を維持するのは無理だな……」
真夜中の青味を帯びた部屋で私は考えていた。何故、自分には二人の自分が居るのだろうか?と。
私の中に眠るもう1人の自分。瞳が薄紅色の瞳を持つ漆黒の髪の毛の男性が今宵も私に語り掛ける。
何故、俺は私の中に居るのか?とかそんな話。だけど、そんなこと。私が知る筈も無い真実だ。
毎日のように、忙しいレムレースの執務に追われている私には、それよりも優先したい事柄がある。
それは、自分自身の五感の鋭敏さが関係している。私は他人と比べると比較にならない位の五感が良い。ただし、言い方を変えると、その五感の鋭敏さが心理的ストレスとして感じるのだ。
例えば、同じオレンジの果実1つとっても、味覚が発達している私はちょっとした甘みの違いが判り、今日買ったオレンジは当たりかハズレかを判断してしまう。それだけならまだしも、嗅覚に敏感な私は、その場に漂う匂いにも敏感に反応してしまう。常にレムレースの街には料理を売る露店が開かれている訳だが、不快な匂いを嗅ぐと吐き気を及ぼす程の敏感さを持っていた。普通の人が何でも無いように集まる映画館にも満足に楽しめない程の嗅覚が、私の心理的ストレスの源になってしまっている。つまるところ私には、この鋭敏な五感は私の行動範囲を自然と静寂が支配する書庫へと向けられた。
父親の代から私の代までに集められた古今東西の本が集まる書庫。ここはいい。書庫独特の埃と塵の匂いはいかんともし難いが、馬などの動物の匂いト比べれば数段マシだ。それに書庫独特のこの分厚い本棚があらゆる騒音を遮断してくれる。私は聴覚までも良い。優れた聴覚を持つ者にとっては、たまにレムレースの街は騒がしいとも思えてしまうが、この屋敷の書庫に行けばそれに晒される心配は無かった。
私が小さい頃はまだこれ程の感覚は無かった。しかし、魔法の腕が上がるに連れて、その五感は徐々に鋭く鋭敏に成長をした。それもかなり不安定な成長の仕方だった。ある時期は横這いの状態が続いたと思ったら不意打ちを喰らうように急激に成長するのだ。その度に私は突然変わる味覚や触覚に困り例え衣服であっても感覚的に不愉快に感じて、どの食事も口に合わない時期が続いた。視覚からは過剰な情報が雪崩れ込み、私の神経を疲弊させる。そして、夜になると、私は昼間のウサを晴らすように、リリアを乱暴に犯した。 その時は彼女に指摘されるまでわからなかった。リリアを犯す私の目はいつでも薄紅色の瞳だったという事を。
リリアがレムレースの街に来たのは偶然では無い。彼女は混沌の女神と呼ばれる存在だ。私が書庫に籠もるのはその混沌の女神に関する調査研究の為にしているのだ。だが、これは義務でもあった。代々のレムレースの盟主に与えられた大事な義務。この世界に混沌の女神が現れたら保護する義務がある。なので、私はついでに彼女に夜伽をお願いした。私が夜になると見境なく暴走しないように見張る枷として。同時に快楽の共有者として。
鋭敏過ぎる五感を持つ者にとってはセックスの時間もかなりであるが感覚的にキツイと思う事もままある。恐らく、セックスの五感も他の者より鋭い筈だ。セックス程、人間の理性を取り払って本能でする行為は無い。だが、リリアの素肌は心地よい。汗で滲む匂いも良い香りだ。まるで彼女は私の為に誂えた身体を持っていた。心まではそうはいかなかったけど、私は彼女とは元々恋愛関係になるつもりは無い。最初から彼女とはただの身体だけの関係だった。
だけど、五感が鋭いぶん、その時の相手となる人間の感情に鈍感では無い。リリアが見せるその時の表情が私に語り掛ける。レムレースでその日、何があったのか?何がリリアを傷付けたのか、彼女に向けられた街の人間の負の感情は何だったのか?それを私は、行為の最中に聴くことが出来る。彼女には縋りつくことが出来る人間は私しか居なかった。彼女は必ずしも歓迎された人間では無いんだ。むしろ世界が滅びに向かう時に現れる人間だから、滅びの遣いのように彼女を扱う者が多い。そんな彼女を守る存在はアドニスが居たが、夜は私に縋りに来る。例え快楽の関係でも、私は彼女を否定しない。例え彼女が私を否定しても。
