長閑な始まり
ルフィにしっかり清められて、部屋に運び込まれた所をロビンに見付かり、加減を知りなさいとルフィが叱られているのを夢現で認識する。その日、私の意識が完全に覚醒する頃には、チョッパーから貰った試薬の効果は完全に切れたらしい。
少しばかりの熱が出たら、チョッパーが私の傍から離れなくなってしまった。心配症で優しい船医さんを強く抱きしめると、恥ずかしそうにしながらも抵抗はしないでくれる。
どうやら熊にやられた傷は、それなり以上に私にダメージを残しているらしい。それでも折角だからとベッドにポータブルの製図台を持ち込んで、シキの居たあの島々の地図とそこからここに至る迄の海図を描いていく。
島の数もそこそこあったので、描くのがとてつもなく楽しい。その後の航路も海図に直す為に書き留めていた物を見ながら、併せて描いているので動けなくても当分暇になる気配はない。
時に外の様子を見に行きたくもなるけど、チョッパーがベッドから降りるのを許してくれないのだ。この辺りは変わった海流も無いから見なくても描けるけど、1応見ておけると有難いのにな。
そんな私の暇潰しにと名乗りを上げてくれたのはブルックで、私の書いたと曲を隣で演奏してくれるのだから、随分な甘やかしようだと思う。そんな中で時々サンジ君が飲み物やらオヤツやらを持って来てくれて、ありがたいし美味しいけど、だからこそ太らせようって計画かと少し疑わしくなる。
「ナミさんは、少し太った方が良いですよ。熱で体力奪われてますからね」
「皆が私を達磨にしようとしてるとしか思えないわ」
「まさか!俺はそんな非道な事はしませんよ」
そう言ってベッドサイドに置かれたのは三層になっているアイスティーで……物凄く綺麗。え、何コレ。
「凄い。この層ってどうやって作ってるの?」
そんな事を言いながら速攻で混ぜてる私は、外道かも知れないけど。そんな私にクスクスと笑いながら、愛があればその分層を作れるとか意味のわからない事を口走るサンジ君を思わず睨み付けるけど、サンジ君はどこ吹く風。
どうにも勝てそうに無いわと思いながら口にした飲み物は、本当に美味しい。炭酸水と蜜柑ジュース、それに紅茶を合わせた物だと分かるけど……茶葉はアールグレイかな?
「でも、アールグレイにしては……」
「本当によく分かりますね。アールグレイとセイロンを合わせたオリジナルの茶葉を使ってます。ナミさんの蜜柑は甘味が強いですから、そのままより合わせた方が飲みやすくなるかと思いまして」
「だから、ソーダじゃなくて炭酸水なのね」
「お見逸れしました」
頭を下げたサンジ君に、全く調子良いんだからと笑ってからルフィとフランキーを呼んできて欲しいと頼む。ここ迄の所については私が描いた海図があるし、市販されてる地図や海図の情報を併せれば、この先向かえる場所はだいたいの検討がつく。
進路を決めるにあたっては、船大工と船長の意見が大切だもの。それにしても、ゾロは顔も見せないわね。
寝てるのかな?
