十分に甘えさせて貰ってから、ルフィと離れて進路を確認しに向かえば、ルフィも仕事の邪魔はしないからそこで漸く1人になる。昨夜お風呂に入りそびれた事を思い出して、軽くシャワーを浴びた私は、爽やかな気持ちでサンジ君が用意してくれている朝食を皆と食べる為に移動して行く。
タオルを首から掛けて、途中で立ち止まれば風は穏やかに吹いている。今のところ天候に異変は無いと分かれば、少しホッとして穏やかな海から視線を外して皆の元へと向かう。
皆の元へと到着した私の姿にルフィは風呂好きだなァなんて言うけど、週に1度しか入らずにいられる方が理解不能だからと心から思う。私なんて、可能なら1日2回は入りたいくらいだというのに。
賑やかな食事はいつもと特に変わる事は無くて、けれども何故かビビは私が食事してる姿をじっと見つめて来るからどうしたのかと首を傾げる。メニューも同じだから、何かが欲しいとかって事ではないと思うんだけど。
「ナミさんって、貴族とか王族の出身ですか?」
その言葉に1瞬静まった空間。そもそもどうして、そんな勘違いが発生したのか。
「違うわよ。私は戦災孤児で、義理の姉に拾われて、その姉ごと義理の母が拾って育ててくれたの」
「なら、そのお母様が貴族とかですか?」
「違うけど……どうして?」
何故貴族に拘るのか。まさかまだ〝お兄様〟との結婚を諦めていないのかしら……?
無理よ、私は海で生きて……多分、ルフィの為に死ぬから。私の心はルフィに既に囚われているもの。
そう思って苦笑したら、ビビが不思議そうに私の手元を見ている。それに対してサンジ君があァと言って、納得した様子を見せる。
「ナミさんのテーブルマナーの事かな、ビビちゃん」
「えェ、そうなの。凄く綺麗に、優雅に食事してて……まァ食べる速度は尋常じゃなく早いけど」
「ナミさんのそれは、確かに気になりますね」
サンジ君の言葉に、私は地球で社会人やればある程度は身に付けないと生きられないのよ……とは言えない為に、どうしたものかと考える。そして……妖艶に微笑む。
「……知りたい?」
「……っ……!ナミさんの全てを知りたいですゥー!」
「でもダメよ。……ミステリアスな方が、素敵でしょ?」
とりあえずメロリンモードに入ったサンジ君はこれでいい。ルフィとゾロは興味無さそうだし、ウソップは関わりたくないだろう。
残す所はビビだけか。となれば……。悲しげな微笑みを浮かべて、ビビへと視線を向ける。
「ビビに軽蔑されたくなくて、私も必死なの。追求しないで欲しいわ」
「そんな!私の為に……!?」
「ふふふ……」
大嘘つきでゴメン。悲しげな微笑みとか、妖艶な微笑みとかが絵になるナミちゃんの体で本当に良かったと、心の片隅で思いながら笑って誤魔化す他に何も出来ない。
言い訳なんかすぐには思いつかないし、稼ぐ為に身に付けたとか言ったら、無駄に気を使わせそうだし、真実なんか言える筈ないからこれが限界なのよ。そう思って笑っていたらゾロは呆れたように、ウソップは何かを察した様子で、ルフィは気にしてなくて、サンジ君はメロリンの合間で何考えてるか不明といった状態でこちらを見ている。
とりあえずは平和だ。大きな問題は無い。
そんな朝食を終えて、それぞれがその場を去るのを眺めながら洗い物を纏めて運んでいると、サンジ君が真剣な顔でこちらを見ているのが分かり、足を止める。それにより想像出来る事は限られている。
「何かあった?まさか、食料不足!?」
まさか、食料をルフィが食べ尽くしたのだろうか。それともネズミでも出たの!?
