結局金獅子が部屋に戻って来たのは、その日の夕方頃だった。帰ると同時に私へと投げ寄越されたのは、何故かビキニとカジュアルドレスで、よく分からないままに受け取ると案内すると言われて隣室へと強制連行される。
着替えてから何処かへとか言われるのかと思っていたけれど、どうやら移動が先らしいと解れば、逆らう理由も今は無いので素直に着いて行く。到着した隣室には窓の格子が無くなっていて、ベッドとソファ、ローテーブルが設置されているのが見えて妙な気分になるのは仕方ない事だと思う。
更には、クローゼットと2つのドアが並んでいるのが見えた。ドアの奥にトイレと脱衣所がそれぞれあると言われて、どうやら監禁から軟禁に変わったらしいと気付くけど、その変化の理由と目的が分からなくて体に緊張が走る。
いや、自由に部屋から出られないのであれば、結局は監禁なのだろうか。鼠と同居する牢屋から、座敷牢に移動した程度の違いかもしれない。
私は別に囚われている場所の、待遇改善して欲しいんじゃないのに。まぁ、いいに越した事は無いけど、私は早く帰りたいだけなのにどうしてこうなるのか。
「部屋の設備を充実させろなんて言った?私はル……皆の所へ帰りたいのよ」
「ここが、ベィビーちゃんの帰る部屋だ。さっきは丁度いい部屋が無かったから、あんな部屋に案内しちまって悪かった」
「目的は何?私をどうしたいの?」
「別に何も、ベィビーちゃんを取って食おうなんて思っちゃいねェ。そこが風呂だ、気分を落ち着かせるのに使うといい。その為にその服も用意した」
何を言ってみても無駄のようで、私が諦めの溜息を落とすとそれを確認した金獅子はまた私を残して去っていく。そっと出て行ったそのドアに触れてみるけど、やはり中からは開かない。
仕方ないという思いと同時に、お風呂に入れないのは辛かったので、お風呂を借りる事にした。……本当に早く、ルフィの所に帰りたい。
無駄に設備の整った風呂場に喜べるだけの余裕は無くて、それでも無いよりはあった方が大概なんでも良いものだからと気持ちを切り替える。風呂場の窓からの脱出は難しいけど、脱衣場の窓からなら頑張れば外に出られそうねと当たりを付けておく。
……問題は、胸が通るかだけだわ。小さな窓だけど、胸がつっかえなければ出られるだろうと思う。
最悪胸は押し潰せばなんとかなるから、その時になったらサラシでも巻けば良いわね。そんな事を考えながら用意されていた物を遠慮無く使い、私は気合を入れ直す目的も兼ねて入浴を済ませる。
嗅ぎなれない香りが自分を包んでいるのがどうしても違和感だけど、こればかりは仕方ないかと細く息を吐き出してドレスに着替える。入浴中に何かされると言う事は無かったようだと、脱衣場で身支度を整えてから戻った室内の様子に少しホッとしたのは不可抗力だと思う。
恐らくは下着の代わりだろうと思われる水着に、少し納得しつつ、それまで身に付けていた物も水着だったしと思いながら手もみ洗いでそれを洗って脱衣所に干しておく。ビキニだと多少サイズが違っても使えるからなのか、それとも私が下着ではなくビキニを身に付けていた事に気付いたからなのか、用意されたその理由までは分からなかったけれど正直助かったので、そこは深く考えない事にする。
さて、これからどうしたものかと、適当なお茶を入れながら考えていたら、ドアを叩く音が聞こえた。それに振り向くと同時に開かれたドアの前には金獅子が立っていて、そう言えば私はこの男以外とまだ1度も会ってないと気付く。
「ベィビーちゃん、お食事でも1緒にいかがかな?」
「……そうね、頂こうかしら」
目的も知らなければいけないし、現在地も知りたい。暫しの空白の時を過ごした事で、ルフィ達の現状も何か知ってるかも知れないと思えば会話をするのに、食事と言うのは便利なものだとは分かってる。
今の私には、必要な情報が不足しまくってるのは確かで、それを解消しなければならない。だって今の私は現在位置も、今居る建物の事さえ分からないのだから。
食事は私にとって生きる為に必要な栄養補給でしか無くて、家族とか、ルフィとか、仲間達が用意してくれる安全と言えるもの以外は全てが毒にしか思えない。リスクしかない行為であり、それでも食べないという選択肢を選ぶ事の許されないものという認識だったりする。
そんな中での金獅子からの誘いな訳だから、嬉しい筈もない。だけど、情報を得て置く必要性と、いざと言う時に食べてなくて倒れるなんて無様は避けなければいけないという必然性から、私はこの場は大人しく従っておこうと心を決めた。
闇雲に逃げても何の意味も無い。だからと言って、この男に従う気なんて欠片もないけれど。
楽観視するならば、金獅子に悪意が無いバージョンの考え方。私にまだ危害を加えていないから可能な考え方としては、東の海に連れていくまでの間、ルフィ達にこの島で楽しんで貰いたいと考えたと言う事になる。