ゾロが修行してるか寝てるか、そんな人なのは知ってる。そして案外突っ込み体質なのも。
だからこそ、あの怪我で無理してないだろうかと不安になる。ゾロって……あんな顔してて、優しいってのが意外性と言うかギャップと言うかで、女性ファンが多かったのよね。
「ナミ、どうした?」
呼ばれた事で来てくれたらしいルフィの声に反応して、顔を上げた私はベッドに海図と地図を広げる。それを見てフランキーは瞳を細めると、ロビンの椅子をベッドサイドに運び当然のように腰を降ろした。
それから海図と地図を真剣に見始め、ルフィはその様子に首を傾げる。……全くもう。
「……船長。進路について話しておきたいのですが、宜しいですか?」
「あァ、そういう事か。次は何処に向かう事になりそうなんだ?」
「……ログポースは下を指してるわ。だから多分、この指針を辿れるのならば魚人島に行けると思う。でもね……空島の時もそうだったけど、多分何処か近くの島に寄る必要があると思うの」
「ナミなら大丈夫だろ」
軽く言うルフィに、溜息が落ちる。そんな訳無いじゃないと思うからだ。
この船のまま何も問題無く深海に進める筈は無い。となれば、当然特殊な手法が必要になる。
情報を集めるにも、何処かの島に向かうしかないのは間違いない。サニーから船を乗り換えて進むなんて選択肢は無いし、船で行く方法は絶対ある筈だもの。
「候補になる島は3つ。位置関係を見ればって意味だけどね」
そう言ってから私は地図と海図を見せてそれの説明をするけど、ルフィは話を明らかに聞き流していて、最後にはニカッと笑ってナミに任せるなんて言う。……本当にそれは困る。
「ルフィが船長なのよ!私に全て投げられても困「大丈夫だ。とりあえず進める所まで進んで、それから考えよう。多分なんとかなる」」
ルフィの言葉に、私は頷くしかなくなる。確かにここで地図を見ながらいくら言ってみても、実際にその付近まで行かなければ見えないものは沢山あるから。
それにここで言ってる3つの島の名前も情報も無いし、この島の位置も眉唾物。何せ私が青雉の持物をチラ見程度で盗み見た時に得たものだから。
それでも進路が決まれば後は簡単な事で、
正直な所、魚人島と聞けばそれだけで寒気がする程。だけど、魚人島を通らずに新世界へ行く方法等は無いのだから仕方ない。
今ならばまだ、白髭海賊団の縄張りだから騒ぎさえ起こさなければ、問題無く新世界へ行ける筈だもの。贅沢は言えないわ。
大丈夫、ナミちゃんには、トラウマなんて無かったし、全てを許して、受け入れて、彼女は笑ってた。だから私も大丈夫な筈よ!
容姿も、能力もナミちゃんと同じなんだから、大丈夫。……寒気がするのは、気の所為よ。
サニーが距離を稼ぎ、海へと不時着すると、とりあえず安定した気候の内にと皆は少し自由時間をとる事になった。私も激しい運動はしない事を条件に、ベッドや部屋を出てもいいと言われたので早速蜜柑のお手入れに勤しんでいる。
ゾロはどうやらずっと修行をしていたらしいと、途中で気付きサンジ君に飲物を頼んだら嫌そうな顔をされてしまった。けど……少しは休ませたり、水分補給位はさせないとそれこそ倒れてしまう。
ゾロの方が、私よりもずっと重傷なんだから。と言うか……あの状態で動き回れるとか、ゾロってどうなってんのかしら?
サンジ君はいつもの様に忙しそうにしているけど、その時々で剃の練習をしていて、もう剃ならほぼ使えると言っても問題無い状態の完成度になっている。月歩はもう少しかな?
ルフィとチョッパーは私の傍を離れようとしないから、気にしないで遊んでなさいと笑いかける。けど、どうやら2人には言うだけ無駄と言うか、無意味らしい。
私を心配してくれてると分かるからこそ、気にしないで遊んでいて欲しいのに。どうして、上手くいかないんだろう。
「……シャワー浴びて来るわ」
「あ!ナミ、その逃げ方は狡ィぞ!なら、俺も入る!」
「俺も俺も!」
ルフィとチョッパーにそう迄言われては仕方ない。……徹底的に2人を磨いてくれるわ!
