ベルメールさんの命は守れたけれど、アーロンの支配は拒めなかった。そして、ノジコの怪我は防げたけれど、ベルメールさんは歩けなくなったし、提示された金額も10倍になった。
変えられた事、変えられなかった事。変わってしまった事、様々な事があったけれど……なら……エースはどうなるの?
サッチ隊長は生きていてくれてる。エースも1度は白髭海賊団に帰った。
でも、現在それだけで……私は……どうしたら……。エースを喪いたくない。
私は身近な大切な人との別れに耐えられる程、強くは無い。何をされたとしても、私にはやはりエースは可愛い弟で……エースの作中での死ぬ姿が脳裏を掠めると、体の震えが止まらなくなる。
ここは読者として読んでいた別な世界じゃない。私が、エースが、ルフィが……皆が生きて足掻いている現実。
変えようと頑張ったけど無理だったわ。ごめんね!で、済ませられるような内容じゃないのよ。
「エース……死なないで……エース……」
「ナミ……おい、どうしたんだ!ナミ!」
エースが死んで、白髭が死んで、海軍が勝利して……ルフィも白髭海賊団の人達も心身共に傷付いて苦しむ。分かっているのに、全て〝知っている〟のに、私はそれを変えられないの!?
それならば、私は何故ナミちゃんの人生奪ってまでここに産まれてきたの?
「私は、何の為に……ここに存在しているの……?変えられないなら、私がいる意味なんて……」
その時、唇に何かが触れた。それにより思考が知識や記憶、エースから現状把握へと移行する。
そして……無駄に上手いこのキスを私は知っている。慌ててその胸を押して離してくれと示しても、唇は離されない。
息苦しくなって来て、鼻で息をしている意味が無いような気がして来て、必死でシャンクスの胸を叩いても口付けは深まるばかり。酸欠で目の前に星が散り始める頃には、私の手からも力が抜け始めていて、いつの間にか私の手は縋るようにそのシャツを掴んでいた。
そんな私の腰を掬うように抱いて、シャンクスは私の体を支えながら幾度も角度を変えて口付けを繰り返す。シャツを掴む事さえできなくなった頃に漸く離された唇は、どちらの物とも分からない銀糸で繋がれている。
「……ナミ、落ち着いたか?……ベックが〝先読みの巫女〟とか言ってたのは、こういう事か?」
「シャン……クス……」
「帰ってきたな。大丈夫か?」
「だ、い、じょぶ……ごめんなさい。取り乱して……」
いや、大丈夫な筈がない。腰が、抜けてる。
……キスだけで腰が抜けるとか、有り得ないでしょ!?
でも、突然取り乱した私が悪い。それが分かってるから、文句も言えない。
そう思っていたらシャンクスは私を抱き上げて、そのまま歩き出す。何処へと思った時、船の出口でミホークとドフィに呼び止められてシャンクスは嫌そうに振り向いた。
「主が送れば〝約束〟を違える事になろう。ナミは俺が送って行こう」
「フッフッフッ……何言ってんだ。お前も同じだろうが!俺だけが麦藁の1味と関わりがねェ。俺がナミを送ってやるよ!」
「二人共何言ってんだ?俺は……このままナミを連れ去るつもりだったんだぜ?」
「シャンクス!?冗談止めてよ!」
思わず口を挟んだ私をシャンクスは真っ直ぐに見詰めてくる。そして、真剣な顔で、私に問い掛けてきた。
「本気で……冗談だと思うのか」
背中をゾクリとしたものが走り、思わず暴れれば私を抱く腕に力が入って簡単に動きを封じられる。やだ、私はルフィの所に……!
「……怯えるな。抑えが、効かなくなる。悪かった。今回は、帰してやるから……怯えないでくれ」
苦しそうに紡がれたそれに、私は息を飲む。……大切だからこそ、怖いのだと言う事を、私はこの時理解した。
ゆっくりと息を吐き出して、それからシャンクスを見る。……ただの髭男なのに、どうしてこんなに大切に想えるのかしら?
