そんな挨拶が終わると同時に、スっと立ち上がり移動を開始したロビンに皆の視線が集まる。それに最初に反応したのがフランキーで、渡すのか?なんてわかってる風に聞くのに対して、ロビンは微笑み頷いた。
それからブルックに紙の束を渡して、確認してなんて言う。それにブルックは微かに首を傾げてから手を伸ばして、直後にロビンにその顔を向けた。
「これ、は……」
「仲間になれば好きなだけ見て、演奏しても良い。そう言うお話だったでしょう?仲間になるだろうと思っていたから、持ってきていたのよ。麦藁の1味が世界に誇る天才作曲家の作品よ。とは言え、半分程だけど」
「これを……演奏しても、良いんですか!?」
「「「「「当然だ!!」」」」」
ブルックが震える声で問い掛けると、男達……ルフィ、ウソップ、サンジ君、チョッパー、フランキーの声が重なり、ブルックはその手を震わせながら楽譜を見ている。初めはゆっくりと、途中から本当に見てますかって速度で捲っていき、突如顔を上げると1直線で私の元へ歩いて来た。
「ナミさん!」
「はい!?」
思わず裏返った声で返事をした私の手を取り、指先にそっとキスをするその仕草は、明らかに騎士が姫に忠節を誓う時の動作で……。そういや、この世界って日本じゃなくて西洋方式が主流だったわねと、少し現実逃避してしまった私は情けないのだろうか?
ベルメールさんの得意料理もフランス料理だったし、ヤシの木が生えてる村なのに料理はフランス系だったわね。そんな風に思考だけ逃げていても、現実も現状も変わりはしない。
「共に、演奏して頂けますか?」
「歌は、ブルックが歌ってね。流石に体力が持たないわ」
内心でチョッパーに怒られたくないしと付け加えながら笑って答えれば、ブルックは成程なんて言ってから、では少し練習兼ねてバックミュージックとして演奏してから、もう1度お願いしに来ますなんて言う。だから私は少し調子に乗って、お待ちしてますわなんて気取って返事をしておく。
何曲も、練習と呼ぶには烏滸がましいようなレベルの演奏がなされて行く。歌声は無いけれど、数曲気になる物を演奏して試しているのだと分かる。
それを聞きながら、私はロビンにお願いして描きかけだった譜面を持ってきて貰うとペンを走らせる。ブルックを見ていたら、仕上げたくなったのよね。
この歌は、ブルックと合うような気がしたから。……1曲くらいなら、歌っても体力持つかな?
「チョッパー……」
「……アンコール、受けないって約束出来るか?」
声を掛けるとチョッパーが胡乱な視線を向けて来た。信用は皆無な様子だけど、アンコール受けなければいいと言うなら、受けないわ。
「うん。頑張る」
「……ルフィが強請っても駄目だからな!」
チョッパーの言葉にビクリと体が震える。だって、ルフィが言ったら、そりゃ……でも、ブルックに向けて歌いたいなって思ったんだもん。
「うん。……頑張る」
「……不安だ。でも、ブルックが仲間になったお祝いなら、しょうがないかな。でもなァ」
チョッパーからのGOが出ないので、私はゾロが目覚めてからの宴で歌うようにしましょうか?なんて妥協案を提示してみた。それによりチョッパーがそれならいいゾって笑ってくれたので、その時に歌う為に曲を描いていく。
海に関する歌だからというのもあり、きっとブルックも皆も受け入れてくれる。脳内で何度も間違えないように歌ったりしながら楽譜に直して、描けた所を見直しつつ脳内で歌うのを繰返す。
私のペンが完全に止まるのとほぼ同時にブルックが声を掛けてきたので、私はブルックへと視線を向ける。それの直後再び共にと誘われれば、どれを演奏するつもりなのかと確認するのは至極真っ当な事だろう。
選ばれた曲は『雫』で、確かワンピースではない、別なアニメの主題歌だったなと思い出す。あぁ……思い出した。
原作の中盤までをアニメにしたのだったかしらね。原作小説が好きで、だからこそ映像化された時は嬉しかったのをふと思い出しながら頷く。
