被害者の会の人達も、私達も、ルフィの命1つで助けて貰えるとの言葉に、1瞬声を失う。恐らく何を言われたのか理解出来ずに。
「仲間を、売れってのか……」
ウソップが地を這うような声で問いかけるも、熊は平然と言葉を繰り返す。まるで当然のように。
「さァ……麦藁をこっちへ」
何を言うのか、と。何を分かりきった答えを言っているのかと。
私達の答えは揃った。誰1人他の言葉は口にしない。
私達はそれ以外の答えを持ち合わせては居ない。だから、乱れる事なく返答は揃ったのだ。
「「「「「「「「断る!!!!」」」」」」」」
何人の声が重なったのかさえ、既に分からない程に重なった声は、想いは、熊には何1つ響く事は無い様子である。それでも、例え死んでもルフィは渡さないと全員の想いが1つになった瞬間だった。
残念だと言う熊の言葉を聞きながら、私達は例外なく爆発に巻き込まれる。その時私は咄嗟に、ルフィに飛び付いていた。
「
ルフィの上に瓦礫が降ったりしないように、そして後から探されても私が邪魔で見えなくなるようにとルフィを強く抱き締める。いくらゴムでもここまで弱っていたら、何があるか分からないわ。
そうして私は、ルフィに抱き着いた状態で爆風に飲まれた。強過ぎる衝撃の中で、鼓膜が破れなかった事はある意味奇跡だろうか。
爆風の後、静寂が戻る。私は瓦礫の下にいるらしいと気付いて、抱き着いたままになって居るルフィを見ると、ルフィに怪我が無くて……良かったと思い息を吐き出した。
瓦礫と私の下にいるから、最悪ルフィをこのまま隠せたら良いと願いつつ、それが叶わない事に私だって本当は気付いていた。でも、その奇跡に縋りたくて、ルフィを守りたくて強くその体に絡み付く。
誰かが歩いている足音が聞こえて、それ以外は風の吹き抜ける音が聞こえるだけ。その足音が止まり、心臓が嫌な音をたてるのがわかる。
体にあったその重みが消えて、瓦礫が退かされたと解る。だからこそ、私はルフィの首に強く抱き着く。
離さない、例え死んでも離れるもんか。ルフィの事を、たまには私が守らなきゃ。
守られてばかりの私だからこそ、たまには……こんな時くらいは私が守らないと、何の為に1緒にいるのか分からなくなる。ルフィの役に立ちたいのに、私はいつも足手纏いになって、心配掛けて、守られてばかり。
同じように弱いと認識されてるウソップやチョッパーは、私のようにこんなにも守られてなんかいない。なのに、私はいつも例外なく皆に守られている。
情けなくて、悔しくて、体が小刻みに震える。弱くてもなんでも、私はルフィを、守りたい。
影が上から降り、その大きさから恐らく熊だろうと推測するも、ルフィに抱きついてるしか私には出来ない。その時、聞きなれた声が技名を口にするのが聞こえた。
「
その後に爆発音が聞こえて頭を上げれば、ゾロが必死で戦っているのが見える。放たれたビームにより鉄が溶け、それを見たゾロが絶望的な声を出す。
「パシフィスタってのが何なのかは知らねェが、この強度と威力……それに加えて〝能力者〟か。……希望を削がれた気分だ」
倒れていた状態からゾロが再び体を起こすまで、熊は静観している。本当にただ、見定めているとでも言わんばかりに。
ゾロは熊と戦い、そして……勝てないと悟る。だからこそ問いかけた。
「どうしても……!!ルフィの首を取っていくのか……!?」
「…………それが、最大の譲歩だ」
ルフィは眠っている。ゾロが会話を続けている中で、私はルフィを抱いて逃げられるかと足に力を入れようとして、上手く動かせない事に気付く。
……あ、爆発の時、足の骨が逝ったかな。でも、ルフィを守る為なら、覇気を纏えばもしかしたら少しは……。
痛みを感じる余裕も無いのか、痛みは認識できないのに動けない。動かない足に苛立っていたその時、ゾロの声が聞こえて来た。
「わかった。首は……やるよ。…………ただし身代わりの……この俺の命1つで!!勘弁して貰いてェ……!!!」
ゾロの突然の言葉に息を呑む。今私がルフィを抱いて逃げても、間違いなく捕まる事は本当は分かってる。
だからそんな選択肢は本当はないのだと分かるけど、だからと言ってゾロを喪いたくもない。時間稼ぎにしかならないのだとしても、1分でも1秒でも永くルフィに生きてもらう為に、私はどうしたらいいの?
