動揺して黙った私の髪を、ルフィは勝手に解いたり結び直したりして遊び始める。そんな事よりも……匂いとか、防ぐ方法すらないじゃない。
深い溜息を落として、私はとりあえずルフィには髪を自由にさせておく。ルフィが楽しいなら良いんだけどね、少し擽ったい。
造船所に向かいながらヤガラちゃんにお願いしてお店に寄せて貰うと、自分用の軽食と飲み物、ルフィ用に水水肉5個と飲み物、ヤガラちゃんにも水水肉を1個購入してルフィに買った物を渡す。それをルフィは少し驚いた顔で見るけど、足りないとかは聞きません。
「向かいながら食べちゃって。朝ごはんとか、食べてないでしょ?」
「……ありがとう」
ちゃんと言葉を返して来たルフィに笑ってから、私はヤガラちゃんにも水水肉をあげつつ軽食を口にする。食べる前に色々と警戒して確認してしまうのだけは、どうにもならないけど。
サンジ君が作ってくれた訳じゃないし、私が作った訳でも無い。誰が何処で繋がってるか分からないから、どうしても怖いと思ってしまう。
造船所に到着すると、驚く程の人集りが出来ている。軽くでも食事を終えた私達だけど、どうやらルフィは今日は髪を下ろしていて欲しいらしく、縛っていた物を奪われて返して貰えない。
「ルフィ……ゴム、返して」
「今日はおろしてろよ」
「おろしてるのは良いけど、返して」
「ゴムがあったら、束ねるかも知れねェから駄目だ」
何で結んだりしたら駄目なのよー!と視線で問い掛けるとルフィが呆れたような顔で言う。
「俺が付けたんだけどよ、目立つんだよ。ナミは肌が白いから」
そう言って私の首に指先を触れさせる。その意味が分かれば、自然と赤くなる私がいたりする訳で……。
顔どころか今は全身赤い気がする。そんな私にルフィは男の顔で、見られたくねェんだろ?なんて言ってくるから声も出せなくなってヤガラちゃんに抱き着く。
そんな私にヤガラちゃんは笑うけど、色々いっぱいいっぱいなのよ。でもルフィは特に気にしてないらしく、造船所を見ながら声を出す。
「どの道もっかい会わなきゃなんねェんだけどな……。アイスのおっさんには」
ルフィの言葉はもっともなので、私はヤガラちゃんから離れて近くにいる人に声をかけてみる。どうせ暇だろうから、答えてはくれると思うのよね。
「ねぇ、すみません。本社の場所分かりますか?」
「あァ、無駄だぞ。1番ドックの中から入るんだ。門内には関係者か特定の記者達しか入れねェんだ」
即座に答えはくれたけど、無理である事しか分からない。そう思った時、その人はそれを皆分かってて、それでも少しでも早く情報が欲しくて、心配だから集まっているのだと言う。
それを聞いて微かに罪悪感で胸が痛む。だって、私が注意を促していれば少しは違ったかも知れないのだから。
それに何より、小説の題材にアイスバーグさんを勝手に起用してたりするので、何となく身近なイメージなのよね。そんな事を考えつつ、私は答えてくれた人にお礼を言ってルフィを振り返る。
ルフィは難しい顔で1番ドックを見ていて、私は慰めるように仕方ないわよと言ってみたけど、反応は無い。真剣な顔をしているルフィに少し見惚れていたら、妙にリズミカルな音楽が聞こえて来た。
それに合わせるように、周りの人達の様子がおかしくなる。文字通り阿鼻叫喚の巷と化していくそれに、まさかと思う。
フランキー……なの?
ウソップをボコボコにした、この状態に追い込んだ……諸悪の根源フランキーなの!?
