いつもよりも低いナミの声が、音声貝から流れ続ける。淀みなく言葉を紡ぐその声を最後迄聞く事なく、ルフィは怒りに体を震わせて突然叫んだ。
それにチョッパーは身を竦め、けれどもルフィとチョッパーを除いた全員がそのルフィの声の向こうで、ナミが最後に何かを呟いた事に気が付いた。その言葉が恐らく鍵になると、2人以外の全員が気付く。
けれどもそれに気付けなかったルフィは、1人仲間の傍を離れて行く。その様子を見守りつつ、仲間達はサンジの言葉に従いウソップが再生した事で繰り返される音声貝の声を聞く事とした。
そうして繰り返されるナミからの言葉を耳にした彼らは、その表情を変える。頼る事を知らない、強がりなナミを知っているからこそ、その表情になるのだろう。
ウソップ、チョッパー、ブルックは純粋に驚きを見せる。ロビンはナミの心情とその時の事を思い、切なそうに瞳を閉ざす。
サンジは溢れそうになる感情を抑えようとするかのように、静かに煙草に火を付けた。ゾロとフランキーは表情を引き締めて小さく頷くと、ゾロは眼光を鋭くし、フランキーはサングラスでその感情を隠した。
ルフィは肩で息をする程の力で持って岩を砕き、怒りを少し発散すると皆を振り返り低く声を出す。異論なんて、誰にも認めさせないとでも言うかのように。
「行くぞ!」
ルフィの号令により全員が歩きだそうとした時、チョッパーがナミの残して行った荷物から1枚の紙を取り出した。それには村からサニー号までの道が、簡単にではあるが描かれている。
「チョッパー、それどうしたの?」
「ナミが、村に来るまでの事を話しながら何か描いてたからもしかしてって思ったんだ。多分、ナミから見たらメモ紙みたいな物だとは思うんだけど」
その言葉に皆が地図を覗き込み、その才能に息を呑む。そう……これが麦藁の1味クオリティ。
各分野における天才しか存在しない1味なのだ。それを各自が痛感しながら、その地図に導かれるように移動を開始する。
サニーに到着すると、ゾロは刀の点検を始めて、サンジはとりあえず腹に何か詰めとけと言いつつその為に料理を始めた。その間にフランキーは飛ぶ為の準備を進め、ロビンは女部屋から普段は見た事のなかった衣服を持ち出して来る。
「ロビン、そりゃどうしたんだ……?」
「ドレスコード、でしょ?ナミがね、ルフィには必要になるかもって言って用意してたのよ。勿論、全員分ね」
「ヨホホ!私の分までありますね!しかし、私が1味に加わってからは、途中島には……」
「ニュース・クーを通販代わりに使えるのは、きっと世界広しと言えどもナミ位よね。チョッパーのサイズも含めて、全て揃ってるわ」
ロビンの説明により全員が正装する事が決まれば、ロビン以外は互いに着せ合う形で身支度を整えて行く。スリラーバークで体を動かせない暇な時間に、ナミはブルックまで含めた全員の衣装を頼んでいたのだ。
ロビンはそれに不要では無いのかと問い掛けたが、ナミは笑って〝あるけど使わない〟のと〝無くて使えない〟のは異なるわと言った。それに苦笑するロビンに、どうせ皆すぐ駄目にしちゃうから生地とか少し安物にしてあるのよ……と、指を立ててナイショねなんて笑った姿が、妙に遠い。
そんな回想をしつつ着替えを逸早く終えたロビンは、丸く造られているベンチに腰を下ろす。そして、男達を眺めながら普段より数段低い声で言葉を紡いだ。
「私は、ナミ1人を犠牲にするつもりは無いわ」
ロビンに男達の視線が集中するも、ロビンはそっと視線を空に移していて誰かと視線が交わる事は無い。そんなロビンが苦しそうな声で言った。
航海術も、砂漠で道を知るのも、未来を見るのも同じ。元は、星を読む占星術だった。
ナミは、暇があれば空を見上げていた。チョッパーやロビンが見張りの夜、星を見に見張り台へと姿を見せるのは、差し入れを持ち込む為だけではなくて、本当に航海士としての仕事でもあるのだ。
それを、何故かロビンを見た男達は思い出す。ロビンは、微かに声を震わせている事を自覚してはいなかった。
「ナミが前に言っていたの。前に1度だけ未来が全く見えなかった時があると……。そして、今回もナミは未来を知らなかったわ」
「ナミが……話したのか?」