そう思えばにやけてしまうのも仕方ない。ルフィなんて放置したら、週に1回しかお風呂に入ってくれないのだから。
「なら、1緒に入りましょ。洗ってあげるわ」
私の言葉に頷いた2人を引き連れてお風呂場へと向かえば、その梯子の下からウソップとフランキーの声が聞こえて来た。どうやら地下の工房に2人で篭って、何かを作っているらしい。
ここは梯子で繋がってるから、梯子に近付けば案外音が入って来るのだ。ただし、音は下から上へと登りやすく、振動は上から下へと伝わりやすい性質を持つ為、お風呂の音が筒抜けとかは無いし、工房の振動が製図室に伝わる事も無い。
梯子付近まで行かなければ、案外音もそんなに聞こえない。なので、図書室として皆が使用するのに困る事も無いのだ。
そう考えてから、フランキーは細かいところまでよく考えてくれてるんだなと思う。そうして小さく笑いながら脱衣所に登れば、窓の外からは優しい音色が聞こえて来た。
窓を開けて見てみると、甲板で珈琲を飲むロビンの傍で、ブルックが演奏しているのが見えた。何を話しているのかまでは聞こえないけど、何だか和やかな雰囲気で随分楽しそう。
そうしていたらサッサと衣服を脱ぎ捨てていた2人に気付き、窓を閉めてから私も後を追う為に服を脱ぐ。バスタオルを巻き付けて中に入れば、はしゃいでいる2人に自然と頬が緩む。
そうして私がルフィとチョッパーを綺麗に磨き上げて、私もついでにお風呂を済ませて出る。するとその瞬間に、喉が渇いたと言って2人はサンジ君の元へと向かって行ったのでそれを見送った。
「元気ねぇ……」
「その婆ちゃんみたいな発言止めろって」
洗濯機に3人分の衣類を入れていた所で声が聞こえて振り向けば、呆れた様子のウソップが居た。どうやらウソップもお風呂らしい。
「ふふ、見事に真っ黒ね。洗濯機回すの、それなら頼んでいい?」
「おう!ナミはこの後どうするんだ?」
「海図と地図は描き終わってるし、ロビンが航海日誌書いてくれてるから、私は執筆かな。そろそろ曲も何か書かないとかなぁとは思ってるし」
「良くもまァ、そんなに沢山の本を生み出せるよな。どうなってんだ、お前の頭ん中」
「普通よ。音楽ってのは記憶に残りやすい物だし、好きな作品は何度も読むから覚えてたりする物だし」
「…………すまん、意味がわからん」
ウソップに言われてから、全て無から生み出してる事になってたんだったと、そう思い出して空笑いする。そうよね、ごめんねと思いながら。
「とりあえず、何か出版物書いてくるわ」
「無理はすんなよ。そこまで切羽詰まった状態でもないんだろうから」
確かに現状は少しお金に余力はある。シキの所から少し貰ってきたのもあるし。
でもね、この先魚人島に行くにはサニーを潜水艦仕様にする必要かあるわけだから……ね。そう考えたら、なかなかにお金に余裕があるとは言いきれない。
それに……色々と変えてきたし、知らない事もいくつも起きてる。そうなるとこの先、私の知ってる知識のままに話が進むとはどうしても思えないのよね。
まずベルメールさんは本来ならば死んでいたし、アーロンからの提示金額は十倍になってしまっていた。ベルメールさんを生かした事でそうなったと言うならば、サッチさんを生かした事でも何か変化が起きる筈よ。
アラバスタでは、エースとルフィが会う事はあっても、マルコさんに会うなんてシーンは無かった。そもそも幼少期のルフィ達三兄弟やシャンクスと会うなんて有り得なかったわ。
それを考えれば、答えは自ずと出て来てしまう。私は多分、我儘に色々と変えすぎたのよ。
……でも、それを後悔する気持ちは欠片も無い。足りないとは思っても、やり過ぎたなんて1度も思えた事は無かったもの。
私はエースを喪うつもりは無いし、この先何が起きるか分からない事だって、それが本来人としてあるべき姿なのだから、前を見据えて進めばいい。……その為にも、お金はいくらでも必要になるんだけどね。
だから私はウソップに適当に笑って、図書室へと向かった。1つでも多くの作品をこの世に生み出す為に。