※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編)   作:夢枕 七変化

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最悪の状況

 金獅子は想定外に私に優しくしてくれている。ただ、甘やかして囲い込もうとするのではなくて、育てようとしてくれているのが分かるからこそ、居た堪れない。

 この男は、何を考えているのだろう。航海士として使いたいだけなら適当に甘やかして、必要な時の他は閉じ込めておくのが1番使い勝手も良いだろうと思うのに。

 

 「ベィビーちゃんに薬を使うには、常人の数倍強い物を使う必要がありそうだ。だが、それでもし、その薬のみ免疫が無かった場合、大切な航海士を喪ってしまう事になる」

 

 確かに、金獅子の言葉は正しい。だからこそ、恐らく敵だろうと分かっている現状が耐え難く思えてしまう。

 今私に向けている言葉に、嘘はないと感じ取れてしまうから。……そこ迄して私を大切に扱い、求める理由が分からない。

 

 「だから、もう何もしねェよ。心が落ち着く迄は、ここで好きに過ごして貰いたいと思ってる」

 

 好きにと言うなら……帰らせて欲しい。ここに居たら、育てようとしてくれて、守ろうとしてくれるその気遣いに、心が揺れ動きそうになるから。

 そうして金獅子に、良心がまだ残ってる事を期待しようとする己の心を必死で抑えてから、無駄と分かりきった言葉を口にする。私は、折れる訳にはいかないから。

 だって、私はアーロンの時に懲りてる筈だもの。アーロンの時のような思いは、もうしたくないのよ。

 

 「好きにと言うなら……今すぐここから帰して」

 「航海士になる迄は、ここで!好きに過ごして貰いたい。と、言ってるんだが?」

 

 金獅子から発せられる威圧感に言葉を飲む。恐らくこれは、覇気ではない。

 覇気と貫禄は違う。そして、威圧もまた違う。

 ……どうして金獅子は覇気を〝使わない〟のだろう。使えないなんて事は、有り得る筈もないと言うのに。

 私は息を吐き出してから、了承する。最初からわかっていた事だし、叶えてもらえないのなら、自分で逃げ出すから構わないとそう思い直したから。

 

 「分かったわ。なら、ここに何があるのか教えて。何があるか分からないと、何を出来るかわからないでしょ」

 「良いだろう。……おい!」

 

 シキが声をかければ、すぐに食事が用意された。それを警戒しながらも見ているだけと言う訳にもいかなくて、仕方無く食べながら過ごせば、食後に地図が手渡される。

 その地図を見れば、広い建物である事が分かる。これだけの広さを持つなら、確かに何でも出来そうだわ。

 1人で出来そうな事で、情報を集めやすそうな所を見繕うのが先決ね。そこでまずは図書室に行きたいと願い出れば、案内人を付けられた他は何事も無く過ごさせて貰える事となった。

 研究室には、流石に危険だからと言われて近付けないし、外は雪の為に今私の物として用意されてる服では恐らくどれであっても凍死する。衣装等の保管庫から必要な物は持ってくるから近付くなと言われてしまえば、私が勝手にそちらに近付く事なんて出来やしない。

 内心歯軋りしながらも、皆が助けに来る迄はと館内で大人しく情報を集めておく事にする。地図は見せてもらったから、脳内に平面図は既にインプットされてるので、後で少しは皆の役立てるだろうと思う。

 こんな時だからこそ冷静で居なければならないと分かっていて、だからこそ現状に不満に抱きはしない。けど、心の片隅には常にある不安だわ。

 皆があの状況で別れて、無事であるのならば私を助けに来ないなんて考えられない。なのに現状助けが来ない事に対して、不満なんて欠片もないわ。

 あるのはただ、皆の安否に対する不安。それぞれが単独行動になっていたりしないかと、胸が潰れる思いだ。

 見渡す限りこの場所の周りは雪に覆われている。だからって攻略方法を考えて手をこまねいてしまうような、そんな性格じゃない。

 だとしたら、変な罠が仕掛けられているのか、道に迷っているのか、それとも、大怪我でもしているのか。最悪海に叩き落とされているのなら、能力者の皆は……。

 駄目よ。想像の中だけでも彼等に何かあったらなんて考えたら、私はその恐怖で身動きが取れなくなる。

 そうよ、冷静に考えなきゃ。最悪の状況でさえ無ければ皆が助けに来るだろうし、隙を見つけられたら私は自力で逃げ出すつもりだもの。

 もしそうなれば、私が皆を助ければいい。海に嫌われるって事になってるけど、実際は海に愛されてるんじゃないかって思う事も多いから、きっと彼等は無事だと信じる。

 無意識で最悪の状況を考えてしまったけど、それだけは流石に有り得ないだろうと思う。なんて言っても、麦藁の1味は主人公とその仲間達だもの。

 ……私がいる為に運命が変わったのだとして、それでも生きてはいると思うのよ。ルフィは……必ず海賊王になるから。

 それから数日、私は気分を落ち着かせる為にと本を読み漁っていた。それにより、気付いたら夢中になっていて金獅子に本を読んでる状態のまま連れ戻されたりしたけど、もしかして金獅子ってこれで案外面倒見良いのかしら?

