月が明るく輝く夜、グランサイファーのある一室で騎空団の団長グランはかつてない危機に面していた。
ここは最近加入した団員オリヴィエに与えられた一室。
しかしその様子はいつもとは明らかに違っていた。
まず部屋の到るところに黒い靄がかかっている。壁をほぼ覆うように広がり、扉周りが特に濃くなっていた。
そして部屋の主であるオリヴィエの様子もおかしかった。頬は紅潮し、吐息も非常に荒い。一目で尋常な状態ではないとわかる。
ベッドの上でオリヴィエはグランに覆い被さり、汗ばんだ肢体をグランへ絡める。
「すまない……団長殿……」
オリヴィエは苦しそうな吐息と共に、団長であるグランへと迫った。
「オリヴィエ……」
まさかオリヴィエがこんなことをするなんて……。
その日は昼頃からオリヴィエの様子がおかしかった。
見かける度に、どこかふらついているように見えた。
「オリヴィエ大丈夫?」
そのいつもと違う弱々しい姿を見かける度に声をかけたのだが、返事は決まって「大丈夫だ」の一点張りだった。
実際声をかけるといつも通りで、さっきふらついていたのは見間違いかと思った。
だが一度ではなく二度、二度ではなく三度もふらつく姿を見かけ、さすがに僕もおかしいと感じた。
声をかけると決まっていつも通りの姿を見せてくれる。
だが、もしかしたら団長である僕に心配をかけまいと我慢しているのかもしれない。
そう思った僕は夜、オリヴィエの部屋を訪れた。誰もいない自室でなら本音を話してくれるかもしれないと思ったからだ。
「オリヴィエ、グランだけど今って話できるかな?」
ノックをして呼びかけると扉越しにオリヴィエの声がした。
「……団長殿か、少し待っていてくれ」
少しした後、扉が開く。
中から現れたオリヴィエは明らかに異常だった。赤く染まった頬、焦点の合っていない瞳、微かに震える脚、荒い吐息。
オリヴィエは立っているのがやっとというほど憔悴しきっていた。
「なっ……オリヴィエ!? 一体どうしたの!?」
「大丈夫……とは言えないな。さすがに」
そう言ってオリヴィエは自室に戻り、ベッドに座り込む。
「……昼食を食べて少ししてから、体に異変を感じるようになった。最初はちょっとした気怠さだけだったが、徐々に強い疼きを感じるようになっていった。おかしいと思った私は昼に食べたものを調べてみたんだ……」
オリヴィエは話している間も身を捩らせたり、脚を組み替えていて、まるで何かを我慢しているかのように見えた。
しかし昼食は僕を含めいろんな人が口にしていたけど、オリヴィエ以外には異変は見られなかった。一体どういうことだろう。
「どうやら昼食には『生グァキ』という食材を使っていたようで……性質を見た限り、星晶獣である私とはかなり相性が悪かったようだ……」
「そんな……」
僕も食べたはずだけど『生グァキ』には星晶獣にだけ効く毒性があったのか。だから僕達には異変は起こらず、オリヴィエだけがこんなことに……。
「……だが、そんなことは当の私でさえ調べるまでわからなかったことだ。ローアイン達を責めないでやってくれ……」
今にも倒れそうなほど苦しいだろうに、どうしてそんなに他の人に気が回るのだろうか。それに比べて僕は、こんなになるまでオリヴィエを放っておいてしまった。気を配るべきは団長の僕じゃないか。
「……わかった。もちろんローアイン達を責めるつもりなんてないよ。でも、それよりオリヴィエの症状をなんとかしないと。今セージの杖取ってくるから」
ここまで悪化してしまったら、すぐに元通りとはいかないだろうが、病気ならクリアオールやキュアーフェンで少しは楽になるはずだ。
そう思って部屋を出ようとしたが、オリヴィエに腕を掴まれて立ち止まる。
「待ってくれ、団長殿……」
弱々しい声でオリヴィエが引き留める。
「……『生グァキ』には元々強い強壮効果がある。今回の症状はその副作用のようなものだ。恐らくセージのクリアオールでは治らない」
「そんな……じゃあどうすれば……」
「……私の調べでは、異性の精力を少しでも取り込み、性欲の発散を成せば改善するはずだ……」
「そ、それって」
「団長殿、私と性行為をしてくれないか」
頭が真っ白になった。性行為? 僕と、オリヴィエが?
「……一方的にこんなことを頼んで本当にすまない……。本来なら団長殿の気持ちを考えずにするような行為ではないが……私もそろそろ我慢できそうにない……」
オリヴィエがそう言った時、部屋の到るところに黒い靄がかかっていった。
「なっ」
「……これは宵闇の帳……これで、この部屋の中で起きることに誰も気づけなくなった……」
僕の驚きに応えるようにオリヴィエが呟く。そういえば出会った時、僕達が休息する時にはその安寧を守ることができる、なんてことを言っていたような気がする……。
もしかして閉じ込められたのか?
そう考えた時、オリヴィエが掴んでいた僕の腕を引っ張った。
ベッドに座り込んでいたオリヴィエが上に、僕が下になるように逆転し、そのまま押し倒される。
いつの間にか手には真っ黒な手錠のようなものがついていた。これも宵闇の力なのだろうか。
オリヴィエの方を見るとパンツを脱いでいた。
「おっオリヴィエ!?」
「すまない……団長殿……」
謝りながらも、オリヴィエは懇願する。
ゆっくりとオリヴィエが迫る。
彼女のその姿はあまりにも辛そうで、そしてあまりにも扇情的だった。
「オリヴィエ……」
だからその手を拒むことなんて、僕にはできなかった。
気づけば僕は彼女を引き寄せ、口付けを交わしていた。
最初はそっと柔らかな唇に触れただけだったが、すぐにお互いを求め合うように、お互いを貪り合うかのような熱いベーゼへと変わった。
唇と唇を合わせ、離してはまたすぐに合わせる。それだけのことに言い知れぬ幸いを感じた。
目を閉じて、息を止めて、唇の感触越しにオリヴィエを感じる。
いつしか舌も絡ませて、より激しく求めあうようになっていた。
彼女の舌先を感じる度に、甘く、痺れるような感覚が走る。
彼女の温度を味わう度に、そこから幸福感が染み渡る。
宵闇の帳によって隔絶された二人だけの世界で、互いの存在を確かめるように、互いの体温を求め合うように、僕達は一つになろうとしていた。