船を陸につけた瞬間、ルフィが空腹に耐え切れずに泣きながら船を飛び出して行った。ここはナノハナと言う湊町である。
私達はそんなルフィを当然見失い、呆れを全面に押し出した面々が海岸へと降り立った。そこにはMr.3の船もあり、気を抜けないと皆で確認する。
ここでとりあえずは目立たない普通の服と、これから先必要な物資を調達する事になった。船に積み込むべき買い出しは、この場合最低限に留めて他は後回しにするしか無い。
この暑さだもの、買い込んでも腐ってしまうのは分かりきってる。出発直前に買い込まないと無理があるわよね。
まずはサンジ君が衣服を買いに行くのを待って、それに着替えたら行動を開始する事となる。途中すれ違う裕福そうな人や海賊がいればスリをしているけど、ルフィの食欲を考えると収入は少し心細い。
「それにしても、本当に暑いわね」
私の言葉に皆が頷くが、私の脳内はそれどころでは無かった。降りた瞬間に襲い掛かってきた頭痛が、久々に記憶を呼び起こして知識を与えてくれているからだ。
それによりもたらされた知識は、ちょうどここに至るまでの部分。その知識によれば、ここで買い出しを終えたメンバーの元へ、ルフィがケムリンに追い回されながら姿を現す事になっている。
そして、現時点ではロギアに対応出来ない私達を本来ならば、助けてくれるのがエースと言う事になっている。けれど、サッチを生かすための手紙を何度も書いた事で、恐らくはサッチの命は助かっているだろうから、飛び出す理由を無くしたエースは船に留まっている筈なので、その助けは期待出来ない。
……ドラム王国はあの戦いがあった事から見ても、ティーチは生きて原作通りに動いているのだとわかる。けれど、それを追う必要の無いエースはここに現れないし、現れてはならない。
そうなるとその場で対応出来るのは私だけかと、早く頭痛をどうにかしなければ戦いにならないなと思う。エースが生きていてくれるのならば、この程度の苦労は、既に苦労のうちに入らないと口元には自然と笑みが浮かぶ。
頭痛に耐えながら会話をして、日陰になっている所で休むとゾロが飲み物を差し出してきた。それを受け取れば、心配そうなゾロと視線が絡む。
「ありがとう」
「頭痛だろ。少し休んでろ」
その言い方は素っ気ないけど、そんな心配そうな顔されては文句なんて言える筈も無くて、もう1度ありがとうと繰り返してから飲み物を口にする。私の頭痛が落ち着いた頃、ゾロが前を見据えたまま視線を私に向ける事無く、問い掛けて来た。
「ナミのその頭痛、何が原因かは分かってるのか」
「偏頭痛よ。理由は気圧の変化に弱い体質だからって所ね。でも、死なないから大丈夫よ」
「……この気候でか?」
「光が強過ぎても、急激に乾燥したりしても起きる事はあるのよ。何もおかしくないわ」
私は皆に、知識が手に入る弊害だなんて言うつもりは無い。それに頼られても困るし、疑われたら立ち直れないし、いい事はないもの。
実際医学的に原因不明で解決策の無い、けれども頭に痛みがあり、それにより目眩や吐き気を伴う事のある、命に関わらない物が偏頭痛なのよね。だから、人によって症状も違うし、偽るには都合がいい。
実際今の私の症状だと、多分健忘症による記憶回復時の弊害頭痛とかって扱いだろうけど……健忘症も種類が多いし、それこそ治療なんて出来やしないんだから仕方無い。事故の瞬間だけを忘れているようなものも健忘症だし、事故の数日前からの記憶が失われるのも健忘症で、その健忘症の前につけられる名前が少し変わるのだ。
ちなみに、ドラマ等でよくある名前も何も分からなくなって、でも、ベッドやコップ等の物質の名前を覚えている、ここは何処?私は誰?って言う記憶喪失の代表選手も、当然だけど健忘症。確か……全生活史健忘症って名前だった筈。
だけど偏頭痛の場合は、鎮痛剤や酔い止め飲んどくのが1番の解決策なのよね。そして、健忘症で使える薬なんてものは存在しないのだから、どうにもなりはしない。
それにしても、どうしたものかしら……。
この後確実にルフィは海軍に追われながら姿を見せる筈だし、皆には逃げて貰ったとして私が残る言い訳を考えなくちゃ。覇気については1度話したけど、ビビとチョッパーには話してないから、多分1緒に残ろうとされる。
それは今の私から見たら本気で困る。特にこの国の姫であるビビが、海賊と共にいるのは不味すぎる。
「とりあえず、ルフィが〝騒動を起こさずに〟いられる筈ないから、いつでも逃げられるように準備してて。もしもの時は、私が時間稼ぐから」
「……それなら、俺かコックが残るべきだろう」
「ゾロは帰れなくなるし、サンジ君は今回買い物頼んだでしょ。私なら注目集めてから、姿眩ませて帰れるもの。私が1番安パイよ」
ゾロの言葉にそう返して、何とか納得してもらったけど、ビビは嫌そうに眉間にシワを寄せている。何か私を説得する方法でも考えているらしいと、その様子から分かるけど私こそここは退けないわよ。
「ビビは特に、さっさと船に戻ってよね。姫が海賊と1緒にいたとなれば、この国が海軍に狙われる事になるんだから」
「……ナミさん……私……ナミさんを犠牲にできない!」
「ならないから!犠牲が出ない唯一無二の方法だから、これ。いい子にメリーに帰っててちょーだい!」
抱き着いてきたビビの背中を軽く叩きながら言えば、ゾロが連れて帰ってやると言ってくれて、ウソップも任せとけと苦笑している。ウソップの協力のもと、技の発動準備時間が短くなった事で隠れたりするのに、距離を稼がなくて良くなったのは大きな利点だ。
その後サンジ君が帰って来て、ウソップが事のあらましを説明しつつ、サンジ君の用意してくれた物に着替える。着替えを済ませてから、まだルフィが戻っていない今のうちに、手分けして買い物を済ませてしまい、ルフィを見付けたら全員で逃げようと話して頷き合う。
その為の費用をそれぞれに渡して、分担して買い物に向かう。食料品の買い出しは今度とは言え、全くなしでは困るのでサンジ君とビビに食材の買い出しを頼む。
ビビがいれば当然カルーもいるから、荷物持ちに適しているのが大きな理由。他の足りなくなっている消耗品の買い出しをウソップとゾロに任せて、医療品や書籍の買い出しをチョッパーに任せる。
私は今後のために種とか苗とかを購入出来たらする。無理ならしんがりを務める可能性を考慮して、身軽でいる事を求められた。
それぞれの買い出しが終わり合流したその時、大声で私達を呼びながら、海軍を引き連れてくるルフィを見て、私達は揃って頷くと同時に駆け出した。様子を見て必要なら残るからと言った私に、皆が声を揃えて無理はするなと言ってくれるから、笑みが零れる。
優しさに支えられて、包まれて、私は漸く前を向ける。エースの助けが無くても、今の私ならアラバスタ近辺の海軍になら負ける筈も無い。
そう思って微かな笑みを浮かべた時、聞こえてはいけない、聞こえる筈のない声が聞こえてきて、私の足はピタリと縫い付けられたように止まってしまう。
「陽炎!」
まさか、そんな……馬鹿な事が。なら、サッチ隊長は死んだの?
