朝になり目を覚ませば、3人は1睡もせずに睨み合っていた様子で、元気ねと心から思いながら私は体を起こす。そのままシャワーに向かおうとして、私の足はドアの前でピタリと止まる。
ダメだわ、ここのシャワー、3人がいたら使えない。でも、シャワー浴びたいのよね……どうやって追い出すか。
寧ろ追い出されてくれるのか。でも、お風呂入りたい。
シャワー浴びさせて、結構切実に。寝汗かいたままとか耐えられない。
そう思って3人を振り向くと、ドフィが面倒そうに立ち上がり、無言のまま壁に向かう。何をしているのかと見ていたらその場所にスイッチが現れた。
惚けたようにそれを見ていたら、バチンと音を立ててそれが動かされる。するとお風呂場と部屋を繋いでいた、硝子のそれの前にレンガ調の薄い壁がせり上がってきた。
「え……?」
「こうすれば見えなくなる。安心して使え」
「なっ……!スイッチ!?何処にあったの!?」
そんなのがあったなら、そもそもシャンクスにあんな辱め受けなくてすんだのに!でも、スイッチなんて見た記憶無いわ。
「普通は分からねェように隠してしてある。……それで、朝食はどうする」
「とりあえず、お風呂から出てから考えるわ。今はシャワー浴びたい」
私の頭は今、シャワーで埋め尽くされている。そんな訳でのんびりとお風呂に入った私は、後は帰るだけだからと比較的ラフなタイプのドレスに着替えてお風呂を出た。
脱衣場から出て歩こうとしたら糸で操られて、何事かと思ったらドフィの前に立たされる。そして、タオルで私の髪を拭き始めるから慌てて振り向こうとしたけど、それさえも出来なくされている。
「……相変わらず拭くのが下手だな。ロシーもナミもいくつになっても手がかかる」
「ちょっと待って!ロシーと同じ枠なのは、流石に許せないわ!」
「ロシーもアレで、ドジが無ければ優秀だ。俺の弟だぞ。無能な筈があるか」
……何その凄い自信。少しは私も見習うべきなのかしら。
そう思ってけれども、首も動かせないので大人しくしていたら、ミホークとシャンクスが顔を上げた。そして、ミホークが口を開く。
「天夜叉に弟?聞いた覚えが無いな」
「……あァ、昔俺が殺したからな」
「成程。ならば知らぬのも道理」
「いや待て、ならなんでナミが、そいつを知ってんだよ」
殺人行為について自然と受け入れた様子のミホークとは違い、シャンクスが問えばドフィは私の髪に指を通して濡れ具合を確認しつつ、淡々とした様子で答える。それはまるで、他人事のように。
「ナミは俺達の姉代わりだった時期がある。詳しくは偉大なる航路の謎を、全て解き明かすしかねェだろうな。……よし、こんなもんだろ」
「ドフィ、ありがとう」
言葉と同時に開放された私は櫛を手にして髪を整え始めたけど、シャンクスは納得出来ない様子を見せる。あ、なんかここ、むらかってるわ。
「天夜叉がナミの知っている人間を殺したのならば、ナミがこれ程平然として居られるか。ナミは、デコレーションケーキに蜂蜜かけて追加で粉砂糖とチョコを掛けた位の甘ちゃんなんだぞ!」
うわ、何それ。絶対食べたくない。
……ここハサミで切りたいわ。それとも力づくで櫛動かして、引っこ抜こうかしら?
