差し出されたそれは粥とは言ってもパン粥で、本当に体に優しそうなそれに私は自然と表情が綻ぶ。……恐らくはドフィに寝るように言われてからの会話で、私の立ち位置が変わったのだろうと思う。
それはドフィが変わったのか、私が変わったのか。でも、私は多分もう、ドフィを嫌えない。
ドフィは悪い事をしているし、凶暴だし、もう言うなれば邪悪かも知れないけど……それは大切な1握りの人を守りたいが為である事が、分かってしまった。私は、そんなドフィを1人の人間として嫌う事ができないだろうと、自分の事だからこそ、分かってしまう。
だからと言って強姦したりしてくる事を許す事は出来ないけれど、今回の事はビジネスだと割り切る事で何とか自分の心に折り合いを付けている。何処かで折り合いを付けなければ、弱い私にはこの世界で生き抜く事なんてきっと出来はしない。
「……ナミ、食いながら聞け」
「うん?」
言われるままにパン粥を口に運んだ時、ドフィは真剣な顔で言葉を紡ぎ出した。だから、本気なんだろうと、分かってしまう。
「全力で守ってやるし、欲しい物はなんでも用意してやる。最大限大切にするから、俺の女になれと言ったら……頷いてくれるか」
真剣な様子で言われたそれに、本気だと伝わるそれに、けれども私は首を横に振る事で答える。私はドフィを嫌えないけれど、愛してもいない。
私が自分の命を捧げても良いと思えるのは、家族と、ルフィと、麦藁の1味の皆と……シャンクスだけだから。そして、何があってもついて行きたい、役立ちたいと思えるのは、ルフィだけなの。
パン粥を飲み込んでから、私はゆっくりと唇を開く。……本当に、どうしてかしらね、ドフィが異様に可愛く思えてしまうのは。
「ドフィ……私が欲しいものは、誰かに用意して貰えるようなものじゃないの。大切にしてくれて嬉しいけれど、私はドフィの女にはなれないわ」
「ナミが俺の言葉に頷くまで、閉じ込めて犯し続けるかもとは、考えねェのか」
「ドフィは、私にそんな事しないわ。だって……私に嫌われたくないものね」
私の言葉にドフィは息を飲み、黙った。その頬が少し赤いのは、恐らく真実だから。
パン粥を食べ終えた私はごちそうさまと言って立ち上がると、外に行く為に必要なドレスをカタログから選ぼうと雑誌を広げたところで、ドフィからドレスを投げ付けられた。それが深紅のマーメイドドレスだと分かり、それにありがとうと言って着替えればそのまま化粧等も済ませて正装してしまう。
そんな私の姿に、本当に似合うなと満足そうに頷いたドフィは懐から何かを取り出すと、ポイッとそれを投げて来た。
「ナミ、持って行け」
投げ渡されたのは部屋の鍵で、それにありがとうと笑えばドフィは小さく舌打ちした。……シャンクスと、話をしよう。
シャンクスが何を思ってあんな事になったのか、確認しておかなければこれから私はシャンクスにどんな反応をしたらいいのかも分からない。師匠である事、恩人である事、それらは変わらない真実だわ。
けれども、これ迄と同じように兄のような家族のような枠にシャンクスを残していていいのかが分からないの。……ちゃんと向かい合わないと、私の心が動けない。
「ドフィ……この船は後どの位でウォーターセブンに帰るの?」
「明後日には、帰る。今日はセントポプラに立寄り新たな客を乗せつつ降りたいやつを降ろす予定だからな」
「ありがとう。だから、最低3日だったのね」
急ぐのならばここで降りて海列車で帰れば確かに3日で家に帰れる。でも、私はまだまだ稼がないといけないのよ。
何となく爛れた時間を過ごしているから、カジノで殆ど稼げてないのが問題よね。……ルフィ、何してるかな。
