この男相手に勝とうなんて、そんな無謀な事は考えていない。寧ろ……戦いたくなんてない。
だけど……その手紙は不味い。本人がこの場にいるのならば、それはどうしたって破棄しなければならないから。
クリマタクトを使って、爆発を起こす事で手紙を焼けば良い。狙うは手紙の抹消のみである!
私の狙いに気付いているとは思えないのに、急所を狙われる事に慣れた男……不死鳥マルコは上半身を反らせて躱して行く。けれどもその手元は疎かで、だからこそ1瞬の隙をついて爆発で手紙を焼却する事に成功した私は、肩で息をしながら何とか問題解決に至った。
そんな私に不死鳥マルコは面白そうに笑い、次いで到着した仲間達に視線を向ける。何をするつもりかと皆を庇うようにクリマタクトを構えれば、不思議そうに私に視線を戻した。
「お前ェ……その見た目で戦闘員だったのかよぃ?」
「……見た目は関係無いでしょう。白髭海賊団1番隊隊長不死鳥マルコさん」
「「「「「ナミ」」」さん」」
仲間達が私を呼ぶ声が背後から聞こえて、サンジ君とゾロ、そしてビビが同時に不死鳥マルコへと攻撃を仕掛けようとしているのがわかった。その背後から、ウソップがパチンコを構えて居るだろう事も……。
だから咄嗟に声を出す。まだ、ダメ。
皆はまだかなわないし、ここで敵対するのは得策じゃない!これからの事を思えば、皆の心をここで折る訳にはいかない。
「皆辞めて!」
動きが1斉に止まる。それを感じ取り内心で安堵の息を吐き出してから、視線を不死鳥マルコに定めた状態で声を出す。
「……無理よ、ロギア系とほぼ変わらない幻獣系の能力者相手じゃ、攻撃仕掛けても無駄に終わるわ。お願い、落ち着いて」
「回し蹴りして来た女の言い分かよぃ?」
「突然手首を掴まれたんだから、それくらいするでしょ。関節技キメに行かなかっただけ褒めて欲しいわ」
呆れた様子で言われた言葉に咄嗟に返せば、確かにねぃと笑われるけど、その眼差しは私を見定めようとするかのように、冷静で理性的だ。それでいて、何処かで何かを期待するような熱を感じるから、何を求められているのかと脳内はフル活動する。
「……俺宛の手紙を燃やした理由を聞きたいねぃ」
「勘違いも甚だしいわ。大切なラブレターを他人に読まれたくなくて、燃やしただけよ」
「ナミさんの恋人って、この船に居ないんですか?そんなの当てられる筈ないじゃないですか。ナミさん酷い」
こんな時に、ビビは何を言ってるのかな?可愛いけど、後でその頬を思いっ切り抓ってやろうと心に誓って、不死鳥マルコに微笑みかける。
……格が違う。まだ、かないっこない。
震えそうになる体に、けれどもまだ戦闘経験と言えるものが殆ど無いチョッパーやウソップを思えば、ここで引き下がる訳にもいかない。ビビだって本来ならば、何も知らないお姫様の筈だったのよ。
クリマタクトを強く握り締めると、不死鳥マルコが肩から力を抜いた。そして、穏やかに笑った。
「……戦闘の意思は無いよぃ。驚かせて悪かったねぃ」
「……良かったわ。勝てる筈も無い戦いに身を投じなくて済んで」
その言葉に合わせて私も体から力を抜くと、皆に出航するように声をかける。それに対してルフィがまだ戻ってないと言われれば、溜息しか出ない。
見聞色の覇気で居場所を確認すれば、エースとあらぬ方向へと突き進んでいるのが分かり、肩を落とす。とりあえず出航して、後で合流した方が間違いないわ。
「……とりあえず船を出して。海軍に見つかると面倒だわ。今回来てるのはロギア系だから」
「だけどよナミ、ルフィが……」
心配そうなウソップに私は笑いかける。大丈夫だと言う意味を込めて。
ウソップのそんな優しさに、私はいつも心が癒されるような気がする。多分ウソップが1番、この船でまともな思考を持っている。
「エースが1緒だから大丈夫よ。あの2人が揃っててパラダイスに居る程度の奴らに負けるなんて、まず考えられないわ」
「……パラダイスってなんだい?ナミさん」
サンジ君の問い掛けに、そうかまだ皆は知らなかったっけと思って出航の為の指示を出しながら説明する。本来誰に聞いたんだったかと考えて、シャボンディ諸島の辺りだったかなと曖昧な記憶を元に思う。
「この偉大なる航路は大きく2つに分けられるの。その内前半の海をパラダイス、後半の海を新世界と呼ぶのよ」
「俺、偉大なる航路の島で生まれ育ったけど、初めて聞いたぞ?」
チョッパーの言葉につい笑ってしまう。人との関わりの殆ど無かったチョッパーが、医学をこれだけおさめている事自体が本来は奇跡だと言うのに。
この可愛い船医さんが気に病まないようにする為には、なんと言うべきかしら。そう考えながら、言葉を口にする。
「私は海賊歴がこの1味の中じゃ1番長いもの。色々知らないと生きられなかったのよ。それに……」
言葉は自然と止まる。戦い方の他にも、この世界の事を……多くの事を教えてくれたのは、シャンクスとベックだったのだから、海賊としての常識しかある意味で私は知らないのかもしれない。
