お茶を飲みつつ、それぞれが今日の予定を確認する。ゾロは今日も刀を探しに出かける予定で、チョッパーはソドムとゴモラの治療に行きたいらしい。
ロビンは足りない物が無いか昨日確認してくれていて、それを買い足しに行きたいと言うし、そのついでに情報を集めて来てくれると言う。確かに、エニエスロビーでの事がそろそろ新聞に載ってもおかしくは無い頃よねと思えば、正直助かる。
私は昨日の事があるので、ルフィの傍に居たいな……とは言えないので、今後について少し考えてみるわとだけ伝えておく。流石に寝てるルフィでも良いから傍にいたいとか、そんな事は言えない。
サンジ君はルフィに食事を作りつつ私の相談に乗ると言ってくれて、各自の行動が定まった。3人が出かけた後で、私は考えないようにしていた現実と向き合う。
「……お金は、良いのよ。船も、メリーじゃないならルフィが気に入ればそれで良い。でも……蜜柑の木が……」
「あァ……それで落ち込んでいたんですか。顔色も悪いので心配しました。……ただ、ニュースクーに運んで貰えるような物じゃ無いですからね」
「そうなのよ。ベルメールさんの蜜柑の木……」
カフェテーブルに潰れた私の前に、サンジ君が飲み物を置いてくれて、でも、それにありがとうと言ったけど今は手を出す気にもなれない。ベルメールさん、ノジコ……。
本は買い直せるし、書きかけの原稿は惜しいけどネタは既にあるから書き直せない事も無いわ。海図や地図も1度描いた物なら全て覚えているし、その1部は今持って行って貰ってるから問題無ければ東の海の海図が四部と地図が1部の全五部で出版される筈。
……アーロンのお陰で東の海は制覇したとも言えるのだから、良かったのかしらね。最弱と呼ぶか、平和と呼ぶか……そんな東の海のそれは貴族や旅行者を含む海に出たがる人なら、海賊や海軍もそうだけど、買うんじゃないかなって思っている。
それがあるから、偉大なる航路に入ってからの分だけ描き直す事になるけど、それならば量的に考えても別にそんなに苦じゃない。……そうなると偉大なる航路を1周しただけじゃ、どう考えても足りないわね。
そう思えば、ルフィと共に来なければ私の夢は叶わないのだと思い知らされる。……2週目も、ルフィは私を乗せててくれるかな?
そんな事を考えている間にも、ルフィに食べ物を出す時に私にもパイとか色々用意してくれたけど、少しも食べたいと思えない。これも鬱症状の1種である。
ペットロス等もそうだけれど、何もやる気が起きない、食欲が落ちる程の落ち込みを鬱症状と呼び、それが長期化してその状態から抜けられない人を鬱病と言う。その鬱により日常生活に支障が出れば障害と呼ばれるようになるし、鬱の中にもタイプや種類がいくつもあるけれど、その辺りは本作に関係無いので割愛する。
「ナミさん、飲みたい物はありませんか?温かい物は気持ちを落ち着かせますよ」
「……サンジ君、ありがとう……今は、でも、良いわ」
心配してくれるサンジ君には悪いけれど……今は何も欲しくないのよね。それでも心配かけたくなくて、笑う私にサンジ君は1口でもと言ってレモンティーに蜂蜜を入れて持ってきてくれる。
手渡されてしまえば仕方なくて、それにそっと口をつければ、体は欲していたらしく妙に美味しい。泣きそうな程に、美味しい。
レモンティーに蜂蜜入れると、蜂蜜レモンに紅茶の効果がプラスされるので実は健康に頗る良い。レモンはハーブ、即ち海外出身の薬草であり、蜂蜜は古来から薬として用いられていた健康食品なのだからある意味当然かも知れないけれど。
サンジ君はルフィの食べたお皿を片付けつつ、新たな料理をどんどん出して行く。その流れるような動きに、知らず感嘆の息が漏れる。
黙っている時や、真面目な話をしている時のサンジ君は本当に美形さんだと思うし、絵になると断言出来る。それに、料理の話をしてる時の無邪気さは可愛いと思うのよ。
だからこそ、勿体ない。女に弱い崩れた顔はムードメーカーになりたくて演じてるのかな?なんて思う程に、本当に勿体ない。
その時料理を運んだりして忙しく動いていた筈のサンジ君が、そっと私の頭に触れた。優しく撫でられて、どうしたのかと思う。
見ればサンジ君は苦笑を浮かべていて、優しいそれに少し泣きそうになる。だって……蜜柑の木がぁー!
