迫りくる致死の一撃を肌で感じながらも愛する人と抱き合う幸福を感じていた。
愛する人を失うことが確定しているのに、自分を追ってここに来てくれていることが嬉しかった。
奴隷の身分から解き放っても、命令に反してここにいてくれた。
悲しいのに、触れ合う暖かさが嬉しかった。
目を強く閉じる。
この時間が永遠になってほしいと念じながら。
「ママ―! あの人達抱き合ってる―」
「やめなさい、バカップルなのよ。お金のない貧乏学生だからこんなとこで抱き合っちゃうのよ」
「やばーん」
……は?
訪れるはずの終わりが訪れず、まるでテレビのチャンネルを変えてしまったように全く別の空気がここにはある。
恐る恐る目を開けてみればそこは今となっては遠い記憶になるがあの世界に転移してしまった図書館だった。
もう覚えてないが場所もあの本があった場所だろう。
暇つぶしにとライトノベルあたりを探したような……いや、それはいい。
眼の前には目を閉じたままのリファナがいる。
だが、その服装はファンタジー感じさせる装備ではなくなっている。
今どきの女の子のそれで、はっきり言ってしまえばそう、
……かわいい。
こんな相手を孕ませてしまったのか。
なんだか妙な気持ちだ。
いや、そうじゃないだろ、俺。
状況を把握しなければ。
柔らかく良い匂いの感触に惜しくなるが、ぐっと力を入れてリファナを離してから肩を揺さぶると彼女はようやく目をぱちりとあけて周囲の様子を見てさらに驚く。
やはりここは日本だ。
「あの、ナオフミ様?」
「しっ! ここでは静かにしなきゃいけないんだ。俺も理解が追いついていないから考えさせてくれ」
転移の原因になった四聖武器書を開く。
──刀の勇者は盾の勇者を倒し、その場にいた全員は悲しみを胸に抱きながらも前を向きます。
盾の勇者の犠牲を無駄にはしないと盾の勇者の作った街のみんなは元気に生き、そんな様子に国のみんなも亜人を見る目が少し変わりました。
なにより、第二王女が王座を降りた王と女王のあとを継いで女王になり、刀の勇者とともになって盾の勇者の代わりに彼らを保護しました。
いつか死後彼らにあったときに自慢できる自分であろう。
彼らは盾の勇者の死を無駄にしなかったのです……
なんだか殺しておいてと腹が立つ感じがあるが、どうやら残してきたものに心配はないらしい。
あえて言うならフィーロだが、まあ、フィトリアもいるし、ユウも嫌っていなかったわけだし、卵生んでるしまあ、うまくやるだろう。
肩の荷がおりた、といえばいいのかもしれない。
いきなり呼び出されて、いきなり戻された。
でも死ぬところで最も大事なものを報酬にもらえたと考えれば文句はない。
「ここじゃあまり話ができないな。少し移動するから付いて来てくれ。ここが何処なのかは道中説明する」
「はい」
カクカクシカジカというのはこういうときに使えばいいのだろうか。
図書館を出るとリファナは目を丸くして驚いている。
まあ、当然と言えばそうだろう。
都市部にある図書館なせいもあり、ビルやデパートが沢山立っているし、車の通りも多い。
「ナオフミ様? ここは一体どこなのですか?」
「ああ、俺の……世界のようだ」
海外から日本に戻ってきた人が空気に匂いがあると感じるように、今俺はこの世界の匂いを感じている。
……空気が悪いような気がする。
異世界の方は空気が澄んでいた。
あれほど帰りたかった世界だったが、今は正直困惑している。
「何故か俺達は死なずにお前を連れてこの世界に戻ってしまったらしい。今は状況を整理するために付いて来てくれ」
「はい!」
死ぬところだったせいか腹も空いていないのでまっすぐ家へと向かう。
玄関で靴を脱ぐ俺をみて、空気を読んで靴を脱ぐリファナ。
恐る恐る入ってくるリファナに笑ったりと一幕あったが、……帰ってきたんだな。
「あ、兄さんにリファナさん、ただいま」
「は?」
「いや、は、じゃなくてただいま」
オタグッズにまみれた部屋を思い出した俺はリビングでテレビから情報収集しながらこの世界のことを教えていると弟が帰ってきた。
リファナのことをどう説明するか迷っていたらこれだ。
まるでこの家にいて当然の馴染んだ空気でただいまと言っている。
「いや、その、お前も結構リファナと仲がいい感じだなって思って」
「なに独占欲? 今時はやらないよそういうの。弟なんだし兄のお嫁さんとはそりゃ仲良くするでしょ。この家に住んでるんだしなおさら」
「そ、そうだな。はは」
「それよりお腹へっちゃった。今日お母さんいないし、兄さんご飯作ってよ」
「え、ああ。いいけど」
「よかった。兄さんも大学卒業して就職失敗したんだから、調理系の専門学校行くべきなんだよ。才能の無駄遣いしないでさ。子どももできたんでしょ? 親も学校くらい行かせてくれるだろうし、手に職持ったほうがいいと思うよ」
「ああ、そうだな、その、前向きに考えてみる」
「え、まじで? ……うーん、言ってみるもんだな。これがお嫁さんパワー?」
「うるさい。ご飯は作るから部屋行け!」
「はーい」
生意気なやつである。
……しかし、どういうことだ?