「おかしいわ。ただの髭面なのに」
「ナミ、それ声に出したらダメな奴だと思うぞ。地味に傷付くしな」
「……あ、声に出てた?ごめんね」
……ただの髭面なのに、愛しいとか終わってる。ルフィをこれ程愛していなければ、ルフィに助けられていなければ、ルフィを任せられる航海士がいれば、きっと私はシャンクスの胸に飛び込んでいた。
シャンクスの事が、大切で愛しいから多分私は何をされても最終的には拒めない。でも、受け入れる事も出来ないのよ。
「……シャンクスが困った時も、呼んでね。ルフィと1緒に駆けつけるわ」
「そうか、それがあるんだったな。なら、電伝虫の連絡先は渡せねェか……あ!」
落ち込んだ様子で言葉を口にしていたシャンクスが何かを思いついたように声を出して、私をじっと見ると私を地面に降ろしつつ腰にある短剣を奪う。それに慌てた私の目の前で、シャンクスの剣に着いていたチャームのような物を付けて返して来た。
なんだろうと思って見ると、それには赤髪の海賊旗が刻まれた宝石がついたストラップ状の物だと分かる。驚いて顔を上げるとシャンクスの唇が再び降ってきて、重なった。
「「攫いたいのは俺も同じだ。止めろ赤髪」」
偶然にも声を重ねた2人が、直後に私とシャンクスを引き剥がしてくれて、私を守るように抱き締めてくれているミホークに少し体から力を抜きそうになる。でも、そうもしていられないのは分かってるので、私はミホークから離れるとゆっくりと3人を見た。
「お世話になってないどころか、邪魔されて迷惑かけられたけど……辛いばかりじゃ無かったわ。……手を出さないでくれるなら、また会いたいと思う。それじゃ」
そう言って背を向けると、背後からミホークの声が追いかけて来た。それに視線だけ向けると、悪戯に笑っているのが見える。
「ナミ!金は、届けさせてある。〝最低億〟だったな。約束は守ったぞ」
「……普通その金額は、お断りって意味だって分かるでしょ!?ミホークの馬鹿!」
「俺にそんな事を言うのは、ナミ位なものだ。また、逢おう」
前言撤回して、もう二度と会いたくないと、何故か心から思う。でも、それはきっと優しげなミホークのその顔とは裏腹に、その瞳が欲望を隠そうともしていないからだろうと分かる。
自らの身を強く抱いて、後退りしながら逃げ出したいような心持ちにされる。けど、鷹に狙われた猫に逃げ場等ないのはわかり切っていた。
そんな私に次に声を掛けてきたのは、シャンクスを押さえたままのドフィだった。サングラスをしていても分かるくらいに寂しそうにしているから、無視する事も出来ない。
「ナミ……」
「ドフィ……」
ドフィからの言葉は、それ以上は無かった。ただ、静かに私をサングラス越しに見ていたドフィは、唇だけでまたなと言うと、シャンクスが騒いでいるのを無視して無理矢理船に戻って行く。
「シャンクス、ミホーク、ドフィ……次に会うのは戦場かも知れない。その時は、邪魔しないでね」
「おいおい、そこは〝助けて〟だろう」
ドフィの言葉に私は笑う。寧ろ関わらないで欲しい。
もしも戦場で会うならば、エースを助ける為に居るのだろうから。だから、そうならない事を祈って願っているけど、そうなったら邪魔だけはしないで欲しい。
「邪魔しないなら、それ以上は望まないわ」
そう言って背を向けると、歩き出す。ルフィの所へ帰る為に。
陸に足をつけて少し行くと、船が背後で動き出したのが分かる。それを見送る事無く歩き出せば、巨人族の肩の上に乗っているウソップの姿が見えた。
それによりまだ帰ってきてくれてなかったんだと知り、少し悲しくなる。私達はまだ、欠けたままだという事になるのね。
……ウソップ、早く帰って来なさいよ。皆、待ってるんだから。