ルフィはロビンを信じられない様子で見るが、ロビンはそれに視線を向けない。フランキーはその途中で、1人そっとその場を離れて行く。
「見えなかった時、チョッパーを仲間にしたと聞いているわ。ナミは、自らの命が危険になる時、未来が見えなくなるみたいだと笑っていたのよ」
「ナミの、命が……?」
チョッパーが繰り返すように言えば、ウソップがどうしてと悲鳴のような声を上げる。やはりあの時どうあっても引き止めるべきだったとウソップは己を責めながら、言葉を口にする。
「どうしてだよ!シキはナミの能力が欲しいんだろ!?なんでナミの命が危険になるんだよ!アイツ、大丈夫だって、何処ででも生きていけるって、そう言ったんだぞ!!」
「ウソップ止めろ。ロビンちゃんを責めても何にもならねェ」
サンジがウソップに声をかけると、ゾロが静かにその瞳を閉ざして、低く言う。それは、ルフィの次に付き合いが長いからこそ、見えている姿なのかも知れない。
「アイツは……多分、俺達の為になら、平然と殺される」
ゾロにそう言われた瞬間、全員の声が消えた。波の音も無いサニーの上は静寂に包まれ、そんな中でゾロは言葉を続ける。
「ナミは強い。だが、脆い。……俺達を生かす事が叶った筈の今、今度は捨て身で故郷を守ろうとするだろうな。そして……賢すぎるんだよ、アイツは」
「賢すぎる?」
チョッパーが問い掛けると、ゾロは閉ざしていた瞳を開いて、確かに頷く。表情に変化は見られないが、長く共に過ごして来た仲間には、ゾロの葛藤が見えるような気がしていた。
「ナミは恐らく、シキの計画を破壊する為に何か工作をする。1人で倒そうなんて馬鹿な真似するんじゃ無くて、恐らくはそうするだろうな。……普通ならそれこそ出来ねェだろうが、ナミの頭ならそれも不可能じゃねェだろうと思う」
「そうなれば、確かに……殺されるでしょうね。相手は〝古い時代の海賊〟ですからねェ。侮っていた相手に、大打撃を与えられれば……可愛さ余って憎さ百倍と言うところでしょうか?ヨホホホホ!」
ブルックが納得したように笑えば、その場の空気が凍り付く。確かにナミならば、何かやらかすだろうと全員が思えたから。
戦う事を嫌い、傷つける事を厭う。だが、決めた事は最後までやり抜く強さと頑迷さは筋金入りだ。
その時、フランキーが紙を手に姿を見せる。そして、ロビンとサンジにそれを半分ずつ投げ渡した。
それは、シキの城の図面。驚く面々に、1度サニーに帰ったなら置いてあると思ったと言い出したフランキーに、視線が集まる。それに対してフランキーは、跳ねっ返りな娘を持った父親を思わせる笑顔を、サングラスの向こうで見せた。
実際フランキーから見たら、ナミはそんな感じなのだろう。まだまだ女になんか見れはしない、危なっかしい小娘でありながら、知識面等では認めざるを得ない実力を持つ心強い仲間。
なればこそ、ナミのやりそうな事を読むのは至極容易かった事だろう。そして、だからこそ見捨てるなんて選択肢は、最後の言葉を聞いてなくとも有りはしなかったのだ。
「小娘の知識は侮れねェし、図面を読めたからな、描けるだろうと思っちゃいた」
「図面を読める?」
「船の図面や機械の設計図を、小娘は読めた。読めなきゃ意見を言えねェし、間違いも正せねェ。ある程度そっちの知識が無けりゃ話にならねェんだよ」
「フランキー、ここに船を下ろせるか」
図面を見て、ルフィが問い掛ける。示された場所は広めの空間があり、その場所から真っ直ぐに突き進めば、真正面からシキの居そうな大広間へと行けるだろう。
それによりフランキーが驚きつつルフィに読めるのかと問えば、ナミに教えられたと呟くように答えが返る。それには全員が驚いたようにルフィを見るが、ルフィは珍しく真剣な表情を緩める事が無い。
「ナミは、最低限必要な事は覚えとけって、ガキの頃に教えてくれた。その時に航海術も聞いたけど、俺だけ覚えられなかった。……ナミがいるんだから、覚えなくていいって思ってたからだろうな」
小さく、甘えてたんだと呟いたルフィは、何処か悔しげだ。甘えてばかりだから、ナミは頼ってくれなかったのだろうと、ルフィにはそう思えて仕方無いのだ。
「麦藁……ここなら、飛べる範囲内だ。やるか」
フランキーが答えれば、ルフィは静かに頷いた。それを見て麦藁の1味は全員、臨戦態勢を調える。
