ルッチは不敵に笑っている。何処か嘲るような、けれども戦いそのものを楽しむようなそれに、背筋に冷たいものが走る。
襲われた恐怖からじゃない。これは、戦いを好み血を望むその性質に対する恐怖。
「倒して来たと言ったな。相手は、カリファか」
「そうよ」
「……お前も超人の域だとは思わなかった。悪かったな、中途半端な事をして」
「ルッチ……私は、まだまだ弱い事は自覚してるわ。そして、悪いと思うならここを通して」
「通すつもりは無い。だが、超人の域ならば……あの時まともに戦ってから犯せば良かったな。その鼻っ柱を折ってからの方が、素直になれただろうに」
「……ナミに大怪我させた事、俺は許すつもりはねェぞ」
ルッチの言葉にルフィが反応する。そして、そんなルフィをルッチは心底愉しそうに見て笑うのだ。
ルフィとルッチは短く言葉を交わす。それは私を嘲るルッチと、私を慈しむルフィの考え方の違いを明白にする。
冷静にルフィが怒ってる姿に、こういう怒り方も出来るのかと少し思うけど、そんな話してるんじゃない。ルッチから血に飢えたような視線を向けられる度に、体が小刻みに震えそうになる。
……怯えてる場合じゃないわ。この場をフランキーと共に、どうしたら抜けられるかを考えなきゃ。
今大切なのはそれだけよ。……剃や月歩はルッチも使える。
でも、この場に残れば足手纏いになるのだから、やれるかなんて事を言ってる場合じゃなくて、先に進むしか無い。
戦っても勝てないならば、ロビンの事を助ける為に今出来る事を考える必要がある。ロビンの事は、殺させない。
「ナミ!」
名を呼ばれただけで、全身の細胞が反応する。ルフィはルッチから視線を外す事は無い。
「フランキーとあの扉を抜けて先に行け!ロビンの事、頼んだ!」
「了解、キャプテン」
私は言葉と同時に駆け出す。それを分かっていたかのように進路を塞ぐルッチに、けれどもルフィだってそうなる事は分かってる。
だからルフィがルッチに攻撃を仕掛けて、私は止まらずに進む事が今は大切な事。けれどもルフィが吹き飛ばされ、フランキーが足止めされれば私もその場にて1瞬足を止めてしまう。
フランキーがルッチを攻撃するけど、それが効いている様子はない。フランキーが嫌そうな顔でルッチに言う。
「チャパパは充分吹き飛ばせたんだがな!」
「成程、フクロウを破ってここへ。だが残念、俺の同力は奴の5倍だ」
そう会話をしたと思ったら、フランキーが1撃で沈められてしまう。隣にいた私にルッチが視線を向けてくる。
確か、そのフクロウよりもカリファは弱かった筈。そうなれば、私に勝てる要素なんてある筈も無い。
「お前は生け捕りだ。大人しくしていれば、ニコ・ロビンの元へ連れて行ってやる。……痛い事をされる方が、好みなら逃げてみろ」
ゾクリと冷たいものが身体中を駆け巡る。でも、ここで大人しくしてるなんて選択肢は無い。
その時、ルフィがルッチに攻撃をして吹き飛ばしてくれた。見ればルフィは蒸気を発している。
フランキーが立ち止まり、会話をしてるけど、私は今のうちに抜けさせてもらう。念の為に短剣を手にして駆け出せば、ルフィが微かに笑った気がした。
振り返る余裕も、ルフィと会話をする余裕も無い。でも、伝わる。
ルフィは無言で行けと言う。ロビンを助けろ、守れと言う。
だから私は振り返らない。立ち止まらない。
ほんの僅かな差だけど、私はフランキーよりも先に進み、階段を登って行く。ルフィ……勝ってねと心で言葉を向けながら。
けれども途中に仕掛けられていた地雷に吹き飛ばされて、私は階段を転がり落ちてしまう。それを後から来ていたフランキーが受け止めてくれた。
「大丈夫か、お姉ちゃん!?」
