着替えを終えた私は酒場に顔を出す。そこで騒いでいる人達の話を聞きながら新聞を手にして、書かれているそれに指先が冷たくなるのを感じた。
あの時確かに私はアイスバーグさんが危ないと、そう判断したのに……どうして……即座に対応しなかったのか。私は、愚かだ……!
自分への怒りと後悔で震える体は、そのまま膝から崩れ落ちそうになる程の衝撃を私に与えた。でも、崩れ落ちてる場合じゃないわ。
……自分を責めるのは、今じゃない。情報を集めて、ルフィ達に伝えなきゃ!
町に飛び出した私は裏道を駆け抜けて大通りに出ようとした所で、誰かに腰を抱かれて足が地から離れる事となった。それに慌てて拳を振り上げたけれども、その腕は簡単に掴まれて唇を奪われてしまう。
「んんぅんっ!?」
誰!?
何なの!?
苛立ちを込めてその相手の舌を噛もうとしつつ足に覇気を纏って股間を蹴りあげれば、くぐもった声と共に開放された。それにより見てみればそれはカクさんで……。
「……カクさん?なんで……」
「悲鳴を、上げられたり騒がれても困ると思ってのォ……。それにしても、見事な蹴りじゃ」
優しくしてくれたし、助けてくれたけど、この人も……ロビンを連れ去った側の人。でも、私の武器を返してくれた人でもある。
感謝すべきか、罵倒すべきか、それさえ分からなくなりそうな程に、良い人の雰囲気で穏やかそうな顔で笑う。人間らしいその笑顔が、微かに陰った後、ゆっくりと本題に入ってくれた。
「本当に、わしらの事を話しておらんのじゃな。……何故じゃ?」
「約束は、守る為にあるのよ。武器を返してもらったからには、私も約束は守るわ」
「……怪我の方は、どうじゃ?」
「随分、回復したと思うわ。うちの船医は優秀なのよ」
そう言って笑ってから、私はやはりお礼を伝えようと決める。多分私をメリーの側まで連れ帰ってくれたのは、この人だもの。
あの時点でロビンが自由に行動させて貰えるとは思えないし、関わってない酒場の人や私を襲ったルッチさんが運んでくれるとは考えられない。残るはカリファさんかカクさんだけど、そうなるとカクさんに運んでもらったと考えるのが1番自然だわ。
「武器を返してくれた事、そして、メリーの近くまで運んでくれた事、助かりました。ありがとう」
私の言葉に、成程確かにお人好しじゃのとカクさんは言ってから、そっと私との距離をおいた。そして困ったように笑い、呟く。
「もっと、違う形で会いたかったもんじゃ……。ナミも共に来るならば……解放はできんし、囚われの身ではあるが、ニコ・ロビンを殺さんと言ったら……ついてくるか?」
微かにカクさんの瞳が揺れて、直後に試すような色を宿すその瞳を見て、私はそっと眼を伏せる。少し前の私ならば、喜んでそれを受け入れただろうけど……今は、それを選べない。
それに、選ぶ必要はない。だって、何があってもルフィも私も、皆も、ロビンを開放する事を諦めないから。
自由を奪われてただ生かされるだけなんて、そんなの生きてる事にはならないと知っているのよ。だから、私は決意を持って笑う。
私がアーロンに囚われていたように、ロビンは世界に囚われている。規模は違うけど同じ事なら、私が居ればロビンの枷が増えるだけだわ。
「馬鹿な事、言わないで。ロビンは殺させないし、返してもらうわ」
「……ニコ・ロビンには、拒絶されたのじゃろう?」
「えぇ、ロビンは私の事を少し勘違いしてるのね。……身を犠牲にして守るなんて、そんな事させないわ」
「足掻いても、無駄じゃぞ」
「それは、限界を超えるまで頑張って、それでも駄目で……そうなってから私が自分で決める事よ。無駄なんて他人に言われる筋合いは無いわ」
私の言葉に、確かに良い眼をするのォと笑ってカクさんは屋根に飛び上がる。本当に風のように現れて、去って行ったその姿にどうしたら良いのかと溜息が落ちた。
そんな事よりも、とりあえず今は情報を集めないと……!
