何故、私は何も言えないんだろう。突き放す事で傷付けたくないから?
それとも、突き放す事で……エースに嫌われたくないと思っているから?
もしも後者ならば、私は自分を軽蔑するだけじゃ済まないだろうと本気で思う。肌が合うとはこれかと思う程に体はエースを求めるけれど、私の心はそれを拒絶して居て……目眩がする。
……ヤバい、気持ち、悪い。分かってる。
これは精神がバランス崩してるんだって事は。でも、そんな事気にしていられない。
「……エース、私はエースの事を……弟以上には愛せない。だから、エースのものにはなれないわ」
視線を反らす事無く真っ直ぐに見詰めて言葉を口にした瞬間、エースはゾクリとする程残酷な笑みを浮かべた。……いや、だ。
本能が逃げろと言う。でも、体にはもう力が入らない。
それでも逃げようと体を捻り、腕の力で移動しようとしたらエースは私の下半身をグイッと持ち上げた。まさかと思った直後、背後から何度も繰り返し突き上げるようにエースは動き始める。
体勢の問題もありより深くまで繋がるようになった事と、エースが私の下半身を持ち上げていてエース以外とは下半身が何処にも触れない状態にある。その事が、恐怖心を煽る。
背後からである為に、見えない背中に与えられる刺激に心構えも出来ない。だからなのか、体はいつもより敏感にそれに反応して、締め付けてしまう。
「あァ……良いな。良い、締め付けだっ!」
「やァぁー!」
「何が嫌だよ。俺を搾り取ろうとしてるのは、ナミだろうがっ!」
「たす、け……ルフィ……」
声に出すつもりのなかったそれが音となった時、エースの動きは乱暴なそれから飢えた獣のような動きに変わる。その先は、私が何を言ってもエースは反応する事無く幾度も中に放って来た。
どちらのそれかも分からないものが、私の中から溢れ出て足を伝い落ちて行く。声は枯れて、何度も意識を飛ばしては戻されるのを繰り返して……何も分からなくなる。
時間の感覚も、誰に何をされているのかも、分からなくなる。それにより、視界の端に黒髪が動いた時私はそれをルフィだと脳は認識した。
そっとルフィの髪に触れて、いつもとは違う様子で抱くそれに仕方ないなと笑う。それにより、ルフィは動きを止めるから私はいつものように頭を撫でながら掠れた声で言う。
「愛してるわ、ルフィ……」
その直後、与えられた刺激に体が耐えられず枯れ果てたと思っていた声が、悲鳴となって迸る。奥深く迄注ぎ込まれたそれにより意識が飛び、暗い所へとその意識は沈み暫く浮上する事は無かった。
それからどれだけ時間が過ぎたのかは分からないけど、優しく触れてくる誰かの手の感触で意識が浮上して行くのを感じる。揺れる視界の中で見慣れないけど良く知ってる髪型を認識すると同時に体を起こそうとして、力が入らない事に驚愕した。
それに即座に気付いたらしく、その人物は労わるように私の頭を撫でて来る。その手が優しくて、でも、何が起きてるのか分からなくて口から音を出す事も出来ずにぱくぱくと動かす。
「大丈夫じゃねェから、大人しく寝てろぃ」
「まるこ、さ……」
「今は、喋るなぃ。わかってる事は説明してやる」
私の疑問を全て分かってると言わんばかりの様子で、マルコさんは話し始めた。それによるとこうだ。
私達と別れた後、マルコさんはエースらしき目撃情報を求めてこの近海にある島々を渡り歩き、数時間前にこの島に到着した。そして、私を案じて待っていたゾロと遭遇する。
ゾロと話をしてみれば、ゾロからエースに夜の内に会い私の救出を頼んだものの、その後私と会えなかったと言う。詳しく聞けば、窓から飛び出した姿は確認出来たがその後いくら探しても見つからずに途方に暮れていたと言われる。
それを聞いたマルコさんは、ゾロに仲間の所に先に帰り私はマルコさんと話をしていると伝えるように言ったそうだ。その事により、ゾロはカムフラージュも兼ねて買い物しつつ宴へと戻って行ったのだと教えてくれた。
そして、私は話をしている途中で傷が開いたので治療を受けている事になっていると教えられた。その方向性の話で、既にルフィ達に連絡してくれているらしい。
実際の所としては、マルコさんがその関係で少し調べてくれて、私の連れ込まれた部屋に乗り込んだ。しかしそこには、エースの姿は既に無かった。
だが部屋を見れば、明らかに乱暴されたと分かる私が部屋で倒れていた。なので、その……清めて、治療して、休ませてくれていたらしい。
つまり今は宴の夜が明けて、朝になっているだけと言う事が分かりホッとする。何だか数日は好きに扱われたのかと勘違いしていたわ。
良かった、そんなに行方不明になってたら、皆が心配してしまう。それに、生きているなら、どうにでもなるわ。
「上手く、誤魔化してあるから……今は少し休めよぃ。っとに、あの馬鹿は……」
そう言ってからマルコさんは私の眼をその手で覆うようにして、無理に寝かせようとしてくる。その手を掴んで、私は伝えなきゃいけない事を言葉にしようとして、けれども静かな声によりその行動が取れなくなった。
「……ナミ、そのままで聞いてくれるかい?」
それは確かに疑問系の形で言葉にされていたけど、私には哀願のように思えて受け入れるしか無かった。それから、マルコさんは何も悪くないのに微かに震える声で、ごめんなと謝った。
その意味が分からなくて、私はどう反応して良いのか分からない。なんで、マルコさんが謝るの?
