その姿は、悲惨の1言に尽きる。まるで人形のようになっているサンジ君の姿に、私は怒りで体が震えそうになるのを抑える事が精一杯という状態。
そんな姿になっても、サンジ君は謝るばかり。チョッパーは応急処置すると言ってくれて、治療を開始してくれたけど降って来た場所を見上げれば、その場に居るカリファは嘲笑っていた。
女相手だから、だから……攻撃出来なくて負けたのよね。サンジ君に視線を戻しながら心でそう問い掛けても、答えはない。
カリファは女の私から見ても、いい女だと思う。こんな秘書いたら欲しいとも思うけど、今の問題はそれじゃない。
「サンジ君、本当に勝てなかった?」
分かっていた事だった。どうしても必要なら相手が誰でも斬れるゾロと、何があっても蹴れないサンジ君。
斬りたくないものはあると言っても、それでもちゃんと攻撃出来るのがゾロ。それに対して大切な父親との事があって、攻撃するくらいなら死を選ぶサンジ君。
だから、もしもカリファとの戦闘になればサンジ君が勝てる筈がない事は分かり切っていたのよ。でも、纏まって動くなんて非効率な事も出来なかった。
それでもね……今はロビンの命が掛かってる。ロビンを喪ってでも、それは貫くべきものだった?
「例え死んでも、俺は女は蹴らん」
「……騎士道もここに極まれりね。仕方ない。あの女は私に任せて」
サンジ君は本当に女を蹴るくらいなら死を選ぶのだろうと、ゼフさんに顔向けできない生き方はしないのだろうと思えば頷くより他に無い。本当に……馬鹿なんだから。
階段に足をかけた瞬間、タコ男が追いかけて来たのが見えて内心で慌てる。それの攻撃を躱した瞬間、チョッパーがタコ男に攻撃を仕掛け、そうする事で私を庇ったのを理解した。
「ナミはあの女を。タコ男は俺が何とかするよ!」
「ありがとう!任せたわ、チョッパー!」
私はカリファを睨みながら階段を登る。カリファは余裕の表情でこちらを見ているから、少し苛立つ。
カリファが部屋に入ったのを確認して、私はレインテンポでサンジ君に雨を降らせると、その身を解放する。それにより呪縛から解放され、驚いている様子のサンジ君に言う。
「サンジ君、私の応援にだけは来ないで。その他の動きは、任せるわ」
「ナミさん、これ……」
「触った時の感触で、多分洗い流せばって思ったのよ。後は、任せて」
水も滴るいい男……には、少し足りない感じだけど、それなりかなと思う。サンジ君にそっと笑いかけてからカリファのいるドアを開ければ、中では呑気に入浴しているカリファが見えた。
部屋には泡があちこちにあり、いくら入浴中でもこれは無いと思う。ならば、この泡は危険物。
能力者としてはお風呂は危険過ぎる上に、水は雷の伝達率が高い。ならば折角貰ったチャンスだもの、雷を落とさせて、貰いましょうかっ!
部屋には入らずに暗雲を作り出して部屋全体にレインテンポで雨を降らせ、驚いているカリファに落雷を直撃させる。能力でガードも出来ない今だからこそ、カリファは全てを無防備に受けるしかなく、私は足場を手に入れた。
カリファの甲高い悲鳴が谺響する。それを聞きながら、コレだけでやられてくれる相手じゃないからとクリマタクトを握る手に力を込めた。
エニエス・ロビー、司法の塔。
4階〝狼の間〟ゾロ&そげキングVSカク(5番)&ジャブラ(1番)交戦中
〝階段の途中〟サンジ移動中
〝塔の壁〟チョッパー移動中
5階〝カリファの部屋〟ナミ(3番)VSカリファ(2番)交戦中
〝塔外部〟フランキー(4番)移動中
この時点でのリタイアはブルーノ、クマドリ、フクロウ。
〝正義の門〟門前、躊躇いの橋の支柱内部ルフィVSロブ・ルッチ交戦中。
現状がそうである事の全貌を把握している者は、誰も居ない。
サンジ君を泡の力であの無残な姿にしたのならば、常にシャワーかレインを使えるように雲を発生させておくのが無難。その他に雷雲も用意して、戦いに備える。
「余裕ぶってるから、そうなんのよ!」
風呂桶から出て来たカリファは、黒焦げた自らのそれにより怒りに震える。チョッパーに抱えられていた時の情報が正しければ、この女の能力は。
「〝アワアワの実〟の石鹸人間……?」
「な、何故知ってるの!?まさか〝宝玉〟は千里眼だと言うのは本当なの!?」
「違うけど、なんか言い当ててごめんね」