どうすれば〝誰も喪わず〟に済むだろうか。私の〝宝玉〟の名前が役立ったりしないだろうか。
答えは誰にも教えては貰えない。ただ、分かっているのは何もしなければ全て喪うと言う事だけ。
「ルフィは、海賊王になる男だ!!」
覚悟を決めて決意を宿したゾロの言葉に、泣きそうになる。泣いてる場合でもないし、泣いても何も解決なんかしないのに……!!
そんな時に他の足音が聞こえてきて、それがどうやらサンジ君だと解る。サンジ君もまた、仲間を守ろうとしているのだ。
長く感じる交代劇の言葉の最後に、サンジ君はゾロに話し掛けた。私の意識がある事に気付いていないのか、それとも最期に全てを託す事が出来るのはライバルであるゾロだと思ったのか、それは分からないけど……。
「……おい、皆には……宜しく言っといてくれよ。悪ィが、コックならまた探してくれ……!それまではナミさんも居る。正直、船の事は彼女がいればどうにでもなるだっ」
その言葉が途中で途切れる。続いて聞こえたサンジ君の言葉に、ゾロがサンジ君を気絶させたのだと解り、何をしているのかと思うけど、意識が……霞む。
何も出来ないならば、ルフィを守ろうと私は成り行きを見守りつつルフィに抱き着く腕に力を込める。死んでも離さないし、どうにもならないのならば、私は……ルフィと共に逝く。
ゾロが武器を捨てた音が聞こえて、熊がそれに続くゾロの言葉に了承したのが分かった。けど、ゾロが何を言ったのか既に私には聞き取れてはいない。
それなのに熊はルフィを私ごと持ち上げるので、私はルフィを渡さないと、せめて共にいると誓ってしがみついていた。瓦礫が頭にでも当たっていたのだろうか、意識が朦朧とする。
熊は何かを言ったようだけど、よく分からない。その直後ルフィから飛び出した何かが、私を通過して行く。
その通過の衝撃で、私は悲鳴を迸らせる。すると、消えかけていた意識が覚醒するのが分かった。
苦しいとも、痛いとも、熱いとも言えるようでありながら、全く違った物のようにも思える。なんと表現するのが正しいのだろうか?
マイナスの表現全てが混ざり、何だか分からない激痛と苦痛と疲労に体が勝手に吐血する。擦り傷でしか無かった筈の所は裂けて、激しく流血し……吐血してもやまないそれの中で、ゾロの声が響く。
「熊!俺の命をやると言ったんだ!ナミに……仲間には、手を出さないでくれ!」
「離れないのは〝泥棒猫〟の意志だ。〝麦藁〟には手を出していない」
熊の言葉にゾロが吼える。でも、自分の呼吸音が邪魔で、その上貧血と酸欠とで意識が保ちにくいから、言語として聞き取りにくい。
ルフィは、何もされてないの?
ルフィは、無事なの?
「ナミが身代わりになったりしたら、俺が生き残ってもルフィに合わせる顔がねェ!頼む!ナミに手を出さないでくれ!!」
ゴホッと呼吸と共に血を吐きながら、ルフィにしがみついていたけど、大き過ぎるダメージに私の腕は勝手に震える。力を込めている筈なのに、ルフィから離れて、私の体が勝手に落ちていこうとするのを必死で耐えるしか今は出来ない。
「……俺にとっても、ルフィにとっても、ナミは自分よりも大切な存在なんだ!頼む!ナミだけは、これ以上傷付けないでくれっ!!」
霞む視界の中でルフィを見ると、ルフィはまだ眠っていると分かる。大切な、愛しい人……。
私の全てを犠牲にしても、犠牲だなんて思わないだろうって位……大切なの。なのに、どうしてかな……力を入れている筈なのに、ルフィが遠ざかって行く。
自分の腕に力が入っていなくて勝手に落ちているのだと分からず、私は瓦礫の上に転がった。それにより落ちたのだと分かり、それでも、言葉を向けてルフィの命を守ろうと言葉を向ける。
「ルフィ……に、も、仲間……にも、手は……」
出させないと続く筈だった言葉は、言葉にならなくて、何が起きたか分からないけど、身体中から溢れた自分の血液で作られた水溜りならぬ血溜まりの中で、私の意識は落ちていく。その時、ゾロの悲鳴とも慟哭とも分からぬ声が聞こえた気がした。
「ナミッ!!」
そっとナミの首筋に触れたゾロは、生きている事を確認してホッと息を吐き出す。それを見て熊は言葉を放つが、その表情にはなんの変化も見受けられない。
