ガープさんが拡声器でルフィに声をかける。その声が船にいる誰にでも聞き取れるようになれば、ルフィは少しでは無く焦った顔で船縁に来た。
「〝おいルフィ~!聞こえとるかー!!此方爺ちゃん、此方爺ちゃん〟」
「おい、爺ちゃん!!何だよ!!俺達の事、ここでは捕まえねェっつったじゃねェか!!」
「〝いやぁ、しかしまぁ、色々あってな。すまんがやっぱり海の藻屑となれ!!〟」
「え~っ!!」
ルフィとガープさんの会話に力が抜けそうになるけど、そんな事を言っても居られない。だって私は、どうにかしてウソップが来るまでの時間を稼ぎたいと思っているから。
「ガープお爺の嘘つきー!」
「〝いや!じゃからな!?〟」
「嘘つきなガープお爺ちゃんなんか、もう知らない!大っ嫌い!!」
「〝ナミちゃん!?……おのれセンゴクめー!!〟」
いや……センゴク元帥何も悪くないけどね。てか、私にお爺ちゃん呼びされるの良いんだ?
少し疲れたような気持ちになりながら、でもどうしてかしらね。微笑ましく思えるのは。
それでも言葉で攻撃して、見逃してもらおうとする私の浅ましさ。でも、私も譲れないのよ。
「だいたい、船ごと沈められたら、私も死んじゃうかも知れないのよ!?良いのー?」
「〝そ、れはじゃな……〟」
「〝あー……良くねェだろうなァ〟」
おや、クザンさんも居るらしい。その時ルフィがどういう事だよと聞いてきて、皆の視線も集まったのでネタばらしとして答えておく。
「私、生け捕りのみよね!?殺したら、不味いわよねー?」
「〝おい、青二才!〟」
「〝まァ……合ってますよね〟」
「〝ぐぬぬ……仕方ない。儂1人でお前らの相手をしよう!!それでどうじゃ!?〟」
「大将と同格かそれ以上の人に、そんな事言われても安心できないわよ!お爺ちゃんなんか、もう、声も聞きたくない!!」
「〝ぐはぁ!〟」
「……凄いわ。言葉が武器になる瞬間を私達は今、目の当たりにしているのよ。こんな光景中々見られないわ」
ロビンは感動的に言うけど、なんだかなぁ。ルフィが流石に爺ちゃんが可哀想だとか言うけど、ウソップが来る迄の時間稼ぎしなきゃいけないんだから仕方無いじゃ無い。
でも、巫山戯てばかりも居られないからと私は声量をいつものそれに抑えて言う。戦うしか無いなら、戦わなきゃ。
「皆、ガープさんは素手で大砲撃てるわ。寧ろガープさんの方が威力有るくらいよ。覚悟していて」
そうして始まった拳骨流星群の第一弾、拳骨隕石。それを見ながら船を出しつつ、可能な限り砲弾を弾くしか無いと言えば皆が頷いてくれた。
その時ルフィが言う。ゾロとサンジ君に視線を向けて、小さく頷き合いながら。
「船は全速前進!!俺達は砲弾を潰す!!」
「「ああ」」
「……ナミ!」
「分かってる。ありがとう」
答えるのとほぼ同時に、私は階段を駆け上がり舵輪を掴む。ルフィが覚悟を決めろと言ってるのが分かるけど、分かってるけど……!
「来た!!ウソップが来たぞ!!」
「「本当!?」」
チョッパーの言葉に、私とロビンの声が重なる。そして聞こえてくるウソップの声にいつでも前に出せる位置まで船を進めながら、動かし直さなくていい程度の速度で船を進めて行く。
……これより船の動きを遅くしたら、動かし直さなきゃいけなくなって砲弾の餌食になっちゃう。でも、ウソップが来たのに置いて行くなんて出来る筈もない。
「待て!何やってんだお前ら!!俺様がまだここにいるじゃねェか!!」
焦るウソップの声が聞こえる。だけどガープさんが、八つ当たり気味に砲弾を投げて来るのが見えて、そっちにばかり意識を向けても居られない。
「どうしたんだ!?喧嘩の後もずっと1緒に戦ったじゃねェか!!〝そげキング〟は俺なんだぞ!!」
ウソップのその言葉に、聞こえてちゃいけないんだと思い知らされた気がした。……あの、文字通り血を吐く想いを胸に抱いてルフィと戦った〝決闘〟を〝喧嘩〟と言った今のウソップを、私達は受け入れる訳にはいかない。
「おい、お前ら……安心しろ!!俺はちゃんと、戻って来てやったぞ!!」
サンジ君は砲弾を蹴り飛ばす。ルフィは砲弾を弾き飛ばす。
ゾロは砲弾を切り捨てて、フランキーは砲弾を空中で爆発させる。そこにチョッパーが駆け寄り、ウソップが来たと言う。
ウソップは全てを無かった事にして、自然に戻ろうと言葉を連ねる。……でもね、駄目なのよ、ウソップ。
「お前!!まさかあの時の〝ジョーク〟信じてねェよな!?長ェ付き合いだもんな!!あんな事、本気で言う訳ねェよ、俺が!!」
……ジョーク……。その単語に、胸が軋んだ気がした。
ウソップ、お願い早く気が付いて。私は……こんな別れ方、したくない。
脳裏で、メリーが最後にウソップに残した言葉が谺響する。今……メリーがウソップを想って泣いている気がした。
『素直になるのは大変かもしれないけど、なくす前にちゃんと向き合って。ぼくはウソップの事、大好きだから……素直になってほしい』
私も、そう思うわよ。メリー……!