「……今の所は食料は足りてます。ナミさんがドラム王国で去り際に買い足してくれてますし、魚も夜の漁である程度は手に入ってますから……肉もまだ加工したのが残っていると言うのも大きいです」
「なら……?」
「ナミさん、本当にルフィと付き合ってるんですね」
言われた言葉に1瞬脳がフリーズして、それからあぁと思いながら頷く。それによってサンジ君は小さく笑う。
「男部屋に帰ったらナミさんを抱き締めて寝てるバカが居るし、今朝になってその姿を見てみたら跡が大量についていればそりゃ確認位したくなります」
朝シャワー浴びたから、タオルで首元も胸元も隠れてる筈なのに咄嗟にそれを隠すように腕が動けば、自らそれを公言したのと変わらなくなってしまう。勝手に赤くなる顔をどうにも出来ずに顔を背ければ、サンジ君の声が降ってくる。
「……ナミさんも、ちゃんと惚れてるんですね。なら、今は良いです。……もしも泣かされたりしたら、奪うために動きます」
「サンジ、くん……?」
「俺はナミさんに本気ですから、悲しませる事はもうしません。ですが……隙があれば、奪います。相手が誰でも、退けない事ってのはあるんですよ」
そう言ってキッチンへと戻るサンジ君を見送り、私は身支度を整えると言う名目の元部屋へと駆け戻る。私は……これから、どうしたらいいんだろう。
想いが伝わる事で悲しくなる事もあるのだと、初めて知って身動きが取れなくなる。だって私の全ては既に、ルフィに託してしまっているから。
どれ程大切にしてもらっても、想いを向けてもらっても、私には何も返せない。ごめんなさいと、謝る事さえ出来ないのは、感情の問題であるこれが簡単に人間関係を破錠させる事を知っているから。
信頼出来る大切な仲間で、そういう意味では愛していても、それ以上には応えられない。深呼吸して気持ちを切り替えてから、私はタオルを外して上着を羽織り、鏡を見て愕然とする。
……ルフィに付けられた跡が、胸元に大量にあるのを確認してしまったから。クリマタクトを胸元に入れる関係で、胸元が大きく開いていて、左肩を見せるために袖の無い服ばかりを持っているのだ。
気候に合わせて多少変えられるようにしてはあるけど、カーディガンなどの上着で春や秋の気候も超えてしまうから、真冬の物以外ではデザインがほぼ同じなのだ。どうしたら良いのかと、その場で崩れ落ちそうになる。
同じように戦いやすいように、武器を隠しやすく取り出しやすいようにとの理由から、深いスリットの入ったロングスカートしか基本的に持ってない。なので、今後の事を考えるならば今度何か違うデザインの服も用意しなければと思い知らされる。
とりあえずはと首にショールを巻いて胸の上にその残りがフワリと来るようにして、その先端は上着の内側に入れる事で風で動く事を防ぐ。ついでだからとクリマタクトは取り出して、手に持って移動する。
いつもと違い胸元を隠してる私に、ゾロとウソップが首を傾げるけど、とりあえずウソップにクリマタクトを託す。
「それで、どうにかなりそうだった?」
「あァ、速度を上げるのと、放出エネルギーを増やすんだったよな。何とかなりそうだ。道具は揃えて来た。んで、その費用だが……」
「書面にして後で持って来て、それの費用に手間賃足して渡すから。これについては私用だから私のポケットマネーで賄う関係で、経費扱いじゃないけど大丈夫?」
「……ナミ、お前の作品の売上を船の収入に当てて航海してるんだから、この武器の改良も経費にするべきだろう。狙撃手に銃弾は自腹切れって言ってるのと変わらねェぞ、それ」
ウソップの言葉に私は動きを止めて、少し考える。でも……。
私はお金そんなに使わないし、船の経費減らすのもどうかなと思うのよね。服なんて恥じ掻かない程度に着てればいいと思うし、宝石なんて売る為にあるともうから買わないし……うーん?
「私、お金基本的に使わないのよ。だから良いかなって」
「良くねェよ!お前に楽しみはねェのか!」
楽しみ……。皆が生きて側に居てくれるし、笑ってくれるからそれで十分なんだけど。
趣味、執筆……?でも、それは船の収入にしてる事だし、家族への安否連絡兼ねてるから……。
「あ!趣味は、文通かも!……1方通行だけど」
「それ、まさか……まだ赤髪んとこに何か送ってるのか!?」
ゾロの言葉が突然割って入る事で、甲板が1瞬静まる。何か、おかしいだろうか?
「当たり前じゃない。前に連絡途絶えさせたらシャンクスが大暴れして新聞に載ったのよ!?その時私にだけ伝わるようなメッセージ送って来てて、どれだけ私が焦って連絡入れて謝ったと思ってるのよ!シャンクスの過保護っぷりは半端じゃないのよ!!」
「……それ、俺の手紙とかも添えられたりするか?」
ウソップの言葉に私は視線をウソップに向けると、当然でしょと笑う。書けたら言ってくれたら1緒に送るわと言えば、泣きそうな顔で笑われたけど……返事は来ないのよ?