「っ!私は後から追い掛けるから、先に行って。鍵を持ってるのは、フランキーだから!」
言えば1瞬こちらを見た後、頷いてフランキーは走り始めた。その背中を見ながら、肋骨折れたかななんて、冷静に考える。
いや、それよりも……間違いなく傷が開いた。カリファとの戦いの時はそれでも頑張ってくれてたのに、この土壇場で血が流れているのを感じてしまう。
ビッ!って感じの明らかに裂ける感覚はあったから仕方ないんだけど……後でチョッパーに怒られちゃうわね。そして、ルフィに嘆かれるわ。
サンジ君が泣きながら心配して、ロビンが申し訳なさそうにして、ウソップがオロオロして、ゾロが無言で拳を握る……。そんな姿が見える気がするの。
それでも、ここで立ち止まるつもりは無い。追いかけなきゃ、この程度の傷構っていられない。
急がなきゃ、喪ってしまう。ロビンを、守らないと。
流石に走るには無理があるけど、動けない程じゃない。肋骨が折れた時は、体を丸めず座らない方が負荷も少ない。
真っ直ぐに立っていれば、動ける。背筋を伸ばし、胸を張り、立て、私!
……ベルメールさんやベックに教えられていたそれを思い出して、深呼吸しつつ立ち上がる。足を動かし、行けると思って駆け出してその振動で呻く。
そこで私は走ると振動で痛み動きが鈍くなるからと、早歩きで進む事にした。必ず、助けるんだ。
階段が、長く感じるなんていつ以来だろう。でもこの先に、ロビンが居るのよ、進め……私。
登りきればそこは躊躇い橋。ウソップの攻撃が敵に降り注いでいるその瞬間に、私はその場に到着した。
私はその中を早歩きで進む。ウソップが私やロビンに、攻撃を当てる事は有り得ない。
これだけ迷い無く信頼出来る人達に囲まれていると言うのは、本当に誇らしいし、幸福だなと思う。それを実現させられるルフィのその能力はきっと何よりも尊い。
視線の先には血を流しながらも、最後まで私達を信じて抵抗したであろうロビンが泣いている姿が見える。フランキーがそんなロビンに向かい、猛スピードで駆けて行く後ろ姿が何故か頼もしく見える。
ロビンを狙う奴らに向けて雲を生み出しながら私もゆっくりと近付いて行く。……ロビンを泣かせたのは、何処のどいつかしら?
ロビンがこちらに駆け出した時、フランキーがロビンに駆け寄り、ロビンに銃口が向けられたその時には、ロビンと銃口の間に立って両手を広げているのが見えた。私はロビンに銃弾を放ったヤツらに雷を落とす。
フランキーがロビンを庇いながらウソップによって届けられた鍵でロビンを解放する間、ただひたすらに雷を落とす事で援護する。ロビンを、これ以上傷付けさせはしない。
ロビンを庇うフランキーが、変態なのに少しカッコよく見える。頭がおかしくなったのかな、私。
それから間もなく、フランキーはロビンを海楼石から解放してのけた。それによりロビンは自らの手を見て、緊張から開放されたのかその体をふらつかせた。
それを慌てて抱き留めたフランキーが、何か普通の人に見えた。それくらい、2人のそれは自然で……ロビンが受け入れるなら応援しようと思わされるくらい、普通に寄り添っているその姿に自然と笑みが浮かぶ。
寄り添う2人が1枚の絵のように見えて、支え合う2人が尊く見える。ロビンが幸せならそれで良いから、ロビンの気持ち次第で私はこの先の行動を決めようと決意する。
もう痛みなんて感じなかった。ロビンが生きて、そこに居る……その現実だけで今は充分。
ロビンとフランキーは目の前で共闘を始めて、何やら会話をしている。私はクリマタクトを手にその場へ急ぐけど、その時には砲撃が開始されてしまった。
