キッチンのソファに寝かされていたらしいと気付いた時には、サンジ君の姿しか見えなくて……あの突然の睡魔は何だったんだろうと、重い頭で考える。……この、頭の重さは睡眠薬?
でもそれなら、食べ物に混ざってた時点で気付けるし、同じ物を食べたサンジ君が平気で私が寝るなんて有り得ない。少しボーッとする頭で考えていたら、サンジ君がいつの間にか目の前に移動して来ていた。
纏まらない思考のまま顔を上げれば、サンジ君の唇が音を出さずに動く。本当に無防備ですねと。
「サンジ君……何したの?ゼリーには睡眠薬なんて入ってなかったけど、これは明らかに……」
「……1緒に出した紅茶、あれの香りに当てられただけだと思いますよ」
成程、それなら納得だわ。体力切れと合わさってこうなったのね。
そう思ったらホッとして体から余計な力が抜けた。だって……サンジ君に薬を盛られたら、私はこれから何を信じて良いのか分からなくなりそうだったから。
良かったと、無意識で呟けばサンジ君が突然抱き締めてくる。その腕の強さに、体温の高さに少し驚くけど……それに嫌なものは感じなくて、それどころか縋るようなそれに何かあったかなと思う。
だから私はただ、抱き締めて来るサンジ君の温もりを甘受しつつ、問い掛ける。
「どうしたの?また、怖い夢でも見た?」
「……そうだと言ったら、どうするんですか?」
「サンジ君が眠れるように、子守唄でも歌ってあげるわよ」
少し揶揄うように言えば、サンジ君がそれは頼もしいなんて言うから……どうやら本当に眠れない時があるらしいと気付く。本当に、困った人。
「……今夜は、男部屋に行ってサンジ君が寝るまでそばにいてあげるから、大丈夫よ」
「ナミさんって、本当に……」
サンジ君が何を言いかけたのか分からないけど、でももし心配してくれてるのならばそれは大丈夫なのよね。だって今夜の見張りはウソップだから。
「男部屋にはルフィもいるから、何も問題無いわよ」
「……本当に、残酷だ」
え?そう続くの?
その時外が騒がしくなったけれど、それを理由に逃げるのも何だかおかしい気がして、私はそのままサンジ君の腕の中にいた。勿論私の頭がこの時まともに活動してなかったというのもあるけど。
まさかその時、表ではNo.2のボンクレーが来て騒いで帰ったのだなんて、思っても居なかったのだ。
扉を蹴破る勢いで中に入ってきたチョッパーに、私は珍しいと思いその視線を向けると、その事を教えられて慌てて外へ出た位なのだから。そこでゾロが化けられた時の為に対策をとか言い出したので、偽者疑惑が持ち上がった程だ。
仲間である証として描くマークを選ぶ為に、色々と騒ぎになったけれど、結局のところルフィの言葉でバツ印に決まると、ゾロがそれを隠すように包帯を巻いた。それに合わせてゾロが言う。
「怪しいと思ったら、包帯を〝取って〟見せ合う。それが出来なきゃ偽者だ」
その言葉は衝撃で、ゾロは皆に弄られる事となったが、概ね平和だ。そして私達は全員で拳を付き合わせるようにして、仲間の証を再確認する。
その数分後、突然現れたウミネコに食料だと言って3人の男が駆け寄るのを私は眺めて、船の進路を確認する。もう……アラバスタは目前に迫っていた。
夜になり、それぞれが眠る為に部屋に向かった後で私はビビに先に寝るように言って男部屋へと向かう。ゾロとルフィが驚いたように私を見るけど、それ以前に。
「……驚く位に臭いわね。原因はそこの積み上げられてる洋服かしら?」
「ナミー。俺の鼻が変になりそうなんだよー」
チョッパーが泣きながら訴えてくるのを聞きながら、そうでしょうねと思って頭を撫でる。仕方無いわね。
「この様子なら明日にはアラバスタに付けそうだから、今夜は全員お風呂に入ってきなさい。その間にそれ、始末しとくから」
「「え!?」」
ルフィとゾロが嫌そうな顔をしたけど聞きません。チョッパーとサンジ君がこのままだと死ぬわ!
