波の存在は王国に住まう者たちはともかく、村や小さな待ちに住む人間たちにとってはそこまで大きな不安を与えなかった。
第一に被害にあったのが獣人の村という自分たちじゃない被害者であったことから、獣人だから、世界に嫌われている、盾の勇者とともにある種族だけではあると悪しきに罵ることで十分に不安を紛らわせることができたのである。
そしてなにより勇者の召喚である。
3勇者を含む5人もの大量の勇者の存在は大きく安心を与えた。盾の勇者は召喚されてすぐに仲間の女を襲うような人間であったとのことだったが、さんざん虚仮にしていた中で本物はやはりどうしようもなかったと聞いてもそもそも期待をしていたわけではなかったので、問題はなかった。
だが、王都は別である。
電話やテレビがなく、ひと伝に情報が広まるせいで、テンポがずれている彼らと違い、王都に住む人間は波が他人事じゃないことを知っていた。
徐々に不安は高ぶり、物の買い占めが始まり、その不安は緩やかに町や村に伝播し始めていた。
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「がはははっ、これまた大量だぜ。イレグイだなあ、まじで」
元冒険者だった盗賊の頭はニタニタと笑みを浮かべていた。王都で買い占めが起こり、頻繁に商人が今がチャンスだと往復を繰り返す。
目に見えたチャンスに前しか見えなくなった人間は護衛をつけるのも惜しいと一回でも多く往復に走って──盗賊たちに目をつけられた。
買付に走るために多くの金貨を抱えた商人たちはまさに肥えたカモ。
「金はいい。輝きが欲望を刺激する。何にだって変えられる。食い物、力、女。でも、今日はラッキーだなあ、金だけじゃなくて女も手に入った」
女性優位のメルロマルクでは、女の商人もそれなりに存在する。今回は男の商人についてきた丁稚だったが、全く問題はない。
まったくもんだいはない。
「さあて、お嬢ちゃん? 取引しようぜえ」
「ひっ、い、いやっ……」
「いやあ? 嫌って言ったかい? 取引が? 困るなあ、そうすると、お前さんの師匠みたいな体になっちまうなあ」
見習い女商人は体を震わせた。
こんなはずじゃなかった。彼女は落ち目の男爵のそれも妾腹の娘であった。持参金すら用意できないせいで、貴族として嫁ぐ可能性もなく、良い嫁ぎ先を用意できる力もなかった。
女性優位も考えもので、女性だからといって必ずしも誰かが未来を用意してくれるわけではなかった。
けれど、見習い女商人は目が良かった。良い品を見抜き、計算も得意だった。だから商人として一旗上げてやると思ったのだ。
波に会うのではないか、魔物が恐ろしくはないかと唯一心配してくれた次期当主になる兄に「心配しないで! たくさん稼いでくるわ!」と胸を張って出てきたのだ。
波の被害にあった場所なら、物資がいくらでも不足しているだろうと、付き合いのあった薬師から色々買い上げ、前々から声をかけていた商人に弟子にしてもらい、こうして──こうして──……。
報われる、はずだったのだ。
私は頑張っていた。貴族の血を引いているのに、あの輝く社交界に参加することもできず、陽の当たらない生き方をしていた過去。
村長の娘に、愛する男との結婚はいいものよなんて言われて腹を立てながらも羨んで。
でもきっと、商人として大成して、きっと私も輝くのだと。あいつよりもっといい相手と出会ってやると。
なのに、なのに、なのに。
数少ない冒険者の護衛は林の影から飛んできた弓に射られてハリネズミのような体になって倒れ、馬車は盗賊たちに囲まれた。
言われるがままに馬車ごと彼らのアジトに連れて行かれ、彼女の師であった商人はいま地に倒れ伏している。
血を垂れ流し、顔色は真っ青になり、震える唇で故郷に残した妻と子供の名前をつぶやいている。
自分の末路がどうなるかなんて聞くまでもない。
彼ら盗賊の背中にある──廃墟の奥から何人もの女の泣き声が聞こえてくるからだ。
「さあ、少しはお利口さんになれたかあ? 命と引換えに──お前さんは何を差し出すぅ?」
ぽろぽろと涙をこぼした。
でも、死にたくない。
今は屈辱にまみれたとしても。
きっと、きっと使い潰される前に、逃げてやる。
そう決めたから。
「か、からだを差し出します」
「よしよし、じゃあ、奴隷契約しようぜ」
あ、むりだ。
すべての希望を奪われた気がした。
見習い女商人は奴隷印を描かれ、その尊厳すべてを盗賊の頭に奪われた。
貴族「王都に滞在しとったら勇者様が守ってくれるよなー」
貴族「そや! 領地置いといて王都でウハウハしよ! さっ、買い出し買い出し」
領地で波に襲われたらひとたまりもないと震えている村人たちもいるんですよ!
じっさい、勇者たちが他国でも波が起こってるとわかるまでだいぶ放置しているわけで。
いや、フィトリアキックで世界中の波を一撃必殺してるのかなあ。
フィトリアえらい!
つか、「4人で一国守ってんじゃね―よ」を外交でなんとか出来ちゃう女王って有能ですよね。