私の記憶と言う知識には無い人物。私に頭痛が起きない現実。
この2つに加えてこれ迄の経験を踏まえればこれ迄に該当する事案は、チョッパーと出逢った切っ掛けの病。それから導き出されるのは、私が死ぬもしくは死にかけると言う事。
……それは、正直怖くない。だってもしも私が死にかけるか死ぬと言うのならば、シキの手によるものだと分かるから……。
勿論シキになら殺されても本望とか、そんなんじゃない。私がそんな風に想うのは、ルフィとシャンクスだけだもの。
ただ、シキは本気で私の能力を求めている。それなのに私を殺す事を選択するのならば、私は何かしらシキにとって迷惑になる答えを私が知る事が出来る、またはそうした行動を取る事に成功するという確証に繋がるわ。
最悪の場合なんて考えられない。私が死んでも、皆が生きていて、東の海も無事ならそれは既に最悪の場合では無いもの。
そうなればなったで、構わないわ。ルフィには、前を向いて進んで欲しいから。
欠ける事で先に進めなくなる人と、そうでは無い人が居る。その中で私は居なくても、どうにかなる方に含まれているとちゃんと理解してるのよ。
そう考えれば、もしかしたら私はその為の身代わりだったのかもしれないとも考えられる。そうだとするならば、この先でもっと優秀な仲間が現れるのだろうか。
それとも原作とは違った生き方をしているナミちゃんがいて、そのナミちゃんと出逢うのかも知れない。……音声貝に、感謝の言葉も入れておけば良かったかな。
死ぬ事は怖くなくても、心残りはある。ウソップを悲しませてしまった、その事に対する罪悪感もあるわ。
ルフィはどうなるだろう……。エースを失うのに比べたら、大した事じゃ無いかもしれないけど、やはり悲しませてしまうだろうか。
チョッパーは優しいし、慕ってくれてるから泣くだろうと思う。そうなったら、ロビンとウソップが上手く慰めてくれるかな。
フランキーも涙脆いから、きっと嘆いてくれると思う。ブルックは出会ったばかりだけど、若いのにと嘆くくらいしてくれると思える。
……ううん、もしかしたら1番傷つくのがブルックかも知れない。ブルックは〝仲間を喪う〟事に対して、恐らくは1番多くの傷を背負っているから。
……ロビンは、怒るかな。ロビンに自己犠牲はダメだと言いながら、死ぬ事を覚悟して1人でシキに着いて来たのだから。
ゾロは〝弱い仲間〟を守れなかったと、自分を責めはしないだろうか。表向きはきっと何ともないように見せて、でも本当は感情を表に出すのが苦手な子だから、心配だわ。
サンジ君は、嘆き悲しむだろうな。周りが引くくらい。
でも、きっと最初に理性を取り戻すのも彼だろう。優しいから、自分の悲しみよりも、皆の為にと立ち直るだろうと分かる。
そんな事を思いながら用意された黒いドレスを着込めば、前に念の為にと皆用に買い揃えたフォーマルのそれとデザインが近い事に気付く。クーちゃんに頼んで用意しておいたのよね。
役になんか立たないかもしれないけど、ルフィは王族とかとの交流が何故か多いから、いつか必要になるかもって思ってクーちゃん経由で購入しておいた。それは今、私のクローゼットに仕舞われている。
その事を知ってるのはロビンだけだけど、私が帰らなければロビンがその辺も含めて上手くやってくれると信じている。髪を簡単にアップにしてから、シキの元へと戻れば満足そうに頷いた。
「……驚いた。本当にいい女だな」
私はそれに何も答えずにシキの後に続く。表情を失くした私を、シキは時折興味深そうに見る。
その視線さえ、今は気にならない。アーロンの時とは違って希望は無いと分かってるのが、ある意味で救いだろうか。
