今この場にいるメンバーが、比較的普通の身長しかないメンバーだからなのか、シキの姿が異様に巨大に見える。浮いているし、遠く離れていると言うのに。
「ベィビーちゃん、みっけ」
「シキ……!」
名ですらないそれで呼ばれただけで、ぞわりと鳥肌が立った。体が小さく震える。
どうしよう、どうしたらいい。ルフィは来るなと言ったけどそんな訳に行かない……私も戦わなくちゃ。
そう思うのに、体は言う事をきかない。私は、シキが怖いのだと今更自覚する。
アーロンを思い起こさせるシキが、怖いのだと、理解出来たところで解決策は無い。私が震えて動けない間にも、ルフィ達はシキと戦い始めてしまう。
ルフィの攻撃をシキが躱して、ゾロやサンジ君が飛び上がり、ウソップが援護射撃して、チョッパーがその隙をつく。見事な連携プレイに、動けない私は見ているしか出来なくて……それどころか脳裏にはアーロンの高笑いが響いている。
サンジ君がシキに捕まったのが見えた時、思わず皆の所へ駆け寄るとゾロに横目で睨まれて、背に庇われてしまった。……いつも、こうだ。
私は守られてばかり。……強くなって共にと思うのに、ウソップは共に戦うようになったと言うのに、私は今も皆に守られている。
「……今回敵の狙いはナミだ。守られるのも協力だと理解しろ」
振り向く事もなくゾロにそう言われて、私は考えもしなかった言葉に目からウロコ状態でゾロを見る。その時、ルフィによって解放されたサンジ君と共に降り立ったルフィが私の前に立った。
私を庇うように立つ皆に協力したくて、クリマタクトを取り出そうとしたら、大地が揺れた。爆風と共に大地が隆起して立っているのが精一杯になった私とは違い、皆はそれに巻き込まれていく。
明らかに私を避けて皆だけを狙う動きを見せる土に、水を降らせて形を保てなくしたらどうだろうかと考えて、それでは彼らが窒息するリスクが高いと気付く。どうしたらいい、皆を助けたいのに……!
「ルフィ!皆!」
声をかけてみるけど、皆は戦いの真っ最中で、浮かんでいるシキの所へと攻撃が仕掛けられているのが何となくわかる程度だ。けれども、彼らの攻撃はシキへとダメージを与える事は無く、簡単にいなされて土の中に皆が閉じ込められる。
土煙が上がるのを見て、皆の元へと駆け出そうとしたら土の動きが変わった。緩やかになり途中で止まった事に気付いた時には、背後からシキに片腕で囚われた後。
「いやっ!離して!」
「ベィビーちゃん、危ないから下がってな……戦えもしないのに、無闇に突っ込むんじゃねェよ」
……戦えも、しない。私は、もう既にそんなにも皆との間に実力差があるのだろうか。
そのまま土は動き出す。殺さないように手加減されているらしく、皆はとりあえず生きているらしいと分かる。
つまり先程の動きが緩やかになったそれは、私を巻き込まない為。私に意識を向けていた為に起きた現象。
顔が表に出ているのを見れば、考えるより先に皆の元へ行こうとして暴れてしまい、シキに呆れたような溜息と共に解放された。土で出来た塔のようなそれを見上げて、息を吐き出す。
「ルフィー!!皆ー!!」
どうやら、既に意識は無いらしい。目の前にいるルフィ達を助けたいのに、近寄り過ぎないようにか突然掴まれた腕により、体が震える。
下手に動けば皆が危ないと言う事は理解してるし、実力が不足し過ぎている事も明白。抵抗する隙もなく、1瞬で掴まれた腕に絶望感が襲い掛かる。
考えるのよ、私。皆は生きているのだから、まだ全てが終わった訳ではない。
皆の命を奪われさえしなければ、皆が揃っていれば不可能なんて無いんだから。脳裏に響くシャーッハッハッハッハッハッと言うそれを断ち切る為に、私は1度強く眼を閉じる。
「ルフィ……」
ルフィ達を、殺させはしない。そう言えば、笑い方まで少し似てるわとシキを見る事も無く思う。
私が動かなくなったのもあり、シキは私から手を離すと嘲るような色を含んで言葉を紡ぐ。御しやすくただ見目麗しいだけにしか思えないだろう私を、シキは大いに侮ってくれている。
「全く、勘違い野郎には困ったモンだ……。お前がやっと全てを理解して、俺の元へ来る気になったと言うのに……。なァ、違うか?」
警戒されるよりずっと良い。私は深呼吸を1つしてから、シキへと視線を向ける。
アーロンの元にいた事で、学んだ事が沢山ある。もう、駆け引きは始まっているのだから、力が無いなら頭を使うしかない。
「私が仲間になれば、皆にも、東の海にも手を出さない。それで間違いはない?」
「ジハハハハハ……。俺は〝仲間を何より大切にする〟男だ。お前ェが仲間になるのならば、その故郷も〝愛する男〟にも、手は出せなくなるってもんだ」
失敗した部下を平然と〝始末〟していた男が、仲間を何より大切にするとは思えない。それとも、シキの中では仲間と部下でランクが分けられているのかしら?
