もどかしくなる程にゆっくりと布が外されているように思えるのは、期待が恐ろしく大きいからだろうか。アイスバーグさんは布を外しながら言葉を紡ぐ。
「お前はいつか〝海賊王〟になるんなら!!この〝百獣の王〟の船に乗れ!!」
それが、フランキーからの伝言であると、私達に告げる。ルフィは布が外された瞬間に歓声を上げた。
大きくてカッコイイと喜ぶルフィと、煌めくチョッパー。珍しくゾロもメリーの2倍はあると喜び、ロビンも冷静ではないのか少し頬が赤くなっている。
サンジ君はキッチンを見せろと騒ぎ、私は恋に落ちたかのように船に魅入っている。アーロンの所では船に拘ってなんて居られなかったけれど、私は航海士であり、測量士でもあるのだ。
だからこそ、1人で船を動かせるように1通りの船の知識は頭に叩き込んであるのよ。それに、歴史を知る上で必要だったから、多少の知識は持ち合わせてたしね。
「機動力ありそうね!あの大きな
思わず声に出せばアイスバーグさんが楽しそうに笑って近寄って来て、簡単に説明してくれる。もう、アイスバーグさんを船について語る為に連れて行きたい。
「〝ブリガンティンスル〟と呼ばれる物だ。〝スループ船〟は人の想像の赴くままに帆走する船。活かすも殺すも航海士の腕次第だ」
「ブリガンティンスルって事は、フォアマストに横帆、メインマストに縦帆を備えてるって事で良いのかしら?」
「あァそれで概ね間違ってねェな。2本のマストがあり、そのうちの1つには横帆を備えた帆船であればブリガンティンスルと呼んで間違いはねェが、この船は他に表現の仕様がない程に先の条件を満たしている」
「そうね。2本のマストとも横帆を備えた帆船はブリッグと呼ばれるのが通常だもの、アイスバーグさんがブリガンティンスルだと言い切るなら私の言葉で間違ってないのね。……うん、腕が鳴るわ!!頑張る!!」
その会話が微かに聞こえていたルフィはナミの方を振り向き、近くにいたゾロに思わず声を掛けた。この場にウソップがいれば、ウソップも頷いた事だろう。
「……アイスのオッサンがいてくれて良かったな。ナミのあの手の話、始まると長ェからよ」
「メリーの時も長かったな。サンタなんちゃらがどうこう言ってたのは覚えてる」
「……流石は本職ね。ナミと普通に会話してるわ。ルフィ達には呪文のように思えてるんじゃない?」
突然割り込んだロビンの声に2人が振り向くと、ロビンはクスクスと笑っていた。どうやらロビンも最低限の知識はあるけれど、あんなに瞳を輝かせて柱や帆について永遠的に語るなんて事は出来そうにないと言う。
「ナミって、変わってるけど可愛いよな」
「その可愛さってのは、見た目か?」
ルフィの呟くようなそれにゾロが問い掛ければ、ルフィは首を傾げて、何言ってんだと呟くように返す。そして、太陽のような笑顔でサラリと言い放った。
「見た目も性格も可愛いだろ。ナミは存在そのものが既に可愛い」
「……そうだな」
ゾロはこの時、他にどう返事をしたらいいのかさえ分からなかった。その勢いのままルフィは船に飛び乗り、芝生になっている甲板に転がると、チョッパーは階段であるべき場所の1つが滑り台になっていると喜ぶ。
「夢に見た鍵付き冷蔵庫があった~!!あ!巨大オーブンまで!!フランキーありがとう、この船サイコーだぜ!!」
サンジ君の言葉に私は反応して顔を上げる。だとしたらまさか、クーラーも作ってくれたんじゃ!?
