それから2日後の早朝、ゾロが目覚めた。私はリハビリの甲斐あって普通に歩ける程度には回復したけど、まだ無理は禁物らしい。
そんな訳で、ゾロの目覚めを待つ間にウソップとフランキーにより作られたお墓に、仲間を埋葬したブルックは驚く程に穏やかで……時の経過とはかくも偉大なものかと思わされる。そのブルックの為にとチョッパーはお墓に花を添えていたので、私は種を渡しておいた。
花は簡単に枯れるし、中々来られないからと思って。種が勝手に落ちて増えるタイプの花だから、恐らくは真冬以外は常に花が咲いているだろうと思う。
雨水だけでも花が咲くような手の掛からない種を選んだので、恐らくは大丈夫だろうと思う。それに……言い方は悪いけど栄養は沢山あるから、長く咲いていると思うのよね。
枯れた花もまた次の花の栄養となり、何年も花を咲かせ続けてくれると思う。花が骨となった人達の慰めになる保証はどこにもないけれど、それでももしかしたらと思えるから。
そこへゾロが向かって行くのを眺めてから、私は邪魔にならないようにその場を後にして
けど、まだまだ〝激しい運動〟は駄目だとチョッパーがルフィに言い含めていたのを、今朝聞いてしまったばかりだったりする。なので出せるのは、本当に口だけだけど。
「フランキー、そっちはどう?」
「おゥ!スーパー問題ねェぞ!てかよ、小娘」
「ん?」
「麦藁を甘やかすな」
「え?」
「麦藁は〝海賊王〟になる男だ。支えるのも守るのも悪くはねェが、だからって〝甘やかして〟良いって事にはならねェ」
真剣な様子で言われれば、私甘やかしてるのかなと不安になる。ただ、大切に想ってるだけのつもりだけど、邪魔になってるのかな。
私が困惑してるのが分かったのか、フランキーは無自覚かよなんて言ってるけど、だって……。その時脳裏で、幼い頃のルフィが半泣きで私を呼んだ気がした。
「ルフィとは、幼馴染で……昔は本当に泣き虫で、弱かったのよ。その頃のイメージがどうしても強くて……でも、そうよね。気を付けるわ」
「……泣き虫で、弱い麦藁か。想像つかねェな」
その言葉と同時に空気が弛緩する。フランキーが優しい顔で笑うから、私もそれに釣られるように笑って頷く。
「ふふっ!可愛かったわよ。いつも私の後ろついて来て、私よりずっと弱いのに『ナミは俺のだ!ナミは俺が守るんだ!』って言ってたの」
「麦藁はその頃からかよ。……小娘と麦藁は、いつから男女の仲になったんだ?最近だろ」
分かるものなのかなと思って小さく笑い、ルフィに村を救ってもらった後からだと伝える。すると、フランキーがつらそうにその瞳を揺らした。
なんだろうと思ったら、サングラスをしてしまったのでよく分からなくなった。けど、どうやら私のハジメテはルフィで、ルッチにやられたのが唯一の他の男との経験だと思ってるらしいと会話の中で気付く。
「フランキーは優しいわね。……大丈夫よ、ハジメテはルフィじゃ無いし、ルフィ以外にされるの慣れてるから」
「……は?」
「女が1人で長く海賊やってて、そんなに経験少ない筈無いでしょ?ルフィが気にしてないなら、私も気にならないわ」
言葉でそう言って、顔には笑顔を貼り付けて、なのに震えそうになる体。……全然大丈夫なんかじゃない。
長くやってた海賊としてのそれの間に、未遂は確かに何度もあった。でも、ミホークにされる迄は、無事に切り抜けてきたのよ。
初めてミホークに襲われた時は、本当に予想外で、しかも勝手に信頼してたから心が砕けるんじゃないかって思った。でも、そんな事を気にして居られないくらいすぐに起きた2人目となるドフィとのソレにより、ある意味救われたのよね。
悩んでる時間も、暇も何も無かったのも幸いしたと思う。その分、時々こうして思い出したりすると体が震えるけど……。
ルフィは私を責めないから、何とか呼吸が出来てるような気がする。もしも責められていたら、きっと私は立つ事さえ出来なくなってるだろうと、自分でも理解出来てしまっている。
サンジ君の事は、まぁ……サンジ君はまだまだ思春期だし、仕方ない。……仲間だもの、上手くやるしかないと割り切るしかないわ。