「……ナミ、髪が切れる。それ以上動かすな。直してやる」
そう言ってミホークが私の髪に触れるので任せたら、シャンクスとドフィの視線が突き刺さり、それから溜息が落とされた。私はよく分からなくて2人を見返したけど、ミホークもそれを気にした様子は無くて、解けたぞと言いながら櫛を私から奪い取ると勝手に梳かし始めた。
何度か梳かしながら、満足そうに頷くミホークは私を人形か何かと勘違いしてるんじゃ無かろうか。そんな事を考えていたら、シャンクスが妙な事を言い始める。
「本当に自由人なのは、ナミと鷹の目か。俺なんてこの2人に比べれば可愛いもんだろ」
「それはどうだろうな。自分の所の副船長に聞いてみろ」
「ベックに聞いたら、全否定されるに決まってんだろ!?お前夜叉じゃなくて悪魔か!?」
「ナミ、朝食はそれ程凝らなくても良いから、少し甘い物を頼む」
騒ぐ2人を眺めていたら背後からミホークの言葉が聞こえて来て、えー……と思う。料理人さん呼んで作ってもらうつもりだったので、頗る残念だ。
だって、言い出したらミホークは絶対引き下がってくれないと分かるから。それでも往生際悪く1応問いかけてみるけど、答えなんて決まっていた。
……結局料理人さんの食事1回も食べてないなぁ。とは言え、食べられるかは不明なんだけどね。
「え?また、私が作るの?」
「無論」
この空間、明らかにカオス。我が道を進む人間がある1定数を超えるとこうなるのかと、妙に感心してしまう。
それから私は仕方なくて朝食を作るけど、もう簡単にスクランブルエッグと温野菜にウィンナーを添えて、メインはフレンチトースト。昨日はスープを作り忘れたけど、今回は忘れないぞとミルクスープを用意する。
ミホークの希望である甘い物は、フレンチトーストで何とかなったと思う。朝から甘いのが嫌なら塩かケチャップで食べれば良いように、砂糖を使わずに作った私は偉い。
……誰か褒めてー!とは、勿論内心だけどね。
卵と肉と野菜があるし、スープも用意した。とは言えスープはバターでコーンとベーコン、人参、玉葱を軽く炒めた所に牛乳入れて塩胡椒で味を整えた簡易的な物だけどね。
この世界でなければコンソメの素を入れて作るんだけど、この際贅沢は言わない。入れなくても不味くはないし。
デザートとしては、ヨーグルトに林檎を刻んで混ぜた物を用意しておく。後は飲み物ね。
「……何か飲み物の希望はある?ノンアルで!」
「ビール!」
「ノンアルって言ったでしょ!?シャンクス馬鹿なの!?」
「「珈琲」」
怒る私にミホークとドフィの声が返り、ハイハイと珈琲を入れ始めればドフィはカップに注いだ物を自分で取りに来て砂糖等を自分で調整して持って行く。ミホークは甘くしろと言うので、蜂蜜とミルクを入れてオマケでマシュマロを飾ってあげれば妙に喜ばれた。
珈琲は暖かいのでマシュマロが溶ける為に可愛い上に甘くなるのだ。蜂蜜を今回は先に入れたけど、後からかけるとマシュマロに線が入って、より可愛さが増す。
……ミホークの飲み物を可愛くする意味は知らないけどね。とりあえず甘くはなるわ。
「んで、ナミは何にしたんだ?」
「オレンジティーよ。オレンジがあったから果汁を絞って入れたの」
「1口くれ」
言うが早いか奪うようにして飲んだシャンクスは、美味いなと言ってそのままそれを持って行ってしまうので、仕方なく自分用を入れ直す。そんな事をしている間にドフィとミホークが私の作った料理を運んでくれたので、慌てて席に向かう。
ミホークには目の前に蜂蜜とチョコレートソースを置いてあげたので、フレンチトーストを好みの味付けにしてくれるだろうと思う。シャンクスとドフィの正面には砂糖と塩を並べて置いたので、甘くするか塩っぽくして食べるかを任せる事にした。
フレンチトースト自体は甘く作るのが1般的だけど、朝食だからと甘くせずに卵と牛乳だけで作ったので塩をかけて食べたり、ケチャップ付けて食べるのも案外美味しいのだ。スクランブルエッグがあるからと中央に醤油とケチャップも並べてあるけど……ソースとかマヨネーズも必要だったかな?