「お前には、地獄を見せる……!!」
「今以上の地獄なんざ、俺にはねェよ……!!」
思わずと言った様子で叫ぶゾロの目の前で、肉球形の何かがルフィの体から弾き出される。それを見ているゾロは、表情を引き締め直した様子でその場に立つ。
騒いでも何も解決しない事を、長く1人で旅をしていた男は理解出来ている。大切な者全てを守れるのならば、力不足な己の身1つ位差し出す事にゾロはなんの躊躇いもないと考えていた。
「今……こいつの体から弾き飛ばしたものは〝痛み〟だ。そして〝疲労〟」
そうして説明を開始した熊は最後に死に至ると断言して、試してみろと言う。それにより飛ばされて来た物にゾロは視線を向けるも、逃げたり避けたりする事は無い。
ただ、それが体に触れた瞬間に身体中を駆け巡った衝撃に叫び、その場で崩れ落ちる。それから血溜まりの中で意識を失っているナミを見て、獰猛な笑みを浮かべた。
これを忠告の1つさえ無い中で受けて尚、ルフィを守ろうとしていた姿に瞳を揺らす。そして誰にも聞こえない程度の声で、かなわねェな……と呟いたその真意は、ゾロ本人にしか分からないだろう。
ゾロは熊に視線を向けて、荒い呼吸の中で問い掛ける。微かに震えているその声は、動揺がもたらした物だろうか。
「ナミが耐え切ったのは、そこにある弾き出された物のどの程度の量なんだ?」
「1割か、2割程度だろう。……どうだ?」
「……場所だけ、変えさせてくれ」
熊はその言葉に従い移動を許してくれる。ゾロはそれに素直に感謝して、ナミに小さく言葉を落とした。
「ナミ……死ぬなよ……」
その言葉がナミに届く事は無いと分かっていて、それでも声に出してしまう程度には、ゾロにも既に余裕が無い。これだけ多くの負担を抱えていたルフィを想い、仲間の為にと立っている事も困難な状態で仲間を庇おうとしたサンジを想い、最後迄ルフィを守ろうとしたナミを想い、ゾロは薄く笑みを浮かべた。
ゾロが呼吸を整え迷いを消し去り両手でその衝撃に挑みかかるのを見て、熊はその場を去る。その場にいる者の大半が、下手をすれば全員が〝生きている〟事を承知の上で。
「良い仲間を持ってる。流石は……あんたの息子だな。……ドラゴン。……泥棒猫が、死ななければ良いが……」
立場からの言葉なのか、熊の中で何か理由があるのかは分からないが、そっと呟かれたその言葉は波の音に掻き消され、誰の耳にも届く事は無かった。それでも、その祈りだけはその場にひっそりと残されたのかも知れない。
熊が去って後、被害者の会のメンバーや麦藁の1味が次々と眼を覚まして動き出す。そして、自らの体が軽くなった事に驚き喜ぶルフィだったが、飛び跳ねて着地したその時ピチャリと言う音と感触に驚き思わず視線を向ける。
そこには、血溜まりに沈むナミの姿があり、ルフィは動きを止めた。そして、ゆっくりとその体に触れると、恐ろしく体温が下がっていて……。
「っ!!チョッパーッ!!すぐに来てくれ!頼む、チョッパー!ナミが!!」
ルフィの絶叫により麦藁の1味が飛び起きたのは言う迄もなく、飛び起きたチョッパーはその惨事に治療を即座に開始した。その中でサンジは揺れる視界の中ナミの惨状を見てから、フラリとしつつ体の向きをクルリと変えふらついた足取りで脇腹を押さえつつ動き出す。
「何が、あったんだ……?どうして、ナミさんが!?……マリモは!?」
サンジは慌てて探し回り、ゾロを見付けると同時に目の前に広がっている光景を目にして叫ぶようにゾロへと詰め寄る。それにゾロが何も無かったと応えるのを聞いて、サンジはゾロをチョッパーの元まで運ぶ。
「チョッパー!悪ィ!もう1人急患だ!!」
「ゾロ!?……この中に船医は居ないか!?手伝ってくれ!!頼む!!」
咄嗟に医者ー!と叫ぶのでは無く自分をメインに置いての助手を即座に求めたチョッパーの呼び掛けに応えて、数人がフラフラと動き出した。そんな中でルフィ、サンジ、ウソップ、ロビンは苦しそうにその表情を歪ませて意識のない二人を見詰める。
チョッパーは必死の形相で治療を開始して、フランキーは悔しそうに何があったんだと瓦礫に怒りをぶつける。そんな中で、ブルックだけが顔を背けて小さくその身を震わせていた。