波の音とルフィの心臓の音しか聞こえない中で、その静寂を破るように、声を震わせたのはウソップだった。それは、きっと私が傷付けたんだろうと何となく気付いてしまい何も言えないで見詰める事となる。
「アーロンパークで……俺を助けてくれた時も、ナミはあんな感じだったな。今回もまた、俺はナミに助けられた。いつも、俺はナミに助けられてばかりだ」
ウソップの言葉に皆の視線がウソップへと移る。それに気付いていないのか、気付いていて無視してるのかは分からないけど、ウソップは言葉を続けていく。
「アーロン達に殺されそうになった俺の為に、左手犠牲にさせた。空島でも、俺やサンジを庇って神官と戦って倒したよな。エニエス・ロビーでも、俺は誰1人倒せなかったのにナミはCP9から鍵を盗んで、チョッパー助けて、CP9の1人を倒した」
ウソップは気にしていたのだろうか。共に旅をするようになって約半年。
その間、ウソップはそんな事を思っていたのだろうか?
寧ろ、守られて支えられてきた気がしているのに。どうしてウソップは、自分を認めてくれないのだろう。
「更に今回、俺達を庇ってシキに捕まって……毒受けて凍死しかけてるのに猛獣呼んで、俺達やルフィにシキが攻撃出来ないように挑発してた……」
ウソップの言葉を聞くと私はまるで戦えていて、役立てているような気がする。けど実際の所は、基本的に私はいつも守られてばかりなのが現実。
心配ばかりかけて、結局助けられて、守られてる。本当に私は……どうしようもないわね。
「……だけどよナミ。自分を犠牲にするのは良くないんだって分かってくれ!守られないと殺される可能性が高すぎる俺が悪いんだとは分かってるけど、ナミはこの船が先に進むには確実に必要な仲間なんだ。自己犠牲で解決するような事はしないでくれ!」
「小娘に庇われて男達が生き残るなんて事になれば、この船は航海士と測量士、事務、会計、経理、書記、更には〝宝玉〟をも失う事になる。その上、仲間の犠牲で生き延びた負い目を背負う事になるだろうな」
ウソップの言葉を引き継ぐようにフランキーが言う。それに私は何も言えない。
……けど、事務、会計はサンジ君にも手伝って貰ってるし、書記はロビンにも手伝ってもらってる。私1人じゃない。
……航海士は私の仕事だからやって当然だわ。そういう意味では、皆何かしらの役目がある。
……ロビンなんて世界中が喉から手が出る程欲しい人材で、狙われ続けてる。ロビンに比べたら〝宝玉〟なんて単なる下手の横好きに毛が生えた程度よ。
……ロビンが居なければ、ラフテルには行けないし、サンジ君が居なければ食事が出来ない。フランキーが船を直してくれるから、いくらでも先へと進めるのよ。
……チョッパーが居なければ、皆いつ死んでもおかしくないし、ブルックが居なければ落ち込んだ時にそのままになる可能性もあるわ。宴でも盛り上げてくれるし、仲間思いで流石は元船長と言える決断力も持ち合わせてる。
……長い事海にいたから知識も多い。それにより確証を得て前に進める事も多いから、どうしたって頼れる年長者として数えて頼ってるのは自覚してる。
……ウソップがクリマタクトを改良してくれたから、私は戦えてる訳だし、何よりウソップは狙撃の腕前が素晴らしい。狙撃手が接近戦になったら弱いのなんて、何もおかしい事ではないのに、どうしてそれを気にするのかな。
……フランキーの手伝いもしてるし、何よりムードメーカーだわ。その場にいる人を、敵味方関係無く引き込み纏めあげる能力は稀有なものよ。
……ゾロはルフィがいない時の代理船長として指揮を取る事も多くあるし、ルフィに次ぐ強さがある。だからルフィは1番強い相手だけに集中して戦える訳だから、ゾロの重要性は高い。
……ルフィの背中を守り、支えているのは間違いなくゾロだと思う。そんなゾロを横から支えているのがサンジ君よね。
……コックだけでは飽き足らないと言うかの如く、この船の実力2位をいつも狙ってるような立ち位置で、先回りして頭で戦う事も出来る優秀な人。船でも戦いでも、欠かす事の出来ない人よ。
……ルフィはそんな皆を守って、前に進む。誰1人取りこぼさないと言うように頑張り続けてる。
……ルフィが船長だから、ここに今皆がいる。これがルフィじゃ無かったら、ここにはいないだろう人達の集まりなのよね。
……だからこそ、私はいつも不安になるのよ。こんなに大切な人達の中で、私だけ何も出来てないんじゃないか、役立てて無いんじゃないか、迷惑かけてるんじゃないかって……。
その時ルフィが私の首に吸い付いて来た。それにより、体がビクッと震えるとルフィが言う。
「……そんな風に考えてたのか」
「え?」
何を言ってるのかと思った時、チョッパーが言った。物凄く、申し訳なさそうに。
「色々薬合わせて使ったから、ナミが時々色々考え込んでるような時のそれを、小声だけど自白剤飲んだみたいに口にしちゃうんだよ。多分今日までだけど」
「……え?」
私はもう、それしか言えない。頭が真っ白になってる。
そしてロビンからの説明で、私の思考は完全に停止した。現実を受け入れたくないが為の自己防衛手段とも言えるだろう。
読者の皆様に簡単に説明するならば、2話程前に貝の取り合いをしていた辺りで、チョッパーの様子がおかしかったシーン。そこから現在迄にあった、不自然に三点リーダーで始まる心理描写は、全て声に出していたと言う説明である。
ロビンはその説明を心做しか少し楽しそうに、同時に照れたように話す。その微笑みは美しいけど、私、何言ったっけ……?
