何時までもこうしてくっついていたいけど、そんな訳にもいかないのは分かってる。だから、私とルフィはそっと唇を離して、でも、もう少しだけと言い訳するように抱きしめ合う。
その時風が強くなり、時間が無い事を訴えて来た。名残惜しいけれど仕方ないので、ルフィに抱き着いたまま見聞色の覇気でアイスバーグさんのいる場所を調べてみる。それにより分かったので、ルフィにその場所を説明するとルフィは私から離れて頷いた。
それに対して騒ぎを起こさないよう慎重に行動して欲しいと伝えたけど、ルフィの返事はなんか妙に軽い。そういう意味では、私の中でルフィへの信頼はマイナスだ。
「ん、分かった。シンチョーに行動する!」
「疑わしきは罰せよ!って言いたくなるわね。……本気で行くの?」
「当たり前だ!アイスのおっさんが何でロビンを犯人だと言ったのか、直接聞いてくる」
「ルフィ……。心配してるのは、お互い様なのよ。本当に、気を「じゃ、行ってくる」」
ルフィはそう言って言葉とは裏腹に全く持って計画性のない行動で、慎重とは何かと問いたくなるような勢いで、飛んで行ってしまう。私1人を屋根に残して。
「じゃ、行ってくる。……じゃないし」
私の呟きは下からの喧騒に掻き消された。でも、呆然と座り込んでる場合じゃないかと動こうとしたら、ルフィが中で窓を割って侵入しただけでは飽き足らずに、暴れて追い回されてるのが声から理解出来てしまって、何だかなぁと思う。
そして、それに怒る気にもなれずにいる時点で随分と毒されてると思う。やはり疑わしかった時点で、罰して置くべきだったのか。
アイスバーグさんにだけは、CP9の正体を伝えようかとも考えたけど、疑わしい麦藁の1味の女と、長年共に過ごして来た人達のどちらを信じるかなって思ったら、無駄な事はしたく無かった。実際信用されない事は仕方無いけど、問題はそこじゃない。
問題はそれを伝えた後、信じなかったアイスバーグさんがその真実が明らかになった時、私に対して罪悪感を持つ事。そしてそうなれば、後悔に苛まれて自分を責めるだろうと、真面目な市長である彼のそれは予測出来てしまうから、私はそれが嫌だと思うのよ。
だから私はルフィに何も託さなかったし、ついても行かなかった。それにしても……嫌な風。
水の都と呼ばれる町である事を考えれば、もしかして……。私は確証を得る為に見聞色の覇気で、町の人達の会話を盗み聞く。
いらない情報は素通りして話を集めて行けば、私の嫌な予感は当たるらしいと気付く。そっか……アクアラグナと呼ばれる大津波が来るのね。
日本でも大津波は度々発生している。日本もまた、水の都と呼ばれている水に愛されている国だから。
湯水の如くと言われる程に飲める水が豊富で、火山帯でもあるから温泉も多い。そんな日本での生活が長かったから、津波の恐ろしさはよく分かってる。
この島は厳島神社のような作りではなく、ヴェネツィアに近い造りをしているのだから……恐らく地盤そのものが既に随分と沈んでしまっているのだろう。解決策として沖ノ鳥島が脳裏に浮かぶけど、沖ノ鳥島を日本が守っているような方法でこの島を守る事は、この世界の技術では難しいし、何よりもこの島は範囲も広すぎる。
ここは沈み行く島であり、波で削られ続ける島。砂浜1つ見ても、砂浜の砂が減る地域と、砂が増える地域がある。
この島は、全体的に減る側のようだし、色々とリスクの高い島のようね。少し落ち着いたら、アイスバーグさんとその辺りを話してみたいわ。
その証拠に、この島には砂浜が無い。つまり、そういう事よ。
そんな事を考えつつも、アクアラグナについてとこの島についての情報が集まった所で、ルフィが戻って来た。直前に聞こえた銃声に1瞬ドキリとしたけれど、ルフィに銃弾は効かないからそういう意味では心配して無かった。
でも、ルフィの表情には怒りが満ちていて、触れる事を躊躇わせるものがある。こんな時、私は本当に役立たずだわ。
「アイスバーグさんに、会えなかったの?」
「いや、会えた」
そう言ってルフィはペタンと私の横に座り、アイスバーグさんのいる建物を睨む。だから私はルフィが続きを口にするまで黙ってる事にした。
「……ロビンを、見たって」
「そっか……」
そう、よね。ロビンは私達の為ならアイスバーグさんが殺されても、それどころか世界が破滅しても構わないと思う程に大切に想ってくれてる。
だからこそCP9に従い、行動している。……でもね、そんなの私は嫌!