シキの元で何年も仕える事にならないのは、それだけで幸福に思える。その時突然腰を強く引かれて足が地から浮けば、直後に唇が重ねられていた。
それを抵抗するべきか、受け入れるかの判断が出来なくて、私は反応しない事にした。そんな私がつまらなかったのか、シキはすぐに唇を離したのでそこで漸く私は言葉を向ける。
「シキの言う〝仲間〟には〝性欲処理〟も含まれるの?」
「……ベィビーちゃんが、嫌でなければな」
「なら、拒ませてもらうわ」
ヒビ割れていた筈の仮面が、緩やかに、けれども確実に修復されていくのが分かる。そんな中でも、私はルフィ以外には触れてほしくないと思ってしまう。
そんな私にシキは嘲るように言葉を口にする。ルフィと共にいた僅かな時間に付けられた跡が、惜しげも無く晒されているから。
「そんなに跡を付けられてるってのに……男無しで耐えられるのか?」
「……私は、私から望んだ相手にしか触れられたくないの。仲間になったのだとしても、私とシキの関係はある意味でビジネス契約と同じでしょ」
「俺と、対等のつもりか?」
シキから殺気と似たものが発せられる。それを分かっていて、魔女の笑みを浮かべながら、嘲るように言葉を紡ぐ。
「当然でしょ。私は、シキが知らない最近の情勢を知っていて、シキの求める能力を有しているわ。シキが私に返せるのは、東の海を襲わないというものだけ」
私の言葉にシキはピクリと反応を示してから、そっと床に足を降ろさせてくれた。この言葉の意味を、シキは恐らく正しく理解した筈。
「なら……もし俺が約束を違えた時、どうするつもりなんだ?」
「……そうね……白髭海賊団は、私の為に動くでしょうね。その他にも、その白髭海賊団と同等と言われる程に成長した、ロジャー海賊団の〝見習い小僧〟も動くと思うわ」
半分はハッタリだけど、シャンクスの方は無条件でそうなるだろうなと信じられる。シャンクスやベックは私の為に動いてくれるだろうし、ヤソップは故郷の為に動いてくれると思う。
白髭海賊団はエースが騒いでくれて、マルコさんがエースの為にって働き掛けてくれる気がする。でもまぁ、コッチは半々の確率かしらね。
「白髭か……奴は、現役なのか」
「えぇ、四皇と呼ばれる海の王者の1人よ。……玉座に座る事無く、玉座の前に立ち続けているとか、言われてる筈」
……あれ?違ったかな?
なんか、海賊王の墓守してるみたいでカッコイイなって思ってたけど、皆が言ってたのか、誰かの意見なのか思い出せないわ。そんな事を考えていたら、シキは私を無言で見て来ていて、どうやら品定めされてると気付く。
「……そこ迄誰もが欲しがる能力じゃねェだろうに。今は女が少ないのか」
「失礼ね。いい女でしょ、私」
「否定はしねェが、白髭が動くとなりゃ、話は別だ」
「白髭海賊団に、海賊王の息子が居ると話したでしょ。それは、私の弟分なのよ」
私の言葉に成程と頷いたと思ったら、白髭らしいなと薄く笑みをその表情に浮かべるから、流石に驚く。なんだかんだと、嫌いだとか言いながらも、やはり懐かしいのか、もしくは戦友に近い存在だったりするのかな?
……男達のそういう所って、よく分からないわ。女は、長く戦っている敵は、もう、完全に仇みたいなもんで絶対に打ち解けるなんて有り得ないから。
「ロジャーん所の見習いと言やァ……ロジャーの帽子を引受けた方か?それとも赤っ鼻か?」
「帽子の方よ」
「……確かに、あっちなら登るかもな。いい、剣士だった。無鉄砲で、勝気でな」
麦藁帽子を被って、両手に剣を持ち、勝気に笑う少年シャンクスが脳裏に描かれる。……なんだろう、可愛い。
あれ、待ってよ。だとしたら、ルフィとゾロをかけ合わせるとシャンクスの若い頃になるんじゃない?
