甲板に出るとクーちゃんが寄ってきて、それに手を伸ばせばいつもの様に甘えて来た。なので原稿を渡しながら、返された原稿や金銭を受け取る。
何気無いいつものそれに、フランキーが驚きの表情を見せた。何に驚いているのかと思ったけど、フランキーは私が宝玉だと知ってるけど実感はまだ無い筈なのだと気付く。
……そっか、そうよね。フランキーは今、船に乗ったばかりだものね。
ルフィはそんな中で声を出す。早く始めようと、腹が減ったと。
見れば宴の準備は既に整っていて、今回は何も手伝えなかったなと思いながら、麦酒に手を伸ばす。ルフィでさえ、ちゃんと麦酒を手にしているのだから、必要な事だろう。
「ほんじゃあらためて……!帰って来たロビンとウソップ!!そして、新しい仲間、フランキーと海賊船〝サウザンド・サニー号〟に!!」
ルフィは空いていたもう片方の手にも麦酒を持ち、皆を見渡すように見る。嬉しそうに、楽しそうにその表情を綻ばせて。
「乾盃だァァ!!」
笑い声が谺響する。波紋のように広がるのではなく、爆発するように起きた笑い声。
樽ジョッキをぶつけ合い、宴は開始される。何故か転んで甲板に潰れているウソップもいるけど、そこは気にしない方向で。
「行くぞ、次は!!〝魚人島〟!!」
ルフィの声に、言葉に、皆も笑い出す。ここはとても、温かい。
この空気を、私が話し始めたら壊してしまうだろう。でも、それを
深呼吸してから、爪がくい込む程に掌を強く握り締めて顔をあげたら、ルフィが真っ直ぐに私を見ていた。いつから見ていたんだろうとか、そんな事を微かに思わされたけど、口には出せないで見詰めてしまう。
「……ナミ、話してくれる気になったのか」
疑問符さえ無いそれに、私が頷くとルフィは男の顔とも、船長の顔とも違うのに、何処か大人びた顔で笑ってここで良いのかと聞いてくる。それに私は再び無言のまま頷いてから、ゆっくりと唇を動かした。
「皆に、話しておきたい事があるの」
視線が即座に集まる。私とルフィのやり取りが始まってから、誰も喋ってなかったけど、全員の視線が集まる事に多少ビクついてしまう。
それでも、話しておく事を決めたのは私自身だから。ルフィもロビンも私が〝いつか〟話せる時まで待つと言ってくれた。
だからと言って、それに永遠に甘える事なんて出来やしない。……話すとは言っても、馬鹿正直に全て話す訳にもいかないのは分かってる。
ここは私の読んでいた漫画の世界と酷似しているから……なんて、そんな事は口が裂けたって言えないから、ベックに、ベルメールさんやノジコに、マルコさんに、騙ったのと同じ事を語ろうと思う。黙ってしまった私を急かす事無く待っていてくれる皆に、私は今できる精一杯の笑顔を向けた。
「私は、1歳の時にノジコ……義姉に戦場で拾われて、その義姉ごと纏めてベルメールさん……義母が引き取って育ててくれたの。そして、私は……引き取られた直後くらいからの記憶があるわ」
皆の顔がおかしなものになった。そして、ロビンが呟くように神童と言ったけど、私のは……狡だからなぁって内心で自嘲しつつ、言葉を続ける。
「その頃、私は夢を見たの。……私を拾って、育ててくれた家族にこの先何が起きるのかを、夢で毎日、毎日、繰り返し見たわ」
本当は自ら望んで、忘れない為に、記録に残す為に、文字を学んで必死で書き起こしてたんだけどね。悲しくつらいばかりの未来を変えたくて、ただ……大切な人に生きていて欲しくて。
ノジコの苦しむ未来を変えたかった。ゲンさんが絶望する未来を変えたかった。
ベルメールさんに、まだまだ生きて、幸せになって欲しかった。ドクターに、自分を責めないで欲しかった。
「私が義母に我儘を言って叱られて、泣きながら飛び出して……そこに海賊が攻めてくる。その後……私と姉を庇い、母が死ぬ所を……見続けた」
それを回避したくて、海に出た。せめてお金があれば、ベルメールさんが死ぬ事は無くなる。
そうして私は騙り続けた。初めは身近な人達の未来が見えたのだと、そして、ルフィと深く関わる人の未来が見えて、その人達の抱える過去を知ったのだと言う事にして。
だから皆の過去を知っているし、私は未来で起きる〝エースの死〟を幾度も見た為に、変える為に出来る事全てをやりながらここ迄来た事を語る。そして、エースのその運命が変えられたのかどうかが分からないのだと、そう言ってから頭を下げた。
「……ごめんなさい。皆の過去を勝手に覗いて、知っていて、ごめんなさい。あまつさえ、それを本にして販売してて、ごめんなさい」
「ナミ……」
誰が呼びかけてくれたのか、それとも皆の声が重なっていたのか、それさえも私には判断できない。そんな状態で、私は言葉を重ねる。
「私は、エースを……弟を助けたいの。もしそのチャンスがあれば、飛び出す事もあり得ると思う。だから、我儘だとは分かってるけど皆にそれを許して欲しいの。過去を知ってるだけじゃ無くて、売ってる上で、こんな事を言うのはどうかと思うけど……厚顔無恥も甚だしいと分かってるけど、それでも……許して欲しい。私は、誰も……喪いたくない……!」
そのまま暫く無言になって、誰1人言葉を口には出さなかった。沈黙は長く感じられて、でも多分本当はそれ程長くは無かったんだろうと思う。
「ナミは、ばっかだなァ……」