「ナミさんにとって命にも均しいのが、蜜柑の木ですからね。でも、ここにいる可愛い蜜柑の花が萎れるのを、俺は黙って見過ごせません」
「……蜜柑の花って、まさか……私?」
「…………今の会話の流れで、他に居る筈ありませんよね?流石にその返事には驚きました」
ごめんね、いつもより頭働いてないみたいなの。とは、心中で。
「……ナミさんはさ、頑張りすぎなんですよ。良い機会だから、少し落ち込んでても良いので休んでてください」
「ありがとう……」
「そもそも、蜜柑の木以外についてはナミさんが1人で考えるべき事じゃないですよ。事務、経理を含む金銭管理、航海日誌等の記録管理、備品や食材の管理、これらを1人で担ってる。その他に作家や作曲家として収益を上げて、本業は航海士だからと航海士の仕事と地図や海図の描き起こし作業……1人でやる仕事じゃありません」
「食材管理はサンジ君がメインだし、航海日誌とかはロビンがメインで書いてくれるからそれを手直しするだけで良い事になってるわ。何かを書くのは趣味を兼ねたお小遣い稼ぎみたいなものだし、ルフィの食費考えたら必要よ」
ふと笑って答えれば呆れたようなサンジ君の視線とぶつかる。どうやら心配かけているらしいと分かり、無理にでも笑った時サンジ君の表情が確かに歪んだ。
「ナミさんはさ、自分に厳し過ぎますよ」
サンジ君は真剣な瞳で私を見ているけど、私はそれに首を振る。そんな事は無いと断言出来るもの。
「私は、今回殆ど役立てなかったわ。サンジ君達の戦いの場に残っても、サポートだって出来なかったと思うし、だからと言って先に進んだら地雷踏んで吹き飛ばされるし……。マルコさんが来なければ、私が居たせいで皆の命が危険になってた」
「ナミさんは悪くありませんよ。バスターコールを押したあいつが悪い。……そもそもロビンちゃんを連れ去ったアイツらが全て悪いんです。ナミさんが宝玉としてやって来てくれたから、これまでずっとルフィの食費で破産するとかって事にならなかったんです。何も「バスターコールは!……軍艦の数も兵の数も、あの半数の筈なのよ」」
「え?」
私の知る話では、敵の数も軍艦の数も半数以下だった。なら何故増えたのかって考えたら、私の存在が原因としか考えられない。
なのに……私は立ってるのだって精一杯みたいな状態で、皆に迷惑かけて、ルフィを助けに行く事も何も出来なかった。サンジ君は言葉を失っているのか、何かを考えているのか、何も言わない。
「私にはウソップみたいに遠くからロビンを守る攻撃も、ロビンを巻き込まない攻撃も出来ない。ルフィの所へ先に行ったけど、ルッチと戦うルフィの邪魔になって、負担になっただけだったわ……」
言葉にした時理解する。どうしてサンジ君に弱音吐いてるのかなって思ってたけど、私は卑怯にも絶対に自分を責めない人に話を聞いて欲しかったんだと、そう気付く。
ルフィを守れなかった事、負担になった事が辛くて、私はそれを誰かに話したかったんだ。こんな話、ロビンやチョッパーにしたら気に病ませそうだし、ルフィやゾロにして見限られたくないと……叱られたくないと思ったんだわ。
サンジ君なら女に甘いから、厳しい事は言わないと、どこかで思って甘えてる。私は、狡い。
「私とフランキーが先に進めるように、必要以上にルフィには負担をかけてしまった。それなのに……!私は、ロビンの側に向かっても、戦えなくて……ロビンを銃弾から守る事も、倒れそうになるロビンを支える事も、何も出来なかった」
ここに来てからの怪我の大半は治っていて、今はもう痛まない。だから余計に色々な事を考えてしまう。
ロビンを守ったのは結局フランキーで、私が手に入れた鍵はゾロを解放する他は役立てた気がしない。ウソップが鍵をフランキーに届けたし、私は……なんの為にあの場所にいたんだろう。
「ナミさん……」
呼ばれて顔を上げればサンジ君のアップがあって、えっと思うのと同時に唇を塞がれる。脳は活動をほぼ停止していたから、どうしたって反応が遅れてしまう。
「んっ!?……や……!」
嫌だと思ったからなのか何なのか。寝ているルフィに無意識で助けを求めるように手を伸ばしたら、その手を簡単に掴まれて行動を阻まれてしまう。
サンジ君の口付けは優しいのに、激しく熱い感情が伝わってくる。攻撃しようにもサンジ君に有効な手段なんて思い付かないし、怪我をさせたくない。
「やめ……サンジくっ……ンンッ……!」
口付けの合間に言葉で抵抗しても、角度を変えてくるサンジ君に翻弄される。ルフィを何度も心で呼びながら、体を捻って逃れようとした時、私はサンジ君に抱き締められていて倒れなかったけど、物凄い音を立てて椅子が倒れた。
そこで漸くキスから解放された私は、サンジ君を睨み付ける。そんな私を見てサンジ君は笑みを深めるばかりだ。
「どういうつもり?」
「……少しは、気が紛れたかなと」
サンジ君の腕を振り払い抱き締められている状態から解放されると、怒りの声を発しようと口を開く。だって、私にはルフィが居る事をサンジ君は分かってる。
「巫山戯な「俺は、隙があれば何時でも襲うと言ってる筈ですよ。ナミさんの事が大切だから、ルフィの目の前だから抱かないだけだ」」
「なっ……!」
言葉が出ない。慰めてくれたのは分かったけど、それでも……!
