「戦いをやめるなのっ!」
空から落ちてきたドラゴン。ズシンと大きな音が辺りに響く。
一緒に聞こえてきた女の子の声に、兵士含めて皆の手が止まった。
ガエリオンだ。無事であるのは生命感知の力でわかっていたが、離れての作戦に不安はあった。
イドルのこちらをはめるための行為については恐ろしいものだ。やはり権力と信仰は恐ろしい。
勇者にとっては味方であり、同時に敵でもある。
「ここにいるのは騒動の中心、メイドの子なの。皆に言いたいことがあるなの」
ガエリオンの背からゆっくりと立ち上がるメルさん。
彼女はひと目見てわかるほどに傷ついていた。弱っていた。
それががエリオンやラフタリアによるものでないのはだれにとっても明らかであった。
彼女が望んで今の状況を起こしたわけでなかったことがわかってしまった。それが嬉しく、同時にこうされるまま放置してしまったことに胸が傷んだ。
(他の勇者なら彼女を信じてすぐに後を追ったんだろうな)
そもそも今回のようなことは起きなかったに違いない。好意を信じられない自分だからこそ、今この瞬間までメルさんの意志なのではないかとも思っていたのだから。
同じように彼女を見て一部の兵士や僧兵たちがうめきを上げながら座り込む。おそらく彼らはメルさんを知っていて、だからこそこの戦いに加わった者たちなのだろう。
善意をでもって、彼女を助けるために、勇者を名乗る悪漢に勇気を持って立ち向かった者たちなのだろう。
だからこそ、自分が間違った判断をしたことに気づいてうなだれているのだ。
「メルさん」
「ユウ様」
メルさんは弱々しくも、たしかに俺に対して笑ってみせた。
その微笑みですべてを悟ったのだろう。勇者たちも武器を下げる。戦いは終わりを告げた。
ガエリオンがしゃがみ込み、メルさんはヨロヨロとしながらもゆっくりとその背から降りる。
何よりもまず。
「《肉体修復》《大回復》」
奴隷として弱っていたラフタリアとリファナを癒やした魔法でメルさんも癒やす。その中で気づく。
手や足は他よりも傷が深く、お腹は反するように傷が小さいことを。イドルが子供が死ぬことをさけたせいかもしれない。けれどそれ以上に守ろうとしたからだろうと察した。
「ごめん。ごめん、なさい。助けに行けなくて。君を信じられなくて」
どこか楽観視していた。本心を問いに行く軽い気持ちだった。
前の旅でも、自分はともかく仲間がこれほど怪我を負ったのを見たことがなかった。
仲間とともにあった戦いは常に優勢で、それこそ激しい戦いになる頃には仲間では戦力にならずあくまで奪い返した国や砦の制圧のための人員だった。
街に戻っても基本は多くの最上級の女性に囲まれていた。
ひどい目にあっている人を見たことがないわけではない。
盗賊退治や戦場ではひどい目にあっている人間はそれこそたくさんいる。でも、仲を深めた相手がそうなっているところを見ることは早々なかった。
強い後悔が襲っていた。もっと早く決断すべきだったと、後悔していた。
「私こそ、ユウ様の足を引っ張りたくないから誘いを受けたのに……」
別れの際の言葉を思い出す。
相談してほしかった、というのはわがままだろうか。
相談した以上は見捨てる選択肢のない勇者のじゃまになると、そう思っての行動であるなら、そんなことできなかっただろうけれど。
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまいました」
メルさんの瞳は俺を写していた。かつての世界のような勇者という名の女神の代理人を見る目ではなかった。信仰ではなく、ユウを見ていた。
年下のそれこそ弟のような親しみを抱いているのは感じていた。そこに頼られない不満が湧き上がっていた。
「いいよ。迷惑はかけていい。メルさんは俺のだから」
女をたくさん抱いてきた。たくさんはらませてきた。
でも、俺のものだと言える相手はいなかった。
メルさんもそうだと思った。
「子供は俺の子供だよね」
言葉面を捉えれば最低のものだったが、ユウにとっては必要な質問だった。
「ええ。ユウ様のです。私とユウ様の子供です」
もしかしたら過去にも俺を思ってくれていた人はいたかもしれない。でもそう思えなかったのは生まれる子供がすべて女神からの祝福で、俺と相手の子供ではなく、俺を通して与えられた女神からの贈り物で、相手だけの子供だったからだ。
「そっか」
メルさんを抱きしめる。身長差のせいで、傍目では姉に甘えるようで様になっていないかもしれない。
ギュッと抱きしめ返される。
心臓の音が聞こえる。
まだ妊娠数ヶ月でお腹は対して変わらない。けれど、生命感知が2人の存在を返している。
暖かかった。
幼い子どもが母親に感じるような無条件の信頼を抱いたような気がした。
**
「くそっ、クソっそんなはずが、こんな馬鹿な……」
ラフタリアに殴り飛ばされ、気絶していたイドルは目を覚まし、外を見て状況を察した。
自分は失敗した。それどころか、これでは自分が勇者を陥れる極悪人で、刀の勇者は愛する人を助けた素晴らしい人間として誤解されてしまうだろう。
真の勇者たちを邪魔する盾と刀を排除するどころか、助けることになってしまう。
こうなっては三勇教も簡単には勇者に手が出せなくなるだろう。絶望だ。
ただでさえ、己のせいで奴隷たちが勇者の仲間になっているだけでもかきむしりたくなるようないらだちを覚えるのに。
正さねば。私が世界を正しいものにしなければいけない。なにより誤りを犯した私だからこそ、そうしなければいけない。
トラウマ解消! 全快! というほどではないにせよ、自分をちゃんと想ってくれる人もいると信じられる様になりそうです。良かったね!
その裏でイドルが……?
フィトリア「よしきた、出待ちの準備だ!」