その砲撃音によりロビンが震え、膝から崩れ落ちればそれがトラウマ故だと分かる。私にも、今ならば既に自力でも勝てるかも知れない相手に対するトラウマが残っているから。
今でも、信頼出来る人から渡されたものの他は、口にする事が出来ないから。その時、意識を集中すれば聞こえてくる軍艦のそれに、私は思わず空を見上げてしまった。
「〝『バスターコール』発動!!標的、海賊『麦藁のルフィ』とその1味約60名!!……尚、大将『青雉』との内約により『躊躇い橋』に確認済みの罪人ニコ・ロビン及び作家兼作詞家の宝玉は標的外とする!!〟」
嗚呼、とうとう私も世界レベルで顔と名前が知れ渡ったのかと言う思いと、いつかはこうなると分かっていたが故の妙な冷静さが交差する。今この場で危険なのは、フランキーだけ。
傍に居ない皆が攻撃の対象とされていて、フランキー1家や寝返った巨人族、船大工はこの砲撃の中で無事でいてくれるか保証がない。近くにいれば少なくとも砲撃はされない筈よね。
でも、皆は今もまだ司法の塔にいるから、今もウソップがいる司法の塔に砲弾が撃ち込まれたのを確認してしまった。皆……特に今砲弾を受けたウソップは大丈夫なのかしら。
「〝現状把握不要!!『司法の島』エニエス・ロビーその全てを破壊せよ!!全艦、配置に向かえ!!〟」
スパンダは自分がいるから攻撃されないのだと騒ぐけれど、真実は違う。私は何故か霞み始める視界に、揺れる体に巫山戯るなと喝を入れて歩き出す。
私がここで倒れたら、ロビンはどれだけ心に傷を負う事になるか……。だから私は、倒れる訳にはいかない。
「〝罪人、ニコ・ロビン及び宝玉のいる『橋』は1時対象外とする!!〟」
フランキーは辺りを見て驚きを隠さない。けれども動けなくなっているロビンに気付けば、心配そうにロビンに視線を向けて、さり気なく背後に庇うように立つ。
その時司法の塔からルフィの巨大化した拳が見えた。それにより私は持ち合わせていた薬を口に入れて、奥歯で砕いて飲み込む。
こんな所で立ち止まれない。鎮痛剤がドーピング扱いだと分かってるけど、水なんて飲んでる余裕は無いから、これしか方法は無い。
ルフィはルッチと戦っている。皆はここに向かっている。
ロビンは過去と戦い、フランキーはロビンを庇ってる。私だけこんな所で倒れていていい筈が無い!
ルフィとルッチは軍艦の上で戦う。それに対して砲弾が放たれるのを見れば、何故かな……敵なのに、泣きたくなる。
船には確か最低でも千人は乗ってる筈。ルフィ1人の為に、千人の味方を平然と攻撃するそれに、正義って何なのと心から思う。
ルフィがあの程度でやられる筈が無いのは分かってる。だからといって心配にならない訳でもない。
ルフィが無事だと確信を持てるのは、何も原作知識があるからじゃない。ルフィという男が、ロビンや私達の命が掛かってるこの場で、負ける筈は無いのよ。
何も背負ってない時と、初戦ではいつも負けてしまうルフィだけど、ルフィは何度でも立ち上がり挑み、最後には勝つ。そして、これは既に初戦ではないから、ルフィは負けない。
バギーからも最初は逃げた。アーロンには海に沈められた。
クロコダイルには牢に閉じ込められて、ミイラにされて、それから勝ってる。エネルにも船から叩き落とされて、その後に勝利をおさめた。
ルッチには戦う意思が無かったから最初は逃げて、次に負けて吹き飛ばされて壁に挟まった。なら、今回は勝つ他に道は無いわ。
だから今は、私はロビンを守る事に集中すれば良い。だってね、スパンダがいるからロビンが殺されないなんて楽観視は出来ないんだもの。
クリマタクトを強く握り締めて、短剣を足に戻して、私はロビンの元へとゆっくりと歩き出す。ロビン、助けに来たよ。