「それに?」
ゾロが言葉を止めるなと視線で言いながら続きを言葉でも促すから、ちゃんと話しておいた方が良いかなと思う。ルフィしか、その辺は知らないのだから。
「私、6歳の頃から海賊船に乗ってたし、手のかかる弟が3人もいたら情報位集めないと心労で倒れる所よ」
「……ナミさんの村がアーロンに支配されたのは、10歳でしたよね?」
サンジ君の言葉に私は笑う。ノジコかベルメールさんに聞いたらしいとわかったから。
でもそもそもアーロンを知らないビビとチョッパーは表情を引き締めると、無言で会話に耳を傾け始めたのでそんな2人が愛しいと思う。聞きたい事は沢山あるだろうに、聞かなくても分かる範囲は会話から理解しようとする所が、2人の優しさなんだろう。
「そうよ。アイツらの所にいた時は、私は1人で海賊やってたわ。でもね、その前は……シャンクス、赤髪海賊団の所で見習いしてたのよ」
「……6歳!?俺が親父に置いていかれた歳だぞそれ!ガキは連れて行けねェって!」
ウソップが弾かれたように反応するのと同時に、メリーが出航した。それにより針路を確認しながら、私は頷く。
「1緒に行動してたのは知ってたでしょ?ルフィからも聞いてたと思うし。今更驚かなくても」
「ルフィは村に来てた時に話したりしてたって言ってたし……。あ、そういやシャンクスがナミは時々連れてったって……」
その言葉で少し当時を思い出す。宥めるの大変だったのよね。
目の下に傷も無かった、無邪気な少年が脳内で喚く。あの子が私の彼氏になると、いったいどうやったら想像出来ただろうか。
「……そうね、ルフィ置いてくの苦労したわ」
1緒に連れてくか、私を置いて行けと言うルフィを……そう言えばどうやって、シャンクスはルフィを宥めていたのかしら?
「……そうよ、確か……。私はサイクロンに気付けるからって……うーん?違う?あぁ、航海術と海図の関係でって話して納得させたんだったわ」
「……6歳で航海術持ってたのかよ、お前」
「持ってたわよ。5歳の時1人で海に出たんだもの。当然でしょ」
思考は完全に過去に戻っていて、聞かれた事全てに素直に答えてる自覚なんて無かった。ついでに、その場に不死鳥マルコがいるという事すら、完全に失念していたのだから救えない。
「見習いとして扱って貰えるだけの航海術ってすげェな。それで、そんなに強いのか」
ウソップの言葉に私は、シャンクスに勝てなかった悔しさを思い出す。結局私は最後まで右手しか使ってもらえなかったのよ……?
「強い?何言ってるのよ。足元にも及ばないわ。私は……弱い。強くならなければ、何も守れない」
「いや、寧ろお前は護られてろよ。航海士だって自覚持てよ」
ゾロの声にキッと視線を向けた所で、状況把握する。……しまった、余計な事言い過ぎた。
今は不死鳥マルコも居るのに。そう思って視線を不死鳥マルコに向けると、大変宜しい笑顔で私を見ているのがわかった。
それに対して既に、嫌な予感しか感じない。……ルフィ、早く帰ってきて、助けて。
半泣きなのは内心だけで、表情は余裕の笑みを浮かべて、私は不死鳥マルコに向き合う。それに対して不死鳥マルコは、成程ねぃと納得気だ。
「若いのに覇気を随分上手く使うとは思っていたが、赤髪んとこにいたって言う、女神ちゃんかよぃ」
「……女神ちゃん?」
何それ?
初めて聞いたけど。
その考えが顔に出ていたのか、面白そうに笑った不死鳥マルコはなんでもない事のように、仲間を癒し、嵐を予見する小さな女神が赤髪を守っているという噂があったのだと教えてくれる。それにより、噂とは尾ひれがつくのは当然として、背びれに鱗、羽まではえてたかと内心で溜息をついてから笑う。
「随分、誇張されたものね」
「……赤髪がいくら誘っても、誘いに乗らなかった可愛い子猫がいると前に話していたが、それがお前だねぃ」
「私にも都合があるもの」
答えながらも脳内はシャンクスへの批判の嵐だ。何を言ってくれてるのかなぁ?
私は平穏無事に、蜜柑農家やっていたいと何回も言ったのに……!シャンクスのばァか!
今度会ったら絶対殴ってやると心に誓いながら、けれども表面的には笑顔のままで不死鳥マルコに視線を向けている。こういう事が難なくできるようになったのだから、アーロンの元にいた日々も決して無駄では無かったのだろう。
その時、船に飛び乗って来た2人の気配を感じて私は不死鳥マルコを意識の外へ追い出すと、覇気を足に纏い挨拶もなしにエースに本気の蹴りを御見舞したのだった。咳き込み苦しそうにしているエースに、私はゆったりとした足取りで近付いて、その顎に指をかける。
強制的に上を向かせて視線を合わせると、エースに問い掛ける。その姿が他からどう見えるかとか、そんなの気にして居られる余裕は私には無かった。
「なんで、ここに居るの?」
この時の私は、ブチ切れモード全開だったとだけ、お伝えしておきたい。つまりこの時の行動は、不可抗力だと主張させて貰いたいと言う話。