そうであっても、シキにとって私は〝仲間〟ではないだろうと分かる。体のいい〝道具〟でしかないのは、その瞳を見ればよく分かるもの。
時たま、私を見て誰かを想っているような時があるけど、それでも私自身を見ている訳じゃない。それが分かるから、私は静かにシキを見据える。
ここで短気を起こすのは悪手。ならば、どうしたらいい……?
「俺にとって唯一の脅威はあのサイクロン……。より腕のいい航海士が必要な事は、お前ならよくわかる筈だ……。お前は、馬鹿でも愚かでもねェ」
シキの言葉に肩が揺れる。求められるのはいつも、ナミちゃんの恩恵で持って生まれた能力の高さ。でも、私はその能力を使ってルフィと共に進みたい。
ルフィの傍に、いたいのよ。そもそも私は、こんな話は知らない。
シキとナミちゃんが会うなんて知らない。だけど、今現実に私はシキと出会い、言葉を交わしている。
沈みかけた夕陽を反射して、ノジコから貰ったブレスレットが光る。それにそっと触れてみれば、東の海を……ノジコやベルメールさん、ゲンさんとドクター、他にも多くの人達が笑ってる姿を思い出してしまう。
「……形見か」
「馬鹿言わないで。これは、故郷で別れた
……私、我儘になったわ。弱くなっただけじゃなくて、前よりも強欲になった。
だって、何1つ諦めたくない。私は、何1つ失いたくない。
これしか、今私に選べる道は無い。ルフィ達も、故郷も、私は絶対に喪わない。
私は深く息を吸ってシキに答えようと口を開いた。その瞬間、土柱の中からウソップの声が聞こえて来る。
「……馬鹿な考えは、やめろよ。ナミ……」
「ウソップ!」
私が喜びの声を上げると、シキが低く唸るように意識があったのかと言う。その声に殺意を感じてウソップとシキを交互に見れば、シキは葉巻を吸って怒りを軽減させている様子が見て取れた。
ウソップは、そんな事は関係無いとばかりに言葉を重ねる。呼吸しているだけで苦しいだろうに、シキとの実力差をたった今思い知らされたばかりなのに。
「お前ェ、故郷の為にそいつに身を売ろうってんじゃねェだろうな……。お前ェは、ロビンの時に何を言った!?俺が、チョッパーを傷付けた時、何を言った!!」
「ウソップ……」
「俺から見たらお前ェは、当然仲間だけどよ。同時に親友だと思ってるし、姉みたいに思ってる!すぐに無茶して、自分の事蔑ろにする、そんな姉貴を黙って差し出せるか!!それにな……そんな勝手な事、ルフィが許さねェ!」
そのウソップの言葉にシキが反応する。どうやら許さないと言う単語に反応したらしい。
土柱の上に浮かされている巨大な岩が、状況を鮮明にする。駄目、そんな物を降らされたら皆が……!