「アイスバーグさん、クーラーと洗濯機と図書室って……!?」
「……洗濯機に苦労させられた。ンマー……布を傷めずに洗えるように何度も作り直したんだ。是非とも確認してくれ」
「分かったわ!ありがとう!」
文字通り空を飛んで確認に向かう私に、誰も何も言わずに居てくれる。そうして私と交代するようにルフィがアイスバーグさんと会話を始めたのを横目に確認しながら、真っ直ぐに図書室へと向かった私は、本棚にガラス戸が取り付けられているのを確認して顔がニヤけるのを止められなくなった。
ガラス戸に触れてみると、それは強化ガラスで厚みもそれなりにあるのが分かり、本棚の扉を開けるのには鍵が必要な造りになっている。なので確認すれば、中央部分に纏めて設置されている机の中央部分にその鍵が収納されていた。
本棚の下がぐるりとソファになっていて、転がって本を読むなんて贅沢な事も出来そうである。そのソファが途切れている唯一の場所が測量机で、すなわち製図台。
その為かその左右に少し隙間があり、棚が置かれている。ペンや紙を収納できるよう考えられているそれに、嬉しくなった私はおかしくない筈よ。
……私、この図書室に住みたいわ。天井ギリギリまで本棚になっていると言うより、壁そのものが恐らくは本棚になっている様子に笑み崩れる。
まだ本棚に隙間が沢山あるから、まだまだ増やしても問題なさそうね。我慢していた多くの本を、これで購入出来るだろうと思えば嬉しくならない筈がない。
そしてその窓の所にはクーラーが取り付けられていて、確認しつつ作動させれば窓用クーラー兼除湿機である事がわかり、本を湿気から守れると嬉しくなる。この図書室兼測量室の上が大浴場なのだから湿気対策は必須だろう。
……私が部屋に帰る事なんてあるのかしら。いいえ、寧ろ私の部屋はここだもの、部屋から出ない自信があるわ。
トイレを確認したら、なんとトイレにも本棚があって、お風呂と測量室と図書室が集約されたここは私の住処だと勝手に決める。そこへ少し呆れた顔でロビンが顔を見せて、私を引き摺るようにして他の部屋を案内して来た。
中央にある展望台は、確かにたまには利用するだろうなと思わされる。双眼鏡と天体望遠鏡があるから、星の位置等を確認しやすい。
ぐるりとあるベンチのお陰で、メモを取れるようになっているので、その他の細かい準備をしてからここにも顔を出す事は必要と分かる。うん、たまには来なきゃ。
「ナミ、女部屋にも本棚があるからちゃんと確認して」
「本当に!?直ぐに行くわ!」
「……ナミが、心配だわ」
女部屋に入ると最初に見えたのが向かい合わせのソファとテーブルで、入口側の壁には洗面台と並んでティーセットが置かれている。そしてベッドの枕元にはやはり天井迄伸びる本棚があり、ドアがつけられているのが見えた。
「ロビン、素敵な部屋ね」
「ナミ……ここは、寝る為の部屋でもあるのよ。分かる?人間は本を食べて生きる訳じゃないのよ」
「ベッドの足元に本棚増やせそうね!」
「……聞いてないわね」
クローゼットが両開きで2つあるのを見て、変装セットを収納できそうだわと頷いたらロビンが背後から抱き着いてきた。どうしたのかなと思って見上げたら、ロビンが切なそうな顔をしているのが見える。
「ロビン?」
「……私と、今夜も寝てくれるわよね」
「勿論よ!」
「……良かったわ。なら、この部屋に帰ってくるわね」
しまったと思ったけど、もう遅い。でも仕方ないか。
本当なら今夜は、折角だから図書室に篭ろうと思っていたけど、その事は諦める事にした。ロビンを悲しませたくはないもの。
女部屋にあるクーラーも動作点検を行い、問題無しと判断した為その足で洗濯機の様子も見に行く。女部屋に机がない事が、何だか違和感だわと思いながらもドレッサーやソファがあるから良いかしらと考えを改める。
クーラーの設置箇所は脱衣所、図書室、女部屋、保健室、キッチンで、本を守る為と、病人等が過ごしやすいようにと言う配慮だと分かる。……多分それの他に、ロビンの為なんだろうなと。