手紙は、無駄だったの?
未来は、運命は、どうあっても変えられないの?
「「エース」」
ルフィと私の声が重なり、エースは余裕の表情で振り向くと笑った。そして迷う素振りも無く、エースはルフィに声を掛ける。
「変わらねェな、ルフィ」
そう言って笑うエースに、私は血の気が引いていくのを確かに感じた。それからエースは私に視線を向けて、戸惑うように声を掛けてくる。
その表情が、揺れる瞳が、エースの動揺を表現している。私はそれを受けてなお、こみ上げる怒りと絶望に身を震わせるしか出来ない。
「ナミ……?」
「そう、よ。久しぶりね、エース」
エースは息を飲み、帽子の鍔で顔を隠すと背中を向けた。その背中には白髭のマークがある。
……ねぇ、どうして飛び出してしまったの?
私は、エースを死なせたくないのに。どうして、こんな所にいるの?
「とにかくコレじゃ、話も出来ねェ。後で追うからお前ら逃げろ。こいつは俺が止めといてやる」
その言葉に私は色々なものを振り切って、ルフィに声を掛けてから駆け出す。泣いてる暇も、戸惑ってる時間もない。
そこから無言で、無心で走った私は皆を追い越して1番最初にメリーに戻っていて……その勢いで女部屋へと入ると机から便箋と封筒を取り出す。
その便箋に私は迷い無く筆を走らせる。長い事この世界で生きてきて、筆記体で書く事にも慣れた。
執筆する時は読み間違いを防ぐ為に筆記体は使わないようにしてるけど、他は筆記体をメインに使ってる。だから今も迷う事も無く、手は筆記体で文字を連ねている。
今アラバスタにエースが居る事、直前にエースが飛び出しているのならばドラム王国を経由してアラバスタにいる筈だから、捕まえて連れ帰るようにと書いておいたのに、どうしてと。そもそも、何故サッチ隊長を死なせたのかといった事を書きなぐる勢いで……。
このままではヤミヤミの実の恐ろしさを知らない白髭の皆さんに勝ち目は無いと、そう綴って終えた手紙に蝋を落とし封をした。それを手に表へ出ると笛を吹いてクーちゃんを呼び寄せて、手紙を託そうとした時、私の手首を掴む人がいた。
……気配は感じなかった。この匂いは知らないし、この手の感触も知らない。
仲間じゃない男の手に、相手を確認せずに私は回し蹴りを放つ。皆が帰った時、知らない奴に船に居られたんでは出港の妨げとなる。
私の手から手紙をもぎ取りつつ、すっと回し蹴りを躱しながら離れたその人物を見て、顔が青ざめたのが自分でわかる。……何故、ここに居るの?
確かに連れ戻せと書いたけど、なんでエースじゃなくて私と接触なのよと、叫びたい気持ちになり……奪われた手紙がその手にあっては不味いと、慌てて取り返そうと飛びかかる。
「返して!それは……!」
「……俺宛の手紙だろぃ?」
冷静な瞳が私を貫くように見ていて、その口調と姿から別人である可能性は完全に潰えた。覇気を纏わせたクリマタクトを手の中で回転させて、電撃を纏わせながら急所を狙う。
首、目、鳩尾、脛、その全てを躱され……けれども掠った時にその表情が愉しげに歪められたのを見て、ゾクリとした戦慄のようなものを覚える。何故かは知らなけど、何か琴線に触れたらしく、ロックオンされたのだと気がついたけれども、その実力差に震えるしか私には出来ない。
そもそも、四皇のNo.2に勝てる筈が無いのよ。私がベックに勝てる筈ないのと同じ理屈。
……それでも、手紙を取り返さなければ色々と不味い。私が送り主だとバレたら、間違いなく厄介な事になると言うことだけは確実なのだから。
受身を取って勝てる相手では無いし、躱す事だけは1流とか言われてもこうした時勝てた試しはこれまで1度もない。攻撃に回った私の弱さは、嫌という程理解してる。
それでも、ここで手紙を諦める訳には行かなかないのだから、どうにか取り戻さなければと私は無謀にも勝てる筈も無い相手を睨み付けた。