その後もドフィには会う度に襲われてるし、途中ロシーとの事もあった。青雉は何考えてたのか分からないし、パウリーは溜まってたんだろうと思ってる。
ハットリ……じゃなくてルッチは女海賊をいたぶってみたかったとか、そんなんだろうって分かってる。ある意味で真っ直ぐな人みたいだから、女海賊を襲う経験してみたかったとか、そんな所だろうか。
……シャンクスは、まだ色々と心の折り合いがつかないし、ミホークは何だかんだで……ある意味1番厄介かも?と少し思う。でも普通初めての男って、なんか、もう少し……いや、止めよう。
普通だなんだなんて、考えるだけ不毛だわ。相手はミホークなのよ。
それより問題なのはエースよね。エースにも襲われたけど、でもそれよりやっぱり大丈夫かな、無事に帰ってくれたかなと、そんな心配ばかりが上回る。
霧の中に居たから新聞が手に入らない。私は、正に今新聞が……情報が欲しいと思う。
何かあったのなら、今こそ新聞にそれが載ってる筈だもの。何も載っていなければいい……そうしたら、安心出来るのに。
「小娘……初恋の相手は、麦藁じゃねェのか?それと、その、まさか、故郷の為に、体売ってたのか?」
「……多分、初恋は、シャンクスよ。最近気付いたんだけどね。体は……結果的には売ったわね」
ミホークに言われて気付いたし、ミホークが最初の男で最初の客だとは、言わないけど。だって、そんな事を言えば、優しくて人情家なフランキーはきっと傷付いてしまうから。
その時フランキーの顔色が変わったけど、なんだろうと思いながら言葉を続ける。シャンクスが
だとしたら安心させる為に伝えておく方が良いわよね。フランキーはこの船ではどうしたって〝大人〟の側だから、伝えておく事で何か役立つ事もあるかも知れないし。
そうと自分の中で答えが決まれば、唇は勝手に言葉を紡ぐ。それでも余り心配かけない為に、精一杯の笑顔を向けるのは忘れない。
「でも、初めての相手はシャンクスじゃないわよ。ミホークだったもの」
「……小娘、ちょっと待て」
「拾っちゃったのよ。ミホークの事。お人好しとかって散々言われた後で突然襲われて、アレでも世界一の大剣豪でしょ?勝てなくてね。その分お金は貰ったから気にしなくていいわよ」
「……そう、か。なァ小娘!」
「その話、俺も詳しく聞きてェな。ナミ」
その声を聞いた瞬間、さっきからフランキーがおかしかった理由に気付く。もう、遅いけど。
だって、ルフィが真っ黒な笑顔で冷気放ってるんだもの!しかも、何故かロビン迄。
「ナミ、合意だったって言ったよな?俺に〝合意〟だったってよ?」
「ナミ、天夜叉さんとはあの時が初めてじゃないって言ってたわよね。でも、ルフィは把握してない様子だし、詳しく話して貰えるかしら?」
……嫌です。怖いです。
誰か助けてー!といくら心で叫んでみても、助けは無かった。
それどころか、フランキーに視線を向けたら船直して来るなんて言って去って行く始末。ロビンはフランキーの彼女でしょ、どうにか抑えてよと内心で叫ぶ。
けど、それなら私にルフィをどうにか出来るのかと言われたら出来ない。なので、余計な事は口にできないんだけど。
それからキッチリ2人に尋問されて、私は強がりながらも何とかルフィに会う前の所までで話を切り上げて、ウォーターセブンでの事は触れずに終わらせた。それからそれ以上の話を出来ないようにと、出航まで時間が無いからと言って動き出す。
それにより、ロビンとルフィが何やら2人でブツブツと話していた。何となく、どうやって始末するかなんて話してた気がするけど……聞こえなかった事にする。
今はまだルフィ達は勝てないから、本当に接触しないで欲しい。それにしても、時々、ルフィとロビンって血が繋がってんじゃないかって思うくらい、反応が似てるのよね。
そうして訪れた別れの時、もう少し宴をやろうと言う被害者達にルフィはもう行くんだと、魚人島が楽しみなんだと言う。今なら白髭海賊団のナワバリだし、ある意味で物凄く安全よねと思えば笑みも浮かぶ。
……いつ行っても、私の気持ち的な所は変わらない。そうなると、今行けると白髭さんの恩恵で安全な筈だから、今行きたい。
でも、あれ?なんでその安全な時に行けないんだっけ?
