私を抱いたまま器用にドアを開けたミホークは、そのまま中へと入り私を二人がけのソファに降ろすとその隣に自らも腰を降ろした。それからシャンクスに視線を向けて1言。
「向かい側ならば座っても良い」
「なんか、俺、怒られる流れか?」
「俺はこの先基本的に口を挟まん。赤髪が実力行使出来ぬよう守る為だけにある」
ミホークの言葉に驚いて思わず声を出せば、ミホークは優しくその瞳を細める。それに少し赤くなりそうになるけど、それどころじゃないでしょ私!
「ミホーク……」
「……ナミの事は、俺が守ってやる。言いたい事は全て言ってしまえ」
「ミホーク、ありがとう」
「構わぬ」
そう言ってミホークは笑ってくれて、私はそれに甘えている。……甘える権利なんて無いって分かってるのに。
それから私は向かいに座ったシャンクスに視線を向けて〝どうして〟と繰り返した。それに対してシャンクスは困った様に笑うと、溜息混じりに言葉を口にする。
「天夜叉の船だから、牽制を兼ねていたのも勿論だが……見せびらかしたかったんだ。ナミは俺の腕に居るってな」
「牽制?」
「この船の従業員は天夜叉の息が掛かっているからな。確実に伝わるだろうと思った。だが……やり過ぎたな。悪かった」
ここでただ許していいのかと、私は自分に問い掛ける。でも、シャンクスに素直に謝られたら私に許さないなんて選択肢は無いから、深呼吸して震えそうになる自分に喝を入れる。
どちらにしても許してしまうなら、せめて約束だけは取付けないと。私は、人形じゃないのよ、シャンクス。
「シャンクス……もう、2度としないで。私は、海賊の女だから弱ければ奪われるのだと覚悟出来てるけど、あんな辱めを受けるなら、次は、舌噛んでやるわ」
「ナミ……!?」
「私はっ!本当はルフィにしか触れられたくない。でも、海賊である以上、捕まり勝てなければ女である私がそう言う扱いを受けるのは理解しているわ。それについては、ルフィも同じ考えよ」
寧ろルフィが言っていたからそれを納得してる。言われていなければ、きっともう耐えられなくて私はこの命を捨てている。
そしてそんな考えのルフィだからこそ、ルフィは私には責任が無いと、守れない俺のせいだと言う。でも、今回は全て私の責任。
実際シャンクスに甘え過ぎてたし、ドフィの船だと確認し損ねていた私が悪い。だから、この決着は自力でつけなきゃいけないと分かってる。
「それでも、私は……屈辱には耐えられても辱めには耐えられない。私の全てはルフィのものだから、勝手に死ぬなんて許されないと分かってるけど、それでも……次があれば私は迷わず死を選ぶわ」
私の言葉に二人共黙ってしまう。それから何故か同時に剣呑な気配を纏うから、私は思わずクリマタクトを握り締めていた。
そんな私にシャンクスは笑う。それで戦うのかと。
シャンクスに貰った武器で、シャンクスに挑むのかと、言外に言われてしまい1瞬たじろぐとミホークが私を強く抱き締めてきた。予想外の動きに焦りつつもクリマタクトを向けようとして、弾かれる。
「赤髪、聞いておきたかった事がある。……今ナミの使っている武器の元は俺が用意した物だな?」
「あァ、だから言ったろ。〝俺の女神に渡したい〟ってな」
「あの当時、ナミはまだ幼女の域だったと思うが?」
「何の問題がある。海賊に倫理感なんかある訳ねェだろ」
「そうだ!シャンクスそれ!女神ちゃんってどういう事よ!?お陰で私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるの!?マルコさんにもそのせいで〝赤髪の女神ちゃん〟って呼ばれてんのよ!?」
それからは暫しカオスとなった。結果的に分かったのは、まずミホークが私を抱き締めたのは私をシャンクスから庇う為であった事。
そして、シャンクスは悪意なく私を女神と呼んでいた為に、私は見習いとして乗船させてもらっていた時から女神ちゃんとして有名であった。けれど、その姿や実態は基本的に知られていないという事。
その時にシャンクスから貰ったクリマタクトは、ミホーク経由でベガパンクに作って貰った物だった事。……なんて、迷惑な人なのシャンクスって。
現在はそれをウソップが改良してくれているのだと言う事を、私はそこ迄の話を理解するのと同時に2人に説明しておく。このウソップがヤソップの息子だと言えば、シャンクスは嬉しそうに笑った。
そんな中で、女神ちゃんの事についてと、見世物にされた件で私がシャンクスをボコボコにした事で空気が少し弛緩する。私のそれを甘んじて受け入れたシャンクスに、私はかなわないなと思わされるのだ。
「シャンクスは、狡い」
「……大人だからな」
思わず呟くように声を出せば、シャンクスが自嘲した。その瞳が〝ごめんな〟と言っていて、だからこそ泣きたくなる。
「分かってるのに、嫌えないのよ」
「そうだな。ナミは、俺が〝ガキ〟なのも〝大人〟なのも〝海賊〟なのもすべて分かっていて……その上で慕ってくれている」
優しい声が耳朶に届く。ミホークが私を再び抱き、私が微かに体を震わせればその腕に少し力が入った。
「ナミは、俺を昔から愛しているんだって事を、俺もまたちゃんと理解してる。……だから、泣かれたとしても許される事も分かっていてやった。卑怯だって罵られても当然だし、ナミは〝俺を嫌えない〟から俺はその分ナミのやる事はなんでも受け入れるつもりでいた」
シャンクスの最後の言葉に、ん?と思う。なんで、過去形?