「エースは本当にガキの頃から、ナミしかいらねェと思ってたようでなぃ。そんな話をずっと聞かされていたが、俺も……エースに会うより前から、手紙で俺達を案じてくれるナミに、実際に会う以前から惹かれていた。……それなのに、会ってみればもう心も体も他の男の物だった」
……待って、今マルコさん、え?嘘でしょ?
あ、そっか、勘違いしたんだわ、私ったら。手紙貰って存在が気になってたって話しよね。
マルコさんが私を好きとかそんな事ある筈無いわよ。やだわ、エースの事があって自意識過剰になってるのね。
「俺は、ナミが笑うなら、笑っているならそれでも諦めようと思える程度には、人生経験があった。だが……エースには無理だったみたいだねぃ」
ビクリと体が震える。マルコさんは、私がエースに何をされたのか分かっているのだから、今更なのに。
と言うか、まさか、本当にマルコさん、私を好きとか?
そんな、事、考えてもみなかった。ただ、本質的に優しいから、エースの姉だから、そんな理由だとばかり思ってたのに。
「ナミに自覚があるかは分からねェが、エースに襲われて、体もつらいだろうが……心はもっと疲弊している。俺には心を癒す事は出来ねェからなぃ。心の安定は、眠る事でしか得られねェから……今は眠れ。何処にも行かねェで、守っててやるから……な?」
「……ェー、す」
声が、上手く出せない。エースの事は理解したし、許しちゃダメだと分かってるけど、私はそれでもエースが弟として可愛いのだと伝えようとした。
なのに、上手く音にならなくて、唇だけが動く。自分の体なのに、何1つ思い通りに行かない事が悔しくてたまらない。
そんな私にマルコさんは静かな声で答えてくれた。表情は眼を手で覆われていて確認出来ないけれど。
「……声を出さなくても、唇の動きでわかる。伝えたい事があるなら、動かせばいい」
私の我儘を受け入れて、マルコさんはそう言ってくれる。だから私は、それに甘えて伝えるべき事を伝えようと私は音にならない声を伝える為に唇を動かし始めた。
思い出したのだ。ここでエースが黒髭と戦わなければ、黒髪はルフィを襲うのだと言う事を。
勿論ここで黒髪をエースが倒してくれれば、何も問題は無い。でも、負けてもエースが囚われる事でルフィは助かるのだ。
つまりエースが黒髭と戦いさえすれば、どちらの結果になってもルフィだけは助かる。だけど、そうなればその先に待つのは白髭海賊団の崩壊だと知っているの。
そして……エースの負けが、エースの死に直結してしまう事を知っているのよ。そんな未来、私は受け入れられない。
「(私が、幼い頃に夢見で未来を見ていた事は話しましたよね)」
「あァ、聞いてるよい」
「(エースを喪うその流れとして、伝えたい事があります。戦争が起きる理由と、その戦争で起きる大まかな事をお伝えしておきたいのです。この先でエースを連れ戻せなかった場合を考えて……)」
私の言葉に、唇の動きに、マルコさんは少し間を開けてから是非聞きたいとそう言ってくれた。エースの父親が誰なのかを、こうなってしまえば私には隠せない。
エースは怒るかも知れないけど、ここでしっかりと伝えておかないとどうにもならないのよ。マルコさんは私の言葉をメモしながら、時折質問を混ぜつつ話を最後まで聞いてくれて、最後に困ったような声で……十分に有り得る話だなぃと力無く呟いた。
そのままマルコさんは私の頭を撫でながら、親父達に連絡して対策練るから少し寝てろぃも言い出す。なので、それに素直に従う事にした。
……と言うか、伝え終わった事で安心したのか眠気が急に襲って来たの。その為に、勝手に眠りに落ちたと言うべきかも知れないけれど。
その時、久々に夢を見た。本来辿る筈だったベルメールさんの死と、現実に起きたアーロンの支配。
終わりの見えない拷問や、毒や媚薬で苦しむ姿をただ眺めるアーロンの瞳に晒される日々。それが落ち着いてからは、欲情を孕んだ瞳が私を貫いていたのを躱して……なんの為に存在しているのか分からなくなって……。
〝ナミ!〟
ルフィが突然現れて、太陽みたいに笑って……優しく抱き締めてくれる。暖かくて……心と体の痛みが、減っていくのが分かった。
そうして目が覚めると私はマルコさんの腕の中にいた。と言うか、抱きしめられて寝ていて……ふぇ!?と情けない声をあげて飛び起きる。
すると、マルコさんも眼を覚ました。それから優しく笑って歩けそうかと問い掛けてくる。
「わ、からない、けど、試してみます」
戸惑う私にマルコさんは笑って、危ないようなら抱いて連れ帰ってやるよぃと言ってくれる。それに従うように体を起こしてみると驚く程に体が軽くて、私は何があったのかと思わずマルコさんに視線を向けてしまう。
「……ナミは、何者なんだ?抱いてたら安眠効果凄ェ高いから驚いたよぃ」
「何者、は、私が聞きたいわ。マルコさん、私に何したの?体が凄い楽なんだけど……」
「……不死鳥の姿で暫く抱いてただけだぃ。少し、魘されてたからねぃ」
……まさか、私がルフィだと思ってたアレって、マルコさん!?