余りにもタジタジな様子に思わず謝ってしまう。それからカリファとの戦いは1進1退の様相となる。
少しでも反応が遅れれば力を削がれ、立つ事も出来なくされる。けれどもカリファは私を殺せないから、怪我をしているのも知っているから、攻撃そのものはどうしたって甘くなる。
だから私はその隙にカリファのそれを水で洗い流してしまう。そんな事を繰り返して、時折電撃を放つ事で私も攻撃を仕掛ける。
そんな戦いの最中、突然電伝虫が鳴り響いた。それにカリファが反応するから、どうぞと言って電話を取らせる。
私としても情報は欲しいもの。でも、その電伝虫は有り得てはならない言葉を伝えて来た。
間違えてゴールデン電伝虫を押して、バスターコールをかけたという大馬鹿者の声と、それを叱り飛ばすロビンの声。それから阿呆は自分の私欲に駆られた発言を繰り返し、ロビンを罵倒している声が聞こえる。
「私のロビンに、何してくれてんのよー!!」
私の怒りは目の前にいるカリファに向かう。それにはカリファも動揺して、2度目の電撃を浴びてくれる。
「わ、たしが……ニコ・ロビンに、手を上げた訳じゃ……な、いわっ!」
「仲間でしょ。それなら同じ事よ。私のロビンに手を出した事。……許さないわ」
今すぐに行ってぶち殺したい。そんな凶悪な考えを押し殺しながら聞いていたら、それが放送されている事に気付いたのはロビンで、ロビンは必死に逃げろと言う。
敵である海兵達の命さえも救おうとするロビンの優しさに、阿呆は考え無しに暴行を加えたらしい音がする。……今なら私、人を殺せる気がするわ。
……まさか、顔を殴ったりしてないでしょうね。麗しいロビンの顔に、傷跡が残ったらどうしてくれるのよ。
まぁ……勿論胴体だとしても、許さないけどね。女の子の体は……デリケートなのよ!
ロビンの殴られた音で通信が途切れたという事は、どちらにしても時間が無い。ロビンを早く助けないと。
「軍艦10隻と中将5人だったかしらね。……その程度で済むならば、バスターコールは海軍の誇る攻撃手段とは言い難いと思わない?」
「……貴女は、中将を舐めすぎなんだと思うわ。私よりも、中将と呼ばれる人達の方が強い事も多いのよ」
カリファは私の言葉にそう返すけど、それでもあの戦争とどうしても比べてしまう。シャンクス達なら、バスターコールなんてなんとも無いんだろうなって思えてしまうのよ。
「そうかもしれないわね。でも私は……バスターコール程度なら、怖くないの。怖いのは〝大切な人が傷付く事〟そして、その大切な人を〝喪う事〟だけ。その他に怖い事なんて、殆どないわ」
その瞬間カリファが嘲笑った。それは、あの日の事を言っているのかな。
「敵に腰振って善がる女は言う事が違うわね」
「……正義が聞いて呆れる。ただの強姦魔とそれを容認する集団じゃない」
私とカリファは睨み合う。そして、カリファは挑発するように言う。
恋人はあの日の事を知ったらどう思うかしら?捨てられるんじゃない?と。
でもね、その程度で捨てられる事は無いのよ。ルフィは、全てを分かってて私を包み、支えてくれている。
「そんな軽い恋愛して無いわ」
「え?」
「命懸けなのよ。伊達や酔狂で〝恋愛ごっこ〟してる訳じゃ無いの」
剃の途中で指銃を繰り出してくるカリファのそれを避けながら、私は言葉を返しつつミラージュテンポの為に準備を進める。私はルフィに全てを賭けている。
命も、心も、夢も、未来も。そんな私をルフィは全力で求めてくれる。
私が弱い事を分かってて、ルフィはそれでいいと言ってくれる。なら、弱いなら弱いなりに、私に出来る精一杯で共に進むと決めたの。
ルフィが行きたいと言うならば、世界の果てでも、地獄でも連れて行く。行きたくないと言うならば、そこには行かなくて良いように、正しい道へと導く事が私の役目。
今更、私はこの程度の事でブレたりしない。私がルフィを疑う事だけは有り得ない。
「例えば私が数えきれない人数にオモチャにされようと、ルフィは私を捨てないわ。労るかもしれない。癒すかも知れない。……でも、その苛立ちや後悔は相手の男にぶつけるし、私にも全力でぶつかってくる」
「捨てるか、労るかでしょ。普通は」
「普通は、そうかも知れないわね。でも、相手はルフィだから。私の事を私がやられた分だけ、ルフィは抱こうとすると思うわ。上書きする為に」