……ウソップは中間に位置してるから、ウソップも苦しんでたんじゃないかなと思えば溜息も出ようと言うものだ。船長とその右腕がこれじゃダメでしょうと、心から思いながらゾロに視線を向ける。
「ゾロ、チョッパーとルフィは能力者だから、お風呂も注意してあげてね。さぁ、早く行く!」
そう言って男達を追い出してから、私は甲板で臭いの元と戦い始める。ついでに開けられる所は全て開けて、空気の入れ替えを行えば、少しはマシになるだろう。
私が洗濯物と戦い終えてそれを干した所で、3人が戻って来た。そして干されてるのを見て感動してるけど……。
「こんなに溜めないで晴れてる時には洗っちゃいなさいよ。どうせ暑い時は水遊びするんだから」
「そうか、その手があったか!」
ルフィの言葉に肩を落としつつ、チョッパーの頭を拭くのを手伝っていたらルフィに首を傾げられた。
「なんで自分の事は出来ねェのに、チョッパーの事は出来るんだ?」
「……五月蝿いわね。ほっといてちょうだい」
ベルメールさんとノジコにもよく言われたのよねぇ、それ。ノジコの髪は癖がなくて、ベルメールさんの髪はコシがあったわ。
そんな事を思い出していたら、ルフィに溜息をつかれる。どうかしたのかと無言で問いかければ、ルフィはそれに気付いて答えてくれる。
「……わかりやすいよな、ナミって。今家族の事考えてただろ」
「なんで分かるのよ」
「蕩けそうな顔してる時は〝ベルメールさん〟か〝ノジコ〟が脳内にいるからだよ。……ホントに勝てねェ」
いや……いくらルフィでも2人に殴り掛かったら、私はルフィを本気で殴り飛ばすと思うのよ。だから、戦おうとしないで欲しい。
そう思って見ていたら、ゾロが慰めるようにルフィに声をかけていた。
「兄貴とかじゃなくて良かったと思っとけ。ナミの場合、血の繋がりはねェんだから」
「……何言ってんだ。ナミには血の繋がらない厄介な兄貴が2人いるし、女だろうが家族大好き過ぎるから、俺としちゃ余裕なんかねェんだよ」
「……大変だな、お前も」
よくわからなくて首を傾げると、チョッパーが私達を見てやはり不思議そうにする。だからよく分からないのよとチョッパーに言えば、チョッパーは何故か納得した様子を見せた。
「ナミは鈍いんだな!完璧な人間はいないってドクター言ってたけど、本当にそうなんだってやっとわかった!」
チョッパー、それはどういう意味?
そう聞きたいのに聞けないままに時が過ぎて、後片付けと仕込みを終えたサンジ君が帰って来た。そして本当に部屋にいる私を見て、1瞬驚いたような顔をしてからはにかんだように笑った。
とりあえず全員にハンモックへ入るよう言って、有名どころの子守唄を何曲か歌いつつ明かりを落とす。ルフィはそれを嬉しそうに聞いていたし、チョッパーは素直に寝てくれた。
ゾロはよく分からねェけど、たまには良いかと笑い、直後に寝たし、残るサンジ君は……狸寝入りだ。全くと思ってそっとその頭を撫でながら、子守唄を歌えばサンジ君からもそんなにしないうちに寝息が聞こえてきて、眠れたようだと分かり安堵の息を吐く。
「ナミ」
突然かけられた声に視線を向ければ、ルフィが真っ直ぐに私を見ていた。
「なに?」
「……サンジから、何か聞いてたのか?」
「眠れてないみたいだったから、少しは役立てるかなって……ダメだった?」
何か良くない事をしたのだろうか。この世界の常識と私の常識に、何か違いがあったとかだと嫌だなと思って問いかければ、いや……とルフィは言ってから私を手招く。それに従って近付くと、俺にも優しくしてくれなんて言うから……頭を撫でながら小さく子守唄を歌えば、ルフィが今はそれでいいかなんて言い出す。
サンジ君にしたのと変わらないのに、何か違っただろうか?
不安に思ってルフィを見たけど、ルフィもそう経たないうちに眠ったので、良かったと思う。お休みと声をかけて、その頬に軽いキスをしてから部屋を出た私は、進路を確認してから女部屋へと帰った。
女部屋ではビビがまだ起きていて、私の出版した本を読んでいた。そしてゆっくりと視線を上げると栞を挟んでから、私に飛び付いてきた。
何事かと思いながら受け止めると、ビビは泡となって消えた人魚姫の話を読んでたらしく、小さく肩を震わせているから……とりあえずその頭を撫でておく。感受性の強いこの子は、泣く事を忘れた代わりに、体だけ震わせているらしいと分かるから。
「ナミさん、消えないで……」
……待て待て!と、聞こえて来た言葉に対して素直にそう思う。
あたしゃ人魚じゃないんだがの。てか、喋ってるし、似てる要素ないし。
「消えないわよ。それに、私が人魚姫の立場なら、騙された王子を見た瞬間に、見る目の無かった自分に絶望して命を絶ってるわ。もしくは、そんな危険物に手を出す前に相手の事調べあげるわよ」
なんで人生を決める大きな決断を、事前調査無しで踏み出したのか。危険すぎるその行為に対して、私はいつも納得出来ないと思っていたのよ。
……っても、ルフィの事よく分からない所だって多いのに、受け入れて傍にいるんだから似たようなもの?
違うわ。私は何かを失ってまで、ルフィの傍に居ようとなんてしないもの。
失ったものがあったら、邪魔になる危険性があるもの。それなら、傍に行こうとなんてしない。
そんな事を考えていたら、いつの間にか眠ったらしいビビに気付いて、頭を撫でる手を止める。人との触れ合いには、ある程度以上に心を落ち着かせる効果がある。
だから治療の事を、手当てと……手を当てると書くのだから。
多少は役立てたらしいと、気の昂りがあったはずのビビをベッドに寝かせてから、その寝顔を観察する。もうすぐ、国に帰れるからね、ビビ。
夜でも構う事なく、船はアラバスタを目指して進んで行く。波間の向こうを真っ直ぐに目指して。