ローラにしがみついたままそっと視線を上げると、それを見たローラが何故か頷きはじめる。なんだろう?
そう思ってじっとローラを見詰めたら、何故かローラが呻いた。なので何処か痛いのかなと心配になった私が、口を開こうとしたらローラが妙な事を言う。
「……確かにナミゾウが悪いわ。そんな顔してるんじゃ」
よく分からなくて首を傾げたら、ローラに盛大に溜息を落とされてしまう。……解せぬ。
「麦藁も!ナミゾウの事を狙う奴が増えて困るんなら、人のいる所で盛ってんじゃないわよ!」
ローラはルフィにそう言ってから、何故か私を当然のようにルフィに返す。私はそれにより、どうしていいか分からなくなってしまう。
だって、皆いるのに!ルフィの傍に居ると緊張してしまうのは、ルフィが急に男らしくなったからかなとか考えながら俯いていたら、ルフィに帽子を被せられた。
「……その顔、他の奴に見せんな」
「……私の顔に何かついてるの?」
帽子を取ろうとしながらルフィに問えば、良いから被ってろと押し付けられた。……宝物なんじゃ、無いの?
泥とか、埃とかなら教えてくれれば取るのに。はっ!すぐに取れないのだとするとペンキとか!?
不安というか、不思議と言うか、そんな微妙な気持ちでルフィを見たら、ヒョイっと抱き上げられた。落ちないように慌ててルフィに抱き着くけど、ルフィはそのままの状態で平然とローラ達に言う。
「ナミはやらねェぞ!んでもって、元気でな!」
「……あ、ローラ!本当にありがとう!」
「ナミゾウ!幸せにね!」
「へ!?」
私はルフィの言葉で別れの挨拶が必要だと判断して、ルフィに抱き上げられたままでローラに笑顔で手を振りつつ言ったのに、ローラから返ったのは謎の言葉。その様子を横目にフランキーがローラにブルックの船を使うようにと話し始めたので、私はルフィに視線を向ける。
ルフィは黙ってサニーに乗り込むと、甲板で漸く下ろしてくれた。そのままルフィを見ていたら、ルフィが気遣うような視線で私を見る。
「……ナミ、体はもう、大丈夫なのか?」
ルフィの突然の言葉に私は頷く。心配を無駄にかけたくないし、クルーとして船長に報告するのは必要な事だから。
「えぇ、もう大分良いわ。チョッパーが日常生活には支障ないけど、激しい運動はダメだって言ってたわ。だけど真面目にリハビリしてるから、そんなにかからないで治ると思うわよ」
ルフィは私の言葉にそうかと言って笑ったから、今度こそ帽子をルフィに返す。今度は何も言わずに返させてくれたけど、何処か不機嫌そうにするから不思議に思う。
まさか本当にペンキでもついてるのかな。そんな不安が過ぎるけど、今は時間も無いし、後でお風呂で落とすしか無いわねと思い動き出す。
ルフィはそんな私に不満そうだけど、本当に出航直前である今は時間が無いのだから我慢して貰うしかない。私はルフィから離れると、急いで出航の準備を整えていく。
慌ただしい時を過ごしている間に皆が帰って来て、出航の合図が出される。それと同時に交わされる言葉達。
「そいじゃあなー!!お前らー!!」
「ローラ!!ビブルカードありがとう。元気でねー!!」
「ママに会ったらよろしく!!私達もまた会いましょう!!ナミゾウ!!」
「「「この恩!!一生忘れねェぞ!太陽をありがとう!!」」」
「出航ー!!」
多くの声が谺して、混ざり合う為に誰が何を言ってるかもわからない。そんな中でルフィの声に応えて、私達は船を出す。
サニーはルフィの言葉に従う様に、ゆっくりと彼等を残して出航する。私達の旅は、まだまだ中盤にも到達してはいない。
……何が起こるか、誰も知らない。謎だらけの海〝
毎年百隻を越える船が、霧の中で消息を絶つ。……それは、巨大海賊船スリラーバークが、
……その、ずっと昔からの深き謎。白い霧は折りよく今日も立ち込めて、海の怪奇の顔色を……白いベールで包み隠す。
1方……怪奇の海を抜け出した強運の1味の船は、引き続き指針の示す海底の楽園へとひた走る。ブルックが演奏をしている為に、まるでサニーが歌っているかのようにさえ見える状態で。
