ブルックは当然のように私の方を向くと、片膝を着いて問い掛けてくる。共に演奏して頂けますかと。
紳士的なその動きに驚いていた私が、その問い掛けに答えるより早く、皆が当然だと答えてしまうから、私は細く息を吐き出してから頷いた。この流れでは、断る事なんて出来そうにない。
「私は、ドラムで良いかしら?」
「お任せします」
そうしてブルックがバイオリンを構える。このテンポの曲をバイオリンで、初めて見たのに演奏するというのかと息を飲んだ私はおかしくない筈。でも、ルフィはそんな事とは知らずに、無邪気に私達へ問い掛けてくる。
「どっちが歌うんだ?」
「それは、流石に私には難しいですね。演奏するだけで精一杯かと」
こうブルックに言われて、私が歌う以外の選択肢があるだろうか。否、無い。
分かったわよと呟いて、先にブルックに少しテンポやミスしやすそうな所を伝える。それにより、ブルックは空気を変えて即座にいくつもの質問をして来るから、私も必死でそれに答えて行く。
自分の作品では無いからこそ、適当には扱えない。人の作った作品だからこそ、それを元にしているからこそ、原作を適当には扱えないし、扱ってはいけないと思っているから。
「……成程、そうですか。ありがとうございます。……それでは、ギターの方が良いかも知れませんね。変えても?」
「勿論構わないわ。……本当に、何でも演奏出来るのね」
「昔は苦手な楽器もありましたが、今は1通り何でも。時間だけは、ありましたからね。……始めましょうか」
「……えぇ、宜しくね」
私とブルックが楽器を構えれば皆は聞く為に、思い思いの様相でこちらに視線を向けているのが見える。……ノジコ以外の人と音を合わせるなんて……いつ以来かしら?
「〝IMAGINARY LIKE THE JUSTICE〟です」
言葉と共に私はリズムを、テンポを取りながらブルックに視線を向けて音を鳴らす。ブルックはそれに合わせて演奏を開始してくれた。
練習無しの1発本番だからこそ、これまでに無い緊張感が私を支配する。音と同時に歌い出すタイプじゃなくて、本当に良かった。
「ーーー」
この曲は、きっとブルックには痛みが生じると思う。けれどきっと、それでもブルックは選んだのは自分だからと、知らない曲と出会えたからと楽しんでしまうのでしょうね。
私はアーロンに約束を反故にされた時、脆い希望が崩れ去り淡い未来が消え失せたと感じた。けれど、きっとブルックは己の影に負けた時にそう感じたんじゃないかなと思うと、胸が苦しくなる。
「ーーー」
幼かったあの頃、普通ならば当たり前って言えるような何気無い幸福を守りたかった。皆が笑う明日が、訪れない事なんて、私には認められなかった。
「ーーー」
シャンクスに何度も繰り返されたのは、戦い方も考え方も真面目すぎて読みやすいと言う事。正しい事だけをして生きる事なんて、誰にも出来やしないんだって事だった。
「ーーー」
なのに私は忘れてたのよ、あの瞬間。だから、大切なものが何なのかをアーロンに知られてしまった。
それが全ての敗因だったのだと今ならばわかる。私のせいで、皆は必要以上に苦しんだんだって事が。
「ーーー」
ここにいる仲間達は皆きっと同じ。歴史に、世界に見放されて……だからこそ海賊に身を落して生き抜く事を選んだのよ。
「ーーー」
求めたものは全員違うようでいて、結局は同じものだったのかも知れない。それが全て、奪われて……今の私達が存在している。
「ーーー」
誰も……望んでなんかいない
「ーーー」
嗚呼……叶うならソウルキングと呼ばれるようになってからのブルックに、これを歌い直して欲しい。ブルックの人生と合わせて、歌って欲しいと、願っている。
「ーーー」
だから魂に点火して、仲間になって。ルフィもブルックも互いにそれを望んでいるのだから。
求める船長と、求めるクルーが合致するなんて奇跡、早々起きないから。皆も貴方が仲間になる事を、願っているから。
「ーーー」
今、発音可笑しくなかったかな。日本人の感覚が抜けないから、物凄く不安だわ。
「ーーー」
弱さを許されずに、全て1人で解決するしかないと分かってた。だからそうして生きてきた。
「ーーー」
掴もうと足掻いた理想の未来が、叶わなかった現実に絶望して我が身をどれ程呪っただろうか。結果自らに振り下ろした刃で、自らを切り裂いて……それを、止めたのはルフィだった。
被せられた麦藁帽子の感触を、手の強さを、私は忘れる事が出来ないの。泣くしか出来なかった弱い自分が今もまだ、胸の奥で生息している。
「ーーー」
ブルックとは初めて合わせているのに……ブルックは初めての曲なのに、私のそれとズレる事なく見事に演奏している。だから私は多くの想いを込めて、全力で歌う事が出来るのよ。
「ーーー」
だからこそ、発音がおかしいとかだったらどうしようと思う。折角のブルックの才能を、演奏を邪魔してしまって居ないだろうかと……不安になるの。
そのまま入った間奏に、チラリとブルックに視線を向けると私の動きを見ながら演奏してるのだと気付く。ブルックが、私に合わせてくれていたのだと分かり、情けなくて泣きたくなる。