「ナミは、エースの弟が好きなんだと再認識させられたよぃ」
「ご、めんなさ、い……」
「……構わねェよぃ。俺が、勝手にナミに惚れてんだ。今はまだ、無理強いするつもりもねェが……1人で動けそうなら、1つだけお礼してもらおうかねぃ」
居た堪れなかった私はそれに素直に頷いて、私に出来る事ならなんでもと答えた瞬間……マルコさんの瞳が色を変えた。それに体が勝手に震える。
「自分に惚れてるって言ってる男に、ンな事気軽に言ってるとヤリ殺されるぞ。……気を付けろぃ」
「ごめんなさい……」
「……ナミは、そういう意味じゃ、まだまだ子供なんだねぃ」
そう言って笑ったマルコさんは優しい顔に戻っていて、私はそれに自然と顔が赤くなる。だって、その瞳で愛してるとマルコさんが伝えて来るから。
逃げるように立ち上がれば普通に立てて、歩けた。嘘でしょと思ってもそれが現実で……そうだ!と思い出してマルコさんに振り向く。
「エニエス・ロビーで、助けてくれてありがとうございました。その後の治療が無ければ、私死んでいたようです。チョッパー……ウチの船医にそう言われました」
「成程。血は足してやれ無かったからなぃ。何せ、普段から血は持ち歩いて無かったからねぃ。……少し待ってろィ」
納得したように頷いてからマルコさんは自分の手荷物を漁り始めて、小さな薬とメモを差し出して来た。それを受け取ると、それをチョッパーに渡すように言われる。
「増血剤とその作り方だよぃ。点滴で血を入れる程の即効性はねェが、時間かけてでも増やしてくれる。珍しい血液型の奴には特に効果的だぃ」
それに感謝して言葉を伝えると、マルコさんがベッドに腰掛けたまま私を呼ぶから素直に近付く。その瞬間、お礼を貰おうかなんて言われた。
何を渡したらいいのだろうかとマルコさんを見つめたら、まるで当然のように唇を重ねられて……ベッドに沈められた。驚き動けない私に、マルコさんは乱暴な事など何もしない。
優しく労るようなそれは、けれども逃げようとすると少し乱暴になる。大人しくしていると優しいその動きに、キス1つでその感情を伝えられてしまう。
キスだって本当はルフィ以外となんて駄目なのは分かってる。でも、伝えられる感情に、その想いに、思考が停止してしまいそうになる。
「ナミ、無理強いはしねェが、お礼として……キスくらいは構わねェだろ」
「マルコさ」
言葉が終わらない内に再び重なる唇に、待って欲しくて肩を押してみたりするけど何の価値も無い。ヤダと強く言う事も出来ないのは、本当にマルコさんがキスで止めるつもりだと伝わるからなのかな。
繰り返されるキスの合間に、好きだと、愛していると何度も告げられて、だから何かあれば頼って欲しいと言われる。でも、そんな事出来る筈はない。
私は何も返せない。私の全ては、ルフィのモノだって決めてるんだもの……。
甘えられる筈ない。そう思った時、マルコさんがキスを止めて壊れ物を扱うように優しく抱きしめて来た。
私に想いが伝わるように、きっとマルコさんも私の考えとかが分かってしまったのだろう。優しい温もりが、優しい声が、私を包む。
「ナミのその真っ直ぐさは尊いが、案外頼って貰えるだけでも嬉しいもんだよぃ。俺を喜ばせると思って、何かあれば連絡して来い」
そう言って渡されたのは恐らく電伝虫の番号で、それをじっと見ていたら私の頭を軽く撫でた。その後、マルコさんは笑って窓の方へと移動した。
「ここの支払いは済ませてあるから、夕方までは居られる。今は昼だから帰るかは任せるよぃ」
「マルコさんは!?」
「エースを探す。可能なら連れ戻す。無理でも、話しは通してあるから急いで帰って対策練るから気にするなぃ。……サッチを生かしてくれた事、エースを生かそうとしてくれてる事、どちらにも感謝してるよぃ」
「私は、何も……」
「エースに会えたら、殴っとくから……今は色々考えるなよぃ。ナミは、何も悪く無かった。自分を責めるな」
そう言ってマルコさんは鳥へと変じると姿を消した。私はその場から動く事も出来ずに、ただマルコさんの飛び去った空を見詰めていた。