何もしないと繰り返され、私はそれに頷くと胸元からあの日に貰ったペンを取り出してミホークに見せる。ずっと、伝えておかなきゃとは思っていたから。
「これ、ありがとう。使い勝手が良くて、助かってるわ。まさか、クリマタクトがミホーク経由だなんて思いもしなかったけど……」
「作ったのはベガパンクだ。俺は用意しろと言ったに過ぎん」
「それでも、助かってるわ。どちらも、もう手放せない」
私は言いながらペンとクリマタクトを体に装着し直して、ドレスがシワになっちゃうかなと少し心配しながら近くに畳まれている毛布に手を伸ばす。そこでミホークが言った。
「四皇や七武海に小僧の名では何の牽制にもならん。嘘でも俺か赤髪の名を出しておけ」
「ミホーク、でも……そんな事したら迷惑になっちゃうでしょ?」
「何を言うかと思えば……赤髪は宝を見せびらかすのが好きなタイプだ。喜んで持ち主として振る舞うだろう。気にする必要は無い」
「持ち主って……」
私は人形じゃないんだけど。そう言おうとして、でもそれ位のランク差がある事もわかる為にそれを言葉に出来ない。
片や手配書さえ出ていない可愛い見た目の航海士。片や四皇の船長であり、元ロジャー海賊団のクルーではそんな扱いを受けたとしても誰にも否定は出来ないだろう。
「俺も、ナミに名を使われるのならば構わぬ。寧ろ、嬉しく思う」
「ミホーク……」
「ナミには、これくらいストレートに言わねば伝わるまい。主は恋愛に関してのみ鈍すぎる」
「そんな事……!」
「あるだろう。そうでなくて、何故赤髪を信頼出来る。あれは飢えた狼よりタチが悪いぞ」
言葉に詰まる私に、ミホークは淡々ときた様子で良いから寝ろと言ってベッドに沈めてくる。だけど、それならお風呂入ってから寝たい。
そう思ってミホークを見たら、何故か深い溜息を落とされる。何も、私言ってないわよ?
「今宵は手を出さぬとは言ったが……まァ良い。好きに使え」
「なんでわかったの?そして、何が問題なの?」
「ここの風呂のシステムを知らぬのか。それと、男の部屋で風呂を使う意味を知らぬとは思えぬが?」
「あ……」
言われて思い出す。通常はやる事を目的としていなければ、雨だとか雪だとかの事故でもない限りは男の部屋の風呂を使うなんて、有り得はしないのだと。
その上ここのお風呂は、人が入ると外からそれが見えるんだった。そう思ってどうしようかと思っていたら、ミホークは私の頭にその手を乗せてきて、甘やかな声で少し風に当たってくると言われてしまった。
……ミホークって、優しいわよね。自由人であまり人の話聞かない所もあるけど。
お風呂に入って、体が疲れていたのだと実感した。同時に、蜜柑の香りで泣きたくなったから、心も弱っていたのだろうなと思う。
シャンクスもドフィも私を抱きながら幾度と無く、飽きないのかと思わされる程に愛していると繰り返した。その声が、耳の奥に谺している。
労わるように、甘やかすように、優しく触れて来たその手の感触が残っている気がする。奪い尽くさんとするような、その熱が身体中に絡み付いて、離れないような……そんな気がするの。
シャワーを浴びながら、それに隠して流れる涙をそのままにしていたら風呂場のドアが開いた。驚いて振り向くと見事な肉体美を堂々と晒したミホークが立っていて、隠されていないその姿にコラ待てと言おうとしたら突如顎を掴まれてしまう。
「なっ……」
「泣いていたか。それ程に、赤髪は特別か?」
「ミホー……ク?」
「俺に犯された後も、天夜叉に襲われた事も、赤髪の前で泣きはしても1人で泣く程では無かった筈だ。……主の中で、赤髪はそれ程に重要か?」
シャワーの流れる音が、無機質に響く。真剣な顔で問われて、逃げる事は許さぬとその瞳が言う。
でも、そんなの……。シャンクスは、私の師匠で、兄で、手のかかる大切な……船長だもの。
この人を支えたいと、傍に居たいと最初に思わされた相手。何があっても守ってくれると、何かあれば助けに来てくれると、疑う事無く思えた最初の相手。