もしくは私を取り戻しに来るのを修行として、東の海を襲う奴と戦える力があるかを試していると。でも……冷静に考えてそれは無い。
過去に得た情報……文献にあったそれが正しいとするのならば、海賊王に執着していた金獅子を捕らえたのはガープさんだった。金獅子の人生に大きな影響を与えた2人の男はどちらも東の海出身で、ルフィは海賊王とよく似た気質を持ってる上にガープさんの孫。
それに何より、あの新聞には何かが空から降ったような形跡があった。そうなると、この金獅子の能力を考えるに金獅子が何かの形で関与していると考えるのが自然だわ。
これで今はまだ大将では無い藤虎が海兵でさえ無ければ、彼を疑うのが筋だろうなって思わされてしまうくらいだけどね。隕石やそれに近い物を自在に降らせられる能力は、私が知る限りでは図鑑も確認したけど3つだけだもの。
そうなると、どうしたって1番疑わしいのはこの金獅子だわ。なら、どうしてルフィ達を送るなんてそんな事を言ったんだろうって、そんな疑問が脳内で渦巻き出口の無い迷路に迷い込んだような気分にさせられる。
金獅子がソファに腰を下ろすと、向かいに座るように顎で示される。私は小さく頷くと、それに応えるように向かいにあるソファに座った。
「ベィビーちゃん、俺はお前が欲しい。俺の仲間になれ」
「……欲しいからと言って他人のモノを奪い取るのは、子供がする事でしょう。断るわ」
冷たく言えば金獅子はンーと言いながらも、何故か楽し気にしている。人に命じる事に慣れた男のわざとらしいソレに、背筋に冷たいものが走るのを感じながらも黙って様子を見ていれば、金獅子はゆっくりと唇を動かした。
「子供……か。海賊なんてのは、大人になる事を拒んだ人間の成れの果て。もしくは……そうしなければ生きられなかった奴らの末路だ。……違うか?」
……違わない。歴史的に見ても、この世界を見ても、それは同じ。
歴史的に見れば、陸では生きられない人達が奴隷やそれと同等の扱いをされる従業員として船に乗せられ、生きる為に奴隷達や従業員が反乱を起こして船を奪い取り海賊となるケースが最も多かった。次いで、貴族社会から逃げ出して国のサポートを受けながら海賊をやるケースがあった。
このサポートってのは、金銭的な事じゃなくて、基本的に何をしても捕まえようとしないって意味だけどね。そんな貴族達を羨ましがり、大きな海賊船団となった者達が国と契約して同じような立場を得る代わりに、その国の商船は襲わないなんて事をして、他国を落として行くような事も横行した。
だが、捕まえないのは自国の兵だけであり、他国で囚われた時は無関係です知りませんと言われて見捨てられ、処刑されて来た。結局得をしたのは国だけと言うのが、イヤラシイなと思うけど……同時に国なんてのはそんなもんよねとも思う。
私も、ベルメールさん達に何が起きるのかを知らず、そして本当に何も起きなければきっと蜜柑農家の娘として、海賊になんてならずに平凡に生きて来ただろうと思う。でも、それをこの世界は許さなかった。
ルフィとウソップ、そしてフランキーは親の血がそれを許さないし、ロビンも世界がそれを許さない。自らの意思で望んで海賊になったのは、チョッパーとブルックだけ。
でも、チョッパーだって親が付けたこの名前を見れば、いつかはなるしか無かったんだと思う。チョッパーとは、本来船における重大な役職の名前だから。
片仮名表記だから分かりにくいけど、1等航海士の事をチョッパーまたはチョッサーと呼ぶから。もしくは医者であった父親が名付けたのだから、取り除く、切り取るの意味の方かも知れないけど。
後者だった場合は、初めから医者になって欲しかったのかもしれないなぁなんて……。そんな事を会った事も無いチョッパーの父親を思い浮かべながら考える。
それにより、自然と笑みが浮かべば金獅子がそれに反応した。そんな金獅子にしまったと内心で焦りながら、気を引き締め直す。
警戒を解く訳にはいかないわ。チョッパーの事を、皆の事を想うだけでこんなにも簡単に気持ちが緩んでしまう。
こいつは危険だと本能が告げているのに。けれど焦る私に、金獅子は余裕の表情で問い掛けてくるのだから勝ち目なんて見えもしない。
「ベィビーちゃんは、海賊になって長いようだな」
「……この若さよ。そんなに長い筈が無いじゃない」
「2~3年、海にいただけじゃその風格にはならねェ。いくつもの修羅場を超えて、地獄を生き抜き、血反吐吐きながら岩にかじりつくようにして戦い抜いた者だけが持つ気配ってもんがある。それを……ベィビーちゃんからは時折感じさせられるからな」
「……流石は、ロジャー海賊団と何度もやりあった伝説の海賊ね。そうね、私は海賊になって10ね……いえ、12年かしら。見習い時代も含めれば、だけどね」