「待って!状況は分かってるから!だから、仲間に手を出さないで!」
「ふむ……だったら、答えを聞こうか。ベィビーちゃん……!!」
シキの言葉は死刑宣告のように重く響く。今はロビン達が側にいないけど、きっとここに向かってる。
村のピンチを伝えられないのが申し訳無いけど、私は酷い奴だから、誰に恨まれてもいいから……大切な人に、無事でいて欲しい。ルフィ達を掘り返すのは、ロビン達がきっとやってくれる。
ここではとりあえず生きて貰うしか無い。生きてさえ居てくれれば、きっと皆助けに来てくれる。
……もし、最悪助けに来てもらえなくても、故郷を守る為に出来る事を考えて行動すればいい。どう考えても、シキは約束を守らないだろう事は間違いないのだから。
だからこそ、今延命して貰うだけでも大切な事だと思える。腕輪にそっと触れて、私は冷静に言葉を紡ぐ。
「ウソップ、黙って聞いて。これしか方法がないの」
「ナミ!」
ウソップは黙らない。その真っ直ぐな正義感と優しさが、私に期待を抱かせる。
同時に、ウソップを窮地に追い込んでしまう。私は、身近な人が死ぬのも、苦しむのも、傷付くのだって見たくない!
「〝東の海〟は……私が守る!!だからもう、安心して旅を続けてね」
「駄目だナミ!やめろ!!」
でも、表情にそれを出す事は許されない。既に駆け引きは始まってる。
私は自分の願いを叶える為に、仮面を付ける。大切な人に、生きていて欲しいと言う願いの為に、アーロンの元にいた頃に作り上げて、今は穴が空いたりひび割れている仮面をそっと付けるのだ。
人生において、どんな経験も無駄にはならない。しなくていいならしない方がいい経験もあるけど、どんな経験でも人間は糧とする事が出来るのだから。
「私なら大丈夫。どこでだって、生きていけるから」
ウソップの声を、言葉を無視して私は続ける。ルフィに伝言を頼みたくても、このままでは難しい。
……助けには、そうなると誰も来られないか……。シキがウソップみたいに、騙されてくれていたら良いんだけどね。
「馬鹿言ってんじゃねェよ!!んな事、1体誰が納得するって言うん……」
ウソップがそう言った時、爆発するような音と共に土煙が上がる。私は慌てて数歩ウソップに駆け寄るけれども、意識がないのは明らかだ。
「ウソップ!!」
「五月蝿ェ小僧だよ、全く……」
「ウソップ……」
私はノジコの腕輪に触れて、深呼吸をしてから体の向きを変える。その勢いで膝をつくと頭を下げた。
膝をつく事も、頭を下げる事も、嫌という程経験している。皆が助かるなら、靴でも何でも舐めてみせるわ。
屈辱になら、いくらでも耐えてみせる。私は……誰も、喪わない!
「私を、仲間にして下さい」
「……歓迎しよう。賢く有能な航海士よ!適わねぇ敵が居る事を知るのもまた、成長だ!」
機嫌の良さそうなシキは、私の目の前に音声貝を落とす。そして私の言葉を引きずっているのか、誘拐犯じゃねェから伝言を残せと言ってくる。
……これはチャンスだ。
暗号文のように言葉を紡ぐ?
……駄目よ、ルフィに通じる筈がないわ。それに、チョッパーやゾロも通じないだろうと思う。
そうなるとウソップが勘を働かせてくれるか、サンジ君に頼る事になる。今そういう意味で頼りになる人は傍に居ないのだから。
これを聞く時、傍に居ない可能性も考慮しないと。でも、これがチャンスである事に間違いは無い。
私は脳内で言葉を組み立てて、口にする。シキに聞かれても大丈夫な言葉を選び、不自然にならないように言葉を続けた。
……最後に1言、シキに気付かれないように最大限の注意をしながら、囁くように、祈るように言葉を付け足して。最後の1言だけが……私の本心であり、願い。
シキは私の言葉に満足したのか、王宮へ戻ると言うから、その場に伝言を残してシキの後に続く。皆……無事でいてと願いながらも、もう、振り向く事さえ許されはしない。