「だけどな、俺から逃げた後、ナミお前、天夜叉に抱かれたな」
疑問符さえ無いそれに、ビクリと体が揺れる。でも、私がシャンクスにそれについて怒られる謂れはないわ!
「シャンクスには、関係無いでしょ!?それについて責める権利があるのは、この世ではルフィだけよ!」
「俺より、天夜叉が良いのか?」
「ドフィは、私を保護してくれたの!シャンクスのそれで、私……まともに歩く事も出来なくなってたんだから!」
「「〝ドフィ?〟」」
2人の声が、重なった。あっと思った時にはガッシリとミホークに抱き込まれ、顎を抑えられていて、その状態で顔を覗き込まれたら視線を反らす事も出来ない。
そんな私にシャンクスが歩み寄り、詳しく聞かせて貰おうかなんて言うから、無駄と分かってて暴れる。大人としての怒りじゃ無くて、雄としての怒りだと何故か本能的に察知してしまったから、逃げなきゃと思ったのだ。
でも、世界一の剣豪に腕力で勝てる筈も無く、私は押さえ込まれたまま身動きが取れない。嫌だと思って、思わず縋るようにルフィと呟いた瞬間、ミホークの唇が私のそれと重なった。
シャンクスもいるのに、私今ルフィじゃ無きゃヤダって散々言ったのに……!
絡んで来る舌に口内を蹂躙され、反射的に目の前の胸を押し返そうとした私の抵抗は、戒めを深めたミホークの腕で易々と封じられてしまう。ついでにとばかりに、力強い掌で後頭部を押さえられ、顔を背ける事も許されない。
そんな状態で更にキツく唇を吸われると、声が唇の隙間から勝手にもれる。それが苦しくて、切ない。
「……んっ……ぁ……」
ぶるっと悪寒のような身震いがして、何が起きているのかを理解する事を脳が拒む。その間にも、噛み合うように重なった唇から、甘ったるい痺れが広がっていく。
こんなキスも出来たのかと罵りたくなるような、甘く官能的な口付けには微かな獰猛性が含まれている。でも、呑まれてる場合じゃない。
逃げようと足掻く私に、シャンクスは助けようともしないでただ静観している。ミホークはそんな私から1瞬唇を離して、僅かな唇の隙間で問い掛けてくる。
「……このまま俺に抱かれるか?」
「ふっ……ざけんじゃないわよ!離して!」
「海賊の女が他の海賊に捕まった場合の覚悟は、出来ていると言っていたな」
その言葉に頭の芯が冷える。何だかんだと私は、ミホークに甘えていたのね。
スっと眼を細めて、静かにミホークを見た瞬間ミホークが僅かにたじろいだ。その隙に手を払い除けて距離を取ると言う。
「私を〝買いたい〟の?……安くは無いわよ」
「「ナミ」」
2人の声が重なった。それに対して私は悠然と微笑んでみせる。
偽る事、隠す事には、慣れているの。大切な人や信頼出来る人に対して演じ切れるのかは分からないけど、今はハッタリだって必要なのは分かってる。
2人にはこれ迄素の私しか見せて来なかったけど、これを望むならば私は今後望む姿を演じてあげるわと視線だけで2人に言う。それに2人は動きを止めて、それからシャンクスは苦しそうな顔をして、ミホークは肩を震わせて声を上げて笑いだした。
「ナミ、良い女だな。今はもう、無体な真似はすまい」
「ナミ……お前……」
「最低でも1回につき億は支払って。今のキスだって本当なら有料よ。……シャンクスから庇ってくれてたから、今回は請求しないけど、もう触ろうとしないで」
私の言葉にミホークは、成程と言って懐から何かを取り出すと投げ渡して来た。咄嗟に受け取ると、袋の中には値打ち物の宝石が入っていて……。
何をと思って視線を向ければミホークは獰猛なその瞳を輝かせて、口付けの代金だと宣った。……この、男は……!
少なく見繕ってもこの宝石1つで2千万ベリーの価値はある。私のこれが強がりなんだって、分かってて遊んでるとしか思えない。
「足りぬか?」
「いいえ、足りるわ。今回は、これで良いとして、気軽に触れないで」
「億支払えば良いのだろう?ナミと過ごせるのならば、安いくらいだ」
「ミホーク!?」
「鷹の目、待てよ。俺も居るって忘れてねェか?」
そこに来て漸くシャンクスが動き出して、あんまり虐めるなと言ってくれる。そんなシャンクスをうざったそうに見たミホークは、溜息を落としてからシャンクスにもう虐めぬからお前は出て行けと言って追い出しにかかる。
微かではない抵抗をしながらも追い出されたシャンクスを見て、私もそれに続くように部屋を出ようとした所でミホークは強引に抱き寄せてきた。何をと言うよりも早く抱き上げられてしまい、ミホークは部屋の鍵を閉めてから私をベッドへと移動させる。
「ちょっと、ミホーク!」
「……散々煽ったのはナミだろう。ルフィルフィと何度口にした。俺とて……妬くのだと知れ」
「ミホーク……」
「……今宵は何もせぬ。大人しく寝ろ。あのまま廊下に出ていれば、赤髪に部屋に運び込まれていたぞ」
どうしてそんな事言いきれるのかと聞こうとして、止める。長い付き合いだし、男だから分かる事もあるんだろうと思えたから。
なんだか妙に、ルフィに会いたくなったのはどうしてなのか。他の人に犯されてもこれ程心が傷んだ事は無かったのに、どうしてシャンクスだけこんなにもつらいのだろうか。
答えの出ない問いを自分に向けて、そっと胸元にある笛を握る。泣きそうになる自分を抑える為に、私は静かに深呼吸を繰り返した。