部屋の隅からドラムを用意して、ピアノの前に座るブルックに任せるとの意志を持ち頷く。ブルックはそれに対して表情は分からないけど、何だか嬉しそうに頷かれたから多分そうなんだろうと思う。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
ブルックが足と声でリズムを取るから、私もそれに合わせてリズム取り、演奏を開始する。僅か数音で歌が入るこの曲をいくら天才とはいえどもブルックは演奏しながら歌えるのかな。
「ーーー」
ブルックの歌声が聞こえて来て、呼吸が止まるような衝撃を受ける。聞き馴染みのある音楽なのに、初めて聞くような、そんな気持ちにさせられてしまう。
「ーーー」
実際ブルックが背中に翼を背に持たない事を知っているのに、歌い出しのそれを聞いて、ブルックの背に翼があったのではないかと思わされる。彼が亡くした多くの存在は、きっと彼の心にあった翼を失わせていただろうと思うから。
「ーーー」
そうして最初の間奏に入ると、私は演奏を無意識で続けていたと知る。ブルックは演奏しながら歌う。
その姿が生前の彼ときっと何も変わっていないのだろうと思えば、少し笑えて来る。新しい仲間と先へ進む覚悟を決めた彼は、きっと誰よりも強い。
「ーーー」
昼間は赤潮と呼ばれる存在も、夜になれば夜光虫と呼ばれるようになる。月が姿を隠す頃、夜光虫はまた赤潮に戻るのだけど、それは月に気づいて欲しくて光っているのかななんて……そんな事を考えてしまう。
「ーーー」
きっとそんなどうでもいい事でも考えながら過ごしていた事もあっただろうなと思えば、続く歌詞をどんな気持ちで歌っているのかと考えさせられる。手を付けられない、何も出来ない1日が何度も……数えたくない程に繰り返されて居たのだろうと思えば、泣きそうになる自分を自覚する。
「ーーー」
どれ程重要な人が居なくなっても、世界が終わる事は無い。それは、誰であっても同じ事。
海賊王が死して尚、海賊が滅ぶ事無く、寧ろ増えた現実があるように、きっと誰が死んでも世界規模では影響なんて殆ど無い。勿論それは、ルフィや私が死んだとしても同じ事。
「ーーー」
だけど同時に、自分にとって大切な人を失えば、世界はどうでも自分の朝はもうやって来ない。朝日に当たる事も出来なくなっていたブルックは、比喩ではなく朝が来なかった筈だし……。
もしもルフィを喪えば、私の朝はやって来ない。多分、追いかけて逝ってしまうだろうなと自分の事なのに、妙に冷静に思う。
「ーーー」
ブルックのこれ迄の事を思えば泣けてくる。仲間と、友と、共に過ごした思い出の船で
「ーーー」
喧嘩している仲間を見て呆れたり、巻き込まないでくれと祈るように思うような煩わしさでさえ、きっと懐かしくも尊い思い出となっているのだろう。……私ならば、耐えられない。
「ーーー」
約束の未来へ、その向こうへ行く為に、期待に胸を膨らませていただろうブルック達が……見える気がする。ワンフレーズのそれが人の視線と心を掴んでいるのが分かり、私は演奏を続けるしか道が無くなっていた。
「ーーー」
サビに引き続きで入れば、私が、ドラムを叩くタイミングを間違う事は許されない。ブルックの歌に、宴である筈なのに誰もが聞き入り静聴する。
「ーーー」
大切な記憶も、過去の栄光も、それに伴う挫折や絶望も、擦傷のように簡単には治らないし、消えてくれない。……喪った者は……還らない。
「ーーー」
「ーーー」
取り戻そうと足掻いた事が、結局は生きる活力になっていたのかもしれない。無理だと諦めていたら、きっと誰ももう生きてはいなかっただろう。
憎しみが人を生かす事がある様に、自分を取り戻す事が生きる為の活力だった事だろう。そんな彼等の希望は、彗星の如く現れたルフィによって叶えられた。
「ーーー」
思い出はいつも暖かい。それでも、思い出は記憶の再生でしかなく、縋る事も出来はしない。
……ベルメールさんは、どうしているかな。ノジコと仲良く暮らしているのかな。
「ーーー」
私もブルックも涙を失い、誰にも届かない悲鳴を上げ続けていた。その涙を取り戻させたのは、やはりルフィだった。