騒ぎの元であるフランキーを探して音源に意識を向ければ、踊る3人の人影が見えた。あの中心に居るのが、憎きフランキーって事よね……。
無意識の内にクリマタクトを構えれば、ルフィがそれに反応した。踊り、ポーズまで決めた3人がフランキーと名乗った事で、ルフィは私の行動と反応を理解してくれた様子だ。
「あの変態が……フランキーか……」
「えぇ、その筈よ」
私の言葉にルフィは怒りに震えて立ち上がる。そんな時に頭痛が襲って来る。
巫山戯ないでよ!これから戦うって時に、そんなの……!
「ナミ!」
「だい、じょ……ぶよ」
「ナミの大丈夫は世界で1番あてにならねェってウソップが言って……!いや、なんでも……」
私を心配して咄嗟に出た言葉に、小さく笑う。名前を口に出したらいけないなんて、そんな決まりは無いのにね。
そっとルフィの頬に手を伸ばして、触れる。ルフィは本当に素直で可愛い。
私の意思とか、状況とかそんなのお構い無しに襲って来る頭痛に、結構つらいなと思うけど……これから多分フランキーと戦うだろうルフィに、心配かけたくないから……笑ってみせる。私の事を気にしながら戦うなんて、ルフィには出来ないと思ってるから。
「大丈夫だから、ルフィはルフィの思うままに戦って」
「……わかった」
ルフィはこうなった時私が譲らない事を知ってる。でも、少し躊躇いを見せたその優しさに、私は充分すぎる程に満たされているのよ。
ルフィは私からそっと手を離して、フランキーを睨み付ける。ルフィを探すフランキーと、フランキーへの怒りに燃えるルフィの戦いの幕は、こうして切って落とされた。
フランキーの攻撃をルフィは躱す事が出来たけれど、私は頭痛と傷と体力不足が重なって川に沈む事になる。私は自分の体が沈んで行くのを感じながら、水中で少し気持ちを落ち着かせようとしたけど、ヤガラちゃんが慌てた様子で私を助けに来てくれたのでそれどころではなくなった。
陸にヤガラちゃんが私を降ろしてくれて、咳き込みながらお礼を言えば力の入らない私を心配そうに見詰めてくれる。ヤガラちゃん達は総じて優しい生き物なのかしらね。
「ナミ!?」
「大丈夫よ!ルフィはその変態の相手をして!」
「お姉ちゃん、そんなに褒めてもなんも出ねェぞ!」
「褒めてないから!」
そうだった、本物の変態は変態と言われるのを喜んじゃうんだった。忘れてたわ。
「人の留守中にえらく大暴れしてくれたじゃないの、お兄ちゃん……!」
そうしてフランキーが不満を口に出せば、ルフィはウソップの件があるからぶっ飛ばすのだと、そこまでは言葉にしなかったけど素直に伝わる怒り方で怒鳴り返す。ルフィの言い分が、今は正しいと私も思う。
「先に手を出したのはそっちじゃない!人の弟に手ぇ上げといて、自分がやり返されたら暴れるなんて、3歳児以下よ!」
頭痛がどうした。怪我がどうした。
フランキーの言い分が今は許せない。クリマタクトを強く握り締めて立ち上がると、フランキーが私を睨み付けてきた。
でもね、私はそんなもの怖くないのよ。大切な人が傷付いたり、苦しむ事の他に、私に怖いものなんて殆どないのだから。
……お化けと虫は怖いけどね。
「ナミ、下がってろ!ここは、俺がやる」
「ルフィ……。わかった」
「2対1でも、俺は構わねェぞ?」
フランキーの言葉にルフィは鼻で笑う。そして、私はそんなルフィを見て邪魔にならないように少し距離をおく。
「俺が、お前をぶっ飛ばしてェんだよ!」
「お姉ちゃんは……随分弱ってる感じだもんなァ?てことは、弟ってのは、あの長っ鼻か?」
「その筈だ。いつからナミの中でウソップが弟だったのかは知らねェけど、他には今該当者いねェからな」
ルフィの言葉で、ルフィをもう弟とか息子として見てないとちゃんと分かってくれてたのかと、嬉しくなる。そんなルフィの言葉にフランキーは、弟分かと呟いて私にチラリと視線を向ける。
「お姉ちゃん……そいつァ悪かったな。だが!お前ェらは元々が犯罪者だろうが!」
分かってるわよ、そんな事。犯罪者に人権なんか無いし、必要も無い。
でもね……好きでそうなった訳じゃ……!