「あァ、2日かけてセントポプラへ、また2日かけてウォーターセブンへと移動して、また別な場所へ向かう予定になっている。……何年でもここに居てくれて構わねェぞ」
「馬鹿ね、私は帰るわ」
私の言葉にドフィは小さく帰ると繰り返して、それから1枚の紙を手渡して来た。なんだろうと思ったら番号が書かれていて、もしやと思い視線を向ければ頷かれる。
「俺のビブルカードに、直通の番号を書いてある。持ってろ」
「私は、ビブルカード持ってないわよ」
「……存在は知ってたか」
「ルフィがエースから貰ってたから」
それにそうかと言ってドフィは頷き、そっと立ち上がるとドアまでエスコートさせろと言って腰を抱かれる。それが本当にスマートなエスコートだったので驚けば、ドフィが可笑しそうに笑った。
「俺は元々こういう世界に生きてきたんだ。それよりもナミがエスコートされ慣れてる事に驚いてるぜ」
「私の事は気にしないでいいわ。ドフィ、またね」
私の言葉にドフィはその口角を上げて、妙に優しい声で返事をした。その理由に遅れて気付いたけれど、その言葉を取り消すつもりは無い。
「あァ〝また〟な。ナミ」
二度と会いたくないと言い続けてきた私からの、次への約束とも受け取れるその言葉にドフィは少年のように笑う。それから離れようとする私の手を掴むと、腕にそっとキスをされる。
腕へのキスの意味は〝恋慕〟である。サングラスの向こうに隠れている為にその真意は分からないところもあるけど、多分意味を知らずにキスしたとかでは無いと分かる。
それに対して、私はもう1度、またねと言葉を向けて何も分かってないかのようにその場を後にした。どれ程想われても、私はドフィにそれを返す事は出来ないのだから。
その足で先に用意された部屋に行くと『御用の際はお呼びください』と書かれた紙の横にベルが置かれていて、本当に料理人を用意してくれたのだと分かる。1人になった事で、気が抜けたのか私はソファに腰を下ろして少し休む事を余儀なくされた。
体が小刻みに震えるのは、目まぐるしく変化した人間関係が理由なのだろうか。部屋を用意されても、眠れる訳もないと言う事は、自分が1番よく分かってるのに、1人の方が心が落ち着く。
「ルフィ……」
縋るようにルフィの名を呼び、でも、今ルフィに縋ってどうなるというのか。そう思って私は、気持ちを切り替えて立ち上がる。
稼がなきゃ!
私達が前に進む為には、どうしたってお金が必要なんだから!
食費はルフィだけで壮絶な金額を必要とするし、雑費等の必要経費はどうしたってある程度消費する。医学書や銃弾等は海賊である以上必要経費以外の何物でもなくて、その他予備費としてもある程度纏まったお金が無ければこの先困る事になる。
そう思ってドアを開けると、その近くの廊下にシャンクスがいるのが見えた。その表情は微かな怒りと、少しの安堵が見えて私はシャンクスの方へと歩み寄る。
今のシャンクスと部屋で2人になるつもりは無いから。そんな私にシャンクスは軽い調子でBARにでも行くかと言うので、そうねと言って頷けば私の歩調に合わせてシャンクスが歩き出した。
「ナミ、どうして逃げ出したんだ?」
「……当然の事を聞かないで。私は、見世物にされるなんて耐えられない!」
思わず声を荒げればシャンクスはピタリと足を止めて、私を見てから悪かったと謝る。そして私手を掴むと、強引に引き寄せて抱き締めてきた。
「シャンクス!?離して!」
「……俺が悪かったから、傍にいてくれ。な?」
情けない感じで、弱々しくもそんな事を言うシャンクスに絆されそうになる。でも、駄目……!
今ここで絆されたら、同じ事が繰り返されるのは私でもわかる。私はもう、この腕の中で安心なんか出来ない!