だが、この傷だけは見せる訳にはいかなかった。私の人生に確かな傷を残したリストカットの傷痕。左手首にあるこの傷痕を隠す為に常に左手に手袋を填めた。人より触覚が良い人間である私は、それを填めたままでも、女性の聖域の感触は手に取るように判るから。だけど、リリアは何時も不思議そうにその黒い手袋を見つめていたのは記憶にある。
ある夜。私に抱かれるリリアが聞いてきた。
「あの……?」
「なんだい?」
「その左手の手袋……外さないのですか……?」
「外さないよ。何故、それを訊く?」
「べ……別に……。ただ……感覚がわからないのではと、思って……」
「感覚?ああ……君のここの感覚…?」
淫らな音を立ててかき混ぜる。彼女の花びらを。その左手で。さすがに濡れた感触まではわからないけど、彼女の身体が熱を帯びて私を求めているのは判る。
彼女は恥ずかしそうに声を上げて、私の首に腕を絡めてきた。
「音を聴けは判るよ……。随分と濡れているな。中の感触を解説してあげようか?リリア?」
「要りません……!恥ずかしいから」
「君のここはこう言っている。私が欲しい……と。このまま、身体を繋げたいと。どうだ……?図星だろう?」
「はう…ぅ。アァッ…!」
「リリア。遠慮する事は無い。キスが欲しいなら君からキスをすればいい。私は君を否定しない……」
リリアはそのまま、私と激しいキスに溺れる。彼女は全ての肌を晒して私と口づけしながら、跨ってそれを受け入れた。
確か過ぎる感覚が私の脳に刻まれる。普通の人のセックスで感じる感覚が私の場合は全て2倍以上の感覚で感じることが出来る。
彼女の喘ぎ声が鋭敏な聴覚を持つ私にはいつもよりも激しい事を訴えている。
彼女の汗の匂いはいつもよりも良い匂いだ。それはしっとりと彼女の全身を濡らしている。
彼女の口づけの味は、まるで彼女が今日もレムレースの街で嫌な事柄を感じたようにただひたすら、哀しい。
彼女の花びらはそれを忘れようとするように濡れて、私を懇願している。
「私……今日もレムレースの街で野蛮な人に身体を求められた…。金をやるからセックスさせろって…!私はもう嫌なの……!こんな……娼婦みたいに身体を売るなんて……」
「……娼婦じゃない。君は汚く無い。私の見張りをしているだけだ。君にも知っていて欲しい。私の夜の真っ赤な目はいつでも狂気を宿している。その狂気を抑える為に君はこうして私と肌を合わしているんだ。娼婦じゃない」
「レム様……!アアッ……!」
「お願いだ。夜だけでいい。私の狂気を抑えてくれ……!私に人を傷つけさせないでくれ……!セックスの合間に君を傷つけるかも知れないけど、せめて私に人を殺す真似をさせないように抑えてくれ……!」
「お願いだ……!」
「レム様……」
「お願いだから……私に抱かせてくれ。君を。怖いんだ。自分が」
「怖い?自分自身が?」
「私の中には、私が知らない『自分自身』が居る。それが夜になると表に出て私に語り掛ける。『自分自身は何者なんだ』って。それが堪らなく怖い……怖いんだ……」
「でも、昼間のあなたは普通です」
「眩惑の魔法のお陰だよ。私は朝起きると魔法を自分にかける。『薄紫色のレンブラント』になる為に。だけど、その魔法も24時間は効かない。せいぜい、太陽が上っている間だけだ。夜は効かない魔法なんだよ」
「こんなに夜が怖いものなんて思って無かった……」
行為を終わらせて私は起き上がる。全裸のまま、ベッドから起きて、黒い手袋に覆われた左手を見た。リリアも全裸で私を見つめていた。
「何時になったら……お互いにこんな生活から抜けられるのだろうな?リリア……」
やり場の無い悲しみが私達を覆い尽くす。
だけど……その運命ももう一人の『彼女』によってやっと終わりを見ることが出来た。
それが翔子。君の存在なんだよ。