9-1 最後の闘い
翔子は思っていた。
この世界に伝わる御伽話の一節を思い出していた。
歴史が大きく変わる時、ラーズグリーズはその姿を現す。初めには漆黒の悪魔として。悪魔はその力で持って大地に死を降り注ぎ、やがて死ぬ。しばしの眠りの後、ラーズグリーズは英雄として現れる。
その御伽話が現実になって戻って来た。ラーズグリーズ・レムとして。
気高いまでに美しいその戦士は、今、3つの魂が混ざり合って1つの魂として存在していた。世にも気高い戦の神として。その力は彼女、シャルロットさえをも、上回るあらゆる神を凌駕する者。
シャルロットは怒る。あらゆる存在よりも愛しき者がよりにもよって何の変哲も無いただの人間の魂と融合を果たすなんて!ラーズグリーズとの融合を果たす為に今まで、準備を整えて来たのに。それを全て拒絶された事に。最初からその運命を決められていた事に、怒りを表に出した!
「ラーズグリーズを支配するのはこの私だ!!貴様のようなただの人間などこの場で全員、抹殺してくれるわ!!」
「来い。咎人よ。全てに決着を付けよう。そして裁きを下してやろう。贖って貰うぞ。貴様の魂の消滅をもって…!」
「貴様の払った代償は余りにも大きい事をその身で教えてやろう」
(この人はもう、あのレムではないのね。ラーズグリーズのレムなのね。でも、なんて気高い黄金色の瞳なの?なんて気高い美しさなの?この世の者とは思えない)
「クズ共が消えろ!」
神の槍グングニルが放たれた。
だが、ラーズグリーズ・レムには一切効いていない。
だが、グングニルが頬をかすったのだろう。その頬から血を流すラーズグリーズ・レム。だが、全く意に返さない様子で冷ややかな黄金色の瞳を向けた。
「私のラーズグリーズを返せ!」
「貴様は何も判っていない。貴様はラーズグリーズの魂を支配しようとした。だが……それは傲慢だ」
「うるさい!貴様に何が判る!?私はラーズグリーズを心から愛している。魂から愛しているの。だから……永遠に2人きりになろうとして何が悪い?!」
「それが傲慢だと言うのだ。魂から愛しているだと?だから、心を支配して、何もかも自分のものにしようとしたのか?誰にもそんな権利など与えられはしないのだ」
「それがどうした?!私は全てを支配する女神だ!女神に出来ぬ事など無い!」
シャルロットがグングニルの力を解放した。この戦いにはアドニスもリリアも翔子でさえも出る幕は無い。だが…見届ける義務がある。レム・レンブラントが己の存在を賭けてラーズグリーズとして闘っている。彼らの願いはただ1つ。
自分達の下に戻って来て欲しい。そしてまた平和な日々を彼と共に送りたい。それだけだった。
その間にもラーズグリーズの白き聖剣がシャルロットを斬り刻んでいる。怜悧冷徹に。彼女が纏った 漆黒の戦鎧から血が滲み始める。
真紅の瞳は目の前に居る銀髪の男性を憎しみに満ちた目で見つめる。それを黄金色の瞳で冷ややかな視線を送り続けるラーズグリーズ・レム。だが、終始、冷徹な瞳を送り続けるかと思われた彼が不意に慈悲に満ちた瞳になり、彼女に降参を認めるよう促した。
「もう、終わりにしよう。シャルロット。君の負けは明白だ。君は確かに世界を滅ぼし、人々の運命を弄んだ。だが…君が俺を好きという感情は偽物では無い。これ以上の闘いは無意味だ。終わりにしよう」
「無意味ですって……?そうね……。終わりにしましょう」
シャルロットが珍しく折れた?
彼らが和解をしようと共に近付いた、その時。
「……そんな馬鹿な話に私が乗ると思って!?」
「危ない!!」
ラーズグリーズ・レムの腹に凶刃が襲いかかる。だが……!
「がはっ……!!」
「どこまでも救いの無い咎人よ。魂の消滅を覚悟出来たか?」
「あれを見て。みんな」
「刺さっていない。シャルロットの剣が止まっている…!」
襲い掛かった凶刃がその前で止まって動けないでいた。
元夫婦は見つめ合う。
先程までは、実に冷ややかな黄金色の瞳だったラーズグリーズ・レムの目は今は人間らしい慈悲に満ちた目で見つめる。
シャルロットは残念そうに、一言呟いた。降参を認めるように。
「神とは思っていた以上に万能では無いらしい」
「その通り。神とは万能では無い。そして人も万能では無い。神も人も心だけは何者も支配してはならない。魂まで支配しようなどとか傲慢でエゴでしか無いんだ」
「私の負けです。ラーズグリーズ」
「貴様の魂の消滅をもって償え」
そして、シャルロットはまるでガラスが崩れ落ちるかのように、その身体を砕け散って、魂を消滅させていった。
何処か、最期の彼女は優しい心を取り戻したように感じたレムだった。
そうして、全ての闘いは終わった。
彼らはラーズグリーズを見つめる。
その身体は光を放ち、別れを告げているかのように見える。
振り向いた彼は、アドニスに、リリアに、そして、愛する妻に微笑む。気高い黄金色の瞳から涙が溢れて来ている。
そして、彼らの行く末が、新たな神話として語られる時が来た。