※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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チョッパー

 ドクトリーヌの話が終わると、私は静かに体を横たえた。チョッパーの話を初めて〝読んだ〟時は号泣したし、〝見た〟時はその演技力の素晴らしさもあって号泣なんて越えて滂沱の如しって感じだったからよぉく〝覚えて〟いる。

 そのおかげで今、私は泣きもせずに居られるけど……実際に話を聞くのはそれらとはまた違っていて、どうしたって胸が苦しくなる。顔を顰めている私に、ドクトリーヌは恐らくは珍しいのではないかと思われる程に優しい顔を見せてから、部屋を出て行った。

 そのうちに、ルフィ達のバタバタした音さえも聞こえなくなり、室内には静寂が戻った。それから私の心が安定するのを待っていたかのように、寒い寒いと言いながらルフィが戻って来る。

 上着を探すルフィに、私の上着を貸してあげると言えばルフィはそれを借りて着込み、喧嘩してくると言って笑った。そんなルフィに気を付けて行ってきてねと言ったら、何故か固まられてしまう。

 

 「ナミ、その、いや……なんでもねェ。行ってくる」

 

 そう言いながらルフィは私に近付き、私が病人だと言う事を全く考慮してないだろう口付けをして来る。大分楽になったとは言え、本調子では当然ない訳で、私はルフィに口内を蹂躙され貪られながらも微かに抵抗する。

 いや、無理。体力持たないからっ!

 

 「早く治せよ。少し、確認したい事もあるから」

 

 キスの合間にそう言ってルフィはまたもや深く口付けてくる。それに翻弄されているだけで精一杯の私は、ルフィが言った言葉が何を示しているのか理解出来ていなかった。

 

 「んじゃ、行ってくる!」

 

 そして何事も無かったかのように、ルフィは外へと飛び出していった。今のは、何だったの……?

 病気以外の熱が顔に集まり、脈がおかしくなる。何故急にこんな事になったんだと布団に潜って悶絶するけど、答えは出そうにない。

 外から聞こえてくる音が小さくなり、自らの顔の熱と脈が安定したのを期に、私は黒いフード付きのコートを羽織って病室をそ~っと抜け出した。ルフィの先程の言い方だと治るまでここに居させられそうな雰囲気だけど、そんな訳には行かない。

 3日もこんな所で寝てられないわよ。ビビを1刻も早く、アラバスタに連れて行かなきゃいけないんだから。

 

 「さては麦藁の仲間だなァ?」

 

 ドアを閉めるのと同時に突然かけられた声。それに私は即座に否定する事で答えた。

 

 「ううん、全然違うわよ。何の事だかサッパリ!!」

 

 そんな私の対応に声を掛けた奴は動揺する。私も咄嗟によく反応したと内心で自分を褒める。

 だってアレは敵顔。上手く言いくるめて逃げなきゃ、今はまだ体力が足りなくて攻撃を躱したりする自信が無いもの。

 私は混乱して納得し掛かっている敵顔に早口に言い募ると、何事も無かったかのように優雅に背を向けて歩き出した。しかし、そう上手くは行かないもので、敵顔の男は私の嘘を簡単に見破り怒りの形相で追い掛けてくる。

 私は内心で舌打ちしながらも必死に逃げて階段を駆け下りるも、階段を降りきって少ししたあたりで距離を確認しようと1瞬振り返り、足を止めてしまった。男がみるみるうちにバケツへとその姿を変えて、階段から転がり落ちて来る。

 

 「……なに、あれ?」

 

 その直後、敵顔男が細くなった姿で現れて私に飛び掛ってきた。それを見て必死で逃げるが、体調不良に加えて足元に積もる雪に足を取られてしまい上手くいかない。

 僅かな時間と距離しか稼げないままに、私は敵顔の男に押し倒され馬乗りにされる。そのまま首を絞められて、殺されると思った次の瞬間、その手の力が緩んだ。

 

 「いい女だな。オレサマの妻にしてやろう!」

 

 その言葉と同時に、殺されかけていた時とは違う恐怖に見舞われる。それくらいならいっそ殺せと叫びたくなるのを抑えて、私は必死に抵抗を試みるけど熱の残る体では力も殆ど出ず覇気も上手く扱えずに、衣服は容赦なく破られ素肌を男に晒す事となる。

 気温的な寒さや発熱による寒さとは、また違った寒気に苛まれながら、私は男を睨み付ける。その表情に気を良くしたのか男が私の体に触れようとしたその時、長く伸びた足が男を蹴り飛ばした。

 足早に近付いてきたルフィが私の隣に立つと、ルフィが私のあられもない姿に何か言うよりも早く、私がルフィに怒りの鉄槌を下した。今ここでルフィに主導権を渡せば、碌でもない事になるような気がして、もはや本能的な行動と言えるかもしれない。

 

 「ルフィ?どうして私のジャケットが、こんなにボロボロなのかしら?」

 

 ルフィは私の姿に視線を逸らしつつも、私の言葉と表情に恐怖を抱いているらしく少しずつ逃げて行く。それを私が怒りながら追い詰め、ルフィを壁まで追い詰めると少女漫画でお馴染みの壁ドンをして、笑った。

 男女の位置が逆?そんなもん知らないわ。

 

 「もうっ!でもいいわ。許してあげる」

 