リファナの服装がファンタジーしていなかった時点でなにか不思議な力が働いているようだと思ったが、妙な補正が効いている。
彼女に手持ちの道具を出ささせれば手持ちの小さなポーチには財布とちょっとしたメイク道具。
……と、学生証。
「……俺、高校生を孕ませたことになってるのか……」
「……?」
何が問題なのかと首をかしげるリファナに頭が痛くなりそうだった。
いやまあ、亜人で一気に成長したが、実年齢だと……10数歳くらいか? だからな、高校生というのは有情かもしれないが。
弟のために食事をササッと作っていると母さんが帰ってくる。
ファンタジー世界から帰ってきて包容の一つをしてもおかしくないのだが、なにもない。
それどころか、俺が台所に立っていたら手伝うこともなくそのままリビングでリファナとと当たり前のように世間話をしながら煎餅を食う始末。
不自然な位、家族と彼女馴染んでいてなんだかわけが分からないな。
『本日は美人すぎる親子と評判の茅野上さんです! いやあ、その年で娘さんと一緒にファッションブランドを立ち上げるなんてすごいですね!』
『はい、娘のセンスを借りながらうまく経営させていただいています』
『親子仲良しですね! 昔からなんですか?』
『いえ、昔は全然で。でも一度本気でぶつかり合ってみたら以外に気が合うなって……』
テレビでは最近有名になった社長親子について垂れ流している。
どこかで見たことがあるようなないような。
情熱に燃えていて楽しそうな二人に結局思い浮かばないままコーナーは終わってしまった。
「リファナさん、尚文は今日何やってた? ゲーム? 子どももいるし、あなた達のことは支援するけど、こういうときは女が強くなってガツンといってあげなきゃだめよ? ただでさえ尚文は甘いんだから」
「は、はい、お母様」
「まあ、かわいい嫁のためなら何でもするけどね。でもあなたもがんばるのよ。嫁が旦那を尻に敷くくらいがちょうどいいものなんだから」
……弟のことといい、贔屓の強い親である。
愛情は感じはするのだが、グレるぞ。
なぜか家族分も食事を作らされるし……。
せっかく日本に帰ってきたのに結局俺の飯である。
リファナが喜んでくれたのが唯一の幸いだったが。
妙に疲れた家族団らんのあと、覚悟してオタグッズの溢れた俺の部屋に招いて作戦会議だ。
とはいえ、彼女視点ではなんだかすごい部屋としか映ってなかった。
まあ、オタ文化を理解できないと高度な芸術品に並んだ貴族の部屋と同じように映ったかもしれない。狭いが。
「……よくわからんが、リファナは俺の家にホームステイで来ていて、学生だが、俺と恋愛関係になって子どもができた、という話になっているようだな」
「そう、みたいですね」
「お前の家族は不明だが、通帳には定期的に生活費が入っている。ここ最近は結構増額されている。子どもができたからか?」
「生活に困らないのは助かりますが、不気味ですね。親の名前も私の親とは違いますし、どうなってるんでしょう?」
「……勇者やった報酬と思ってもらえるものはもらっておこう。いつまで続くかもわからないしな」
結局相談の結果、リファナにはこの国の文字を教えつつ、俺は調理師免許を取るために専門学校に通い出す。
毎日苦労しながらだったが、そうしているうちにリファナのお腹は大きくなり、子どもが生まれ、両親は子どもにデレデレになった。
弟も育児に積極的に協力してくれ、リファナを含め、俺達はあっという間にこの世界に馴染んでいった。
専門学校を卒業してこれからどこかのお店で働くかとなったとき、近所の料理店の夫婦から引退するからお店を買わないかと言われて店持ちに。
こうして近所で繁盛している料理店
……今度、また一人子どもが生まれる。
リファナのやつ、いったい何人産むつもりなんだろうか。
十人くらい産みます! と意気込んでいるが、この世界は医療レベルが高いから子どもは死なないし、そんなに大家族にされても……。
たくさんの家族を養うため、尚文はどうやって店を盛り上げるかを悩みながら今日も幸せそうだった。
尚文のその後。
たくさんの家族に囲まれて幸せなようです。