ルフィはココロさんに乗せてもらった船首の上で、メリーに抱きつくようにして笑う。なんの衒いもなく、その場所が特等席だと言いながら。
その姿は見慣れたもので、でも動けないルフィの姿は珍しいからやはり珍しい光景なのだろうか。ゾロがそこで寝ていた時には、ルフィが怒って喧嘩になったなぁなんて思い出しながら笑う。
「お前のお陰で脱出出来た。ありがとう、メリー!!」
ルフィの言葉にメリーは答えなかったけれど、メリーに皆が本当に感謝してる。きっと、その気持ちは麦藁の1味のクルー全員に共通した思いなのだろうと思う。
「しかし、お前らコリャとんでもねェ事しちまったぞ……。大体な……世界政府の旗を撃ち抜くなんて「取られた仲間を、取り返しただけだ!!」」
フランキーの言葉を遮り、ルフィは言う。そして、器用にメリーの上で体の向きを変えると大声で、叫ぶように言葉を口にした。
その前にメリーに話し掛けていた優しい声ではなく、船長たる元気な少年として……。それを聞いて、私は今回のそれも、漸く区切りなのだと気付かされるのだ。
「この喧嘩、俺達の勝ちだァ!!」
ルフィの言葉に歓声が上がり、私はそれにつられたように笑う。それにしても、この規模の戦いをして〝喧嘩〟扱いなんて……既にある意味で海賊王レベルよねと思えばこそ、ルフィらしいとしみじみ思う。
それから中を確認したりする為に何人かが動いたけど、チョッパーに言われて私は船首の近くで休んでいる。動くと怒られるので安静にしてるけど、目の前ではルフィとチョッパーは行方不明になった〝ウソップ〟を探す為に動き回ってる。
サンジ君は何かあった時の為に甲板で待機して、ゾロがメリーを動かして来た人物を探す為に中を確認して回る。メリーが自分で動いたのだと、声もメリーのものだとルフィは言い張る。
けれどゾロとサンジ君はそれを聞き流して、存在しない操縦者を探す事になった。そのサンジ君やゾロの言い分は、メリーの事を知らなければきっと私もそちら側に加わってるだろうなというものだから、止めなかった。
だけどフランキーとウソップは、その会話をどんな気持ちで聞いているのだろうか。メリーに直接〝会った〟のはウソップだけで、その話を聞いているフランキーは、どんな気持ちなのかな。
ロビンは船縁に腰掛けてゴンベを膝に乗せていて、そう言えばそんな姿今まで見たこと無かったなと思う。本当はロビンは動物や子供を愛する優しい人なのだと言う事を、こうして目の当たりにして世界の不条理を呪いたいような気持ちになる。
ココロさんとチムニーは甲板でのんびり過ごしていて、フランキーはさり気なくロビンと並んで船縁に腰を落ち着けている。現状は明らかにフランキーの片想いだけど、ロビンの気持ちはどうなのかな。
原作でフランキーがロビンに言った言葉を本当にフランキーがロビンに言ったのならば、私がロビンの立場なら気持ちは傾くと思う。今迄は生きる事、存在する事だけで精一杯だったのだろうけど……これからは恋愛にも目を向けられるんじゃないかなと思う。
私もそうだった。ロビンのような規模の話じゃ無いけど、アーロンの所にいた時は恋愛なんて考える余裕無かったし、生きてるだけで、呼吸をするだけで精一杯だった。
私は甲板にそっと触れて、色々あったなと思い出す。全てを、メリーは知っているんだよねと。
「メリー、ありがとう。治せなくて……ごめんね」
私の声は波に消されて、誰の耳にも届きはしない。そういう声で私は言葉を口にした。
それでもきっと、メリーには届いてると思うから。……頭では分かってるのよ。
メリーを治せる所なんて何処にもなかったんだって事は。東の海では、まだ治す必要性が無かった。
偉大なる航路へ入ったその瞬間から治す必要性は出たけど、クロッカスさんは船医であり船大工では無かった。だから、そこからずっとウソップが治し続けてくれた。
メリー……貴方は船だから、本当は直すが正しいのかな。でも、メリーが傷つく度に修理してるウソップ見てるとね、治療しているように見えたの。
だから、治すでも正しい気がしてるのよ。メリー……もし、言葉を交わせるなら私は貴方に聞きたい事があるの。