人の中に紛れて情報を集めた私は、アイスバーグ襲撃事件については襲撃された事の他は、容態も犯人も何も分からないのだという事を知る。今はこれ以上、どうにも情報は集まらないと判断して、本人に直接会うしかないかと気持ちを切り替えて動き出す。
どちらにしても、アイスバーグさんにはまた会う必要があったのだから、ルフィ達と相談してみようと決意して足を動かす。宿に戻る前にと、近くで飲み物を購入して薬を飲んでしまえば暫くは誤魔化せるでしょ。
チョッパーは嘆くかも知れないけど、薬で誤魔化しておかないと流石に動けないわ。怪我は治ってないし、体力も限界だし、少し……熱っぽい。
体力切れとストレスが原因なのはわかり切ってるのは、チョッパーから渡された薬とか、ドクターから持たされた薬でそうはならないようにしてあるから。……皆に迷惑掛けたりするつもりは無いのよ。
宿に戻りルフィの部屋に向かうけど、そこには人の気配は無い。他の部屋も順番に回ったけど、どの部屋にも人が居なくて何処へ行ったのかなと思って見聞色の覇気を使う。
それにより全員が屋上にいるとわかり、私は屋上へ向かって駆け上がり、皆が居る筈の場所へと繋がるドアを開ける。それと同時に、真っ直ぐにルフィに視線を定めて声を掛ける。
「ルフィ!」
「ナミさん」
私の呼び掛けに反応したのはルフィでは無くサンジ君で、ルフィは背を向けたままだ。でも、聞いてない事は無いと思って言葉を続ける。
「大変なのよ。今町中この話題で持ち切りで……。ルフィ……!」
もう1度ルフィの名を呼べば、ルフィは振り向いてくれた。ルフィは心を成長させる為に今足掻いてるのだと分かってるけど、話は聞いてもらわないといけない。
ウソップの事とロビンの事、メリーの事があるからルフィは多分、私達に八つ当たりしないように距離を置いてるのだと思う。それでも今回の事は、伝えなければいけないと分かる。
「昨日の夜、造船所のアイスバーグさんが、襲撃されたって!」
「アイスのおっさんが?」
驚いた様子で振り向いたルフィには、今の所陰りは見受けられない。今朝までの事で、少しは発散出来たのかな。
私を気遣いながらだったし、私も随分甘えたから、なんか役立てた気がしないんだけど……。でも、ピリピリした雰囲気は随分と抑えられていて、険悪さは既に無い。
何か色々考えている様子だけど、それはメリーに代わる船の入手と行方不明のクルーがいる今当然だから……。それに、ウソップの事もある……それを簡単に割り切れるような人なら、私はルフィを愛してないと思う。
「ええ、撃たれて今、意識不明だって」
「ナミさん、そりゃ誰だい?」
サンジ君に言われて漸く、先日アイスバーグさんに会ったのはルフィとウソップとオマケで私が居ただけで、他の人にアイスバーグさんの事までは話してなかったと思い出す。濃厚過ぎる時間だったから、何だか随分前のような気がしてしまうけど、中1日しか経ってないのよね。
「昨日造船所で私達がお世話になった人よ。造船会社の社長で、海列車の管理人してるこの町の市長さん」
「そりゃまた随分と大物が」
サンジ君の言葉に頷いてから、私は言葉を続ける。サンジ君はこんな時話がすぐに通じるから助かるわ。
「この都市ではこの上ない大事件よ」
「あんなに皆に慕われてるおっさんが……」
ルフィはそう言って立ち上がると、ちょっと行ってみると言って屋根から飛び降りた。それを見た私は慌ててルフィの後に続く為に、上から声をかける。
「待ってルフィ、私も行くから」
何時もなら私もここから飛び降りるんだけど、今は傷もあるし……。そう思って1瞬躊躇う。
でも、待たせるのもアレよね。そう思って柵を乗り越えて降りれば、やはり月歩が上手く使えなくて仕方無く足に覇気を纏って着地を済ませる。
無駄に体力消耗するから、覇気をあまり使いたくないのよね。そう思ってた私にルフィが心配そうな顔をした。
「ルフィ?」