私の言葉に金獅子が何かを言おうとしたそこへ、食事が運ばれてくる。それにより会話は唐突に終わりを告げた。
思わず睨み付けるように運ばれてきた食事を見れば、金獅子は独特の笑い方で笑ってから、先に食べ物を口にした。つまりは毒なんて無いという簡易的な意思表示。
ここに来て初めて見た金獅子以外の人間は、ただ食事を運ぶ仕事のみを行い消える。その為に、何1つ情報としての成果は得られなかった。
「毒なんざ仕込んでねェ。仲間になってくれと頼んでいるのに、害すつもりは無ェよ」
私はその言葉に溜息を落として、内心の怯えは綺麗に隠しながら表向きは優雅に食事を始める。食事を始めて数分後、金獅子はふむと言ってから口を開いた。
「ベィビーちゃんには、航海士として仲間になって欲しいと俺は考えている。その為なら、こちらも色々と融通を効かせてやってもいい」
上から目線のそれに応えようとした時、私は突然視界が歪むのを感じた。この感覚には覚えがある。
……気を付けていたつもりでも、恐らく油断していたのだろう。これは明らかに睡眠薬の効果だわ。
それとも私の知らない新薬が出たのかしら。睡眠薬は他の毒や媚薬とは違って、確かにそれ程多くの種類を使われては居なかったけど、金獅子も同じ物を食べていた筈なのにと思えば納得いかない。
どれに仕込まれていたのかと食べ物を見るけど、味覚的にも香り的にもおかしなものは無かった。理解できない効果に、私の体はけれども正直に倒れて行く。
咄嗟に食事用のナイフを掴み、自らの腕に突き刺そうとしたのを金獅子に邪魔される。それに内心舌打ちしながら金獅子に何かを言った気がするけど、それさえよく分からないままに床に倒れると同時に私は意識を失った。
敵の前で意識を失うなんてと、己の状況に絶望しながら。思うようにならない全てに、苛立ちながら。
世界中の誰よりも、自分が憎い。その感情は、この場にいるどちらの感情なのか。
目の前で食事に手をつけるベィビーちゃんを眺めながら、航海士の1人を殺した後の事を思い出す。再度録音されている声を聞きながら、恐らくこの女は天才と呼ばれる部類だろうと判断した俺は、能力だけのゴミで無い事を願いながら自らの船を飛び出した。
使えそうなら海賊の流儀に則り奪うまでだと、初めからその能力を手にする為に降りた先に待っていたのは、海賊と呼ぶにはお粗末すぎる少数のガキ共。内女は2人しか居ない事で、どちらだろうかと考えたが聞くのが早いかと問い掛けた。
知的な眼差しを向ける黒髪の女か、微かに警戒心を見せる珍しい髪色の女か。その結果、珍しい髪色の女だと解れば暫し様子を見てみようと思うのも無理は無いだろう。
見た目だけならば、貴族のお嬢様でも通りそうなそれなのだ。能力があっても、見目麗しくても、泣き暮らすだけの女では使えねェ。
……ハズレか?
「ルフィ」
女が優しい声で、この船の船長を呼ぶ。小僧はそれに反応して、ナミと嬉しそうに答える。
周りの様子から見ても、コイツらはそういう関係なのだろうと分かる。だが、同時に他に2人、この航海士を女として見ている事が伝わり若いなと嗤う。
時に母のようにクルーや船長に笑いかけながら、阿呆な事をするガキ共を纏める姿に泣き暮らす事は無さそうだと判断する。ならばと、とりあえずは攫って行ってから他は判断すればいいかと思い直す。
珍妙な生き物も多く居る中で、優しく笑う航海士のその姿は見ていて胸焼けがしそうになる。航海士を腕に抱き込み飛び立てば、即座に全員がそれを助けようと動いた事に微かな驚きが胸に広がった。
だが、それだけこの船において重要な役割を担っているのかと思えば尚更欲しくなる。それだけの実績があるという事だ。
仲間を想い叫ぶ姿と、力のないベィビーとしか思えないか弱さ。様子を見ていた限りでは戦闘員では無く、本当に能力が無ければ単なる愛玩動物なんだろうなと思わされる程に非力。
だが、とりあえず空き部屋に閉じこめてこの先生活させるべき部屋の用意を指示しつつ様子を見れば、明らかに何も知らないベィビーちゃんでは無いと分かる顔付きで、何かを考えているのが分かった。動き方や物の触れ方で何を警戒して、何を確かめているのかは分かるが……それは自分もそれをやるからこそ分かるものだ。
つまり、警戒して全てを確認する癖のない者から見れば、特に違和感のない行動の範囲内でそれを済ませている。そんなところが、長くこの世界に身を置いていると知らしめている事に、本人は気付いていないだろう。
無意識的に生き残る為に、確認作業をしているのだろう。そうなれば欲しいなと考えるのも当然だ。
さて、このベィビーちゃんをどうやって懐柔するかと思う。そんな訳で俺は、女なら喜ぶだろうと判断してドレスを部下に用意させようと決めると同時に、その場を静かに離れたのだった。