その次に目覚めた時には、誰かに背負われているような感覚だった。意識が朦朧とする中、外の寒さもあってその背中に縋り付く。
縋り付いた背中から煙草の香りがして、サンジ君が背負ってくれているのだとわかると、少し申し訳ない気持ちになる。でも、謝るのは間違ってる気がしてゆっくりと唇を動かす。
「サンジ君、ありがとう」
「ナミさん、気が付いたのか。もう少しで人のいる所につくから耐えてください」
嬉しそうに声を弾ませるのを聞いて、何故か泣きそうになる自分を不思議に思いながら、もう1度ありがとうと言ってその背に体を預ける。雪の中、私を移動させているのだから、何かあるのだろうとは思うけれど……何も、思い出せない。
必要な時に思い出せないならば、原作知識になんの価値があると言うのか。私のせいでビビの目的が果たせなくなってしまったらと、そう考えたら怖くて寒さとは違う理由で体が大きく震える。
ベッドに下ろしてくれたサンジ君が、うやうやしくしく私を寝かせてくれて、きっとサンジ君は病人を身近にしていた事があるのだろうと考える。そうしたらふとサンジ君の過去を思い出して、あぁ……お母さんかと気付く。
私を寝かせた後、そっと離れて行こうとするサンジ君の手をほぼ無意識で掴んで、何かを言おうとして、けれども何も音に出来ないままに私は眠りに落ちた。情けない……自分の体1つ満足に扱えないなんて……。
体力が減り過ぎていて、起きている事もままならない。早く、ビビを国へと連れて行かないといけないのに。
眠った私にサンジ君が何かを言ったけれど、それは私には届かなかった。それでも、その優しさは、愛情は痛い程に伝わって来たから、起きたらちゃんとお礼を伝えなきゃと思う。
それからどれくらい寝ていたのか、ルフィに頬を叩かれて、声をかけられた事で意識が浮上する。眼を開けたらルフィのアップが見えて、私に用事なのだと理解する。
「おいナミ!ナミ!!聞こえるか?」
ルフィにしては真面目な顔しているから、何かあったんだろうとは思う。頭が、上手く動かない。
「あのな、ヤマ登んねェと医者いねェんだ。山登るぞ」
ルフィの言葉に皆が心配して色々言ってくれている。その中にゾロの声がないので、ゾロはあの蝋の奴と戦った時の足の怪我で船に残ったのかなとか、そんな余計な事を考える。
まさか、私がこんなんでゾロの治療をその後続けられなかったから、感染症になってるとか、傷が開いたとかだろうか。だとしたら私と1緒に、医者に診てもらう必要があるだろうと思う。
そんな事をつらつらと考えている間にも、会話は続けられている。……その声を聞きながら、幸せだなぁと思った。
早く……治さなきゃ。
「よろしく……キャプテン」
そう言って布団から手を出せば、ルフィは嬉しそうに笑ってその手を叩いてくれる。あぁ、ルフィを船長としてついてきて良かった。
そう思わせる笑顔に、全てを任せようと決める。私のすべてを、ルフィになら委ねられる。
「任せとけ」
うん、任せる。それは言葉に出来なかったけれど。
それでも意識を失わない様に、精一杯頑張ってルフィに腕を回して掴まっていると、ルフィからもしっかり掴まってるように言われる。
それに何とか答えながら、ルフィと並ぶサンジ君に視線を向けようとして、歪む視界のために何も見えずに終わった。それでもサンジ君の眼差しを感じて、優し過ぎる彼に感謝する。
ルフィの背中にいるなら、何があっても大丈夫な気がして、ただ抱きついている事に全力を賭した。ルフィの動きを阻害しないようにと思いながら、可能な限りの力で抱き着いて……。
いつ意識を失ったのかさえわからない中で、ルフィの必死な様子だけは感じ取っていた。その温もりに包まれながら、心からありがとうと思う。
次に意識が浮上した時、随分と体が楽になっている気がして、私は辺りの音を気にしてみる。その音は聞き覚えが無くて、でも、足音には何故か聞き覚えがあるような気がして、不思議な気持ちで体を起こして様子を見てみる。
そこに居たのは紛れもないチョッパーで、初めて見るはずのその姿に顔が自然と綻ぶ。私から見れば、チョッパーは既に大切な仲間だ。
「ここは?」
そんな私の1言に怯えて後ずさるチョッパーは可愛くて、でも隠れ方がおかしくて、つい突っ込めば慌てて物を落としたり崩したりする。そのままの勢いで体調を聞いてくるその声に、言葉に、その優しさに……やっぱり可愛いと思う。
「随分楽になったみたい。ありがとう」
声をかければ再び盛大に物をひっくり返して、遠くにいるであろうドクターに叱られている。それがまた微笑ましくて、つい、触れてみたくなる。
けれど、チョッパーはすぐさま部屋を飛び出してしまいそれは叶わなかった。その入れ替わりに現れた老婆……ドクトリーヌに、居場所と病気について教えられると、私は不思議な気持ちになった。
どうしてチョッパーを知っているのに、チョッパーが仲間になる経緯は分からないのだろう。
どうしてチョッパーの過去を知っているのに、今の病については知らないのだろう。
中途半端としか言えない知識に、無性に苛立つのを抑えて、自分のお腹に出来た跡を睨む。
「並の苦しみじゃなかった筈だが、ほっといても5日たてば楽になれた」
そう言われてしまえば、つい笑ってしまう。なんだそれなら、耐え切れば良かっただけなのねと。
「それなら、ルフィ達に無理させなくても良かったのね」
「あァ、放っておいたら残りの2日後には、死んでいたんだから……無理する必要は無かっただろうね」
ぞくりと背筋が寒くなった。ルフィ達があの時決断しなければ、私は死んでいた……?