「例え1部でも1緒に行きたいかな、この先の海へ。それとも、静かに眠りたい?」
偉大なる航路に入ってからはずっと、ビビの関係もあって人のいる所なんてほぼ行かなかったし、時間も無かった。人の居る所で唯一治せるチャンスがあったとしたら、それはアラバスタだったけど、あの出航ではそれはどう考えても不可能だったから仕方無い。
空島にはダイアルを使わない船が無くて、相談してみたけど治す事は出来なかった。それに、メリーが自分で治してくれたものね。
空島で祭壇に落とされたことで、竜骨は深刻なダメージを受けた筈。その為にきっとメリーは自分で自分を治して、そうして私達を運んでくれた。
船大工の多く居るウォーターセブンまで頑張ってくれたのは、そこじゃないとその先へ進む為の船が手に入らないからって……無理してくれたのよね。そう思ったら、それだけで泣きそうになる。
折られて、刺されて、燃やされて、食べられて、貫かれて……それでもメリーは私達を守り続けてくれた。貴方を守れない私達を、守り続けてくれた。
「メリー……」
謝罪の言葉さえ、上手く紡げない。その時ウソップが何処にもいねェんだ!とチョッパーとルフィがそげキングに話しかけている声が聞こえた。
それに対して小舟で帰ったなんて話してるウソップに、コラコラと思う。思わず溜息が落ちて、そっとメリーを撫でるように触れる。
「メリー……どう思う?鼻ップの事」
思わずメリーの船首を見上げて問い掛けるけど、答えはない。そんな時、前方から船が来てるとルフィが言って〝全員〟がメリーの前甲板に集まった。
その見えている船がガレーラの物だと理解して、それぞれが言葉を口にしたりしていた。その時……メリーは大きくその形を崩す。
慌てる面々の中で、サンジ君は冷静にこうなってるのが本来だったんじゃねェのかと言う。それは、正しい。
来るべき時が来たのだと、わかる。ルフィは必死でガレーラの人達に直してくれと頼むけど、アイスバーグさんはそれに対して首を縦には振らなかった。
「だったらもう……眠らせてやれ……!!」
もう、やれるだけの事はやったのだと、アイスバーグさんは語る。私達がロビンを取り戻しに行ってから何があったのかを、静かな……けれども力強い声で教えてくれる。
「俺は今……奇跡を見てる。……もう、限界なんかとうに超えてる船の奇跡を」
絞り出すように紡がれる声は微かに震えていて、ルフィはそれを黙って聞いている。勿論それはルフィだけじゃない。
私達の誰も、そして……船大工の誰も、声を出さない。これは、邪魔してはいけない会話であり、最後の決断を下すべきはルフィである事をこの場にいる全員が理解していた。
ルフィは無邪気で無鉄砲で、明るくて行き当たりばったりだから、お馬鹿に見られやすいけど、本当は馬鹿じゃない。野生動物みたいな所もあるけど、人としても本当は馬鹿じゃ無いから……だから、ちゃんと理解できている。
「長年船大工をやってるが……俺はこんなに凄い海賊船を見た事が無い。見事な生き様だった」
暫くの沈黙の間に、ルフィが何を思ったのかは、分からない。でも、瞳を閉じたままルフィは言う。
「分かった」
ただ、1言。それだけを。
アイスバーグさん達が小舟を用意してくれて、別れをサポートしてくれる。そこで私は足から短剣を引き抜いて、ルフィに問い掛けた。
すぐにメリーを降りなきゃいけないのは分かってる。分かってるけど、もしもルフィが許してくれるなら……。
「少しだけ、連れて行っちゃダメかな。メリーを、この先へ、少しでも……」
「ナミ?」
「実際船として使えるだけの部材を抱えて行く事は出来ないけど、模型位のサイズのそれなら、抱えて行ける。新しい船に、メリーの模型置いとくとか……駄目……かな」
私の言葉に、ルフィは静かに笑って私を抱き寄せた。ルフィの肩に顔を埋めて、私はルフィの決定を待つ。
ダメと言われたら、潔く諦める。良いと言われたら、少しだけ、連れて行きたい。
「ナミは、連れて行きたいんだな。……構わねェよ。それくらい。きっとメリーも、喜んでくれる」
「……っ、ルフィ……ありがとう……」