ルフィの言葉に驚いて顔を上げると、皆も苦笑していて、それに同意するように頷いている。どういう事なのか分からなくて、不安になる。
私だけ、分からない。皆は何も言わなくても伝わってる様子なのに。
「ナミが皆の過去を勝手に覗いてたってもよ、ナミが望んで見てた訳じゃねェだろ」
……望んでたから読んでたのよ。読者としては本当に楽しませて貰ってましたから。
……なんて、言える訳もない。それに、最近本当に頭痛と共に体験に近い形で見てしまうのだから、笑えない。
何も答えない私にルフィは続ける。呆れを隠しもせずに。
「それに……今話してくれた事で互いに過去を知ったんだから気にする事ねェしさ、それがあるからナミはサボが生きてるって俺に教えてくれる事が出来たんだろ。なら、気にすんなよ。本を売ってるのも、家族とか俺達の為なのは、皆知ってんだ」
優しく笑ってルフィは言う。皆も同意するように笑う。
「エースが死ぬような事って俺は想像出来ねェけど、俺が助けに行ったら怒られると思うけど……それでもよ、ナミならきっと助けられんだろ。シャンクスも、ナミに助けられたって言ってた。なら、止めたりしねェよ。……着いてくかも知れねェけどな!……あ、でもよ……」
そう言って言葉を切ってから、ルフィは楽しそうに笑った。翳りのない明るい笑顔は、いつも私の心を癒してくれる。
「ナミは未来を知ってても、知ってる事があっても、俺を誘導したり、この先に何があるとか話したりしねェだろ。それが嬉しい。ありがとう、ナミ」
「……ルフィは、未来を覆す力を持ってる。運命を切り開けるから、教える必要なんて無いもの。それに全てを知ってる訳じゃないし、何よりも……ワクワクできない冒険なんて、ルフィには意味無いでしょ」
私がそう言った時、ゾロが溜息を落として皆が居るのに当然のように私を抱き締めてきた。その事に混乱する私と、騒ぐサンジ君と、ナミを返せと怒るルフィが居る。
それなのにゾロは苦しそうに馬鹿野郎と呟いただけで離そうとしないから、何かあったかなと思い首を傾げた。そんな私にゾロは言う。
「ナミ、俺の事やっぱり誤魔化しただけか。俺は前に言っただろ、お前が未来を知ってるんじゃねェかって」
「あ……!」
「皆、薄々気付いてた。……頭痛で倒れるのも、それが理由だろ」
「うっ……!」
「お前な……俺達は仲間だぞ。それくらい、仲間になったばかりのフランキー以外全員知ってる。何も、変わらねェよ。だから、そんなに不安そうな顔して自分を責めるんじゃねェ」
そう言ってゾロは私を突然突き飛ばすから、バランスを取れなくてそのまま倒れそうになるった所に、ルフィが腕を文字通り伸ばしてそれを支えてくれた。その勢いのまま私を抱き締めてきて、そんな状態で言う。
「ゾロ……ナミを突き飛ばすなよ!」
「返してやったんだから良いだろ」
「……まァ、確かに」
「そこは納得しちゃダメでしょ!?」
思わず口を挟めば皆が笑い出す。知ってた、分かってたと口々に言いながら。
そして、最後に声を揃えて言うのだ。笑いながら。
「「「「「「ナミが話してくれるのを、ずっと待っていた」」」」」」
1人で全て隠して抱えて行くつもりで居たのに、いつから気付かれていたんだろう。そして、皆はいつからそれを待っていてくれたんだろう。
私は何とも言い表せない感情をそのままに、にししと笑うルフィに抱き着いて、ありがとうと呟いた。その背後でロビンが手を広げたのが分かり、首だけそっちに向けてどうしたんだろうと見つめたら、ロビンが悪戯に笑う。
そしてまるで当然のように、言葉を口にした。その声は……酷く、優しい。
「ナミ、ルフィにだけなんて狡いわ。私にも、ね?」
「ロビンッ!」
ルフィから離れて思わずロビンに抱き着いて、ありがとうと言えばチョッパーまで俺もなんて言うから、同じようにチョッパーに抱きつく。それを見てゾロは笑い、ウソップは肩を竦めて、サンジ君が俺もォー!とハートを飛ばした瞬間、サンジ君がフランキーに抱き締められた。
へ?っと思ったら、フランキーが言う。
「ありがとうサンジ!これからよろしくな!」
「だァー!誰がてめェに抱き着かれたいと思うんだよ!?」
「俺、やってもらいたいぞ!フランキー、俺も俺も!」
怒るサンジ君のそれにチョッパーがキラキラとした眼差しで言えば、その場の空気が弛緩する。チョッパーは本当に皆の癒しだと痛感しながら、私はコニスから貰ったハープへと手を伸ばす。
「空気を悪くしたお詫びよ。演奏してあげるわ!……何か
それに声を揃えてビンクスの酒と言った皆に、了解と頷いて私は演奏を始めた。そして、揃って歌い出せばフランキーが懐かしいななんて笑うから、重苦しい空気は既に無く、宴は大いに盛り上がり始める。
風は追い風。1行は1路、海底にあると言う〝楽園〟を目指す!!
その頃それぞれの故郷では、手配書を巡り盛り上がりを見せていたが、それは楽しげに歌い踊る彼らには分からない。それでも、幸せな空気は広がり楽しげに笑う声が谺響していた。
波間の向こうにそれが届く事は無いかも知れないが、その想いは強く深く繋がれたまま。優しい風が彼等と、彼等を想う者達を包んでいた。
エニエス・ロビー編─完
お付き合い頂きましてありがとうございます。
この先は引き続きスリラーバーク編に入らせて頂きます。