波は穏やかだ。穏やかではないのは、私の心中だけなのかと言いたくなる程に。
「ルフィ、いいの?」
「ん?あァ……エースの話か。良いんだ、気にすんな……っても、ナミは気になるか」
少しだけ困ったように笑うルフィは、船縁に座ったまま私を見詰めてくる。私は笛を取り出してクーちゃんを呼ぶ事でルフィの視線から逃れようとした。
けど、ルフィはそんな私の事を理解した上で見逃してくれてると分かる。……ルフィは、いつの間にこんなに成長したんだろうと内心で溜息をつく。
いつまでも子供だと思っていたのに、共に過ごすようになって、半年位しか経ってないのに、ルフィは随分と大きく成長した。私は……寧ろ退化してるような気がするのに。
クーちゃんが姿を見せたので、会えなかった間の新聞を纏めて用意して欲しいと言うと3部だけ渡されて、それ程多くは出てなかったのだと知る。でも、その中にとんでもない物が書かれていては倒れそうにもなろうと言うもの。
『白髭海賊団2番隊隊長〝火拳のエース〟大監獄インペルダウンへ幽閉』
震える私の手から新聞が落ちると、ロビンがそれを拾いサッと目を通した瞬間、私とルフィを見てその表情を確かに歪めた。その様子にルフィもどうした?とロビンへとその視線で問い掛ける。
「ルフィ、ナミ、エースって確か……」
「どう、して……?」
思わず口にしてしまう程に、私は動揺している。その場に崩れ落ちた私をルフィが心配して寄ってきてくれるけど、それに反応する事も出来ない。
「マルコさんがエースを追ってくれてた。シャンクスだって動いてくれていたわ。白髭さんも、多分守ろうとしてくれてる。なのに、どうして……届かないの?」
「……ナミ?」
「運命は、変えられないの?でも、ベルメールさんの命は助けられたのよ!アーロンからの提示金額は10倍になったけど、ベルメールさんは生きててくれた!サッチさんも生きてると聞いたわ!なのに……!なのに、どうして……どうしてエースは……!」
涙が勝手に溢れ出て、零れ落ちる。それを見てロビンは新聞を投げ捨てると私をその胸にそっと抱いて、宥めるように私の背を撫でてくれた。
優しい声で、落ち着かせようとロビンが言葉を向けてくる。大丈夫だと言うように。
「ナミ、大丈夫よ。相手は白髭海賊団だもの。インペルダウンを破壊してでも助けてくれるわ。それに、白髭海賊団の隊長を殺すなんて事は有り得ないでしょ?」
「有り得るのよ!エースに限っては、白髭海賊団や傘下全てを敵に回してでも海軍と世界政府は〝殺そう〟と動く!だから、それを防ぎたくて私は……!」
「ナミ……」
困ったような、戸惑ったようなロビンの声が聞こえる。気遣うその視線を分かっていて、なのに言葉を止められない。
「どうして……?エースは、何も悪くないのに、親の罪をどうしてエースが背負わなきゃいけないの!?どうして……!」
その時ロビンから引き離された私は、突然の浮遊感に対応出来ないでいた。その状態の私の唇に、ルフィのそれが重なる。
呼吸を奪うようなそれは、けれども乱暴では決して無く、ただ……宥めるように優しい。何も考えずにルフィに腕を回せば、ルフィはその口付けを深くして、その後角度を変えながら何度も優しくキスを続ける。
私の体から自然と力が抜けると、ルフィの唇が離れて目尻にその唇が移動する。そうして優しく涙を拭ってくれた。
「ナミ、落ち着いたか?」
「あ……!ご、ごめんなさい。取り乱して」
慌てて謝った私に、ルフィはなんでか少しだけ切なそうに、でも何処か嬉しそうに、複雑な笑みを向けて来た。そんな顔は初めて見たし、そんな顔が出来るなんて思っても居なかった。
「ナミは、エースの事を本当に弟として、愛してんだな。なんか……俺の為に暴れたナミを思い出しちまった」
「え?」
「俺が海賊に捕まって、ナミが単身乗り込んで来て全員血祭りに上げた時の事、思い出したよ。……無表情で大人達を倒して行くナミは、凄ェ綺麗だったけど、同時にそのまんま消えちまう気がしたんだよな」
……そんな事、あったっけ?
