エースは甲板に尻餅ついた状態で私を見て、何故か顔を赤らめるけど、そんな可愛い顔しても許しません。この子はどうしてここに居るのよ。
ゴクリと喉を鳴らすエースに、私は再度問い掛ける。私に怒られるのが怖いなら、飛び出すんじゃないわよ。
「どうして、エースがここに居るのよ。早く家に帰りなさい!」
私はエースを喪いたくはないし、エースを喪わせたくもない。ルフィが……サボが……白髭海賊団の皆さんが……どれだけ嘆き悲しむか。
ダダン達山賊や村の人、そして……ガープさんが。やり場の無い痛みと悲しみにどれ程辛い思いをする事になるのか……考えて欲しい。
「ナミ……その、この状態が俺にはイマイチその……」
「エース、お兄ちゃんも来てるから、早くお家に帰りなさい」
「は?お兄ちゃん?」
エースから指を離して顎で不死鳥マルコを示せば、エースは驚愕に目を見開き、何でいるんだと騒ぐのでとりあえず腹に1発拳をめり込ませる。迎えに来てくれたお兄ちゃんになんたる言い草か。
「……エース、帰るわね?」
「な、んで……そんなに、帰らせようと……」
苦しそうな息の中で、私に問い掛けてくるエースにふっと笑う。この愚か者め……。
「エース程度の実力じゃ、かなわない相手だからよ。ヤミヤミの実は最強で最弱の悪魔の実。ロギア系とは相性が悪いわ」
「ナミ、どうしてその事……」
「そんなのどうでもいいから、いい子に白髭さんの元に帰って。私は……エースを喪いたくない」
エースの腹部から拳を抜いて体を離せば、ゲホゲホと咳き込むエースがいて、私は溜息を落とす。私に拳を入れられるようじゃ、まだまだなのよ。
「私は弱い。その私の1撃さえ避けられないエースに、勝てる筈が無いのよ。……家族だから、友だから、そんな言葉で仏心を出してしまうような人達が、黒髭に勝てる筈はないの。お願い、これ以上心配かけないで」
「お前ェとエースの関係はなんだ?」
「私はエースとサボの姉よ、不死鳥マルコさん」
「名前だけにしてくれると、助かるねぃ」
困ったように言われては、私も従う他ない。嫌味とかで言ってた訳じゃないから。
「マルコさん、エースを引き取ってください。このままではエー「ナミ、俺は帰らねェぞ」」
私の言葉を遮って放たれたエースの言葉に、私はエースへと冷たい視線を向ける。その視線を受けたエースは呼吸を整えてから立ち上がると、小さく油断していい相手じゃ無かったよななんて言うから、やる気らしいと判断してクリマタクトを構える。
同時に床を蹴りエースの拳と私のクリマタクトがぶつかる。エースの力が当然子供の頃とは比べ物にならない程に強くなっていて、力押しでは決して勝てなくなっていると気付かされれば、それを受け流す方向に切り替える。
エースはそれによりバランスを崩すけど、子供の時のその癖が直ってないなんて有り得ないから、あえてその作られた隙を見逃してクリマタクトに電撃を纏わせつつ覇気も用いておく。そして、小さく舌打ちしたエースが飛び掛ってくるのを躱してクリマタクトで項を狙って攻撃すれば、見事にヒットしてつらそうにそれを押さえる。
「……エース、この10年何してたのよ。弱くなったんじゃない?」
「ナミ、てめェ……」
「私程度の実力では、黒髭に勝てないわ。そしてその私にも苦戦するようじゃ、エースに勝ち目はない。勿論、エースが能力を使わないでいてくれるからこんな風に戦えてるのは分かってるけど……今挑むには無謀過ぎるわ」
「だけどよ、すぐ近くに居るって情報なんだよ!このアラバスタに居るって!」
何それ。そんな話、私は知らない。
でももし、それが本当ならば……不死鳥マルコとエースがいて、ルフィ、ゾロ、サンジ君がいる今ならば……戦いになるかも知れない。全てを思い出せてる訳でも無いし、全てが知ってる通りに進む訳でもない。
それならば……それに乗ってみるのも悪くは……。そう思った時、唇に何かが触れていた。
ハッとした時には遅く、エースに腰を抱かれていて、深く口付けられている。考え事してると、明らかなる攻撃以外躱せなくなるのは、私の悪い癖。
だから、こうなる事は予想できた筈なのに……。
「ゃ……めて……!あっ」