そんな相手が、特別じゃない筈がないじゃない。でも、それを言葉に出来なくて、私はミホークに笑顔を作ってから別な言葉を誤魔化すように口にする。
「何言ってるの?シャワーで濡れてるだけよ。それより外に居るんじゃなかったの?」
「……バルコニーで波がかかった。故にシャワーを借りようかと思ってな」
「なら、私もそろそろ出るから大丈夫よ。交代しましょう」
私の言葉にミホークは呆れたように溜息を落として、それから手を離した。私がそれにより、逃げるように脱衣所へ向かおうとしたら背後から声がかかり足が止まる。
「赤髪に惚れているのだな」
「……そうね、私の最初の船長だもの」
「認識したくないのか。ナミ、主は赤髪を愛しているだろう」
「なに、言ってるの?」
確かに、師匠として、兄として愛しているけど、これは家族愛。それ以上の、恋愛的なそれでは無い筈よ。
思わず振り向いて、その勢いでそう言おうとして、でも声が出ない。なんて言えば良いのか分からない。
「……赤髪がしたのと同じ事を、あの副船長がやったとしたらどうなる」
「え?」
言われて、考える。ベックなら……私の考えが及ばないような何か重大な理由があったんだろうなって、質問はしても問い詰めたり、怒ったりはしないと思う。
大切な信頼出来る兄であるベックなら、私を傷付けたりしないように……そこまで考えて、ベックとシャンクスの違いに気付かされる。どちらも形は違うけど師匠だった。
どちらも信頼出来る兄だった。なのに……違う。
サンジ君に襲われた時だって、私は許す事が出来た。苦しかったのは、ルフィが裏切られたと思ってしまう事で傷付く可能性があると言う真実で……。
「あ……」
「……同時に2人を愛したか。難儀だな」
「違う……!私は!」
「何が違う。初恋なんて甘い物ではなく、初めから愛だったのだろう。状況がそれを許さなかった故に、主はそれを家族のそれに勝手に押し込めたに過ぎん」
ミホーク、どうして……?
私は、私が好きなのは……ルフィなのに。どうして、そんな事を言うの?
「認めろ、ナミ。その方が楽になれる。同時に2人を愛していても、誰にも責められはせぬ」
「違う……私は……」
声が、震える。体が震える。
認めたくない。私は、ルフィだけが……。
「……命を捧げても悔いなく、何をされても嫌えぬ相手を、愛していると言わずになんと言う。……主の愛情は深い。許してやれ、己を」
膝から力が抜けて、私はその場に座り込む。ミホークの気遣うような眼差しと、優しい声が、私に真実を容赦なく突き付ける。
ルフィとシャンクス以外の誰かが、私を同じように辱めたならば……私は、きっと自ら命を絶っていた。ベックなら、まぁ理由聞いて納得出来れば諦めたと思うけど、そう考えたら……私は……。
いや、よ。私はそんな事を〝認めたくない〟のよ!
「ミホーク……私が愛しているのは、ルフィだけよ」
「愚かな事を……。それ程に認めたくないか?」
「言ってるのよ。私は浮気なんてしないわ。そんな変な勘違いしないで!」
「ナミは、赤髪を想っている状態を無理に押し留め押し殺していたのだろう。その心中に、性質の近い小僧が入り込み根付いたのだ。故にそれは浮気では無い。主は悪く等無い」
「ミホーク……」
「赤髪を愛しているが故に、主は傷付いている。赤髪の所行にな。まァ、それを赤髪に教えてやる必要はあるまい。教えれば調子に乗りそうだから、寧ろ教えるべきでは無いな」
クスリと笑ったミホークはそのまま言葉を続ける。私はミホークの名を呼ぶ事しか出来ずに、ただその言葉を聞いている。
「主の心は気高く、甘く、そして脆い。……その矛盾を俺は愛しく思う」
そう言ってミホークは切なそうに笑うと、今宵は早めに休めと言って背を向けた。それを見て、私は慌てて脱衣所へ移動するとバスローブ姿になりベッドに逃げ込んだ。
「ルフィ……」
確かに、似ていると思っていた。でも、私は……!