「天夜叉、その砂糖を寄越せ」
「なんで俺だよ」
そう言いながらもミホークに砂糖を差し出したドフィは、案外世話焼きなのかもしれない。そしてそれを当然と受け止めフレンチトーストに砂糖を掛けたミホークは、小首を傾げた。
「赤髪は俺の斜め前だ。詰まり砂糖を取って貰うには不便な位置にいる。つまり当然の判断だろう?」
「つまり鷹の目は、ナミを使う気はねェって事か」
「無論。準備を1人でやらせたのに、座ってからまで使う訳にはいくまい」
「なら、自分で手を伸ばせよ……」
最後に呟かれたシャンクスの言葉を華麗に無視したミホークは、お皿にあったフレンチトーストを綺麗に食べ尽くし、じっと私を見て来る。私はブロッコリーに塩をかけつつそれを口に運び、無視しようとしたけど視線が五月蝿い。
あ、ブロッコリー美味しい。なんて現実逃避もさせて貰えず、折れたのは私の方。
「……キッチンに、フレンチトーストのお代わり置いてあるから、トングでお皿に取って食べて。スープと、温野菜もまだあるから、足りなければ自分で持って来て」
私の言葉にドフィは頷くと温野菜の入ったお皿を糸で運び、自分のお皿ではなくシャンクスのお皿に追加して行く。それにシャンクスが雄叫びを上げると、ドフィが少しは野菜も取れと末っ子を叱る兄のように言う。
「……ナミも食べるか?」
「うん。ブロッコリーを食べたいわ」
「分かった」
分かったと言いながら人参を入れてくるドフィに何も分かってないと思ったけど、大人しくそれを食べておく。妙に騒がしい食事が終わった後で、追加の飲み物を用意しながらデザートを出せば素直に食べる3人に、やっぱり巨大な息子に思えて来た。
それの後片付けをしている間、3人は睨み合ったり妙な口喧嘩をしたりしていた。けど、そうこうしている内に船がウォーターセブンに着いたと言うので、私は残っていたチップの全てを換金して船を降りようと歩き出す。
そんな私の腕を掴む人が居て、驚いて振り向けばシャンクスだった。どうしたのだろうか?
「シャンクス?」
「ナミ、今回の件は本当に悪かった。だが、ナミを抱いた事に後悔はねェ」
「シャン、クス……」
声が震える。掴まれている腕が、妙に熱い。
「……今は、これ以上何もしねェ。泣かせるつもりも、無かったし、傷付けるつもりも無かった。ゴメンな」
「シャンクス……」
「ナミ、愛してる。何かあれば、何時でも頼れ。……それと、エースだがな。白髭に会って話したが無駄だった。そっちも謝っておく」
その言葉で思い出す。そうだ、シャンクスは私の〝読んだ〟話では今頃エースを止めてくれと白髭に会いに行っていて、交渉が決裂して空が割れる筈で……。
なら、そうだ、どうしてここにシャンクスがいたの?
「シャンクスは、白髭に会ってくれた後で、ここに?」
「この辺りでエースを見たと聞いたから、顔見知りだし止められねェかと思って来てみたが……見当たらなくて困っていた所で、ナミに会ったんだ」
私が運命を捻じ曲げた部分があるのは間違いない。でも、大筋はだとしたら変わってない……?
ならば、私を犯した後でエースは何処へ向かったの?
待って、アレから何日経過した?
エースがウォーターセブンから移動して、黒髭と戦って、負けて、海軍に引き渡されるには充分な日数が経過したと気付き、私は体が震えるのを自覚する。そんな私をシャンクスは心配そうに見て来るけど、何かを応える余裕も無い。
マルコさんが追い付いて共に戦っていれば、現時点なら勝てるだろうと思う。それに、エースが黒髭と遭遇しなかった可能性だって、ない訳じゃない。
そうは思うのに、体が震えて呼吸の仕方さえ分からなくなる。もし、知っている通りに進んでしまうのならば……エースを喪ってしまう。
「ナミ!おい、どうした!?」
「エースが……死んでしまう……。ルフィが、苦しむ。白髭が死ぬ事の意味……」
「ナミ!?」
「どうしたら、変えられるの……?」
サッチ隊長は生きていると聞いている。なのに、それなのに私は、エースを生かす事は出来ないの?
あの戦争を止める手段は、何処にあるの?
膝から力が抜けて崩れ落ちるのを、シャンクスが抱き留めてくれている事にさえ、私は気が付けずにいた。なのでそんな様子を見ている2人の男がいる事にも、当然気付けては居なかった。