サンジ君は私の前に置かれていたパイをルフィの元に移動させつつ、静かに言葉を続ける。どうやら冷めたパイだからルフィにとの事らしいけど……その気持ちは分からなくもない。
だってダストシュートかブラックホールかと言いたくなる勢いで、ルフィはお食事タイムを続けているから。でも、ルフィが特殊って訳でもなくて、この世界だと大食らいの人達が少なからず居るのよね。
「フランキーの奴は、ウソップの事もあります。それ位して貰って当然だと割り切って、気にする必要は何もありません」
でも、フランキーは〝まだ〟仲間じゃない。なのに、ロビンを当然のように守ってくれたわ。
そう言おうとした所でサンジ君は言葉を続けた。まるで先読みしているのように。
「そもそもナミさん無しじゃ、船の中で生きられません。そんな重要人物を、戦闘時に守る事の何がおかしいんですか」
「おかしいわよ。料理はサンジ君が来てからはそれに伴う全てをやってくれてるし、医術はチョッパーがやってくれるようになった。ロビンが最近は航海日誌書いてくれてるし……私の仕事は仲間が増える度に減ってる上に見張りの仕事もないのよ」
「ナミさんは他の仕事がそれでも多すぎますから、少し減ってもそれこそ……っ!……もう、何もしませんから、座っていてください」
何かを言いかけて止めたサンジ君をじっと見て、私は倒れてしまっている椅子を直しつつ座り直す。それに合わせて用意されたのは新しい飲み物で、癖に気付かれてるなと思う。
食べ物が喉を通らないと、飲み物ばかり大量に摂取するから……。用意されたのはシナモンミルクティで、シナモンスティックがスプーンの代わりに用意されている。
飲んでみると心が少しほぐれるような、そんな気がした。そんな私と距離を置いてサンジ君は言う。
「ナミさんが悩むのは、無理らしからぬ事だと思いますよ。船は燃えて、金は流されて、決定権を持つ男は寝ていて……いつ、どんな記事が出て本部から海軍が攻めて来るかも分からないんですから」
その時突然表が騒がしくなり、なんだろうと私とサンジ君は同時にドアに視線を向ける。それと同時に聞こえた声と言葉で肩から力が抜けた。
「んががが、入るよお前ェら!!」
「入るよー!」
「ニャー!」
「ゲロゲロォ!!」
ココロさんとチムニーとゴンベが中に入って来た所で、ヨコヅナがそれに続こうとして入口を破壊しそうになっていた。それをココロさんは止めると、ルフィに視線を向けて元気そうだと言うし、皆本当に疲れていたんだねと労ってくれる。
その優しさに微かに笑みは浮かぶけれど、それだけだ。現実は何も打開されない。
それでもサンジ君はココロさん達に対応していて、ルフィが寝ているのだと説明しているのを眺める。船は、ルフィさえ起きれば何とかなるもの、私が騒がなければそれで1応先には進める筈よ。
「ログポースは後6~7日でたまるらろ!これからどうすんらい」
ココロさんの視線は私に移る。それに私はテーブルに潰れた状態で鬱々とした気持ちを抱えて、でも心配ばかりかけられないからと笑って答える。
「ルフィが起きたら、中古の船を選んで貰って……それで……先には、進める筈よ」
「……っ……ナミさん」
気遣うようにサンジ君が私の名を呼ぶ。その様子に何かあったのかと聞いてくるココロさんにサンジ君が答える。
船を買うお金も、衣料品等の雑貨も、蜜柑の木も、家具さえもすべて失ってしまったのだと。ただ、お金だけは何とか用意できそうなんだとだけサンジ君が付け足すから、私もそれに1言言葉を添える。
「裏町の宿に置いていたのよ。こんな事になる予定じゃなかったから」
「じゃあ、表の客は……〝それ〟かねェ」
「客?」
お酒を呑みながら言ったココロさんの言葉にサンジ君が反応した直後に、蜜柑の木を持った人達が姿を見せた。いや、勿論他にも色々持ってきてくれたんだけど……!