厄介そうだわ。よく周りの人達は、そんなシャンクスを抑えて居られたわね。
「……シャンクスにも、そんな時代があったのね。そうよね、その頃はまだ、シャンクスも今の私と同じかそれより幼かったんだもの」
「…………こりゃ驚いた。お前ェ、あの小僧と同じ位見習い小僧を想ってんのか」
その言葉で仮面が消えていたと気付く。ルフィとシャンクスの存在は、どうしたって私の中で大き過ぎる。
「……師匠だもの。お陰で私は今迄生きてこられたの」
私の言葉に成程と笑ってから、シキはあの坊主がなァと言って歩き出した。そうして先を歩くシキが空を飛んで椅子へ移動するのを眺めていたら、シキに入れと言われる。
「……見れば見る程いい女だぜ」
私が言われるままに入室すると、その姿にシキは御満悦な様子を見せた。その時化学者っぽい服装の男、ドクターなんちゃらって呼ばれてたから、船医かも?が、シキに声を掛けた。
「あ、お帰りなさいませ。……シキ様、その女も賞金首でしたよ」
「んァ!?ベィビーちゃんが!?……今の海軍はどんだけ腐ってんだ」
「その女を助けに来た仲間が居たみたいでして……1味の事を知っていた様子の者が居ましたので、話を纏めておきました。どうぞ」
そう言って書類のような物を差し出されたシキは、それを手にして目を通すと私に視線を向けて納得いかない様子でその瞳を細める。手配金額と<ruby><rb>ONLYALIVE</rb><rp>(</rp><rt>生け捕りのみ</rt><rp>)</rp></ruby>の表記が理由だろうなと思う。
「……珍しいな、政府が生け捕りのみとするなんてのは」
「作家兼、作詞作曲家なのよ。それなりに売れてるわ」
「……航海士ってだけでも、貴重な人材だって事を思えば、それも妥当となるか」
変な勘違いされたく無い。私の懸賞金は〝宝玉〟の為についたものだから。
「いいえ、政府は私が航海士だなんて知らないわ。政府お抱えの海賊……七武海と呼ばれる人達の内2名程が私を気に入ってくれていて、働き掛けてくれたみたいよ」
「やはり、もう取り合いは始まっていたか」
そう言ってシキは笑うけど、私は意味が分からなくて困惑する。やはりって、何?
取り合いって、どういう事?
けれども私がそれを問い掛けるより早く、シキから見てみろと顎で示された画面により、私は声を失う。画面に映る現実に、質問どころではなくなってしまった。
だってそれは、シャオ達の村がルフィ達でさえ梃子摺っていた動物達に、襲われている映像だったから。私が……危険を伝えられなかったから……。
「ほんの余興だ。村のダフトグリーンを撤去しただけの事。故郷がこうならずに済むと言う幸せを、噛み締めるがいい」
立ち上る噴煙。谺する悲鳴。
図鑑ですら見た事も無い姿の動物達がひしめき合い、建物を破壊して行く。それによりまた新たな炎が起きて、夜であるが故にその光景が目立っている。
空島の時は、夜は見えないからと行われなかった惨劇。それが今は夜であるが故に見えやすく、それを狙って行われているのだと分かってしまう。
怪我人や死者はどのくらい出てしまっただろうか。ルフィ達は、無事なのかな。
私は、何も伝える事が出来なかった。土の中にいるルフィ達が、動物達の標的にされたりはしないかな。
分かっていたつもりだった。覚悟して来たつもりだった。
ルフィ達か、シャオ達かの選択肢の中で、私はルフィ達を選んだのだから。それでも……胸が痛む。
不安と後悔が胸の中に渦巻いているのを感じながら、同時に私には何も出来ない事を痛感する。今私にできる事は、頭を使う事のみだろう。
嫌われる事も、憎まれる事も、蔑まれる事も、私は遠に覚悟が出来ている。大切な者を守る為なら、私は何でも犠牲にすると決めて来たから。
何も失わずに守れるものなんて、この世には無いのだと言う事を、私は嫌という程思い知らされて生きて来た。ただ……これ迄は1番最初に捨てる予定でいた自分の命を、簡単に捨てられないと思うようになった事が唯一の変化だろうか。
どれ程内心で動揺していても、それを表に出す事は許されない。アーロンの時にやったミスは、もう繰り返したりしないと決めているのよ。