アクアリウムにクーラーを設置しないのは、窓が無いからかなと考えつつアクアリウムのそれを眺めて立ち止まる私に、ルフィが声をかけてきた。どうやら出掛けるらしい。
「フランキーを迎えに行ってくる!ロビンとナミは残って、中を見ててくれ!……ナミ、降りるなよ」
「ん?うん、行ってらっしゃい」
そう答えた瞬間、ルフィに腰を強く抱かれて唇を重ねられる。そのキスはそれ程長いものでも濃厚なものでもなく、すぐに離れてしまいそれが何だか少しだけ寂しい。
「ルフィ……」
「このまま欲しくなるから、そんな寂しそうな顔をするなよ。……待ってろよ」
「うん、待ってる」
ルフィ達が出て行くと船は途端に静かになり、ロビンと2人になった私は何も居ないアクアリウムを眺めて言う。サンジ君が喜びそうだわと思いながら。
「これで毎朝新しく魚が入る形になるわね。食べられる魚かとか気にしないでいいから、色々楽になると思うわ」
「網の設置方法を教えてくれたら、ナミが1人で毎晩設置しなくても良くなるわよ。見張りの前に網を下ろすようにして貰えば〝誰か1人の負担〟にもならないし、病気や怪我で誰かが動けなくても食事に困らなくなると思うのよね」
ロビンの言葉にそれもそうかと思って頷く。今夜網を下ろす時に、やり方をちゃんと教えておこう。
朝の魚の引き上げについても、仲間が増えるならちゃんと話し合いをしておきたいわねと笑うロビンに、私もそうねと言う。そんな会話をしながら洗濯機を確認すれば昭和のかほり漂う二槽式洗濯機があり、ウンウンと頷きながら動作確認をしたり不備が無いかを確認して行く。
点検が終わり、見付けた改良点をメモして甲板に移動したのは、ルフィ達が居ない間にウソップが帰ってくる可能性を考慮してのもの。ロビンもそんな私に付き合ってくれて、共に甲板にて皆の帰りを待つ。
「……動力源とか、確認してくるわ。いざって時に動かせないと困るもの」
「分かったわ。なら、私はここで待ってるわね」
そう言って本を取り出したロビンに笑い、私は動力室を確認に行く。コーラで動く謎のシステムに、面白いわと思う。
地球での知識は役に立たない。そんな事わかり切っていたのに、改めて思い知らされる。
知らない事が沢山ある。初めて知る物が、見る物が、触れる物が……沢山ある。
私にはそれが、どうしようもなく楽しくて……ルフィが冒険をしたいと言って、楽しむのとそれは変わらないのかもしれないと思う。未知なる土地へと飛び出すルフィと、知らない事を知りたがる私なのだから、結局の所同じなんだろうなぁ。
甲板に戻れば少しでは無い笑みが自然と浮かぶ。だって……フランキーの優しさが沁みるから。
船縁の装飾がメリーを象っていて、船で使われている柵は全てメリーの時と同じデザイン装飾。まだキッチンは確認してないけど、サンジ君があれだけ喜んでいたのだから、最新の物が揃ってるんだろうなぁ。
私の姿を確認したロビンが笑いかけてくれるから、私は久しぶりに蜜柑に逢いに行く。元気そうに枝を揺らす蜜柑に、私はホッと息を吐き出した。
「会いたかったわ、私の蜜柑」
揺れる枝が〝私もよ〟と言ってくれてる気がして、なんでかしら……泣きたくなるのは。
蜜柑の植えられている所を見れば、測量室のドアを開けた目の前であり、メインマストより手前にある。その側にはウソップが物を作りやすいようにと用意された場所と、ロビンが花を育てられるように花壇が用意されている。
その花壇が私の〝知っている〟それの数倍の面積を有していて、幾つもある花壇には季節毎に分けられて野菜の苗が植えられているのが見えた。夏野菜用に主軸を立てるか、ラティスを花壇の傍にある柵に取付けて貰うかした方が良いわね。
そうして私のサニー号探索は落ち着いて、甲板で読書を楽しむロビンの元へ向かうと皆遅いわねなんて笑い合う。その時空から何かが雄叫びを上げながら落下して来ていたけど、笑い合う私とロビンはその事に気付いていなかった。
蜜柑の木の傍にあった花壇について話して盛り上がりながら、食料倉庫も立派になったとロビンが笑うのを聞いて、後でキッチンも見ないとかななんて思う。今日からここが……私達の家なのだから。