こんなに嬉しい日は無いと、苦しそうに声を震わせていたブルックを思い出す。影が戻り、大切な仲間が今も待っていてくれると知り、それは即ち〝生きている〟事を知れた瞬間でもあった筈だから。
「ーーー」
この涙を最後にすると、泣き収めが出来ただけ私は幸せだったのだろう。ブルックは……そんな余裕さえ無かった筈だから。
「ーーー」
夜が明けて、光に当たれるようになったブルックは……被害者の人達は今この歌で何を思うのかな。太陽の光に当たれるという、当たり前のそれが当たり前ではなかった日々を長く過ごしていた筈の彼等は……。
「ーーー」
突然の光に瞼を閉じて、恐る恐る開いた時、目の前にはきっとルフィが居たのだろう。私もそうだったように、彼らもルフィと言う光に、救われたのだ。
「ーーー」
失った者は還らないけれど、きっともう縋らなくても進めるようになった。ルフィと言う太陽が、道を明るく照らしてくれたから。
「ーーー」
これからは、ルフィと、麦藁の1味と共に進んで行こう。ブルック、貴方はもう……大切な私達の仲間よ。
「ーーー」
共に、歩いて行こう。波間の向こうを、共に目指そう。
ブルックの歌が終わるのとほぼ同時に、私とブルックの演奏も終わる。私はそっと楽器の傍を離れてチョッパーの元へ戻ろうとしたけど、ブルックがそれを許さなかった。
「ナミさん、この曲は〝ルフィさんを太陽〟として作曲したのですか?」
「……違うけど、結果的にそう思えるわね」
違うに決まってる。私が作った曲じゃないもの。
他の世界の人達が作った曲を自分が生きる為に、盗んで発表してるだけだもの。だから、私の成果と言えるものは何も無い。
ブルックのような本物の天才じゃないから、ゼロから生み出してる訳じゃない。でも、それを誰かに伝えるつもりは無いのよ。
これは、宝玉として活動する事を決意した時から、背負って生きると決めた罪の証。墓場まで持って行く事が、私に課せられている罪の代償だと思ってる。
「ナミさんは、歌が……お好きですか?」
「え?……えぇ、好きよ。下手の横好きだけどね」
「……歌が好きで、作詞作曲をする音楽家なのに、何故航海士なのですか?」
歌が好きなのは生前からの事だし、航海士なのはルフィが求めたから。測量士だったのは、自分の夢を叶える為と、アーロンとの契約で……。
でも、そんな事は言えないから、私は笑って小首を傾げてみせる。大丈夫、私は取り繕う事に慣れてるもの。
「ブルックは音楽家で、剣士でしょう?私は、航海士であり測量士。それ以外の事は、生きる為に必要で覚えたものなのよ」
私はロビンが渡した楽譜の束の中から、ワンピースの曲を抜粋してブルックに手渡す。すると宴のバックミュージックには良いと判断したのか、ブルックはピアノの前に座るとそれを演奏し始める。
それにより、
ブルックの過去を知っている事、そしてルフィにより自分も救われた事を。それを演奏しながら静かに聞いていたブルックが、その演奏に掻き消されてしまうような声量で何かを囁くように語っていたけれど、何も聞き取れなかった。
「ナミさん」
突然ハッキリと聞こえた呼び掛けに視線を向けると、ブルックは演奏しながら言う。ちゃんと私の耳に届く声量で。
「自分を責める必要はありません。貴女は、美しい。その身も、その心も、眩しい程に」
「ありがとう……」
この体が美しいのはナミちゃんの恩恵。だから自信を持って頷けるけど、心が美しいなんて言われれば少し動揺する。
でも、ブルックのその言葉に嘘偽りはないと分かるから、私は笑顔でお礼を伝えて、少し休むわと言い残してその場を去る。それの直後にブルックは嬉しそうに笑って、楽しそうにワンピースオープニング曲をメドレー宜しく歌いながら演奏を開始した。
宴はまだまだ終わる気配を見せない。今はチョッパーも宴に参加しているから、休むのも兼ねて私はゾロの傍で様子を見守る。
平和で楽しい宴を全員でめいっぱい楽しむ。命をかけての航海をするからこそ、宴はいつも楽しく、盛大に行われて、楽しめるのだろう。
賑やかな喧騒が心を癒すなんて事、ルフィと関わるまで私は知らずに生きていたわ。私はゾロの様子を見つつ、その空間に混ざれる今に感謝していた。