 勿論本を読むばかりではなく、何だかんだと理由をつけては館内を散策していた。それを金獅子は咎めようとしなかったので、チョコマカと館内を歩き回り情報を集めていく事に苦労は少なかった。

 その結果、東の海を襲っているのは金獅子で間違いなさそうだと分かる。でも、皆も来ないし、来ない理由が今も分からないと言うのは精神的にキツイ。

 建物の間取りをは分かっても、島全体の事は分からないのだから、不安にもなる。まさか、あの高さから下の海まで叩き落とされたのかとか、何度も振り払った筈なのにそんな考えに取り憑かれてしまう。

 1度嫌な方へ考え始めれば、思考は坂を転がり落ちる雪玉のように肥大してしまう。想像は嫌な方へと向かい、修正する方法が分からないままに私を苦しめる。

 立ち止まって呆然と過ごしてる場合じゃないのよ。私は……何が何でも金獅子から逃げ出して、皆に金獅子が黒幕なんだと言う事を伝えないといけないのだから。

 でも私は、どうしたら良いんだろう。どうしたら、皆の所へ帰れるんだろう。

 

 「ベィビーちゃん、どうした?」

 

 声をかけられて傍に金獅子がいた事を知る。そこでどうしたものかと考えて、真実であり偽りでもある言葉を口にする事にした。

 

 「……恋人の安否を気遣っていただけよ。私を手放すなんて、天地がひっくり返ったとしても有り得ないもの。何かあったのかなって、思わない方がどうかしてるわ」

 「……あの麦藁帽子の小僧か」

 

 金獅子の言葉にそう言えばあの帽子は、海賊王からシャンクスへ、そしてルフィへと渡されたのだと思い至る。だからこそ、少し挑発的に笑って言葉を向けてみた。

 

 「えぇ、あの帽子……懐かしいでしょ?」

 「…………まさか、あの帽子はロジャーの奴が被ってた物か!?」

 

 驚く金獅子に私はニッコリと笑って頷くと、私はあの帽子が海賊王から見習いだった赤髪の少年に渡り、その後成長した元見習いが、幼かったルフィへと託した事を告げる。それにより金獅子は、血の繋がった息子に継がれてねェのが不思議だなと笑ってから、ほらよと言って果物を投げ渡してきた。

 

 「……それなら、警戒せずに食えるだろ。……悪かったな、食いもんに薬混ぜて」

 「気付けなかった私の落ち度よ」

 「……だが、それをしなければ今頃もう少し位は心を開いてくれていただろうからな」

 「金獅子に私の能力が必要なだけなら、私の心なんてどうでも良いでしょ」

 

 本当に考えが読めないわ。まぁ、レベルが違うってより桁違いの相手だもの。

 そこは仕方ないのかもしれないわね。そう思って内心で自嘲する。

 

 「……シキ」

 「え?」

 「俺の名はシキだ。そう呼べ、ベィビーちゃん……いや、ナミ」

 

 この時、金獅子……シキの中で何が起きたのかは分からない。分からないけど、その瞳の奥に孤独と絶望が宿っているのがわかり、同時に……救いを求めて泣いているように、見えてしまった。

 過去の私と今の私の人生を足しても、きっとシキ程に多くの死を間近で経験しては居ないだろう。葬った数も、弔った数も、ただ喪った数も……どれを見てもそう。

 ただ私は〝幸運〟にも、遺す苦しみも知っているし、遺される哀しみも知っている。だからこそ何となく分かってしまう。

 多くの悲劇を経験して、シキは〝海賊らしい海賊〟になる事で自分の命と心を守ってきたんだろうと、今ならばわかる気がした。だからかな、こんなオッサンが幼い子供のように見えてしまうのは。

 

 「……シキ、座って」

 「ん?」

 

 私の言葉に従うようにソファに座ったシキの頭を胸に抱き込むようにして、そっと包む。本当に舵輪が突き刺さってるわと思いながら、これで生きていられるのだから、流石はこの世界の人ねと思う。

 

 「ベィ……ナミ、何を考えてる?」

 「シキが、迷子の少年に見えたの」

 