ルフィが攫われたのは、そう言えば2、3回あったような気もする。でもよく覚えてないわ。
でも確か原作だと、エースとサボのそれに巻き込まれて、ルフィが1人逃げ遅れたのを2人が助けに行って1気に仲良くなったのよね。そこに、
「ナミ……エースは、強ェ。大丈夫だ」
「ルフィ……でも、このままじゃ戦争になる。そして、白髭海賊団は、負けてしまうのよ。白髭さんは病気だし、老齢だし、エースは海楼石で身動き取れないし……!」
「……ナミ、大丈夫だよ。エースにはエースの仲間がいて、エースを見捨てたりなんかしねェから」
分かってる。その為に、描かれてないだけで多くの犠牲者も出てる筈だもの。
でも、そう迄して助けに行って、結局白髭さんもエースも死んでしまうのよ。それにより、読者の多くが涙したんだから。
分かってるのよ。それを1つの〝作品〟として見れば、エースの死は必要不可欠で、ルフィの成長の為にも挫折が必須だったんだって。
でも、そんなの認められる筈ない。私達は今ここに〝生きて〟〝存在〟しているのよ。
変えられない運命なんて無い。定まってる事なんて何1つ無い。
だって、未来は幾つも存在してるんだから。ベルメールさんが生きているように……エースだって……!
そうよ、泣いてる場合じゃないわ。泣いても嘆いても未来は変わらない。
変える為には動かなきゃ。道が分からなくても、立ち止まる時間なんてない。
強引に涙を拭い、ルフィに笑いかける。すると、ルフィがホッとしたように私を見たから、心配かけてごめんと心で謝る。
その時ブルックも含めた全員が、助けに行くなら1緒に行くと言ったけど、ルフィはそれを断る。大丈夫だと明るく笑って。
「ナミももう落ち着いたし、大丈夫だ!それよりもゾロ、お前ェずっと寝てたから、まだやってねェよな~?」
「ん?」
ゾロがルフィに視線を向けると、ウソップが即座に反応した。こんな時こそ、楽しまなくてどうするのかとでも言うように。
「えー、それでは改めまして、新しい仲間〝音楽家〟ブルックの乗船を祝してェ」
準備を黙々と続けていたサンジ君が全員に酒を配る。それを手にして全員の声が揃った。
「「「「「「「「乾盃~イ!!」」」」」」」」
「お世話になりまーす!!」
そうして私達は目覚めたゾロを含めて、もう1度新メンバーの加入を喜ぶ宴を始める。演奏を開始するブルックに、ルフィは上機嫌で歌い出す。
ウソップとチョッパーはそれに合わせて踊り、フランキー、ロビン、ゾロの3人は酒を楽しむ。それぞれが楽しそうにしているのを眺めながら、私がブルックの演奏に合わせてハープを鳴らせば皆が楽しそうに笑った。
そのうちウソップがマラカス持って参戦して、気付けば酔っ払い達による演奏会とそれは姿を変える。ブルックはそれを嬉しそうにしているし、きっとこれで良かったんだと素直に思えた。
どれ程演奏が上手くても、聞いてくれる人も、合奏してくれる相手も何も無かった彼にとって、こんなハチャメチャな演奏会さえ、救いとなるのは痛い程によく分かる。当たり前のように包んでくれる温かな空間の中で、泣きそうになりながらハープを鳴らしていく。
その時、サンジ君がそっと近付いてきて問い掛けて来る。それは、皆の動きを止めさせるには十分な言葉だったみたいだけど、同時に私の全ての身体機能を止める効果も持っていた。
「ナミさん、この間なんか書いてましたよね。新曲。披露してくれないんですか?」
皆の突き刺さるような視線に耐えかねて、私は笑う。ルフィとチョッパーの期待の眼差しと、ブルックの真っ直ぐな視線から、私が逃れられる筈なんて無かったのよ。