誰かを犠牲にして得た幸福なんて、幸福な筈……!そこまで考えてから、私がやったのは何だったのかと思い至る。
私1人が犠牲になれば済むと、笑顔で私は逝けると思っていたけれど……それは、皆の気持ちとしてみれば、今の私と同じだったんじゃ?
ロビン……お願い、無理はしないで。無事に、帰って来て……。
「俺は……信じねェ!」
「ルフィ……」
「ナミをロビンが裏切れる筈ねェんだ。何かある!絶対に!」
それからルフィは私を見て、そっと抱き締めてくる。どうしたのかなと思っていたら、耳元でルフィが言う。
「だから、そんな顔すんな。大丈夫だからよ。……そんなにつらいなら、泣いてくれた方が俺は嬉しい」
「ルフィ……」
「必ず、連れ戻すぞ」
「うんっ!」
それから少し話をした私達は、1旦皆と合流する為に宿へ向かう事にした。でも中々上手くは行かなくて……。
街の人達は皆敵と言っても過言じゃないし、宿の所は既に人集りが出来ている。これではどうにもならない。
聞こえる会話から推察するに、誰も捕まってはいない様子だけれど、ゾロは手配書で顔が知られているのでどうしても心配になる。でも、良い事もない訳じゃないのよね。
ルフィは今回、逃げ回る中で剃は確実に使いこなせるようになってるし、月歩も後少しという段階になってる。これからの戦いを考えたら、それは喜ばしい変化だと思う。
でも……私、本当に苦労して身に付けたのにな……。なんか、凄く悔しい。
「ナミ?」
「天才に凡人は勝てないのかなって考えてただけよ」
「あァ、ナミは天才だもんな」
「ルフィに勝てないって話よ!」
私の言葉にルフィは不思議そうに頭からハテナを出してるのが分かるけど、そうよ……元々何においても私はルフィに勝てないのよ。悔しいけど、こればかりは仕方ない。
ルフィに主人公補正があるなら、私だってナミちゃんの体なのだからヒロイン補正があっても良いと思うのに……やっぱり神様なんか居ないのよ。そう思ったら脳裏でヤハハハハと笑う男が現れたので、蹴り飛ばしておく。
「ルフィに勝てるところなんて、何にもない。そもそも、惚れた弱味よ、ルフィに勝とうとするのが間違ってるんだわ」
「……待てよ。それはおかしいだろ」
「何がよ」
「俺はナミに勝った事なんて1回もねェぞ」
「はぁ?何言ってんのよ。私はいつもルフィに負けてるし、私がすんごい頑張って身に付けた剃と月歩も1瞬で身に付けちゃうし!……何かあった時ルフィに言われたら、逆らえないもん」
少しいじけた感じになったのは許して欲しい。ルフィが強く言えば逆らえないし、ルフィに見詰められたら大概認めちゃうんだから、私はいつもルフィに勝てないって言って間違いじゃない筈よ。
「俺の方が勝てねェよ……」
「え?」
「ナミが、俺に負けてるのなんて、体力だけだろ」
「へ?」
ルフィは私を見て分かってねェと呟いてから、困ったみたいな顔で笑う。その顔が少し大人びて見えて、いつまでも子供じゃないんだなとそんな事を考える。
少年から青年に変わろうという今は、本当に蛹から蝶に変わる神秘のように、ルフィの変化を目の当たりに出来てる気がする。実際は、2年の修行がそれに該当すると思っていたし、読んでた頃はこんな細かいルフィの成長に気付けなかったな。
「ナミは何でも作れる。俺はなんでも壊す」
「うっ……」
確かにルフィはなんでも壊す。でも、本当に大切な物は壊さないし、守り抜くと知ってる。
だから良いんじゃないかな。なにより、本当に大切なのは物じゃなくて命だとルフィは知ってるから。
「ナミはいつも俺達を全力で守ってくれてる。頭も良いし……何より、見てて心配になるくらいナミは優しい」
「そんな事ない!優しいのは皆の方よ!私は……皆にしてもらってる事の半分だって返せてないわ!」
「それは、大いなる勘違いだ。ナミは、俺達を常に優しく包んでくれてる」