「蜜柑の木ー!!もう二度と返って来ないと思ってた!!良かったー!!」
目尻に涙が溜まるのが自分で分かる。思わず蜜柑の木に抱き着きながら声を出せば、サンジ君が微笑ましそうに見ているのが分かった。
それに加えて、町の人達が謝罪と共に持ってきた経緯を話してくれる。けど、そんなの理由なんてどうでもいい。
葉の状態も良いし、虫も見当たらない。枝が折れたりしてる様子もないわ。
その時チョッパーとロビンが帰って来て、私は町の人達にお礼を言ってから2人に振り向く。気鬱?何それ私には無関係の単語ね。
「見て、二人共!!蜜柑の木が無事だったのよ!!お金も荷物も全部戻ったから、旅を続けられるわ」
「本当だ!良かったー!!」
チョッパーがそう言って笑ってくれる。それが可愛くて思わず蜜柑の木から離れてチョッパーに抱き着いたその時、再びドアが開き、飛び込んで来たのはフランキーとその妹達。
元気すぎるフランキーとその妹2人は踊りながら入場して来て、何だかなぁと思う。その後膝を抱えるようにして座ったフランキー達は、ゆっくりと語り始めた。
全員が揃ってる訳じゃない事も理解した上で、それでも話しておきたいというのだから私達に聞く他の選択肢は無いだろう。それは、私達から……いいえ、ウソップから2億を奪った理由とその使い道。
語られたのは1本の木の事。即ち〝アダム〟と呼ばれる宝樹の事。
その木で作られた船を造りたいのだと話すフランキーは必死で、その木を使った有名な船が
「〝宝樹〟は手に入れた!!図面ももうある。これからその船を造る!だから……」
フランキーは1瞬言葉を切る。それだけで空気が張り詰めるのがわかる。
そんな中でもルフィは眠り続ける。その目の前にあった筈の食べ物は、既にもう何も残っていない。
「完成したらお前ら、俺の造ったその船に、乗ってってくれねェか!?」
「じゃ……お前、その船俺達にくれるのか!?」
「え?え!?」
サンジ君が確認して、チョッパーが動揺して……そして、フランキーがそれに頷くので私達は少し間を置いてそれを理解して、歓声を上げる。大騒ぎの中で私はフランキーに視線を向けて声を掛ける。
「船の設備について少しお願いしたい事があるから、図面見せてもらえない?」
「……悪いがそれはできねェ!お前ェらには完成する迄何も教えたくねェんだ。だが、必要な物は教えてくれ。組み込むようにする!」
フランキーのその言葉にサンジ君とチョッパーが、自らの要望を伝え始める。もう、要望というか、欲望のようにも思えるけれど。
それからロビンの話を聞いたフランキーは、総括して1言。少し呆れたような顔をしているのが解せないけれど。
「死人を出さねェ為にも、それなりにまともな書斎は造ってやるから安心しろ」
「ありがとう。所で洗濯機とクーラーの件なんだけど……どうかしら?」
「この間聞いたからな、それは図面に起こしてある。……お前ェ、図面分かるんだったな。確認してくれるか」
「えぇ、勿論!」
手渡された図面に眼鏡を掛けてから目を通せば、懐かしき二槽式洗濯機と窓用クーラーの進化版がそこには描かれている。見事としか言い様のないそれに、私はつい楽しくなって笑ってしまう。
美しい図面はそれだけで価値がある。感嘆の溜息を零してから、そっと図面の線をなぞるように指を動かしつつ言葉を口にする。
「流石ね、完璧よ!後はキッチンに用意する換気扇だけど、レンジフードタイプで頼んだ件ね……実際の所どうかしら?」
「船だって事を考えれば、それは必要な設備だろ。任せろ!」
「それなら後は……」
そうして私とフランキーは細かい所をいくつか確認し合い、その様子を見ていた皆が何を思っていたかなんて気にする余裕が無かった。そうして話の区切りが着いた頃、サンジ君に飲み物を差し出されて、それに手を伸ばそうとした所で壁が粉砕されるのを見た。
爆音と呼ぶのが相応しいだろうそれに、私は嫌な汗が流れるのを感じた。なんだろう、覚えがある気がするのよ。
「お前らか……〝麦藁の1味〟ってのは」
やっぱり、ガープさん!私は咄嗟にルフィの元へと剃で移動して、そっとルフィを抱き締める。
「モンキー・D・ルフィに、会わせたい男達がいるんじゃが……」
そうガープさんが言えば、皆に緊張が走る。私はルフィを強く抱き締めて、いつでも移動できるようにと準備をする。
そうよ、エニエス・ロビーから帰った後、祖父であるガープさんからルフィは父親の名前を知らされる。……それにより皆が大騒ぎになる中で、ルフィは殴られたりする筈。
嫌よ、ルフィが殴られるなんて……!
そう思った直後にガープさんが動いたのが見えて、ルフィを抱いて移動すればルフィのいた椅子とその目の前にあった食卓テーブルが破壊される。たった1撃でそれだと考えたら、ルフィが可哀想だわ。
「……ルフィ、お前……女の子に庇われて恥ずかしくは無いのか!?」
「ぐがぁー!」
「起きんかァー!!」
言葉と共にまた襲いかかって来るので、私はルフィを抱えて逃げ回る。ルフィはまだ怪我も治ってないのに、殴らせてなるものか……!
「チョコマカと……!ルフィを起こそうと言うだけの話じゃ!手放せ!」
「嫌よ!ルフィが可哀想じゃない!そんなんだからルフィに怯えられるのだと、そろそろ理解したらいいと思いますよ!」
「……まさか、ナミちゃんか?」
待て待て待て!初対面の筈だけど!?
ガープさんに関しては話を聞いただけで、だってガープさんは偶然にもシャンクスに遭遇しないで終わってるもの。なのに……なんで名前知られてるの!?
動揺して腕から力が抜けた瞬間を狙われて、見事にルフィだけを殴り吹き飛ばすガープさんに思わず回し蹴りすると、何故か素直に受けてくれて蹲った。あ、急所を蹴ったのはわざとじゃないのよ?
「ナミさん、ルフィはゴムだ。打撃が効く筈……「い!?痛ェー!!」」
「愛ある拳は、防ぐ術無し!!」
目覚めると同時に痛がり騒ぐルフィに、先程迄蹲っていた筈のガープさんが当然のように言葉を発する。その言葉にルフィはビクリと体を震わせているから、良く言われたんだろうけど……覇気だよね、愛じゃなくて?
それから爺ちゃんと叫ぶルフィを庇うように近くに行くと、ガープさんはやりにくそうに私を見た。少し涙目のルフィが可愛い。