私がルフィじゃないと嫌なのは分かってる筈なのに。サンジ君は、私がサンジ君を傷付けられないと分かっているのだろうか。
「ナミさん、キスした事は謝らないし、隙があればこれからもします。……俺はこれでも譲歩してるよ」
悪びれも無くサンジ君は言うから、言葉が続かない。言葉の代わりに、思いっきり頬を叩こうとしたその手を簡単に止められてしまう。
これが、本来の実力差。いつも大人しく殴られているのは、弱い私やチョッパー、ウソップが相手だからで、仲間だからってだけ。
そんな事は分かってるのよ。私がサンジ君を攻撃できないのと同じ理屈なんだって事は……!
「ナミさんは、自分に厳し過ぎるし、家族や仲間には甘過ぎます。……今回の戦いだって、ナミさんは俺が負けた相手を倒してくれましたよ」
だって、カリファは女だったから。そうじゃ無かったら、実力的には既に剃を使えるようになっていたサンジ君が負ける筈の無い相手。
死んでも女を蹴らないと決めているサンジ君だったから、かなわなかっただけで……多分私じゃなくてもサンジ君以外なら誰が戦っても負ける事は無かった。そう思っていたら、サンジ君がその考えを分かってるかのように首を横に振った。
「もしも先行していたのがフランキーだけで、地雷をフランキーが踏んでいたらロビンちゃんを庇うのが間に合ったか定かじゃありません」
「……間に合ったと思うわよ。フランキーはほぼサイボーグだから、ダメージは殆ど無いと思うし、ロビンを守る事に関してはフランキーを信頼出来るわ」
「ほら、自分以外には評価をできる。それなのにどうして自分の事だけそんなに……。そもそもナミさんは戦闘員じゃない。俺やマリモの戦いについてこられないからと、誰が責められるって言うんですか」
そんな言葉に私は首を傾げる。だって本来コックも決して戦闘員じゃ無いし……それに、私は私を責めるわ。
でも、そんな私の考えをサンジ君は否定する。言葉を音にしてないのに。
「船においてはコックは戦闘員ですよ。元戦闘員が負傷してコックになるか、戦闘員としてしか役割を持たない奴が空いてる時間に雑用や料理をするのが本来の姿ですから」
サンジ君は珍しく真面目な顔をしていて、その上で間違った事も言ってない。敵のいない時、ただの穀潰しでは居られないからという理由で、戦闘員がコックになるのは歴史的に見ても多い事は知ってる。
「マリモは戦闘員以外の何者でもねェんだし、ルフィは何もしないのが仕事と迄言われる船長だ。戦う他には食うしか出来ねェ。それに対してナミさんが負い目を感じる必要は欠片もありません」
「……っ……でも……!」
でも、だけど、だって……。そんな言葉しか浮かんで来ない。
即ちサンジ君が正しいんだって、本当は分かってるって事。でもとか、だってとか言うのは、口癖でさえ無ければ間違ってる事を本当は発言してる人が理解している何よりの証拠なのだから。
大航海時代、ちゃんと交代で休日が用意されてたんですよ。まぁ、大きな船では、ですけどね。規律もしっかりしていて、社会保障や労災の制度に近いものもあったんです。