そうなったら、ビビをアラバスタに送れなくなる所だった。ビビを悲しませるところだったのだと理解したら、小さく震える体を抱きしめる事しか出来なかった。
その後もドクトリーヌは色々と説明をしてくれて、太古の密林で腹出して歩いてでもいなければ普通はかからないという単語に、少し前の自分を思い出す。爆発で服が燃えて…………お腹丸出しで闊歩したわ。私。
そんな私の様子に、ドクトリーヌは呆れを隠さない。それでも、休むよう言われて私は渋々ベッドに戻る。
でもその後に続いた3日は寝てろという言葉に、私はベッドから飛び起きるとそれを否定した。その瞬間、ルフィにもされた事が無い勢いでベッドに押し倒され、命の危険性を感じるようにナイフ……正確にはメスを首元に突き付けられる。
この人……本当に、医者、なのよね?
しかし、そんな緊迫した雰囲気もルフィ達のドタバタで消失する。その理由に気が付いて、慌てて声を掛ける。
「ルフィ、サンジ君、辞めなさいよ。チョッパーが可哀想でしょ」
その言葉はドクトリーヌにしか届いていなかったけど。そして届いてもあの状態では辞めないだろう事も、何となく分かっていたけれど。
「チョッパーの名を知ってるんだね」
「さっきドクトリーヌが呼んでたじゃない」
笑って言えばドクトリーヌは成程と笑いながら、チョッパーについて話してくれる。それは、悲しいチョッパーの過去の1部。
私はそれを聞いて、小さく頷くと3人の消えたドアを見つめる。ルフィならば……チョッパーのその心の傷を、癒せるのだろうか。
太陽のような笑顔と心で、その傷を癒して、乗り越える為の足掛かりを作る事ができるのだろうか。……最終的に乗り越えるのは、己でしかないから、ルフィがやれるとしてもそれは癒す事と足掛かりだろう事はわかっている。
その後いつの間にかルフィ達の追いかけっこにドクトリーヌも加わっていたが、私は船の上の雰囲気と変わらないそれに笑いしか浮かばない。開いているドアから雪が吹き込み、それを閉めようとベッドから降りるとチョッパーがコソコソと帰ってきた。
心配して説明しながら寝かせようとするチョッパーにお礼を言えば、可愛い反応を返されて、つい抱き締めたくなるけど、今やれば逃げられそうでそれも出来ない。でも、抱きしめたいなぁ。
理由は分かっていても、海賊に興味を持って、怖々近付くチョッパーが本当に愛しい。じわじわと近寄って来た所をつい本能的に抱き締めて、驚いて暴れるチョッパーに1緒に来て海賊にならないかと誘う。
驚き抵抗を見せていたチョッパーは、けれどもすぐにその抵抗を辞めて、小さく色々と否定してくる。その否定が悲しくて、抱きしめながらその後頭部を撫でる。
「私を怖がらせたいの?」
笑いながら体に隙間を作って顔を覗き込めば、チョッパーは小さく青鼻だしと言う。それに応えようとしたところでルフィ達が現れて、チョッパーは腕の中から逃げていってしまう。
腕の中にいてくれたら、2人から守れたのにと思いながらそれを見送れば、ドクトリーヌにそれを見咎められる。
「感心しないね、小娘。あたしのいない間にトナカイを誘惑かい?」
「あら、男を口説くのに許可が必要なの?」
挑発的な顔で笑う私にドクトリーヌは嬉しそうに、楽しそうに笑った。それから切なそうに、チョッパーについて再び語ってくれる。
その話はよく〝覚えている〟のに、実際話を聞くとまたそれは違った印象を私に与える。チョッパーのそれを聞いて、ふと思い出す。
父親だけが生きてる人が殆どの中で、チョッパーだけが本来は母親が生きている貴重な人物だったんだなって。今は実際、私だけ両親が揃って生きている存在という枠になるのだろうけれど。
……そうよね、ベルメールさんもノジコも、ゲンさんもドクターも生きてて、皆と共にいる。私はきっとこの1味の中で、最も恵まれた幸せな立場にある。
そして多分、最も強欲に手にした全てを守ろうとしている。我儘で身勝手、自分勝手で理不尽。
それでも構わない。もう、私は何1つ諦めるつもりは無いのだから。
チョッパーは仲間として連れて行こう。そう心に誓った時、ドクトリーヌは最後にこう聞いた。
「お前達に……あいつの心を、癒せるかい?」
私はそれにただ、微笑みを返す事で応えた。