納得出来てしまうそれに、私は自分が許せなくて、膝を抱えるように布団の中で丸くなり、全てから逃げたくて眠りに落ちた。私は……どうしたらいいのだろう。
翌朝、私は私を守るように抱いている男の温もりにギョッとさせられる。いつの間にかミホークに、私は慣れてしまっていたらしい。
寝て30分もすれば起きる筈だったのに、悪夢に魘される事なく寝ていたと言う事は〝必ず守ってくれる〟とミホークを信じているから。……私、尻軽な浮気者なのね、きっと。
ルフィに顔向け出来ないわと思えば、このまま命を断ちたいような衝動にかられる。体をそっと起こして、無意識で短剣に手を伸ばしてその刃を見詰めた時、手首を掴まれてベッドに引き戻された。
「おはよう、ナミ。死ぬ事は許さぬぞ」
「ミホーク、おはよう。そんなつもり……「あっただろうが。……主はこれまで通りで構わぬ。ただ、赤髪に傷付けられたそれを癒す為には認めるしか無かろうと思った迄」」
「ミホーク?」
「俺が望んで気付かせると思うか。いつまでも傷があればそれは、その内腐る。そうなってからでは遅い。特に心はな」
そう言ってミホークは私の手から短剣を取ると、そのままサイドテーブルへと移動させてしまう。それに慌てて手を伸ばしたらフッと笑われて、そのまま唇が重ねられた。
甘やかすような口付けに、溺れそうになる。でも、嫌だと感情が涙となり溢れ出す。
「泣く程嫌か。……だが、夜は明けた。約束は守ったのだから、この先は約束とは別だ」
「そんな!?」
「……金銭は支払ってやる。だから、ただ啼け」
力でも、技術でも、手練手管のそれにも、私は対抗出来なくて……。素肌に触れるその指先に、舌に、唇に、出したくも無い鼻にかかった甘い声を響かせながら、翻弄される。
ヤダヤダと首を横に振ると、ついでに俺も愛してくれて構わぬぞなんて軽口を言われる。けど、出来るかそんなもの!と叫ばなかっただけ私は偉いと思う。
「ミホーク、お願い……もう……」
荒い呼吸を繰り返しながら言葉を紡げば、ミホークは優しく笑い、肩とも首ともつかないその場所に噛み付いて来る。痛みにビクリと体を揺らせば、ミホークはその場で小さく笑った。
「拒絶の言葉は聞き入れぬ。今日は主を甘く……可愛がってやろう」
「や、だ……!」
「怯えるな。何も考えなければ良い。快楽に身を委ねていろ」
そんな事出来ないと首を横に振ると、涙が勝手に落ちた。そんな私にミホークは艶やかに笑うと、激しいばかりが抱き方では無いと耳元で囁き……ミホークは真綿で包むように、そっと私に掠めるような愛撫を繰り返して来た。
運動としか思えないようなものや、暴力としかならないようなそればかりを経験してきたけど……こんなのは、知らない。甘やかな愛撫に、確かに身を委ねる事が出来れば幸せなのかも知れないと思わされる。
でも、嫌なのよ。私は、もう……こんな事されるのは嫌なのよ!
「嫌ぁ!ルフィ!シャンクス!助けて!」
「……それで良い。入れるぞ」
「嫌っ!ミホーク、止めて!」
「拒絶は、聞き入れぬと言ったであろう。それに、ここは求めている」
そう言ってミホークは私の秘部に指を差し込み、中で自由に動かし始める。それに体は恐ろしく素直に反応して、悦び、締め付ける。
そんな私にミホークは楽しげに笑うと、大切に愛してやろうと囁いた。本番は、これからだと……残酷な言葉まで加えて。