必死で押し退けようとするけど、私の力では全くかなわなくて、ピクリとも動かせない。その時ルフィ、ゾロ、サンジ君がエースに攻撃を仕掛けたけど、覇気を使えない3人は攻撃を当てる事も出来ずに、衣服を燃やされて距離をとるしか出来ない。
それを確認しつつ、エースの舌を噛むように歯を立てればエースの唇が離れる。その瞬間に口元を拭い、エースを睨み付ければ何故か嬉しそうに笑われる。
「……あァ、ナミだな。中々戦わねェけど戦えば強いところも、何か考えると無防備になる所も、気の強い所も何も……変わってねェ」
「……姉の唇を、無意味に奪おうとするんじゃありません!」
そう言って額に覇気を纏って頭突きを食らわせてから離れれば、俺火なのにとかほざいてるのが聞こえて思わずマルコさんに視線を向ける。まさか、知らない筈はないわよね。
「……マルコさん、エースは覇気を知らないの?」
「パラダイスで使える奴が、そうそういるとは普通思わねェからねぃ」
成程、言われてみれば確かに。それから私はビビに目的地を確認しようと視線を向ける。
「最初の目的地は?」
「ユバよ」
「エース」
名を呼べば驚いたような顔でビビを見てから、エースは頷いた。黒髭が居るという情報によれば、その居場所はユバであると。
ならば後はルフィの決定に従うまで。私はルフィに視線を向けるとその名を呼んだ。
「ルフィ」
「目的地が1緒なら、もう少し1緒に居られるな!……でもよ、エース」
「ん?」
エースがルフィを不思議そうに見て、ルフィはそれに唇を尖らせる。その表情は少し拗ねてるようなのに、瞳には怒りの色がありありと浮かんでいるのがわかる。
「ナミには手ェだすなよな」
「なんだ、船長としてか?」
「いんや、ナミの男として」
その瞬間、その場の空気が凍り付いた。そしてビビが声にならない悲鳴を上げて私とルフィを見るのと同時に、エースが私の腕を掴んだ。
「待てよナミ。俺には子供が大人の真似するなとか言っといて、相手がルフィとはどういう事だ!?」
顔が勝手に赤くなるのを止められない。だって、だって……しょうがないじゃない!
あの頃は私も余裕無かったし、エースはただのおませさんだと思ってたのよ。それに……ルフィは気付いたら私の中に住んでたんだもの……。
「し、かたないじゃない。……好きに、なっちゃったんだから……」
絞り出せたのはその言葉だけで、エースは私の顔を見て頭を抱え、マルコさんは成り行きを楽しんでる様子で、ルフィはなんだか嬉しそうに笑っている。
ゾロは何かに耐えるように眉間に皺を寄せていて、サンジ君は少し切なそうな顔をして、ウソップはそうなってたかと呟き、ビビは頭を抱えてその場に崩れ落ちた。……どうしてビビが1番ダメージ受けてるのよ。
「……ルフィよりは、俺の方が色々条件良いと思うけど、今からでも変えないか?」
「エース、私が条件だけで男選ぶと思ってんの?」
寧ろ条件で選ぶならルフィは絶対選ばないわよ。だって、大食いでエンゲル係数はね上げるし、計画性は無いし、トラブルメーカーだし、体力は無尽蔵だし、我儘で言い出したら聞かないのよ。
……稼ぐのは私。抑えるのも私。
それでも……ルフィが良いと思ったんだから、理屈じゃないのよ。……まぁ、そりゃ、何かあった時必ず守ってくれるし、助けに来てくれるし、変に細かいところ気付くし、いい所もあるんだけど……。
「ナミ、全身赤くなってんぞ」
ルフィの言葉に私は混乱して、チョッパーに抱き着いた。私の唯1の癒しはチョッパーだと思う。
「ナミ、ここはルフィに抱き着くのが普通だと、俺、思うんだ」
チョッパーの可愛い声がそんな言葉を口にしたけど、あえて全力で無視させて貰う。何この、公開処刑みたいなのは。
何がどうなってこうなったのよ。私は暫く混乱の渦から出られそうにない。
「可愛いもんだねぃ」
追い討ちをかけるように聞こえたマルコさんの声に、私が余計に小さくなるとチョッパーはもう私を無理に引き剥がそうとはしなくなった。縋るようにチョッパーの体を強く抱き締めると、チョッパーがなんだか気恥しそうにしているのがわかったけど、それを気にしてる余裕さえない。
そんな私をチョッパーが仕方ないなァとか言いながら撫でてくれて、私はそれに存分に甘えさせて貰うのだった。それを見ている人達がどんな顔をしているかなんて、そんな事は今の私にはどうでも良かった。