「ナミは、無理し過ぎなんだよ。まァ……無理させたのは、俺だけどよ」
「アレは、私も……!」
言ってから少し赤くなる自分が情けなくて、でもそんな事言ってる場合じゃ無いからとヤガラちゃんを借りてくるわとその場を逃げ出す。そんな私にルフィが焦らなくて良いぞなんて声をかけてくれるけど、とりあえず今この場から逃げ出す事を許して欲しい。
移動の為にとヤガラちゃんを借りて乗り込むと、ルフィを探す。でもルフィが先に私を見付けてくれてヤガラちゃんに飛び乗ってくれたけど、その衝撃をヤガラちゃんがモロに受けたので、ルフィには拳を1発入れておいた。
「ごめんねー、ヤガラちゃん。大丈夫?」
ヤガラちゃんはそれに頷いてくれるから、良かったと息を吐いてからルフィに新聞を差し出す。それを読んでルフィは低く声を出した。
「本当だ。おっさんの顔が載ってるぞ」
「ええ、この騒ぎじゃ……行った所で会えないかもね」
それからは暫く会話が無い。ルフィは新聞を読んでいるのか、それとも今も多くの事を考えているのか……。
どちらにしても、邪魔して良いとは思えなくて私も黙っている。その時、ヤガラちゃんがウソップが倒れていた場所を通りがかった。
居る筈もないのに、その時私には、血塗れで倒れているウソップが居るような錯覚を覚えた。実際にはそこにはただ、ウソップが倒れていた血の跡が残されていて、その後移動したそれが分かるような形で血痕が残されているだけだったけれど。
あの時に私が受けた衝撃と近いものを、私はルフィ達に感じさせてしまったのだろうか。私が上手く、ルッチさんから逃げる事が出来なかった為に。
……でも、どうして?私はあの時姿を隠したのに、ルッチさんに居場所がバレたんだろう。隠れてなかったのかな?
計算上確実に姿は見えなくなっていた筈なのに……。まさか、計算を間違えたの?
「ナミ、今、何考えてる?」
「……逃げるのとか、隠れるの、得意なつもりだったのにって反省してるだけよ」
「どういう事だ?」
ルフィの問い掛けに素直に答えたのに、意味がわかりませんと言わんばかりの反応を返されてしまう。だから私は、ルフィにどう説明したらいいかなと少し考える。
ルッチさんに見付かったそれを、どう説明したら名前とか特徴を伝えずに済むか分からなくて。そんな私の髪にルフィはそっと触れて、小さく名を呼んでくれる。
「ナミ」
「私ね、戦っても勝てそうにないなって思った時とか、他にも面倒な時とかに、姿消して逃げるんだけど……」
「ん、知ってる。初めてやられた時凄ェ焦った」
「この傷を負わせた相手には、見えてたみたいなの」
「……は?」
ルフィから少し間の抜けた声が聞こえて、私は小さく笑う。私も多分他の人がこんな感じの発言したら、有り得ないという意味で似たような声を出したと思う。
ルフィが集める仲間って、全員何かの分野において天才だから。私もナミちゃんの恩恵だけど、航海士としては優秀だと分かるもの。
「……私は姿を隠したつもりだったの。だから少し離れて様子を見て、勝手に立ち去って貰ってから、帰るつもりでいたのよ」
「あァ」
「でもね、私の隣に立った時、突然私が見えたみたいでね、腕を掴まれちゃったのよ。そうなると私の力だとかなわなくて……」
「あー……それ、見えてねェよ」
ルフィの言葉に私はえっ?と言って振り向く。それに対してルフィは納得した様子を見せる。
「それで捕まったんなら、ナミは悪くねェけどよ。今後の事もあるから教えとく。匂いに敏感な奴とか、ある程度強い奴ならナミの姿見えなくてもだいたい居場所わかると思うぞ」
「なんで?」
「蜜柑の匂いがするんだよ。ナミから」
「匂い……」
私はルフィの言葉に他に何も言えなくて、ただどうしたものかなと考える。だって、それってどうしたら解決できるのか分からないんだもの。
反応も碌に出来ない私の髪を、ルフィはいつもの様に弄り始める。それが擽ったいと思うのに、特に反応する事も出来ないくらい私はこの時いっぱいいっぱいだった。