「色々……言い合ったけどよ!!仲間だ!!多少の事は水に流してやるよ!!なァおい!何とか言えよ!!」
何も言えない。言える筈が無い。
ウソップの言葉に答えてしまえば〝聞こえた〟事になる。ウソップからの〝深い謝罪〟以外の言葉が、第一声になってしまう。
だから、今ウソップは何も言ってないのよ。ウソップはただ、急いで追い掛けて海岸まで向かって来てるだけなの。
「ルフィ!ウソップが呼んでる!!」
「聞こえねェ」
「ゾロ!!」
「何も、聞こえねェな!!」
「嘘つけ、聞こえてるだろ!?」
チョッパーに私がそれを教える事は出来ない。これは、自分で気付かないといけないから。
何も事情を知らない筈のフランキーは、状況等からそれを察して無言で砲弾と向き合う。ロビンは私のサポートをしてくれている。
「……冗談、辞めろよな……!!……何だよ……本当に、俺と別れようってんだな。そうかい……もういいよ!!そっちがその気なら……。最後に1つ、言わせてもらうぞ。おめェら……」
ウソップはそうして膝をついた。それを見て、私は呼吸が止まるかと思う程の衝撃を受ける。
体が、震える。そんな私の肩を、ロビンが静かに支えてくれた。
「ごめーん!!意地張って、ごべーん!!俺が、悪がったァー!!」
男達が全員、1瞬だけ動きを止めた。漸くウソップの声が、言葉が〝聞こえた〟のだ。
「ウソップ!!」
嬉しそうなゾロの声が聞こえた。それは、あんなに厳しい言葉を口にした筈のゾロが、本当は1番ウソップの帰りを待っていたのだという証。
「今更、みっともねェんだけども!!俺、1味を辞めるって、言ったけど!!」
涙が、溢れ出す。待ってたのよ、皆、ウソップの事。
「アレ……!!取り消すわげには、いかねェがなァー!!」
皆は砲弾と向き合う。私は舵輪を強く握る。
ロビンは私を支えてくれて、ルフィは動きを止めて、ウソップからの言葉を待つ。決定的な、その言葉を。
「ダメがなー!……頼むからよ。お前らと1緒に、いさせてくれェ!!もう1度……!!俺を仲間に、入れてぐれェ!!!!」
待っていた。全員が、その言葉を。
ルフィは漸く〝船長〟としても〝ルフィ〟としても、動けるようになる。双方のそれが、漸く噛み合う。
ルフィから文字通り真っ直ぐに伸ばされたその手は、ウソップの前に差し出され、涙を耐えるルフィに、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったウソップがどうしていいか分からないって顔で見てくる。
「ルフィ……」
「バガ野郎……早く、掴ばれーっ!!むあ……!!」
耐えていたものが溢れ出して、ルフィはウソップと変わらないような顔になる。馬鹿はおめェだとゾロは笑い、サンジ君は両手を上げて喜ぶ。
私はそれを見て、涙を強引に拭って抑えながら、笑ってしまう。……嬉しくても、涙が出るんだって事を、私はもうずっと長い事忘れていた気がする。
「アハハ……!!カッコ悪いわね、あんた達っ」
私の笑い声にルフィは頷いてから、二人の時を除けば久々に……作ってない鼻水まみれの無邪気な笑顔になる。そう、私はこの顔が見たかったのだと心から思う。
「やっと……全員揃った!!さっさとこんな砲撃抜けて!!冒険に行くぞ、野郎共~!!」
「「「「「「「おーっ!!」」」」」」」
ルフィの声に、言葉に、クルーの声が重なる。街からは声援が聞こえて来て、相変わらず私達の出航は慌ただしくも騒がしいなとこれ迄の出航を思い出す。
それが、不快ではない時点で私も相当だと思うけど、それでもやはり楽しくて、幸せだと思う。でも、砲撃は止まないから、笑ってばかりも居られないんだけどね。
「そういう事なら麦藁!急いで帆を畳め!!」
「おい、良いのかよフランキー!!」
「馬鹿野郎!!この船を信じろ!!」
「「「そうだ!信じろバカヤロー!!コノヤロー、バカヤロー!コンニャローめー!!」」」
いや……本当は別れてる筈なんだけど、サンジ君の質問の後でフランキーの言葉があり、それに続く形でルフィとウソップ、チョッパーが踊りながらそれぞれが喋ってる。その筈なんだけど、重なっててなんか、うん。楽しそうで何よりってかさ……。
「ウソップ、あんた、ほんの数秒前まで……まぁ、良いけど」
「良くねェよ!手伝えお前ら!!」
ゾロの主張が多分今は1番正しい。そんな時、ずっと私を支えていてくれていたロビンがそっと声を掛けてくる。
「ナミ、もう大丈夫ね?」
「ロビン、ありがとう」
「ナミにあんな顔させるなんて……ウソップも罪深いわね」
「ロビン……」
「ふふっ……冗談よ。……ねェナミ、少しずつで良いから、心の荷物を私にも背負わせてね」
ロビンの優しい笑顔に、私は釣られるように笑う。そうして笑い合っていたら、フランキーが何か言ったみたいで帆を畳みながら大騒ぎになる男達。
……ううん、今は〝少年達〟ね。無邪気で明るいその声に、笑顔に、心が軽くなる。
皆が楽しそうに話す間、私は可能な限り邪魔させない為に短剣を振り抜く。風が、いつもより優しく感じられる。
砲弾を斬り捨てながら様子を見ていれば、ガープさんは私が前に出た事で動揺してるのが分かり、少しばかりニンマリとしてしまう。それにしても、剣を奮うなら髪を束ねておけば良かった。
動きに合わせて揺れる髪が、本気で邪魔。そんな事を思う私は、もしかしたら女としては終わってるのかも知れないけれど……。