 私の言葉にシキが動きと呼吸を止める。私はただ、シキにも〝今〟を生きて欲しいと思ってしまった。

 シキが敵である事はもう、間違いようのない現実なのに。それなのに、見捨てられない。

 

 「折角生きてんだから、もっと色々な物を見なさいよ。変なものに囚われないで、海賊らしく自由を楽しみなさいよ」

 「ナミ……」

 「……シキは身長が高すぎるから、座ってもらっただけで、危害を加えようとか考えてないから安心して」

 「ナミ……」

 

 シキの声が、震えた。切なそうに、苦しそうに、震えた。

 

 「私は、運命なんて信じない。定まってるのだとしても、変えて見せる。……シキは、勝手にそれに囚われてるのよ。……目を覚まして、世界はそんなに狭くないわ」

 「ナミは、甘ェな。甘過ぎて……胸焼けする」

 

 そんな言葉を返してきた直後に、私を振り払い立ち上がったシキは無駄に高いその身長を生かして私を見下ろすと、突然誘拐したあの時のように私を抱き上げる。ただし、向きはあの時と逆ではあったけれど。

 驚いている間に重ねられた唇は、明らかに強制的に奪われているのに、何故か縋り疲れているように思えて拒絶できない。弱ってる相手を、突き放せないのは……私の弱さなのかな。

 でも、ルフィじゃなきゃ嫌だと心と体が即座に悲鳴を上げるから、私はシキを傷付けない程度にそれを拒む。そんな私にシキは小さく笑うと、そっと解放してくれた。

 

 「……ナミは、海兵になるべきだったかもな。その甘さは、海賊には向かねェ」

 「五月蝿いわね。私はこれでも、6歳の時から海賊やってんのよ。今更……後悔なんてしない。何度やり直せても、きっと私は同じ事を選択するわ」

 「眩しいな、この部屋は。……また、明日来る。今日はゆっくり休め」

 

 言葉と共に去って行くシキは、悲哀に満ちた空気を1瞬だけ纏っていた。けど、ドアを開ける頃には既にそんな気配は霧散していて……。

 私はシキを憎めないかも知れないと、そんな事を思った。月は近くなった筈なのに何故か大きく見えないものね。

 ……と、そんなどうでもいい事を考えながら私は窓の外に視線を向けていた。早く休むべきだと、分かっていながら。

 そうして誘拐されてからから7日目の朝、朝食を終えた私は館内にあるプールに行きたいとシキに申し出てみた。排水溝から外に出られる可能性を考えたからだけど、そんな事を知らないシキは少し考えるような様子を見せる。

 それでダメなら、部屋から紐を使って逃げるしか無さそうだけど……。途中で見つかりやすそうなのよね。

 そろそろ、流石に限界だわ。ルフィ達に、逢いたい。

 結局シキは快くプールの使用を許可してくれたので、私はプールへ向かい歩き出した。プールだから水着になる他無いので、シキは逃げ出せないとほくそ笑んでいるのだろうけど、誰が諦めるモンですか!

 実際、実質的に1人になっても、常に電伝虫がこちらの様子を見ているから、中々に行動に移しにくいのは分かってる。それでも、脱出を諦めるつもりは無いのよ。

 数日前に盗んでおいた宝物庫の鍵を使って、身近な物を入れるように奪われずに手元に残されていた鞄に、値打ちの高そうな宝石をいくつか詰めてからこのプールに来たのだ。タオルと共にサマーベッドにそれを置いて、身につけられそうな物は身に付けておいて、貰えるものは1ベリーだって逃しはしないわと内心でほくそ笑む。

 電伝虫が見ているのを視線の先で確認してから、私はプールに飛び込んだ。水が……気持ちいい。

 慣れ親しんだ水の感触に、海水が混ざってると確信できる。だからと思い泳ぎながら排水溝を確認すれば、思っていたよりも大きなそれを発見出来た。

 これなら途中で詰まって息絶えるとかも無く、何とか脱走出来るかなとプールの水に浮かびながら考える。まずどうやって気付かれないようにあれを外すかとかから、考えないといけないんだけど……。

 気持ちよく感じるからと言って、ずっと水の中にいては体力を消耗するだけ。だから、私は1度サマーベッドに戻り、タオルで髪の毛の水気をとっていく。

 絞れば絞るだけ落ちる水に少しウンザリするけど、ルフィに切るなって言われたし……。ルフィに求めて貰えるなら、何でもしてしまいそうな自分に気付く。

 ルフィがいつもやるように髪を指に絡めてみるけど、なんか違う。……ルフィ、無事よねと雪の降り積もる外へと私の視線は自然と移行しつつ、返事のない問い掛けを脳内で無駄に繰り返していた。

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