魔王の魔力は城を覆い、禍々しいものへと変えていた。
城を守る魔物たちはどれもが超級だった。
もしこの世界に来てすぐこいつらが勇者を襲っていれば間違いなく死んでいただろう。
だからこそ勇は一人でここにいた。
この世界の人間に言いようのない気持ちを感じていても、それでも大切だとも思っていたからだ。
思いは通じなくても、好き勝手したのだから、責任は果たさないといけない。
勇は襲いかかる巨人を、獅子を、竜の命を断ち切って城を進んだ。
そうして王座の間にたどり着いた。
そこにいたのは自分と同じくらいの幼い少女だった。
手入れのされていないくすんだ金髪はあちこちはねながらも腰のあたりを揺れていた。
泣き続けていたのか涙で表情はぐちゃぐちゃで見にくいものだったが、造形は整っており、きっと普段は美少女だった。
「お前が──」
「はっ、ははは! よくぞ来た勇者よ! 私がっ」
ぎりりと歯が削れる音が静かに響く。
「私が魔王だ!」
なるほど。
彼女は背中に羽もなければ角もなかった。
きっと勇者になった自分と同じように、魔王になった少女なのだろう。
だから、救いを求めるようにこちらを見ても無駄なのだ。
「魔王はやめられるのか?」
「……無理だ。でも、私は魔王をやりたくてやってるわけ──」
「なら──倒すしかないな」
可哀想だと思った。胸が締め付けられた。きっと彼女は立場が違うだけの自分だった。
初めて勇として、見られているような錯覚を覚えた。
けど、愛は返ってこなくても、情はたくさん注いだのだ。
もう敵になるのは決めていた。
魔王がやめれないなら。
魔物を増やそうとして増やしているのでないのなら、意志で止められないのなら。
魔王と人類は勇の両天秤に乗せられた。
そして、勇はとっくに片方は重くなっていた。
魔王はその返答に見捨てられた子供のように乾いた笑いを浮かべる。
「ははっ、はは、そうだな、そうだとも! 勇者よ! せめて人類が滅びるところを見ずに死ぬがよいっ!」
そうして戦闘は始まった。
魔王の力は魔物を遥かに超えていた。
拳にまとった魔力は触れれば勇の防御を貫通して打ち砕いただろう。
そしてその脚力で飛びかかろうとして──
「《ターゲット:右足脚力超強化》」
魔王は踏み込むはずの足をそのまま振り抜き、その場で回転するようにして頭から倒れ込んだ。
ゲームのような勇者と魔王のいるこの世界で──気づいたことがある。相手の力を弱めるデバフは魔力次第で弾かれるのに、回復と援護であるバフは魔法抵抗なしに必ず通じるのだ。
だから、右足だけを強化した。
足の早い人間が二人三脚になった瞬間にのたのたしながら倒れてしまうように、全く違うバランスはろくに歩けなくなるようにするには十分だった。
「えっ?」
魔王は床に転がったまま、自分の状態に不思議そうにぽかんと口を開けて──そのまま、首を断たれた。
ゴロゴロと生首が飛んでゆき──その目とあった瞬間に湧き上がる嘔吐感に逆らえずみっともなく嘔吐した。
人の死に触れたことがないわけじゃなかったが、幼い女の子を自分でそうしたことはなかった。
「はっ、あっ、やった。勝った」
きっと二度は通じなかった。魔法すべてを弾こうとすれば弾けてしまう欠点があるのだ。
けど戦闘開始の彼女には回復魔法も補助魔法もかける予定のある魔法で、それすらも弾くようなことはしなかった。
だから効いた。
あっけなく感じたかもしれない。けれども、魔力の強さも、おそらく経験も自分より上だった。
勝っていたのは装備の質くらいだ。
だからこれが正解だった。
「これで、俺は勇者じゃないっ!」
勇者をやめれば──女神の使徒じゃなければ、もしかして、一人の男として俺を見てくれるかもしれない。
そう思って、王都に帰ろうとして──
『よくぞ使命を果たした。世界への帰還を許そう』
少女の声が聞こえた気がした。
**
コーヒーカップを回転させ続けたような吐き気を感じながら、目を開ければそこは見覚えのある部屋だった。
ベッド脇に積まれた週刊誌と隠すように挟まれたグラビア雑誌。
片付いていると散らかっているの中間くらいの部屋は、紛れもない日本にある俺の部屋だった。
「はっ、え? 夢?」
剣もなく、鎧も来ておらず、世界から感じていたはずの魔力も殆ど感じない。
すべてがなかったことになるような感じがして──
「ああ、そ、そっか。ゆめだったの──か」
悪い夢を見ただけ。それであればそれもまた救いになるんじゃないか。
なんだかエッチな夢を見れてラッキーだったな、そんなことにできるんじゃないか。
けど、あたりを見渡して──鏡に映る自分の顔を見てしまう。
ああ──。
そこには明日の未来に輝いていた笑顔を浮かべていた少年はおらず──未来に疲れた顔があった。
ああ──夢じゃないのか。
何も手に入れることができないまま、なのに日本にもどったことで、勇者をやめたことで──人を殺した事実だけが重く残ってしまっていた。
勇者であれば感じないですんだ魔王殺しが重かった。
「好きに、生きなきゃ……役目が終わったんだから。そうして、そうして……」
ああ、ともかく──ズキズキする胸の痛みを忘れたい。
世界の汚れを一人に集められたのが魔王。
存在するだけで強い汚れに魔物が強力に。
そしてそれを倒すことで浄化するのが勇者の役目であり、魔王に破壊された諸々を支える労力を世界に与えることも役割の一つとしており、世界は女神の慈悲、恵みであると受け入れている。
もし、日本に帰らなかった場合、魔王を倒したからといって種馬の役割は終わらない模様。
こうして勇は歪みを抱いたまま、日本に戻り、出口のない解消先を求めて乱れに乱れるのであった。