それでも、お母さんの事を伝える事が出来ると、背中を追いかけ始めた事を父親に伝えられると笑うウソップに、私はそれ以上何も言う事は出来なかった。ウソップがそう判断したのならば、それでいいと思うから。
それから少し話し合いを重ねて、クリマタクトの改良にかかる費用も経費として計算される事に決まった。そのやり取りを聞いていたゾロは、少し呆れた様子で何か呟いたけど、それは波の音が邪魔して聞き取れなかった。
それからいつものように航海日誌を書いたり、編纂したり読書したりしながら過ごしていた私は、自分が白髭海賊団に出し続けた手紙でどんな事が起きているのかを、全く想像していなかった。更には、エースとの再会が待っている事を思い出せてはいなかったのだ。
クーちゃんから医学書のそれが本になった物を渡され、書類にサインしてからチョッパーを呼べば、チョッパーが可愛い足音と共に近付いてくる。
「どうしたんだ?」
「これ、1応医学書だからチョッパーに預けておこうと思って……」
「ナミ、ありがとう!」
チョッパーはにこにこと笑って、宝玉として出した最初の医学書を手に取る。そしてそれを開いて、チョッパーは暫く硬直した。
何か変な事書いてたかなと不安になってそれを見ていたら、チョッパーが大喜びで褒めたたえ始め、最後にはこの著者に会いたいと言い始めるから……言い出せなかった。私が宝玉ですなんて、言えなかったのよ……!
逃げるように部屋に帰った私は、海図を描く事で気持ちを落ち着ける事にした。本当にこの偉大なる航路は、描くべき物が尽きなくて楽しい。
その日の昼過ぎ……。サンジ君がルフィを追い詰めている声が船内にまで聞こえて来て、海図を描いていた手を止めて様子を見に行く。
するとどうやらその犯人はルフィだけでは無かったようで、ウソップ、チョッパー、カルーが釣りをしているフリをしながら口をモゴモゴさせているのを見付けてしまう。とりあえず私による拳の制裁を受けた面々は甲板に倒れ込み、サンジ君が希望する鍵付きの巨大な冷蔵庫を購入できるように計算する事にした。
そして今後の為にと、クロコダイルがどんな人物なのかを海が安定している間に、ビビから聞いておくことになった。そうしてビビの口から語られる事となったのは、クロコダイルの英雄譚。
それのなんと見事な事か。紙面を昔から騒がせていた〝英雄〟の2つ名が全てこの計画の為だと言うならば、どれ程壮大な計画なのか。
「クロコダイルが英雄ねぇ……。2つ名は確かに〝英雄〟だけど、なんだかしっくり来ないわ」
ついこぼれ落ちた私の素直な言葉に、ビビは唇を噛む。それからビビがクロコダイルの行動や、国民の考えの説明を続けるとそれを聞いていたルフィが頷いた。
「とにかく、クロコダイルをぶっ飛ばしたらいいんだろ?」
ルフィの空気を読めない発言も気にせずに、ビビは続けてBWのシステムについて話し始める。そしてルフィはまたもや同じ言葉を繰り返すので、何も理解出来てない事は、全員が理解出来た。
なので全員ルフィは無視して、ビビへと視線を向ける。そこで私は確認の意味も込めて言葉を口にする。
「……って事は間違い無く。BW社最後の大仕事、アラバスタ王国の乗っ取りとなれば、その〝オフィサーエージェント〟って奴らの残り全員が」
私がそこまで言えば、続きはビビが引き継ぐ。
「えェ……集結する筈」
緊張感に包まれたそこで、クロコダイルがスナスナの実を食べていると確認できた私は、対策を考えると言って船内に入った。実際クロコダイルはロギアの中で唯1の、覇気を扱えなくても殴れる能力者だ。
でも、だからと言って弱い訳では無い。経験も、実力も、更には殴れるようには出来ても能力を封じられる訳でも無い。
……それに部下にも能力者は多い。流れる水では例え海水でも、その力を奪う事も封じる事も出来はしない。
甘く見ていて勝てる相手なんて、この先にはいやしないのよ。考えなきゃ、ビビを無事に帰す為には敵を倒す事が絶対条件なのだから。
とりあえず水分で砂が固まる事で、クロコダイルの事は殴れるのだという事と、クロコダイルの手に掴まれたらミイラにされる事は伝えておこうと決める。他に何か伝えられる事は無いだろうかと真剣に考えて、敵の幹部について何も記憶が戻らない事に微かではない苛立ちを覚える。
仲間と共にアラバスタを目指すその船は、もう他の島に立ち寄る予定は無く、真っ直ぐに海を進んでいく。ビビとの約束を果たす為、ビビの国を取り戻す為の戦いは既に目前に迫っている。