ルフィを互いに想っているのだと再認識して私が嬉しくなって笑うと、ゾロはそれに対して少し嫌そうな顔をして溜息を落とした。自分の命をかける程にルフィを大切に想ってるのに、今更恥ずかしいのかな?
そんな事を思ってゾロを見ていたら、そっと私の頬に手を伸ばす。何かついてるのかなと大人しくしていたら、その手が首の後ろに移動した。
その直後、私を引き寄せて勢いもそのままに野獣の如く唇を奪って来た。それに慌てて体を叩いて抵抗してみても、ゾロには効果が無いのか無意味とばかりに堪能されてしまう。
だからってゾロを傷付けるような抵抗は出来なくて……。短剣に手を伸ばす事さえ出来ないからと、身じろぐ形で抵抗を続ける。
「あまり無駄な抵抗すると、犯すぞ」
唇が離れた僅かな時に囁くように言われれば、抵抗する事も出来なくなりゾロの唇を受け入れる。ただ奪うようだったそれが、いつの間にか巧みになっていて、運動神経の良い奴はこれだからと翻弄される自分では無くゾロに怒りを向けておく。
そうしないと飲まれてしまう。私は、ルフィを裏切りたくない。
どうして、こんな事……!話がしたかっただけじゃないの!?
「……早く寝ろよ」
泣きそうな位胸が痛むのと同時に、突然唇を離したゾロは切なそうに瞳を揺らしてそんな事を言う。だから、何だか私が悪いみたいな気持ちになってしまうけど、このまま黙ってなんて居られない。
「どういうつもりよ」
「……溜まってんだよ。後は勝手に抜くから、部屋帰って寝ろ」
「なっ……!」
「ご馳走さん」
色気を垂れ流しにしながらそんな事を言うゾロに、微かではない苛立ちが募る。それでも、ロビンにやったんでも無いし、私だって犯された訳でも無いのだから、激しく文句を言う事は出来ない。
でも……まぁ、年齢を考えたら仕方ないのかな。そう思って溜息を落としたら、ゾロが私の腕を掴み腰を強く抱いてきた。
何をと思ったら、耳元で囁くように問い掛けてくる。吐息が熱くて、本気なんだと伝わって来てしまえば空いてる手で、その頬を叩いてしまったのは不可抗力だろうと思う。
「それとも、突っ込ませてくれんのか?」
「……私は、ルフィのものよ。全てにおいてね」
言葉と同時に叩いた事で、驚いたのは私の方だと思う。でも、私がゾロに与えた痛みは体にではなかったのか、微かに震えた声が返ってきた。
「本当に……残酷な女だよな」
「え?」
ゾロは私に叩かれるのと同時に私を解放してくれたけど、その瞳は泣きそうに揺れている。今酷い事を言われたのは私の方なのに、どうしてゾロが泣きそうなの……?
そこまで考えて、ウソップの言葉が蘇る。ゾロは、私の事が好きなんだと。
でも、ならなんで今、性欲処理的な発言したんだろう。この男に愛を囁けなんて言うつもりは無いけど、流石に好きならそんな事は言わないと思うのよね。
「……悪かった。だが、ここにいつまでも居るなら……犯すぞ」
「帰るわ。……話は、終わったのね?」
確認するように言えば、ゾロが静かな瞳で私を見ているのに気付く。そして、震えの消えた声で、名を呼ぶ。
「……ナミ」
「何よ」
「……この先に進んで、大丈夫なのか」
「どう言う意味?」
ゾロは私に何を聞きたいのか。未来についてなら、切り開くつもりのルフィやゾロ、サンジ君が聞いてくるなんて思えない。
他に何か……?
「次は、魚人島だ。ナミは……大丈夫なんだな?」
「……魚人よりも今はゾロの方が危険なんでしょ?大丈夫よ、今更何言ってんだか」
「……強がりだな、お前は」
その言葉をそれ以上聞いていたくなくて、労わるようなゾロの眼差しを見たくなくて、私は慌てて女部屋へと逃げ帰った。ベッドに潜り込んで、そこに来て次の島に関する事を可能な限り考えないようにしていたのだと、気付かされてしまう。
魚人島に対して不安はあるけど、だからってルフィの歩みを止めるなんて私には出来なかった。この時点から私の知らない未来への道が開かれ始めているなんて、当然気付いても居なかった私は、私の意思を無視して勝手に、小さく震える体を持て余しながら眠りに入る。
けれども久々に見た悪夢により少し寝る度に飛び起きてしまえば、隣にいるロビンが心配しない筈も無くて……私は少しお酒でも呑んでくるわと言って部屋を後にした。ロビンの安眠迄奪えないもの。
キッチンに向かえばまだ仕込みやら後片付けやらをしているらしいサンジ君がいて、それに少しホッとする。1人じゃない事が、有難い。
「サンジ君、少しお酒貰える?」
「ナミさんとマリモの少しは、少しじゃねェって自覚してくださいよ」
そう言いながらも、サンジ君はお酒を差し出してくれる。見ればそれは果実酒で、思わずアラなんて声が出てしまう。
そんな私にサンジ君が微かに微笑んだ。それがまだ十代の少年とも呼べる若者だなんて、誰が信じるだろうか。
「ナミさん、眠れなくなるだろうなと思って準備しておいたんですよ」
「え?」
「俺が天候次第で魘されるように、今の状態ならナミさんが眠れなくなるのは、ある意味当然ですから」