いや……何を思ったっけ?
全部伝わってたって、私、何を伝えちゃったの?
「……ナミ、俺達の事そんな風に思ってくれてたんだな。だけどな、俺達にはナミが必要なんだって事、忘れないでくれ」
ルフィの言葉に私は、湯だりきったタコのようになったまま何も言えずに、羞恥と疲労で体から力を抜いてしまう。倒れ行く私を見て慌てたチョッパーに回収されて、部屋に運ばれる所で、私の意識は暗転した。
翌日、私はチョッパーの許可を得られず室内で大人しくさせられていた。ロビンが四六時中1緒に居てくれるから、暇だったり寂しかったりはしないけどね。
「ロビンは、私の傍に居るの……飽きない?」
「私がナミの傍に居たいのよ。私が離れる時は、チョッパーかブルックを呼ぶから大丈夫。もう少し休んでいなさい」
「そんなに重症じゃないわよ。大袈裟ね」
私の言葉にロビンは困ったように笑うと、皆が私の言葉を喜んでいるからその分大変な状態なんだと言われてしまう。それだからこそ、もう少し大人しくしているべきだと。
ロビンの気遣いに、自分が何を言ってしまったのかを考えて身を縮こませれば、優しく頭を撫でてくれた。労りと愛情に満ちたそれを、拒むなんて選択肢を私は持たない。
「ねぇ、ロビン……。昨日のシャツだけど……」
「ふふ、ルフィの反応を見たくて。思ったより可愛くて楽しめたわ」
「もう、悪戯っ子め」
ロビンのこんな所が、打ち解けてくれた証拠なんだろうけど。……それに、こんな時ホントに可愛い顔するのよね。
「そう言えばね、ナミもドレス着てたみたいだけど、ルフィもドレスコードで、あの1式着ていたのよ」
ロビンに言われて思い出すのは、スリラーバークの直後暇を持て余して購入していた1式だ。……え、何それ、私見てない。
「……用意しておいて良かったわね。でも、何でルフィのシャツ赤にしたの?」
ロビンの質問にどう答えたら正しいのか分からずに、頭を抱えそうになったらロビンは照れてると思ったのか私の頭を撫でながら笑ってる。まさか、私だけルフィの正装見てないとかって、そんな文句は言えない。
……いや、本気で見たかったけど。なんで買ったの私なのに、私だけ見てないのとか、少ししか思ってないからね。
「……ルフィのイメージカラーが、赤なのよ」
公式のとは、言わないけど。でも、私の言葉に何を思ったのかロビンはクスクスと笑うから、どうにも居た堪れない。
その時羽音が聞こえて視線を向けたけど、ロビンが自分宛だと言い切るので私は大人しく読書を楽しむ事にした。そして、本当にロビンと入れ替わるようにして入って来たブルックに、皆過保護が過ぎるわと笑えばブルックは私の発売した曲を演奏してくれる。
「ナミさんに、間違いを正してもらう良いチャンスですからね」
「これだから大人は」
「……貴女の傍に居たいと、願ってしまうのですよ。さて、次はどれにしましょうか」
「そうね、なら……」
そう言って2人で譜面を眺めつつ、他愛ない会話をする。こんなにも寛いだ日はあまり経験が無い。
そうやって過ごした日の夜、チョッパーからの許可も出て皆と食事をする為に食堂へ行けば、リゾットが用意されていた。念の為に消化に優しい物をと言われてしまえば、その気遣いに感謝しつつ楽しい食事を終える。
数日寝ていたから、星の位置や動きを確認したくて、私はロビンに1言告げて見張り台に登る。星を見るのも、トレーニングするのも、見張りをするのもここでやれるのだから、フランキーは賢いと思う。
「私は、今夜はフランキーとBARで過ごすわ」
「そう、楽しんでね」
ロビンとそんな事を言って別れた後、私は1人星を確認したくて展望台へと登って行く。ロビンもよく笑うようになったし、良かったと思った時、展望室に見覚えのない箱がある事に気付いた。
……何かしら?
そっとそれを開けてみると、中には見覚えのある衣服が入っていて、思わず広げてしまう。だって、ルフィに私が用意した正装だったから。
……見てみたかったな。ルフィが着てるところ。
そう思ったからなのか、体は無意識に動く。誰もまだ袖を通した様子のないそれは、恐らくロビンがまた用意し直したものなのだろうと分かっていながら。
ルフィに着てと言い出せそうもないから、私はそっとそれに袖を通す。……案外、ネクタイってしめるの難しいのね。
まさかのネクタイしめるのに四苦八苦して、世のサラリーマンを尊敬する。これは確かに、マジックテープとかのタイプが売れる訳だわ。
ルフィにと思っていた赤いシャツに合わせた黒のネクタイを見れば、夢現に見たルフィはこの姿だったなと気付く。でも、なんか違和感。
鏡の前でクルクルと動きながら確認してみるけど、やっぱりルフィじゃないと変な感じ。まぁ、素材が良過ぎるから可愛いとは思うけどね。
上着をしっかり着てみて、この姿は全然見た記憶無いなと思う。でも、脳内でそれをルフィに変換してみれば、恐ろしく似合う。
……寧ろルフィに似合わない物は無いんじゃないかとか、そんな事を考えてしまうレベル。ルフィって、不思議だわ。
最後にコートを着てみて、1人で満足する。見られなかった分、充分満喫出来たかな。
その時、誰かが梯子を登ってきてる事に、私は少しも気付かずにただ、鏡の前で頷いていた。