時間が無ェ……。早くしなければ、ナミが殺されるかも知れない。
そんな焦りが彼等の結束をより強くし、空気を張り詰めさせた。仲間を、想い人を、友人を、彼等には喪うつもり等、欠片も無いのだから。
それと同時刻……ナミはシキの前で男達に押さえ付けられていた。ダフトグリーンの毒素と、呼吸する時に喉に与えられるダメージを消してくれていたマスクは当然奪われている。
両腕を磔にされた有名人のように広げられ、その左右の腕を別な男が押さえると言う念の入れようである。雪の中に落ちているクリマタクトを手にシキはナミを静かに見下ろした。
「この棒っきれで、俺の部下を数十人撃退したとは……成程、あの手配書もあながち間違っちゃいなかったみてェだな」
抵抗出来る状態にない事は理解している。けれども、睨み付ける事だけは、辞められそうにない。
シキはクリマタクトを少し弄ると、分解してしまったそれに驚きを見せる。それから無造作に近寄ると、クリマタクトを胸の谷間に当然のように押し込んで来た。
「……成程な、そこに入れてたのか。道理で武器も無い状態に見えた訳だな」
クリマタクトを返して貰えた事は、正直嬉しいけど……ピンチである事に変わりはない。それでも、私の心に揺らぎは無い。
シキに屈するつもりは無い。例え、この場で命を落とすのだとしても。
「そうか……成程……。樹を薙ぎ払って怪物共にここを襲わせようってのか……!ハナからこうするつもりだったのか?ん?ベィビーちゃん……!!」
1週間の間、ほぼ常に傍に居て聞いて来たその声が、恐ろしく耳障りに思える。肩と手首を押さえられていては、微かに肘を曲げる事さえ出来はしない。
下手に抵抗すれば肘を逆に折り曲げる事で、後遺症を残すような形での骨折だって簡単にさせられる。……弱くなったものね、私も。
シャンクスやベックに言われていたのに、簡単に抑え込まれてその言葉を痛感してる。どれ程剣を扱う技術が高まろうとも、腕力が足りない為に押さえ込まれたら何も抵抗なんて出来はしないと。
私の剣術を見て、技術だけなら世界的に見てもトップクラスだろうとベックは笑っていた。手先の器用さもあり、相当な技術だと。
それでも、片手で簡単に押さえ込めてしまう腕力と、長期戦に向かない女の体力では、限界がある。たまには、折れて従う事も覚えねェと……長生き出来ねェぞなんて、言われたわね。
そんな事を思い出してる私を黙って見ていたシキは、ゆっくりと視線を動かして辺りを見る。それから納得したような声を出しつつも、何故か楽しそうな様子を見せた。
……多分この男は、かないもしないのに知恵を巡らすような女が嫌いじゃないのね。だから、生意気な小娘を面白がってる。
「折角条件を飲んでやったというのに……」
嘲るような、揶揄うようなその言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが弾けた。何をいけしゃあしゃあと宣っているのか……!
「アンタが……私の言う事を聞いてくれる訳がない……!!約束を守るつもりがあるのならば、それを違えた場合の事を気にする訳もない!初めから、そんなもの守る気なんて無かったのは分かってるのよ……!」
炎に包まれるシャオの村が脳裏に焼き付いている。大切な故郷が燃える様子が、目に浮かぶような気がする。
記憶にはない、ベルメールさんやノジコとの出会いを果たしたその場所のように、戦火に燃え崩れる様は想像だってしたくない。大切な人の無事と幸福を願って、何がおかしいと言うのか……!
「滅ぶ故郷も……凶報に肩を落とす仲間達の姿も……私は見たくないのよ!!」
私の言葉を受けて、シキは無言で見下ろしてくる。体は冷え切っていて、いつ凍死してもおかしくない事は、ちゃんと理解してる。
だからこそ私には、曲げられないものがある。もしも私がここで謝罪して、仲間にして欲しいと懇願すれば、シキは笑って受け入れるだろう。
もう二度と逆らわないと誓えば、シキは私に手厚くしてくれる。それは分かってるけど、シキに命乞いして何になるのよ。
仲間達の悲しむ未来も、故郷を滅ぼされて大切な人を喪うつもりも、私には無い。もう二度と、誰かの道具として生きるつもりなんて……私には無い!