「離して!」
そう言ってシャンクスの股間を蹴りあげようとしたのを抑え込まれて壁に押し付けられると、微かに自分の体が震えているのが分かる。どうして、シャンクス……。
「ナミが突然消えて、慌てて探したのにナミの気配が無くてな。……寝てたんだろうが、見つからない事に本気で焦った」
「私はシャンクスにとって数多の女の1人でしょ。どうしてそんなに「数多の女の1人だ?巫山戯るな。俺は、ナミを愛している。お前は、換えの効く女じゃねェんだよ!」」
シャンクスの怒りに私の体がビクッと揺れる。でも、本来怒る権利があるのは私の方よと思って、シャンクスを睨み上げる。
「なら……!ならどうして私を見世物にしたのよ!?シャンクスがしたのは、間違いなく強姦で、甘えていた私も悪いけど、だからってあんな辱めを受ける謂れはないわ!」
「ナミ……」
「なのにっ!それなのに、私はシャンクスを嫌えないのよ……!」
泣くつもりなんて無かったのに、涙が勝手に溢れ出す。こんなの狡いって分かってるのに、私にも悪いところはあったのに……涙が、止まらない。
憎む事も、嫌う事も、軽蔑する事も私には出来ない。私はどうしたって……シャンクスが大切なんだと思い知らされる。
その時、目尻にシャンクスの唇が触れる。涙を拭う行為であるのと同時にそれは、その場所にする事自体が〝慰め〟の意味を持つ。
泣かないでくれと、無言で言われているのが分かる。そのまま唇は頬へと移動するので、その意味が〝親愛〟や〝厚情〟に変わって行く。
「シャンクス……」
思わず名を呼べば、シャンクスの唇が離れてその瞳が揺れているのが分かる。それから私の事を隠すようにマントの中に抱きこもうとして来た時、シャンクスが驚いたようにその顔を背後に向けて、そのまま壁に吹き飛ばされた。
何が起きたのかと思っている間に別な腕が私の腰を抱いてその胸に抱き込み、マントの中に入れられてしまう。だけど顔を見なくても、その香りでそれが誰なのか分かる。
「ミホーク?」
「赤髪がそのような事をするとは考えもしなかった己に腹が立つ。赤髪貴様……何が、ナミを傷付ける事は出来ぬだ!貴様に、この気高き娘を辱めれば、心に深い傷が出来ると分からぬとは言わせぬ!」
「鷹の目、お前……いきなり殴るか?」
「斬られなかっただけマシと思え。……話をするのならば俺の部屋に来い。仲介をしてやろう」
そう言ってミホークはどこから話を聞いていたのかは知らないけれど、シャンクスの事を無視して私を抱き上げると部屋まで運んでくれる。でも、待とうよ!
「待ってミホーク、下ろして!両腕で私を抱いてたら困るでしょ!?」
「愚かな事を。その時は左手に抱いたまま戦ってやる。気にせずとも良い」
「剣士が腕に負荷かけたらダメでしょ!?」
「ナミが負荷になるようならば、剣士を名乗る資格は無い。何より……悪漢から救い出したのだから、愛しい女を腕に抱くくらいの役得は……貰っても良いとも思うが?」
ミホークはそう言って悠然と歩き出す。そこまで言われては私としても黙るしかない。
でも、それにしても、なんか今の1瞬の間に私、凄い色々言われた気がするわ。今、だって……〝気高き娘〟とか〝愛しい女〟とか……。
反芻して真っ赤になったのはもう、不可抗力だと思う。……これも、浮気ですかルフィさん!?
脳内で今近くに居ない恋人に問いかけてみても、答えはない。でも、この言葉の羅列は冗談抜きで、赤くなる程度の事は不可抗力だと認めて欲しいです。
そんな私にミホークは笑いかけて来る。その笑顔が優しくて、瞳が慈愛に満ちていて……アレか、過去も含めた人生初のモテ期到来か!?と、脳内で叫ぶくらいには混乱していた。
「それにしても、ナミは痩せ過ぎだ。少し食べる量を増やせ」
「ウチのコックは美味しいもの作ってくれてるから、食べ過ぎなくらい食べてるけど……?間食も多いし……」
「そりゃナミは脳を使いまくってるから、動かなくてもエネルギー消費半端ねェって事を自覚してないのが悪ィ」
シャンクスの声に視線を向ければ、頭使うのもエネルギー消費するんだぜ?なんて言われてしまう。でも、本当にそうなのかな?
だってこの世界の大元の原作者様って頭を酷使してるけど、確か糖尿病になりかけてたと思うし……。なんて、脳内で言い訳してみるけどシャンクスにそんな事は言えないので黙ると言う選択ししか、私は持ち合わせていない。
そんな私をシャンクスの視線から隠すようにマントにミホークが包む。すると、見えない布の向こうでシャンクスが騒ぎ出したけれど、ミホークは私の姿をシャンクスに見せようとはしなかった。