厳しい言葉を口にしたゾロも、それを肯定したサンジ君も、それを認め受け入れたルフィも、心の中ではウソップの帰りを今か今かと待っているのよ。チョッパーはソワソワしているし、ロビンも助けに来てくれた大切な立役者でもあるウソップの帰りを待っている。
私はフラフラと歩きながら帰り、そしてドアを開けると皆がホッとしたような顔をして笑ってくれる。だから私もそれに笑顔で言葉を口にするのだ。
「皆、ただいま!」
それに対して皆は口々にお帰りと言ってくれて、疲れたわと言えばそうだろうなとゾロが苦笑した。そして私の稼いだ額と、ドフィ、ミホーク、更にはシャンクスからも全て名は記されていなかったけどお金が送られて来ていて、それを見ればそれなりに纏まったお金にはなった事は分かる。
「ナミ、お風呂にでも入って今は少しでも寝たら良いわ。顔色が悪いもの」
「ロビン、ありがとう」
言葉と共に微笑みを向けて、私はずっと会いたかったルフィに視線を向ける。そこではサンジ君が作っただろう物を頬張りながら、きょとんとした顔で私を見ているルフィがいて……ただそれだけなのに、泣きそうになる自分を自覚する。
逃げるようにお風呂場へ行き、多くの消化出来ない感情を汗や化粧と共に落としてしまえれば良いのにと強く思う。とりあえず纏わりついて離れない3人の匂いを流して、いつもの蜜柑の匂いに戻ったのを確認してからお風呂場を出れば、脱衣所にはガレーラのロゴ入りワンピースが用意されていた。
出たらロビンにお礼言わなきゃと思いながら、急いで身支度を調えると、ドアを開けて部屋に戻る。脱衣場から出た私にルフィが寄ってきて、腕を掴むと椅子に座らせて来るのでそれに身を任せればタオルを奪われた。
「この後起きてるにしても、寝てるにしても、髪は拭いた方がいいと思う。……ナミ」
「なぁに?」
「お帰り。ナミが居ないと寂しい」
「……なら、もう勝手な事しないのよ?」
「おう、先にナミに言うようにする!」
ルフィの言葉にならば良しと笑っていたら、髪を拭き終えたルフィが背後から私を抱き締めてきた。その腕に、熱に、泣きそうになる。
思わず振り向いてルフィに腕を伸ばせば、ルフィは1瞬驚いた顔をしたけど今度は正面から抱きしめてくれて、何も言わずに頭を撫でてくれる。それに甘えるようにして強くルフィに抱きつけば、ルフィが少し寝るかなんて笑う。
だから私はそれに頷いて、どちらの意味の寝るでも良いから離れたくないと心から願う。今は何も考えずに、深く、深く眠ってしまいたいと願う部分がある。
それと同時に、ルフィに全て塗り替えて欲しいと縋るように願う部分もある。だから……。
「ルフィから、離れたくない」
「……今は、ゆっくり寝ような。明日にでも、1緒に出掛けよう。2人で、この島歩いてねェもんな」
「うん」
ルフィと共に居られるなら、もう何でもいい。ルフィに会いたかった。
ルフィのこの腕の中に、帰ってきたかったの。甘える私をルフィはひょいっと抱き上げると、ベッドに寝かせて来て、そのまま離れようとするからそれを行かせるものかと抱き着いてそのままベッドに引きずり込む。
「おい、ナミ!」
「離れちゃ、やだ」
「……可愛いけどよ。皆がいる所で流石に襲えねェから、離してくれ」
「やだ、離れたくない」
ルフィに抱き着いて首を横に振ると、ルフィは諦めたのか好きにさせてくれる。そしてルフィが、勝手な使い込みはもうしねェと呟いたのを聞いて、私はその唇に掠めるようなキスを贈るとお休みと囁いてから、瞼を閉じる。
そうして私は、ルフィを抱き枕のように抱きしめたまま、泥のように眠ったのだった。その時ルフィが何かを私に呟いたのは、全く聞き取れなかった。