カリファは意味が分からないって顔してるけど、私は何となくルフィの考えもわかる気がするのよ。だって……何をどうしたって、過去は変えられないから。
変えられない事を嘆くより、今のそれを改善させる為にルフィなら多分そうする。それに、守れなくてごめんって謝ったとしても、ルフィが私を責める事は無い。
……普通じゃないから、海賊王になれるのよ。
皆と同じなら、特別な立場になんてなれない。奇人変人となるか天才となるかは、本当に紙一重だけどね。
私とカリファはただその先は無言で戦う。水滴が飛び、泡が飛び、電撃が飛ぶ。
防御と攻撃を兼ね揃えたそれを私が準備し、環境がほぼ整った時、壁を破壊して巨大なものが姿を見せた。それは私達にとって、大切な人の1人。
その姿はアニメや漫画で見た事がある。あれは確か……暴走しているチョッパーの筈。
2年の修行を終えてからは意識を持っていたけど、今はまだ意識がない筈。でも、思っていたよりも迫力はあるわね。
〝俺がナミを守るんだ!〟
〝医者に怪我隠そうとすんなよ!〟
チョッパーの可愛い声と姿が1瞬蘇って、そんな姿になってでもチョッパーもまた皆を守りたいと、ロビンを助けたいと思ってくれていたのだと思い知らされる。でも待って、この状態のチョッパーを、ナミちゃんはどうやって治してた?
チョッパーの呼吸が荒い。早く治してあげなきゃチョッパーが危ない。
チョッパーは、悪魔の実の能力者。なら、力を抜かせる為に水に半身をつけさせれば良いけど、今この場にあるお風呂じゃサイズ的にどうにもならない。
サイズが大きいって事は、それなりの水量が必要で……なら、この下にある海だか川だかわかんないそれに落とすのが早いかしらね。渦巻く方だと助けられないから、滝つぼに向かう側が今回のケースなら安全かしら?
でも、私には落とせるだけの力は無い。暴走してるから、私だって事分からない可能性も高いのを考慮すれば、攻撃を受ける事も覚悟しないといけないわ。
どうしたらいいのか、分からないの。大切な人が、失いたくない人が苦しんでいるのに、私には何も出来ないと言う現実が今、突き付けられていた。
「チョッパー……」
暴れるチョッパーに無駄と分かっていても声をかける事を止められない。だって、チョッパーは大切な仲間だから。
助けたい。流れる水じゃ意味なんてないから、レインテンポじゃどうにもならないのは分かるけど、どうしたらいいの?
チョッパーにカリファが攻撃を仕掛けようとするのを、叫んで止めようとする。それにより、漸くカリファはチョッパーを私だと勘違いしていた事に気付き顔を赤らめるけど、そんなのはどうでもいい。
「チョッパー!私よ!ナミ!お願い、気付いて!チョッパー!」
けれどもチョッパーは私を認識できないようで、暴れ続ける。でも、チョッパーは何故か私を見たのに攻撃をしようとはせずに、カリファにのみ攻撃をし続けていて……。
「チョッパー?」
「ブオォォオオーー!!」
正気を無くしたチョッパーは無差別に攻撃を仕掛けるのだと認識してたけど、違うのかな。そう思うくらい、チョッパーは私を避けて暴れる。
〝ナミの事は、俺が治すんだ!跡も遺さねェから、安心しろよ!〟
そう言ってチョッパーが笑った気がした。勿論チョッパーは叫ぶだけで言葉なんて口にはしてないけど。
〝ナミの事は、絶対守るんだ!俺はいつも大切にして貰ってる。俺、ナミの事、大好きなんだ!〟
そう言ってるかのように、意識のないチョッパーはバスタブを持ち上げて、それをカリファに向けて投げる。それをカリファが躱すと、ドアを突き破りバスタブは吹き抜けへ向かい、そのまま落下して行く。
〝ナミー!この本の続き、書けたか!?この医術初めて見たんだ!詳しい事知りてェよ!〟
医学書を手に駆け寄るチョッパーが見えた気がして、泣きそうになる。そんな私に攻撃を1度も仕掛けないままに、チョッパーはそのバスタブを追いかけるようにして部屋を飛び出して行き、その場でまた声を上げる。
その声が先ほどより少し小さいから、苦しいのだと分かる。時間が無いのだと分かるのに……。
「あれが仲間?海賊って、気味の悪いペットを飼うのね」
「チョッパー……!!」
チョッパーは、私の声に1度振り向く。けれども何もせずに飛び出して行ってしまった。