そうだ、この人は……優しい人なんだった。この船にいる人は総じて優しいけど、その中でも特に、わかりやすく優しいのがサンジ君という人なんだと思い出す。
ルフィは太陽のような暖かさを持つ優しい人。ゾロは分かりにくい事もあるけど常識的な優しさを持っている。
……特に、女、子供に対しては武士道精神なのかって言いたくなる程に優しい。それでも、戦えない訳じゃない辺りがゾロらしいけど。
女だから……子供だから……そんな理由で戦っても貰えない悔しさを、きっとゾロは分かってるのよね。まぁ、女や子供だからと攻撃する奴よりは、攻撃出来ないと言う奴の方がずっと良いけど。
ウソップは本当に常識人で、1般的な優しさで、持ち前の明るさを用いて皆を包んでくれる。ウソップ程ピエロの涙を思わせる人も、そう多くは無いだろうな……。
チョッパーは優しいを超えて甘い。船医だからなんて理由じゃなくて、多分持って生まれたものだろうと思う。
苦しい経験をしても尚失われないその甘さは、誇るべきだと思える。それを許すルフィや皆もまた、恐ろしく優しいと思うけど。
ロビン、フランキー、ブルックは大人として生きていて、それ故の優しさと甘さと厳しさを有している。彼等にどれ程私は甘やかされてるかと思えば、いっその事情けなくなる程に。
「グラス、貰える?」
「ここで呑まないんですか?」
「ん、アクアリウムで呑むわ」
座ろうとしないからか、そんな事を言われてしまえば素直に答えるしかなくなるだろう。そんな私にサンジ君は1つ頷くと、私からお酒を受取りグラスと共に下に下ろしてくれる。
それを見てありがとうと呟くように言って踵を返したら、声が追ってきた。それに驚いて振り向けばサンジ君は食器を洗って居る所で、反応に困る。
「独りで、寝られますか?」
「……お酒呑めば大丈夫よ」
「良くない呑み方ですね。酒呑みの名が泣きますよ」
クスクスと笑うように言われれば、私も自然と笑ってしまう。でも、心配もかけたくなくて言葉を連ねる。
「私から名乗ったわけじゃないわ。それに、お酒に飲まれるような呑み方はしないから大丈夫よ」
「……酒に飲まれた経験、無いんですか?」
驚いたようなそれに頷くと、それは不味いな……なんて言われる。それに首を傾げたら1度飲まれるまで呑んで、限界を知るべきだと言われるけど……。
「それは大丈夫よ。お酒は毎日コンスタントに呑んでると少しずつ耐性がついて強くなるものなの。アルコールは人体には少量であれば、薬と同じようなものなのよ。つまり過ぎた量は毒になるから酔うのよ」
「……は?え?」
「薬も飲み続けると効かなくなるように、アルコールも呑み続ければ酔わなくなるの。これは毒とかも同じね。だから、自分の状態で限界は判断できるわ」
「ナミさん……お酒、好きで呑んでるんじゃ?」
「好きよ?でも、人体的には毒物だもの」
だからこそ、酔いやすい人は梅酒で始めると耐性を付けやすくなるんだけど、それはきっと誰も興味のないところだと思うから割愛する。でも、だからこそ、寝酒に梅酒を少しって考えがあるの。
余程体質に合わないので無ければ、梅酒は酔わない酒なのだ。酔わないのならば、酒なんて呑む意味はないとも思うけどね。
「ナミさんって、不思議な人ですよね」
「そう?でも、そうかも知れないわね」
元のナミちゃんのような強さも純粋さも、私には無い。ナミちゃんの肉体による恩恵で、美しさと才能を貰い受けただけで……私自身は何も持ってないのだから。
それでも、何も出来ない私でも共に居たいと言ってくれる仲間がいる。それにどれ程救われているか……。
「……サンジ君、いつもありがとう。頑張ってね」
「ナミさん」
片付けは終わったみたいだけど、まだやる事はあるだろうと思って言葉を口にしたら、サンジ君が突然真剣な様子で私を呼んだ。それに振り向いたらいつの間にか近付かれていて、強く抱き締められてしまえば混乱するばかりだ。
でも、駄目だとハッとする。だって、サンジ君は隙があれば襲うとか言ってたから、突き放さなきゃ!
そう思って腕に力を入れたのに、足だけに筋肉がある訳じゃないのか本当に動かない。何が目的なのかと顔を見た時、私は動きを止めてしまった。
だって、泣きそうに苦しそうな顔で私を見ていたから。その腕が……震えているのに、遅れて気付く。
「サンジ君?どうしたの?」
なんで、震えてるの?
そう思った時微かにサンジ君の腕から力が抜けたのを感じて、腕を動かしてその頬に指先で触れる。そのまま両手でサンジ君の頬を挟むようにしてその瞳を覗き込むと困ったように笑うサンジ君に、私は言葉も無く見詰めるしか出来ない。
「どうして、ナミさんはこう、無防備で優しいんですかね?」
「サンジ君?」
「貴女は、泣いても良いんだって事をまだ分かってない」
「理由が無いわ。私が泣く理由が」
言葉を音にすれば、サンジ君が私の手に重ねるようにその手を握った。それから、小さく俺じゃ駄目なんですねと呟くのが聞こえた気がするけど、それは真実どうだったのか定かじゃない。
吸い込まれそうな程に、優しくも切ない瞳が私を捕らえて離さない。私は、傷付いているこの瞳から逃げると言う選択肢を持ち合わせては居なかった。