「ナミが俺に何かしたいって願うの、初めてな気がする。……そもそも、短剣を抜いてから聞いた時点で、ナミは連れてく気満々だったろ」
「ルフィにダメって言われたら、潔く諦めるつもりだったわよ」
声が、震える。涙を零さないように耐えるのって、こんなに難しかったかな。
そんな私をルフィは優しく抱き締めてくれる。その温もりに、優しさに私は今甘えてる。
「俺はナミが短剣を抱いて泣くのを、見たくねェよ。だから……1緒に、連れて行こう。メリーが見ててくれたら、ナミも食事抜かなくなるかも知れねェし」
明るく笑ってくれたルフィに、もう1度ありがとうと言って柵として使われているその木を短剣で切り取り1/100か1/200なら、これだけあれば作れるわよねと小さく笑う。そう思って抱いていたら、フランキーにそれを取られてしまう。
慌てて手を伸ばした私にフランキーは静かな声で言う。感情表現の激しい人だから、こんな顔できたんだとか思うくらい静かな表情だった。
「……その模型、俺様が造ってやるよ。大工は模型造りも仕事の内だ」
「……ありがとう」
それから私達は用意された小舟に乗って、ルフィ以外が横並びで待機する。ルフィは1人、小舟と呼ぶのも如何なものかと言いたくなるような、小さなそれに乗って私達とメリーの間に居る。
「じゃ、いいか?皆」
ルフィの問い掛けに、皆が短く返事をする。ルフィはそれを受けて松明に火を灯すと、ゆっくりとメリーに近づいて行く。
厳かな雰囲気の中で、誰も言葉を口にせずにただ、ルフィとメリーを見ている。ルフィはそんな中で、メリーに声をかけた。
「メリー、海底は暗くて寂しいからな。俺達が見届ける!!」
メリーが何かを答える事は無い。そんなメリーにルフィが火を近付けると、その瞬間にメリーに簡単に火が着いて即座に燃え上がる。
それだけ、弱っていたのだ。限界なんて、木材その物が既に迎えて、超えていたのだ。
そんな状態で、ルフィはウソップがいなくて良かったと、耐えられないだろうと気遣うように言う。ウソップがどれ程メリーを愛していたか、知っているから。
ルフィのその姿は神聖な儀式のようにも見える。同時に名指しされたウソップにゾロが問い掛ければ、そんな事は無いと、涙の1つも許されないとウソップが答えた。
「長い間……俺達を乗せてくれて、ありがとうメリー号」
ルフィの言葉に返事をするかのように、空から何かが降ってくる。火の粉とか灰かと思ったけど、それはメリーからではなく空からで、思わず手を出していた。
「雪……」
その雪に触れた時、メリーでの思い出が蘇る。もしかしたらこれは、雪ではなくてメリーの記憶の欠片なのかもしれないと思う程鮮明に。
キャラヴェルを知らないルフィ達を叱りながら大興奮だった自分の事や、皆で操縦するからと怒りながら指導した事。ルフィが下手クソな絵を描いて、見て居られなくなったウソップがメリー号にルフィのマークを描いて、海賊船として動き出した日の事。
積まれている大砲で試し撃ちする皆を、遠巻きに見ていたらゾロの後輩達が1時的に共に乗る事になったんだったわねとか。1気に増えた人口に、ロビンが仲間になるのを切望した事を思い出す。
そして、皆から1人離れたあの日の事を。生きてルフィに二度と会えないだろう事を理解していながら、涙を堪えて先へと進んだのだったわ。
その時ミホークを拾い、なのに襲われ、翌日にはドフラミンゴに。もしかしたら、メリーはずっと気にしてくれていたんじゃないかって思うくらい……だって、今までは思い出しても1度も、悲しくなんてなった事が無かったのに、今胸が締め付けられるように苦しい。
偉大なる航路へと入る為に、山へと突入して行きラブーンと出逢った。大きな魚に食べられて巨人に助けられたり、空も飛んだ。
思い返せばキリが無いそれは、まるでメリーが見ている走馬灯を見せてもらっているかのようで……。涙が、後から後から勝手に溢れてくる。
『ごめんね』
「え」
突然その場にいた全員に聞こえる声。ルフィの戸惑うような声が聞こえても、ざわめきがあっても、それを無視するように声は続ける。
共に波間の向こうを目指して冒険して来た仲間として。メリーとしての、最後の言葉を。