 私の言葉にルフィはホッと息を付いたので、壁から手を離した私がニコニコと続きを口にする。1応これは実際に想定していた事だし、予定通りに事が運んだから少し助かる。

 

 「あんたに服を貸して、綺麗に返ってくるとは思ってなかったから。弁償の場合は3倍返しにちょっと利子を付けるから……十万ベリー、あんたに貸しよ」

 

 その直後、顔色を変えてルフィが文句を言っていたけれど、そこは無視を決め込む。そうでもしないとルフィのお小遣い欲しい攻撃で、陸につく度に苦労させられるのだから仕方ない。

 それが船の為に必要だと言うならば兎も角として、ルフィのそれは私に甘えているだけで、実際それは全てルフィの胃袋に収まるだけの存在なのだから。サンジ君を少しは見習って欲しいわ。

 そんな私達のやり取りを見ていた敵顔の男が、高らかに何やら宣言しつつ、閉まっている扉を開けようとして、鍵が無い事に気付いて逃げ出した。ルフィがそれを追って行くのを確認してから、私は前を合わせる事も難しくなった衣服の隙間から鍵を取り出して、なぁんだと思って溜息をつく。

 

 「なぁんだ、武器庫の鍵か。宝物庫なら良かったのに」

 

 心からの言葉を呟いて私は立ち尽くす。宝物庫なら、ルフィに十万の貸しとか言ってなくても、どうにかなると思ったのにな。

 それから微かに聞こえた声の方に振り向けば、サンジ君が居たので共に城をコッソリと抜け出す。戦いが終わったら、隙を見て逃げようというのは変わっていない考えなのだ。

 そのためにサンジ君に話をしていた時、1蹴りで壁を破壊する恐怖の老婆……ドクトリーヌに見つかり、サンジ君と私はあえなく御用となった。それとどうやら、サンジ君は結構な重傷だったらしい。

 私は治療のついでに着替えさせられると、ベッドに寝かされた。そしてサンジ君の治療から戻ったドクトリーヌが、何やら疲れ切った……もしくは弱ったような声音で、武器庫の鍵を求めていると言う内容の会話が聞こえてきてシメたと内心でニヤリと笑う。

 

 「ドクトリーヌ?うちのクルーの治療代なんだけど……タダにして、私を今すぐ退院させてくれない?」

 

 これは、勝ち戦だと私は内心ほくそ笑む。役に立ったわね、あの敵顔の男も。

 自分の手癖の悪さに感謝したのは、まぁよく有るけどこんなにも気分のいい勝ち方は珍しい。……時間が無いのよ。

 

 「そりゃ……無理な頼みだと分かっていて、言ってみただけかい?」

 

 ドクトリーヌは呆れた様子で言い募るし、いつの間にか到着していたらしいビビもまた、それを止めようとする。それでも私は、ニンマリと笑うとご所望の鍵を指先に乗せて見せた。

 

 「武器庫の鍵、必要なんでしょー?」

 

 驚く面々にスったと言えば、ドクトリーヌは苦虫を噛み潰したような顔をして私を見る。そして鍵を奪うように受け取ると、治療代はいらないと言って、けれども寝ていろと言うので私は慌てる。

 けれどもそれに続いた言葉に、チョッパーの親だと実感する。素直ではない言葉で、私を送り出してくれたのだから。

 私がビビと共にサンジ君をソリに乗せて城から出た所で、チョッパーの姿を見付けて足を止めた。チョッパー1緒に行こうとルフィに誘われて、けれどもそれを断っている所で、私はただ、その成り行きを見つめた。

 確かこれって、有名な名シーンの1つだった気がする。何故か記憶は曖昧だけど、何となく覚えている1コマがある。

 袖の無い服を着たルフィが、両手を上げてチョッパーに行こうと言っているシーン。その前後とかは思い出せないし、私が病気になったりする辺りも、今回全く思い出せなかったけど……。

 そして、ルフィの勧誘に押し負けたチョッパーがドクトリーヌに挨拶に行くのを見送り、チョッパーが戻ればいつでも出られるように準備を進める。その途中で城が騒がしくなり、野暮な事だと笑った直後、チョッパーがソリを引きながら駆けてきており、その背後からドクトリーヌに追い掛けられている姿が目に入る。

 それは必死な様子で、生死を分けかねない勢いに押されて、チョッパーに言われるままに全員がソリに乗り込んだ。駆けて行くチョッパーは泣いていて、声をかける事も出来ない。

 必死になって逃げ出すチョッパーへの追撃は、途中で止まった。それでもチョッパーは走り続ける。

 まるで、止まるべき時を見失ったのかのように。チョッパーの涙が宝石のように煌めいて見えるけど、何があったのか私には何も分からない。

 そんな中で突然大砲の音が響き渡り、チョッパーは足を止める。音のした方を振り向くと、空が突然ライトアップされた。

 そこに現れたのは大きな桜の木。雪が桜色に染まり、それはあたかも桜の花びらのように見える。

 それを見たチョッパーが、涙を拭う事も無く真っ直ぐにそれを見つめ、大声で泣くのをただ、皆黙って見ていた。この雪国に咲いた桜の意味を知る者は、今ここには本人たるチョッパーと、話を聞かせてもらった私だけしか居ない筈なのに……である。

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