そう言いながらルフィは手を伸ばして、私に触れるのをなのに1瞬躊躇う。だから私は名を呼んで、ルフィを真っ直ぐに見詰める。
「ルフィ?」
「何処にも、行くなよ。ナミは、俺の傍から、離れるな」
ルフィが言葉と同時に私を抱き締める。でも、その腕が、体が、声が、震えている。
ウソップが離れた事、メリーを失う事、理解するしかない事も我慢するしかない事もルフィは分かっている。分かってるからこそ、耐えていて苦しんでるんだと言う事を私だって分かってるわ。
その上ロビンは行方不明で、暗殺の嫌疑が掛かってて……そんな状態で、つらくない筈ないよね。ルフィはきっと、今は我慢してるだけで……本当は泣き叫びたいんだろうなと分かるから、私もルフィを抱き締める。
「うん、ずっと傍にいるから……ルフィを、独りになんてしないから……」
強くなろう。大切な人を護れるように、失わなくてすむように。
敵を傷付ける事に怯えて、大切な人を失うなんて笑い話にもなりはしない。私は、ルフィも皆も、大切だから。
「ルフィ……愛してる」
「ん。知ってる。俺は、ナミに愛されてる」
「……その返事、なんか負けた気分」
「たまには、勝たせろよ。いつも俺が負けてんだから」
どうやらルフィと私の勝ち負け論争は永遠に決着がつかない系だと悟り、私は口を閉ざしてから、ほんの少しだけでいいからとルフィを抱き締めたまま、その頭を撫で続けた。もう少しだけ、こうしていたい。
「おい、あれ!」
「あ!いたぞー!麦藁だー!」
町の人達に見つかってはそんな事をしてもいられなくて駆け出そうとしたら、ルフィが私を片腕で抱いて移動を開始した。こんな時なのに、ルフィの温もりに安心してしまう私は駄目な奴だと思う。
ルフィが逃げ回り駆け回っていた時、やはり追われているゾロを発見して合流する。結果としてゾロを追ってた人もいる為に両側から追ってきている状態になる。
どうしようかと3人で顔を見合わせた時、視界にあったのは橋。でも、壁や天井にくっつく技術は私には……あ!
「ルフィ、橋の下に隠れるとか、無理かな?」
「やってみるか。ナミ!」
ポイッと渡されたルフィのサンダルを受取り、橋の下にハンモックのようにぶら下がったルフィの上に私とゾロが乗る。ルフィの胸の辺りにゾロが乗り、辺りを警戒してくれているので私は少しだけ体から力を抜く。
追われてる事で心だけでなく、体も緊張してたらしいとそこに来て漸く気付く。だからこそ、こうして力を抜ける瞬間がある事が本当に有難い。
それから少しの時を経て、ゾロがルフィに問い掛ける。多分ルフィが震えているからだとは思うけど。
「ルフィ……大丈夫か?」
「はなし、かけんな……!」
「ルフィ……ごめんね。無理に返事しなくていいけど、その……私に何か手伝える事があったら言ってね……」
「ナミは、動くな!」
私が首を傾げるとゾロが私を見て、ルフィを見て、もう1度私を見て何故か納得したように頷いた。それからルフィにもう少し耐えろと声を掛ける。
意味がわからなくてゾロを見たけど、答えは得られそうもない。……ここで筆者より皆様へ、ルフィの悲痛な状態を確認したい場合は、原作36巻83頁左下のコマにてナミちゃんがルフィの何処に座っているかをご確認ください。
「もう、いいか?」
「まだだ」
ルフィとゾロがそんな会話をしている間に、人の足音が少しずつ減って行く。そんな時ルフィが何かに驚いて手を滑らせた事で私達は川へと落下してしまった。
ゾロがルフィを助けて、ルフィが驚いた相手……チョッパーと合流を果たす。すると、チョッパーに人の臭いがしない所を確認して貰いながら移動して、やはり屋根の上に登る。
少し変わった形の屋根になっているそこは、隠れるにはちょうど良い。なので私は、1息付けそうな感じがしてホッと息を吐き出した。
頑張るルフィでした。