私の方がこの曲を知っているのに、私がサポートするべきなのに、私が合わせてもらっている現実に、切なくなる。心の中で謝罪して、でも私が今更合わせようとしたら多分崩れてしまうから……このまま合わせて貰おうと決めて演奏を続ける。
「ーーー」
私は何度思い知らされただろう。自分が弱いのだという
「ーーー」
想う事、願う事、それだけではどうにもならない事が沢山あるのだと知ってる。意思の強さだけでどうにかなるのなら、今私もブルックも他の皆も、こんな
「ーーー」
そんな中でもしもルフィにあの日救われなければ、私は復讐の鬼と化して、自らを滅ぼしていただろうか。狂っていたのは、その場合、私なのかアーロンなのか。
「ーーー」
皆が助けてくれた事で、救われたのは間違いないけど、言い方を変えれば……私はあの日、あの時、死にぞこなったのよ。だから私はこの命は、ルフィの為に使うと決めているの。
「ーーー」
世界樹は天を支え、天界と地上、更に根や幹を通して地下世界もしくは冥界に通じているという。それならば、それの葉を食べていればきっと、どんな事も不可能ではない。
だからそれを食べていたら、それ信じて動き回り……後に踊らされていたと気付くのかな。それならば、そんな物は必要無い。
「ーーー」
私はただ、目の前にいるこの愛しい命を未来へ運べたならばそれだけで構わないの。過去はもう打ち捨てたのに、絡み付いてくる残像から今も抜け出せない弱い自分が何よりも憎い。
「ーーー」
もう少し、発音の練習しないと。もしくはもう、この歌は歌わずにブルックに任せるかしかないわね。
間奏に入り、自分の発音の乱れに絶望する。もう少しどうにか出来たんじゃないかなと自分で思うから、余計に。
「ーーー」
去って行こうとする大切なものに手を伸ばして、なのにその手が掴めたものなんて無い。私の手では、私の力では、誰も、何も、守れた事なんて無い。
「ーーー」
せめて今ある大切なものだけはと抱えてみるけど、それさえ上手くいかなくて、結局いつも最後はルフィに頼ってしまう。私は、足手纏いになってしまっている。
「ーーー」
それを変える為に必要なのは、自分の
「ーーー」
その為ならば、私は禁忌に触れる事も厭わないし、足が砕けたって走り抜けて見せる。それぐらいの覚悟は……出来ているわ。
間奏に入り、けれど、汗を拭う事も出来ない。アップテンポな曲だし、初めて合わせてるのもあって、疲労と緊張から汗が流れる。
ドラムってだけでも全身運動なのに、そこに更にいくつもの条件が重なった時点で、こうなる事は分かってたけど……シャワー浴びたいわ。
「ーーー」
嫌味としか私には思えないこの歌詞が、ある意味真理なのかも知れないと思わされた事が何度もある。時代と共に変わる言葉が、歌詞の意味を複雑にしている。
「ーーー」
サビに戻り、想いを込めて歌う。弱さを許されない世界で、生きる事を決めたのは自分自身。
「ーーー」
それは、けれども他に選択肢なんてなかった結果なのよ。だからこそ、我が身を犠牲にしても構わないと思ってしまう位に、皆が大切なの。
「ーーー」
仲間の為なら、臆病でなんて居られなくなる。いざとなった時に頼れる、頼られる相手だから、普段はどんな事でも許しあえるのだから。
「ーーー」
答えのない未来が怖いなら、自分で今を刻み込めばいい。それが即座に過去になっても、刻み込んだものは消えはしないのだから。
「ーーー」
海軍や七武海が正義だと言うのであれば、それと戦う覚悟さえあれば良い。彼等が世界だと言うのならば、世界なんていくらでも敵に回して構わない。
「ーーー」
ウソップを守りたいと願った。ロビンを傷付けたくないと祈った。
ノジコを、ベルメールさんを苦しめたくないと叫んだ。でも、空っぽの筈の私の手は、何1つ守る事が出来なかった。
「ーーー」
どうしても守りたいものがあるならば、その場所が死に場所と心得る位の覚悟を持たないといけないのだと、これ迄に私は学んだ。……もう、誰も失わない為に、私は全力を尽くそう。
「ーーー」
私の振りかざすそれが、偏っていても何でも構わない。盲目的な考えだと罵られてもいい。
「ーーー」
私は、大切な人を喪ってはきっと生きてなんて行けないから。乗り越えるなんて、出来そうもないから……だから、足掻くと決めているのよ。
歌が終わり、ラストの所を演奏して、私の演奏部分が終わった。それから漸くブルックの演奏も終わりになる。
流れる汗で楽器を駄目にしない為に少し離れてタオルで汗を拭えば、フランキーとブルックの視線が突き刺さった。他の皆は慣れたもので、いつもと変わらないけど、この2人はこんな私を知らなかったのだから当たり前かもしれない。
ブルックは私に礼を述べてから、次は私1人でと言って自分の得意な曲を演奏しようとギターを片付け、代わりにバイオリンを顎に挟んだ。何を演奏してくれるのかと、胸が期待に疼く。
嗚呼、ブルックには幻想のピアニストも似合うかも知れないわ。今度、譜面に起こしたら渡してみよう。
私はサンジ君に差し出された飲み物を口にしながら、その様子を眺めつつそんな事を考える。それと同時に、ブルックは骨なのに体力多すぎだわと内心で笑っていた。
ブルックが新たな仲間として加わるのは、もう少し時間が必要だと分かっている。けれど、今この瞬間を私は大切にしたいと切に願っているの。