18年以上前に別な世界で娯楽として読んでいただけの知識である為に、既に色々曖昧で良く思い出せない。困ったものだわと溜息を落とした時、ローラが声を掛けてきた。
「ナミゾウ、回復したのね」
「えぇ、まだ無理は出来ないけど、とりあえず動けるようになったわ。それよりも、ローラは新世界に居たの?」
周りの人達の会話からも推察して見れば、そうとしか思えなくて問いかける。だって、魚人島についてサンジ君達と盛り上がってるもの。
「そうよ。私、新世界の生まれなのよ!私のママが海賊やっててね。あ!そうだわ!」
そう言ってローラは1枚の紙を取り出した。それを見た瞬間、ルフィが反応して私の隣にその姿を現した。
なので、ちゃんと覚えてたらしいと思えばつい頭を撫でてしまいたくなる。けど、今フランキーに言われたばかりだからなぁと戸惑ってしまう。
「コレあげる。ママの〝ビブルカード〟特別よ?ナミゾウと私は姉妹分だからね」
「ありがとう、ローラ。大切にするわ」
「なんだ、それ?」
ルフィが問いかければローラはビブルカードについて説明をしてくれる。それを聞き、ルフィがエースのビブルカードを帽子から取り出した時、私とローラの顔色は1気に青く変わった。
その時エースのビブルカードが、小さくなっているのを確認してしまったから。……背筋が凍る思いがした。
心臓が掴まれているかのような衝撃。指先まで血が通ってないのが分かる。
……エースを助ける方法が、分からない。私は、どうしたらいいのか。
小さく体を震わせると、ルフィが突然横から腕を回して抱き寄せてきた。それに驚いて、つい声を出してしまう。
「ちょっ……ルフィ!?」
「ナミ、怯えんな」
エースの事で恐ろしく思うべきなのは本来ルフィの仕事なのに、私は何をしているのか。震えている場合じゃない、私がルフィを支えなければ。
そうは思うのに、ルフィに私は自分から抱き着いてしまう。それだけで呼吸が楽になった気がして、ホッと息を吐いてしまう位に、ルフィに依存してる。
……駄目ね。甘えたくなる。
「ルフィは、暖かいわね。……ありがとう、もう大丈夫よ」
そう言って離れようとしたら、何故か視線が集まってるのを感じた。不思議に思って首を傾げたら、恋人だったのかと言う呟きが聞こえてきて、どうしたらいいのか分からなくなる。
それを聞き取った瞬間、耳まで赤くなるのが自分でわかり、咄嗟にルフィの肩に顔を埋めるようにして顔を隠した。縋るようにルフィに抱き着くと、ルフィの声が少し弾んだ様子を見せる。
「なんだナミ、珍しいな。甘えてくるなんて」
その時、心臓がどくりと妙な音をたてた。言い方が、話し方が、シャンクスとよく似ていて……。
その上ルフィの声がダイレクトに耳に届いて、そのまま倒れそうな程に恥ずかしい。抗議しようにも、声さえ出せなくてルフィに抱きつく手に力が入る。
ルフィは、私をこんなに溺れさせてどうしようって言うのか。その瞬間、溜息を混ぜたルフィの声が耳にかかる。
「ナミが悪ィんだぞ」
「私の何が悪いって……!」
私が顔を上げて抗議しようとした言葉は、ルフィの唇によって塞がれて、視線を感じながらもルフィから離れるという選択肢を持たない私は逃げ場も無く翻弄される。でも、皆が見てる……!
「……ん……ゃ……ル、フィ……」
「ちょっと、別れの挨拶くらい普通にさせてよね!」
弱々しく抵抗する私を哀れに思ったのか、ローラがルフィの頭を叩いて止めさせてくれる。ルフィから慌てて離れてローラに飛び付いた私は、ローラを見上げてお礼を言った。
助かったと、心の底から思いながら、私はローラにしがみつく。今はローラが1番安全な気がするのよ。