そう思って、直後に違うと気付く。少なくとも私は、望んで海賊になったんだと。
シャンクス達と共に居る事で、力を得られるなら海賊となる事を少しも厭うつもりなんて元々無かった。皆を護れるなら、アーロンの元で海賊に属する事に、何の躊躇いも無かった。
私は、望んで海賊になったんだ。自らの意思で。
「そうね。でもだからこそ、やられたらやり返されるものよ、海水パンツさん?」
「ナミ?」
ルフィが不思議そうな声を出す。ルフィが言うから手は、私からは出さないけど、反撃するのは構わないわよね?
「ウソップだってサシなら負けなかった!数を頼りにしなきゃ何も出来ない雑魚が、いきがってんじゃ無いわよ!……海賊として生きている事に、私は少しだって後ろめたい所は無い!」
「……言うじゃねェの、お姉ちゃん」
「やめろ!ナミに手ェ出すな!」
フランキーが私に拳を向けると、ルフィが間に入り込んできた。それによりルフィが壁に殴り飛ばされて、思わずフランキーを殴ろうとしたらルフィの声が聞こえた。
「ナミ!」
名を呼ばれただけで、止めろと、ルフィが言ってるのがわかる。だから、私は動きを止めるしかなくて……ルフィのこれは、逆らっちゃいけないやつだと分かるから、私はクリマタクトを胸元にしまう。
それを見たフランキーは面白そうに私を見てから、ルフィに視線を向けた。そして、フランキーが再び私に仕掛けた攻撃を躱せば、ルフィはホッとしたような顔をしたし、フランキーは驚いたような顔をした。
「ルフィ……私の事は気にしないで。好きに暴れて良いわよ」
「おぅ!わかった!」
「それは流石に困るのォ」
今朝聞いたばかりのその声に、私達の視線は自然と向けられる。1番ドックの船大工達が総出で姿を見せたのだ。
歓声を上げる町の人達の中で、邪魔するなと言うフランキー。それに対してコレだけ壊されては何も無くても出て来ると言葉を返されて、言われてみればそうよねと思う。
でも、今はフランキーをぶっ飛ばす事が先決だと思ってるから、周りをいくら破壊してもルフィを咎めるつもりは無いのよ。そんな私の考えが悪かったのか、船大工達がまさかの行動に出る。
フランキーを止めに来たのかと思ったのに、何故かルフィを攻撃し始めたのだ。理由も何も話さずに攻撃を仕掛けてくる1番ドックの船大工達に、私の怒りは頂点に達している。
そんな時に漸く言葉を口にしたと思ったら、話している内容が全く持って理解し難い。ロビンが暗殺者ですって!?
そう思った瞬間に、先程の頭痛が激しくなって私を襲う。体を支えきれなくなって崩れ落ちるのを、誰かの腕が支えた。
「……これの何処が、もう大分良いのか、わしにはわからんのォ」
囁くように言われた言葉に、私はその腕がカクさんのものだと理解したけど、抵抗する事さえ出来ない。知識が、押し寄せて来る。
ロビンをこの人達は、使っている。どうしてこの世界の奴らは人を〝使う〟事を平然と行えるのか。
これ迄の時間軸でロビンに起きた事が鮮明に脳裏に映し出されて、フランキーの過去が引き続きで見えて来る。まさかこの時、カクさんは私を庇ってくれていたんだなんて、そんな事に気付ける余裕は、私には存在していなかった。
漸くフランキー登場です。先は長いですね。